R-Face ~アンドロイドと人工知能と、策謀と日常と、そして時折昭和

kaonohito

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第4話 Pretty Woman.

Chapter-22

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「ただいまー」

 澄光が帰宅した時間は、既に、20時を過ぎていた。

「おかえりなさい、だいぶ、遅かったですね」

 ファイが、それを出迎え、言う。

「ああ、うん、ちょっと、話が長引いちゃってね」

 と、澄光は誤魔化すようにそう言った。

「あ、澄光君」

 そこへ、風呂上がりのパジャマ姿の颯華が、通りかかった。

「朱鷺光さん、かなり怒ってるよ」
「ありゃ……」

 少し困惑気な颯華の言葉に、澄光が少し気まずそうな顔をする。

「今……居間で待ち構えてたり?」
「居間にいるのは間違いないけど、今はエアコンの修理やってる。ちょっと調子悪かったんだって」

 澄光が、苦い苦笑でリビングの方を指しながら言うと、颯華は、呆れたようにしつつも、そう答えた。

「ちょっと、悪かった、ね」
「そう、ちょっと、悪かった、の」

 澄光が、別の意味で脱力したようにしつつそう言うと、颯華も、そう同意して苦笑した。

「それにしても澄光君、ちょっと無防備すぎるよ。そりゃ朱鷺光さんも怒るよ」

 颯華が、困ったような顔をして言う。

「何が?」

 澄光が、わけがわからない、と言ったように、聞き返すと、

「へ? まさか、気付いてなかったの?」

 と、颯華は言った。

 加藤教諭は、真帆子のプロフィールを「アメリカの大学から来た」としか言わなかった。
 流暢に喋った真帆子の英語を、澄光は聞き取れていなかったのだ。

「呆れた……話にならないな、ちょっと、油絞られたほうがいいよ」

 颯華は、呆れ返って、アイスココアの入ったカップを手に、階上の自室に戻っていった。

「なんのこっちゃ?」

 ここに至っても、澄光は理解できず、首を傾げながら、居間に向かった。


「お前ね、ホントにどついたりする前に俺呼べよ」

 澄光がリビングに入ると、朱鷺光は、パジャマ姿で、脚立を置いたその上にあがり、天井に埋め込まれたダクト式のエアコンを工具でいじっていた。

 左文字家は、そこは金持ちらしく、全館空調である。
 ダイキン製のシステムマルチのエアコンが、母屋と、別棟とそれぞれに設置されていた。
 もっとも、台所と浴室は、リビングのお裾分けと言った程度で、リビング以外は、光一郎・雪子の部屋と、朱鷺光の作業部屋が、床置式であること以外は、基本的に普通の壁掛式の室内機だった。

 付け加えるなら、冷暖房で完備されているものの、冬期の暖房はリビングがガス、それ以外が灯油に依っていた。

「ああ、リモコンの受光ユニットのケーブルが緩んでら、元々の不調の原因はこれだな」

 朱鷺光は、天井に半ば首を突っ込みながら、言う。

「直る?」

 その、脚立の足元で、シータが、少し不安そうな表情をしながら、朱鷺光の作業を見上げていた。

「こんなのは嵌め直しゃいいだけだ」

 朱鷺光は、天井の開口部に深く腕をつっこんで、ゴソゴソと作業する。

「それより、ファンの軸が外れかかってるんだけどよー……これ前々からって感じじゃないんだよなー」

 朱鷺光が、呆れたようにそれを見ながら、言う。

「てへっ」

 シータが、誤魔化すように笑ってそう言った。

「てへっじゃない!」

 朱鷺光は、天井から顔を下ろして、シータにそう怒鳴った。
 すると、その朱鷺光の視界に、そろーっとリビングから出ていこうとする澄光が捉えられた。

「おいちょっと待て澄光」

 朱鷺光は、明らかに怒気を孕んだ声で、澄光を呼び止めた。

「な、何……?」
「誰にでもホイホイ餌付けされてついていくんじゃねーよ」

 返事をする澄光に、朱鷺光はそう言ってから、

「パティア、頼むわ」

 と言った。

「解った」

 澄光の傍に、パティアが歩み寄ってくる。
 その、可動式の大型アンテナが、猫の耳のように、ピコンピコン、と動いた。

「餌付けって、動物じゃないんだから」
「そりゃそうだ。ネコのほうがお前より頭いい」

 澄光が、苦笑交じりに言うと、朱鷺光は突き放すようにそう言い、再びエアコンに頭を突っ込んだ。

「そこまで言うの?」

 澄光が、口を尖らせるようにしながら、そういった。

「パティア、どう?」

 朱鷺光に代わるように、シータが訊ねた。

「特に特異な電波源の様子はないな。携帯電話が高速で通信しているようだが」

 パティアが答える。

 そのパティアの言葉に、澄光は少し、ドキリ、としたように言った。

「携帯電話って澄光、またお前ゲームに嵌って課金しまくってんじゃないだろうな」

 朱鷺光が、エアコンに腕をつっこんだまま、言う。

「6番」
「あ、はいはい」

 朱鷺光が、ソケットレンチのソケットを、シータに差し出すようにしながら言う。
 シータは、慌てたように、足元の工具箱から朱鷺光が指定したサイズのソケットを取り出し、朱鷺光が差し出してきたソケットを受け取りつつ、それと交換するようにソケットを渡した。

「いや、ちょっと復刻のランサーが欲しくて1万円程……」

 澄光が、引きつった苦笑を浮かべながら、言う。

「ひと月1万程度ならギャーギャー言わねぇけどよ、いつぞやのコラボ駆逐艦のときみたいにケタ1つ上がったら説教は俺だけじゃ済まないかんな」

 朱鷺光は、澄光に視線を向けることもなく、確りと釘を指すように言った。

「わ、解ってる解ってる」

 澄光はそう言うと、通学用のカバンを抱えながら、ゆっくりとリビングを後にし、階上へとそそくさと上がっていった。



 澄光は、自身に入ると、はぁ、と少し盛大に溜息をつきながら、妙に軽いカバンを机の近くに置いた。
 机の上には辞書の類がいくつかと、朱鷺光のメイン機の型遅れ部品にキューブ型ベアを組み合わせたパソコンが置かれている。

「はぁ、……とりあえずバレずに済んだみたいだな」

 澄光は、そう言いながら、制服の胸ポケットから、KED製のスマートフォンを取り出した。

『今の声の主が、左文字朱鷺光博士?』
「ああ、そうだよ、ナホ」

 澄光は、画面の中の、真帆子そっくりの姿をしたそれの問いかけに、苦笑しながら答えた。


 Project BAMBOO。
 それが、この人工知能クライアントアプリ製作のプロジェクト名だと言う。

 しかし、アバターには、それではそっけないと言うので、ナホという名前がつけられていた。
 なんてことはない、MAHOKOの頭文字“M”を、1つ進めて“N”にしたものだ。

 それを思いついたのは、この計画のプロジェクトリーダーだと言う。
 だが、“子”がついたままだと、真帆子本人と呼び間違えやすいのと、マスコットとしてのアバターとしてやや冗長、と、真帆子自身が主張した結果、NAHO、になったのだと言う。

 その真帆子は、ヒューレット・パッカードのWindowsタブレットを使って、澄光達のスマホにアプリをインストールしてくれたのだが、同時に、

「あまり、広言はしないでちょうだいね。まだ、そこまで公になっているわけじゃないプロジェクトだから」

 と、澄光達に言っていた。

「特に澄光、朱鷺光博士にはわざわざ見せるようなことはしないでほしいの、無理に隠せとまでは言わないから」

 真帆子は、軽い様子で苦笑しながら、そう言った。

「へ? 兄貴に? なんでですか?」
「バッカ、お前。朱鷺光さんに解析とかされるのは困るだろうが」

 澄光がぽかんとして聞くと、正恭が、澄光の方に視線を向けてそう言った。

「でも、それだったらなんでわざわざ俺達、いや、澄光に?」

 正恭は、ハッとした様子で、訊ね返すと、

「だからよ。機会があったら、朱鷺光博士のアンドロイドと少し話させてみたいの」

 と、真帆子は口元で笑って答えた。

「なるほどな」

 正恭や澄光は、そう言って納得してしまった。


『朱鷺光博士の傍にいたのはR-2?』
「そうだよ、シータだ」

 ナホの問いかけに、澄光は苦笑交じりに答えた。

『玄関で出迎えてくれたのがR-3よね?』
「うん、ファイだよ」

 澄光は、ベッドに身を投げ出すように腰掛けながら、答える。

『澄光をスキャンしてたのがR-1?』
「いや、パティアだよ。オムリンじゃない」

 澄光は、画面の中で小首をかしげるような仕種をするナホに、そう答えた。

『パティア』
「波田町のオッサン……ああ、城南大学の教授だった波田町直也が、兄貴のデータ盗み出して作った、R.Seriesのコピーなんだってさ」

 澄光は、苦笑しながら言う。

『ふぅん……』
「オムリンに会ってみる?」
『そうねぇ……』

 澄光の提案に、ナホは一旦、少し考え込むような仕種をするが、

『今日のところは、まず、貴方の事を色々聞きたいかしら』

 と、ナホはそう言った。

「え、お、俺?」

 澄光は、そう言われて、思わず、軽く赤面してしまう。

 そこへ、

「澄光さーん、良い時間ですから、できるだけ早くお風呂入ってくださーい」

 と、ファイが階下から張り上げてくる声が聞こえてきた。

「あいよー!」

 澄光は、ファイに返事を返してから、

「ごめん、とりあえず、話はまた後で」
『ええ、待っているわ。行ってらっしゃい』

 と、少し申し訳無さそうに言う澄光に対して、ナホは、満面の笑顔で手を振りながら、そう言った。
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