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第4話 Pretty Woman.

Chapter-23

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「朱鷺光の作業手伝ってっと、その時は楽でいいんだが、仕事が溜まっていかんなぁ」

 朱鷺光の作業部屋。
 弘介が、苦笑しつつそう言った。

 弘介は、Linuxコミュニケーションサーバ用のフルタワーケースそのものを作業台代わりにして、Linuxサーバやメインフレームの画面が表示される少し古めの液晶ディスプレイを見ながら、キャスター付スツールに腰掛けて、それらを操作している。

「悪いと思ってるからこうして手伝ってやってるだろ」

 朱鷺光は、OA座椅子にミニタワーの作業用PCのキーボードを滑るように叩きながら、苦笑しつつ、言う。

「それにここの設備独占できた方が、お前個人向けの仕事はサクサク片付くだろ?」

 朱鷺光は、キーボードを叩き続けながら、そう言った。

「まぁな。設備もいいし」

 弘介は、そう言いながら、朱鷺光の隣に腰を下ろし、朱鷺光が普段使っているそれとほぼ同仕様の、もう1台の作業用PCを操作し始める。

「なによりスラックスで作業しなくていいっていうのは楽でいいな」

 弘介は、楽しそうに苦笑しながら言いつつ、パソコンにマウスで入力した後、チェルシー・ヨーグルトスカッチの袋を開けた。

「弘介」

 朱鷺光が言う。

「何だよ」

 弘介が、内袋を剥いて、キャンデーを口に運びながら、訊ねる。

「俺にもくれ」

 朱鷺光がそう言った。
「あいよ」

 弘介は、内袋に入ったキャンデーを、朱鷺光の操作するキーボードの左側に置いた。

「パティア」

 すると、朱鷺光は、キーボードを叩き続けながら、隣にぺたん、と“女の子座り”していたパティアに、そう言った。

「なに?」

 朱鷺光の操作するパソコンの画面を覗き込むようにしていたパティアが、朱鷺光に聞き返すと、

「悪い、袋剥いてくれ」

 と、朱鷺光が言った。

「解った」

 パティアは答えながら、立ち上がって、朱鷺光と弘介の間に割って入るようにして、弘介が朱鷺光に差し出したキャンデーの、内袋を剥く。

「はい」
「ん」

 “あ~ん”の状況になって、朱鷺光はパティアが差し出したキャンデーを、口に放り込んでもらった。
 その間も、朱鷺光はキーボードを叩き続け、たまにマウスを操作する。

「ちょっと蒸すな……エアコン、入れてもいいか?」

 まだ少し早い季節だが、と、言外に付け加えつつ、弘介は襟元をパタパタとやりながらそう言った。

「いいぞ」

 朱鷺光が言うと、弘介は2台のパソコンの間にあったリモコンを手に、床置式エアコンを起動した。

 先にも書いたが、この部屋と、階上の朱鷺光の部屋、来客用の寝室、朱鷺光・光之進共有の書斎、その4部屋は室外機を共有するシステムマルチエアコンだ。
 この部屋は他と異なり、冬期も、化石燃料の暖房は基本的に入れない。メインフレームとLinuxサーバの排熱が最優先になっているからだ。
 その代わり、エアコンが、暖房でも使いやすい床置式の室内機が置かれていた。

 暖房を入れる時は、換気扇の負圧で暖房を吸い込んでしまわないよう、サーバ群の置いてある部分はパーティションカーテンで仕切るのだが、今は冷房なので、特にそうした対応はしないでいた。

「しっかし、なんか、お前、パティア気に入ったみたいだなぁ」

 弘介は、少し、からかい混じりの笑顔で、そう言った。

「ああ、可愛いよ。いろんな装備付いてるのもあるし、A.I.もなんか、オムリンの角がとれたみたいな性格してるみたいだし」

 朱鷺光は、口元でニコっと笑いつつも、パソコンでの作業を猛スピードで続けながら、そう言った。

「俺達の中でも一番女っ気なかったのに。今更惚れたか?」
「な゙っ」

 弘介の言葉に、朱鷺光がミスタイプを起こし、そこでタイプが遂に止まった。

「んー…………」

 悪戯っぽく笑う弘介に対し、朱鷺光は視線を上に上げるようにして少し考えた後、
「パティアは、迷惑か?」

 と、パティアの方を見てそう言った。

「えっ、なっ……!?」

 朱鷺光に突然かけられた声に、パティアは戸惑ったような顔を出し、表情も少し揺らいだ。

「その、迷惑では、ないが……」

 パティアは、朱鷺光に視線を向け直しつつ、そう言った。

「なら、別に、俺も否定しなくていいか。割と好きかもな、パティアの性格」

 朱鷺光は、それだけハッキリ言うと、OA座椅子ごとパソコンの方を向き、猛スピードでの作業を再開した。

「ちぇ、意外と反応つまらんなー」
「面白がられてたまるか」

 弘介はつまらなそうに言ったが、朱鷺光は軽く赤面してそう言った。

「朱鷺光さん、入りますよ」

 と、2人がパティアを巻き込んでトボけたやり取りをしていると、その声とともに扉が開けられた。

「ああ、シロ」

 朱鷺光が言う。
 イプシロンが、室内に入ってきた。

「なんか解ったのけ?」

 そこまでの作業内容を保存しながら、朱鷺光は訊ねた。

「ええ、まぁ、流石に朱鷺光さんに直接アタッチしようって動きは、しばらくはなさそうですね」

 イプシロンは、どこか気まずそうに苦笑しながら、そう言った。

「ま、だぁれにケンカ売ったのかは多少思い知ってもらったし」

 朱鷺光は、トボけたように言う。
 その背後で、弘介がやはり作業内容を保存していた。

 アメリカにはそれ以上が珍しくないとは言え、左文字JEXグループも、グループ全体の時価総額では、日本で2番か3番目の超大企業体である。
 民間資本のストラト・フォーにちょっかいをかける程度はできないでもなかった。

「しっかし、UWDウィクター・ドーンドリア大学とストラト・フォーの繋がりがいまいちはっきりしないんだよね、そのあたりがもやもやするんだよなぁ」

 朱鷺光は、そう言いながら、OAローデスクに置いてあった龍角散エチケットパイプの箱を取り、1本咥える。

「残念ながら、そちらの方は、まだ……」
「なんとなく思惑が繋がるのは解るんだが、具体的な繋がりの証拠が欲しいんだがな」

 イプシロンが、困ったように言うと、朱鷺光はそう言って、禁煙パイプを咥える口をへの字にした。

「ただ、そのUWDの脳科学研究室が、人工ニューラル・ネットワークに関して、新たな段階の実験を開始したみたいでして」
「お、そりゃ収穫だ」

 イプシロンの言葉に、朱鷺光が表情を明るくする。

「現状、メロンパーク実験で製作した人工知能を、一般人とコミュニケーションさせてみる、というものなんですが」
「Webかなんかで?」

 イプシロンの言葉に、弘介が聞き返す。

「はい。端末のクライアントを通して、バーチャルリアリティながら人間とほぼ完璧なコミュニケーションが取れるというもののようです」
「バーチャルリアリティ、ねぇ……」

 イプシロンの言葉に、弘介は、苦笑しながら言う。
 朱鷺光のR-Systemは、とうの昔にバーチャルではない、リアルでの活動を可能にしているのだ。
 今更その程度か、と、弘介が思ったのは、無理もなかったが、

「おろ?」

 と、弘介が朱鷺光の方を見ると、朱鷺光は深刻そうな表情をして、眉間に皺を寄せていた。

「その、クライアントってどんな程度のことができるんだ?」

 朱鷺光は、難しい表情のまま、そう訊ねた。

「メロンパーク実験のA.I.が、アバターを操作して、ほぼ現実世界のように振る舞える、というもののようです」

 イプシロンが、やはり真剣な表情をして、そう言った。

「なるほどなぁ」

 朱鷺光が、そう言いながら、咥えた禁煙パイプを上下に揺らした。
「必要な通信速度は?」

 朱鷺光は、イプシロンに再度問いかける。

「詳しい資料は、また後でお見せしますが、それでしたら、32Mbpsもあれば充分みたいです」
「3Gでも充分に行ける……か」

 朱鷺光は、そう言うと、OA座椅子から立ち上がって、R.Series用のメンテナンスデッキの傍らに置いてある、小型2ドア冷蔵庫の前にまで行った。
 冷蔵室から、500mlペットボトルのドクターペッパーを取り出す。

「朱鷺光」

 朱鷺光が、そのスクリューキャップを外そうとすると、弘介が声を出した。

「俺にもくれ」

 弘介がそう言うと、朱鷺光は冷蔵庫の中からもう1本、取り出して、それを弘介に渡した。

 朱鷺光は、ドクターペッパーのスクリューキャップを外し、それを一口煽る。

「それで、その実験には、なんかプロジェクト名はついてるのか?」

 同じように、朱鷺光から受け取ったドクターペッパーを開栓しながら、弘介が問いかける。

「あ、はい、なんか、Project BAMBOO、とか言うらしいです」

 イプシロンが、そう答えた。

「バンブー、って……」
「直訳だと、竹、ですね」

「なるほど? センスがあるのかないのか」

 朱鷺光が、苦笑しながら言った。

「え?」

 弘介が聞き返す。

Wizard of MELONPARKメロンパークの魔術師、そりゃエジソンの生前の二つ名だ」
「ああなるほどな、それで、竹、か」

 朱鷺光が言うと、弘介も納得したように言った。
 竹と言えば、言わずと知れたエジソン電球のフィラメントの素材だ。

「でも、連中の専門は脳科学だろ、エジソンにそこまで陶酔してるのかね」
「エジソンの晩年の研究は」

 弘介の問いに、朱鷺光は、OA座椅子に座り直しながら言う。

「オカルトとかスピリチュアル系だったらしいよ」
「そりゃ、意外だな」

 朱鷺光の言葉に、弘介が言った。

 一方、OA座椅子に座り直す朱鷺光は、しかし、そこは問題の本質ではない、と言ったように、表情を険しくしていた。
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