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必然
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すぐに我に返ったのは、力也だった。
鬼のような形相になって神園を睨みつけ、怒鳴りながら歩きだした。
「先生でも、容赦しねぇぞ? なにしやがるんだ!」
力也の怒号に、神園は怯えた素振りもない。
ゆるやかな風にフレアースカートを揺らしながら、柵の向こう側に立って、薄っすらと笑みを浮かべた。
「あら、そんなに大声を出していいのかしら。目の前で飛び降りされてもいいの? それに、そこでおとなしく話を聞いていたら、私が持っている放送室の鍵を、あとで渡してあげてもいいんだけれど」
低い声で、神園はそう言いながら、左手を目の高さにあげてみせる。
指でつまんでぶら下げられていたのは、いままでずっと探し続けていた放送室の鍵だった。
鍵を目にして、驚いたように目を見開いた力也の足が止まる。
唖然と口を開けていた栞が、ようやくかすれた声をだした。
「神園先生……? なんで? なんで、こんなことをするんですか? 理由を教えてください。先生は去年、この学校にいなかったのに……。七奈美のことを、知っていたんですか? それに、七奈美の声……」
栞の言葉に神園は、同じ笑みを浮かべたまま、じっと栞の顔を見つめる。
その神園の様子が理解できないまま、栞は疑問を言葉にした。
「七奈美の声は、録音だったんですよね? でも、どう考えても録音じゃない声も、放送から流れてきたし、忠太くんや鈴音も七奈美の声を聞いたって言ってました。どんな仕掛けで、そんなことをしたんですか?」
「私はただ、七奈美が飛び降りをした理由を知りたかったの。自殺と断定されたけれど、とても信じられなかった。だってあの子は、とても芯の強い子だったから。自分に負ける子じゃなかった。だから、飛び降りた理由を一年かけて調べていたの」
そう応えた神園は、栞から力也、鈴音の顔へ、視線を移していった。
「校内で、身に覚えのない噂を流されたから? 言いがかりで、佐々木力也くんに罵倒をされたから? いじめがあったから? それとも噂通りで、本当に教師と交際をしていてバレたり破局したから?」
神園は、薄っすらと浮かべていた笑みを消し、顔を前に向けたまま、視線をついっと横にそらせた。
「七奈美の自殺報道のあと、新しいネタがそれほど手に入らなかったせいか、週刊誌もすぐに違う話題を追いかけたわ。そりゃそうね。七奈美ほど心がきれいで、後ろ暗いことがない子はいないもの」
強い調子で、神園はきっぱりと言い切った。
そして、視線をあげると鈴音をまっすぐ見据えて、唇の両端を吊りあげた。
「本当に教師と交際していたのは、鈴音、あなたよね。だって私に教えてくれて、懺悔したんだものね」
「やめて! 先生!」
神園の声を掻き消そうとするように、鈴音は悲鳴のような声をあげた。
すぐに慌てたように、鈴音は力也に駆け寄った。後ろから力也の腕にしがみつく。
「力也、いまの先生の言葉は嘘よ。教師と付き合っていたのは七奈美! あたしになすりつけようとしたのは七奈美なんだから! ね? 力也、あたしのこと、信じてくれているよね? ね?」
「力也くん、その真実は、曽我先生を問い詰めたらいいわ。生徒と付き合っていたのは、曽我先生なんだから」
神園の感情のこもらない声が、淡々と力也に告げられた。
「嘘よ! 力也、先生の言うことなんて嘘なんだから、信用しないで! あたしのことを信じて!」
腕にしがみつく鈴音を、力也は振り払った。
吹っ飛ばされるように、鈴音は後ろによろけて尻もちをつく。呆気にとられた顔をして、鈴音は力也を見あげた。栞は、そんな鈴音のそばへ、無意識に駆け寄っていた。
力也は、意外にも静かな声で、鈴音に言った。
「嘘かどうか、それは曽我に聞いてからだな」
感情が含まれていない力也の言葉は、刃のような無機質な鋭さを持つ。さっくりと、鈴音を切るには充分だった。
力也は、交際していた教師のほうを、もともと知っているのだ。曽我の異常なほどの従いっぷりを考えたら、力也に対して引け目があるのではと、容易に想像がつく。
冷たく突き放すような目で鈴音を一瞥すると、力也は、柵の向こう側にいる神園へ、手のひらを上に向けて右手を差しだした。
「だが、ここまでふざけた真似をした神園先生を、俺は許したわけじゃねえ。ほら、その放送室の鍵を渡せ」
睨みつける力也の要求を無視して、神園は、低く歌うように口を開いた。
「どうして、今日という、この日なのか、わかるかしら。七奈美の友だちだった安藤さんも、噂を立てられた曽我先生も含めて、あなたたち関係者が揃うのが、今日だったからよ」
「――偶然過ぎる……」
栞が、鈴音を支えながらポツリとつぶやく。
「関係者が揃うなんて偶然なのに、放送室に録音テープをセットするなんて、用意周到過ぎませんか? だって、わたしも力也くんたちも、今日の放課後に居残ったのは、担任の曽我先生に言われたから……」
栞の言葉に、神園は、ふっと表情を和らげる。そして、言葉を続けた。
「だから、私が曽我先生を誘導して、あなたたちに黒板アートを書かせるために居残りさせましょうと口添えしたのよ。私の、その場で思いついたような助言に、曽我先生はあっさり飛びついてくれたわ」
栞が驚きで、神園を見つめる目を大きく見開いた。
「ええ。この日に、決着をつけようと思ったから。一年間、あなたたちの様子を観察して、あの日に関係することを調べて。その最後の確認として、今日はあなたたち一人ひとりから、直接あなたたちの言葉で、事実を聞かせてもらったの」
鬼のような形相になって神園を睨みつけ、怒鳴りながら歩きだした。
「先生でも、容赦しねぇぞ? なにしやがるんだ!」
力也の怒号に、神園は怯えた素振りもない。
ゆるやかな風にフレアースカートを揺らしながら、柵の向こう側に立って、薄っすらと笑みを浮かべた。
「あら、そんなに大声を出していいのかしら。目の前で飛び降りされてもいいの? それに、そこでおとなしく話を聞いていたら、私が持っている放送室の鍵を、あとで渡してあげてもいいんだけれど」
低い声で、神園はそう言いながら、左手を目の高さにあげてみせる。
指でつまんでぶら下げられていたのは、いままでずっと探し続けていた放送室の鍵だった。
鍵を目にして、驚いたように目を見開いた力也の足が止まる。
唖然と口を開けていた栞が、ようやくかすれた声をだした。
「神園先生……? なんで? なんで、こんなことをするんですか? 理由を教えてください。先生は去年、この学校にいなかったのに……。七奈美のことを、知っていたんですか? それに、七奈美の声……」
栞の言葉に神園は、同じ笑みを浮かべたまま、じっと栞の顔を見つめる。
その神園の様子が理解できないまま、栞は疑問を言葉にした。
「七奈美の声は、録音だったんですよね? でも、どう考えても録音じゃない声も、放送から流れてきたし、忠太くんや鈴音も七奈美の声を聞いたって言ってました。どんな仕掛けで、そんなことをしたんですか?」
「私はただ、七奈美が飛び降りをした理由を知りたかったの。自殺と断定されたけれど、とても信じられなかった。だってあの子は、とても芯の強い子だったから。自分に負ける子じゃなかった。だから、飛び降りた理由を一年かけて調べていたの」
そう応えた神園は、栞から力也、鈴音の顔へ、視線を移していった。
「校内で、身に覚えのない噂を流されたから? 言いがかりで、佐々木力也くんに罵倒をされたから? いじめがあったから? それとも噂通りで、本当に教師と交際をしていてバレたり破局したから?」
神園は、薄っすらと浮かべていた笑みを消し、顔を前に向けたまま、視線をついっと横にそらせた。
「七奈美の自殺報道のあと、新しいネタがそれほど手に入らなかったせいか、週刊誌もすぐに違う話題を追いかけたわ。そりゃそうね。七奈美ほど心がきれいで、後ろ暗いことがない子はいないもの」
強い調子で、神園はきっぱりと言い切った。
そして、視線をあげると鈴音をまっすぐ見据えて、唇の両端を吊りあげた。
「本当に教師と交際していたのは、鈴音、あなたよね。だって私に教えてくれて、懺悔したんだものね」
「やめて! 先生!」
神園の声を掻き消そうとするように、鈴音は悲鳴のような声をあげた。
すぐに慌てたように、鈴音は力也に駆け寄った。後ろから力也の腕にしがみつく。
「力也、いまの先生の言葉は嘘よ。教師と付き合っていたのは七奈美! あたしになすりつけようとしたのは七奈美なんだから! ね? 力也、あたしのこと、信じてくれているよね? ね?」
「力也くん、その真実は、曽我先生を問い詰めたらいいわ。生徒と付き合っていたのは、曽我先生なんだから」
神園の感情のこもらない声が、淡々と力也に告げられた。
「嘘よ! 力也、先生の言うことなんて嘘なんだから、信用しないで! あたしのことを信じて!」
腕にしがみつく鈴音を、力也は振り払った。
吹っ飛ばされるように、鈴音は後ろによろけて尻もちをつく。呆気にとられた顔をして、鈴音は力也を見あげた。栞は、そんな鈴音のそばへ、無意識に駆け寄っていた。
力也は、意外にも静かな声で、鈴音に言った。
「嘘かどうか、それは曽我に聞いてからだな」
感情が含まれていない力也の言葉は、刃のような無機質な鋭さを持つ。さっくりと、鈴音を切るには充分だった。
力也は、交際していた教師のほうを、もともと知っているのだ。曽我の異常なほどの従いっぷりを考えたら、力也に対して引け目があるのではと、容易に想像がつく。
冷たく突き放すような目で鈴音を一瞥すると、力也は、柵の向こう側にいる神園へ、手のひらを上に向けて右手を差しだした。
「だが、ここまでふざけた真似をした神園先生を、俺は許したわけじゃねえ。ほら、その放送室の鍵を渡せ」
睨みつける力也の要求を無視して、神園は、低く歌うように口を開いた。
「どうして、今日という、この日なのか、わかるかしら。七奈美の友だちだった安藤さんも、噂を立てられた曽我先生も含めて、あなたたち関係者が揃うのが、今日だったからよ」
「――偶然過ぎる……」
栞が、鈴音を支えながらポツリとつぶやく。
「関係者が揃うなんて偶然なのに、放送室に録音テープをセットするなんて、用意周到過ぎませんか? だって、わたしも力也くんたちも、今日の放課後に居残ったのは、担任の曽我先生に言われたから……」
栞の言葉に、神園は、ふっと表情を和らげる。そして、言葉を続けた。
「だから、私が曽我先生を誘導して、あなたたちに黒板アートを書かせるために居残りさせましょうと口添えしたのよ。私の、その場で思いついたような助言に、曽我先生はあっさり飛びついてくれたわ」
栞が驚きで、神園を見つめる目を大きく見開いた。
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