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2020年1月 薬理学発展コース
256 気分は彼らの物語
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2019年度も大詰めに近づき、薬理学教室の発展コース研修はあっという間に終盤を迎えていた。
1月初旬にヤッ君先輩は家出をして僕の下宿に1晩だけ泊まり、その後もお父さんとは呉さんとの交際を巡って何度も衝突したようだが呉さんの尽力もあってトラブルは円満に解決したという。
プライベートで揉めている最中もヤッ君先輩は毎日のように学生研究に取り組んでいて、僕も本地教授の指示の下にそれを手伝っていた。
僕が既に病理学教室への配属を決めたということは教授にもヤッ君先輩にも伝えており、来月の病理学教室発展コース研修は事実上の配属1か月目ということになるので研修と呼べる研修は今月で終わりになる。
今の僕にとって一番気がかりなのはヤッ君先輩のプライベートでも来月からの研究生活のことでもなく昨年12月から中国の武漢で流行し始めたという新型ウイルスのことで、そのウイルスは昔から知られているCウイルスの新種ということで新型Cウイルスと呼ばれていた。
今月16日には日本国内で初めての感染者が確認されたが現時点ではあくまで海外で流行しているウイルスという扱いで、日本国内での対応は検討されている最中だが万が一パンデミックに発展して大学が休校になるような事態になったらどうなるのかと不安になった。
といっても今の時点で僕らが新型ウイルスに対してできることは何もないので、今は例年の冬より手洗いとうがいを念入りにする程度でいつも通り過ごしている。
念のため微生物学教室所属のマレー先輩に意見を聞いてみるとマスクはそのうち品薄になるとの見立てで、先輩自身は妊娠中の美波さんのために大量に買い込んだと聞いて僕も100枚入りの使い捨てマスクを3箱と布マスクを5枚ほど買っておいた。
この時に買ったマスクは後々かなり重宝することになるのだが、それは今の僕は知るよしもないことである。
「今月は研究を手伝ってくれてありがとう。うちの教室の学生研究員はボクが最年少だから白神君がいてくれて良かった」
「いえいえ、こちらこそスケジュールを配慮してくださって助かりました」
2020年1月31日、金曜日。時刻は夕方18時頃。
何事もなく終わった発展コース研修を振り返りながら僕は薬理学教室の会議室でヤッ君先輩と話していた。
医学部2回生は来月の中旬に診断学の試験があり、その試験に合格して他に再試がなければ2回生は早くも春休みとなる。
ヤッ君先輩は僕のスケジュールに配慮して今月は週3日しか研修に来なくていいと言ってくれて、僕自身も来月の試験と研修に備えて空いた時間を有効活用していた。
「白神君はもう配属先を病理学教室に決めたっていうし薬理学と病理学って学問的には重なる部分があんまりないけど、それでも研究者をやっていく時にボクが教えたことを活かしてくれたらいいなって思う。進路が違ったってボクは白神君の先輩だからね」
「ありがとうございます。頼れる先輩に出会えて僕はとても幸せです」
頭を下げてそう言うと、ヤッ君先輩はキャスター付きの椅子の背もたれを抱いたまま笑顔を浮かべた。
「今更だけど白神君、去年の6月は暴力沙汰に巻き込んじゃって本当にごめんね。ヒデ君とは恋人になれなかったけど、ボクはあの時に人を愛することの尊さを理解できたんだと思う」
「……というと、呉さんとは?」
先輩はお父さんと仲直りできたとは話してくれたが呉さんとその後どうなったのかは教えてくれていなかった。
「まあ、上手くやってるよ。というよりもう上手くやらざるを得ない所まで来ちゃったかな。もし将来結婚式みたいなのをやることになったら白神君も呼んでいい?」
「もちろん、こちらこそよろしくお願いします。先輩のことずっと応援してますから」
端的に伝えるとヤッ君先輩はありがとう、と微笑みながら答えた。
先輩は恋愛のことを友達や後輩に相談したり助けを求めたりする時期をとうに通り越し、今は呉さんと一緒に自らの物語を生きている。
そこに他者が介入する余地はもはやないが、もし先輩が誰かに救いを求めたらその時は躊躇せず相手になろうと思った。
1月初旬にヤッ君先輩は家出をして僕の下宿に1晩だけ泊まり、その後もお父さんとは呉さんとの交際を巡って何度も衝突したようだが呉さんの尽力もあってトラブルは円満に解決したという。
プライベートで揉めている最中もヤッ君先輩は毎日のように学生研究に取り組んでいて、僕も本地教授の指示の下にそれを手伝っていた。
僕が既に病理学教室への配属を決めたということは教授にもヤッ君先輩にも伝えており、来月の病理学教室発展コース研修は事実上の配属1か月目ということになるので研修と呼べる研修は今月で終わりになる。
今の僕にとって一番気がかりなのはヤッ君先輩のプライベートでも来月からの研究生活のことでもなく昨年12月から中国の武漢で流行し始めたという新型ウイルスのことで、そのウイルスは昔から知られているCウイルスの新種ということで新型Cウイルスと呼ばれていた。
今月16日には日本国内で初めての感染者が確認されたが現時点ではあくまで海外で流行しているウイルスという扱いで、日本国内での対応は検討されている最中だが万が一パンデミックに発展して大学が休校になるような事態になったらどうなるのかと不安になった。
といっても今の時点で僕らが新型ウイルスに対してできることは何もないので、今は例年の冬より手洗いとうがいを念入りにする程度でいつも通り過ごしている。
念のため微生物学教室所属のマレー先輩に意見を聞いてみるとマスクはそのうち品薄になるとの見立てで、先輩自身は妊娠中の美波さんのために大量に買い込んだと聞いて僕も100枚入りの使い捨てマスクを3箱と布マスクを5枚ほど買っておいた。
この時に買ったマスクは後々かなり重宝することになるのだが、それは今の僕は知るよしもないことである。
「今月は研究を手伝ってくれてありがとう。うちの教室の学生研究員はボクが最年少だから白神君がいてくれて良かった」
「いえいえ、こちらこそスケジュールを配慮してくださって助かりました」
2020年1月31日、金曜日。時刻は夕方18時頃。
何事もなく終わった発展コース研修を振り返りながら僕は薬理学教室の会議室でヤッ君先輩と話していた。
医学部2回生は来月の中旬に診断学の試験があり、その試験に合格して他に再試がなければ2回生は早くも春休みとなる。
ヤッ君先輩は僕のスケジュールに配慮して今月は週3日しか研修に来なくていいと言ってくれて、僕自身も来月の試験と研修に備えて空いた時間を有効活用していた。
「白神君はもう配属先を病理学教室に決めたっていうし薬理学と病理学って学問的には重なる部分があんまりないけど、それでも研究者をやっていく時にボクが教えたことを活かしてくれたらいいなって思う。進路が違ったってボクは白神君の先輩だからね」
「ありがとうございます。頼れる先輩に出会えて僕はとても幸せです」
頭を下げてそう言うと、ヤッ君先輩はキャスター付きの椅子の背もたれを抱いたまま笑顔を浮かべた。
「今更だけど白神君、去年の6月は暴力沙汰に巻き込んじゃって本当にごめんね。ヒデ君とは恋人になれなかったけど、ボクはあの時に人を愛することの尊さを理解できたんだと思う」
「……というと、呉さんとは?」
先輩はお父さんと仲直りできたとは話してくれたが呉さんとその後どうなったのかは教えてくれていなかった。
「まあ、上手くやってるよ。というよりもう上手くやらざるを得ない所まで来ちゃったかな。もし将来結婚式みたいなのをやることになったら白神君も呼んでいい?」
「もちろん、こちらこそよろしくお願いします。先輩のことずっと応援してますから」
端的に伝えるとヤッ君先輩はありがとう、と微笑みながら答えた。
先輩は恋愛のことを友達や後輩に相談したり助けを求めたりする時期をとうに通り越し、今は呉さんと一緒に自らの物語を生きている。
そこに他者が介入する余地はもはやないが、もし先輩が誰かに救いを求めたらその時は躊躇せず相手になろうと思った。
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