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第25話 せっかくだからBルートを選んでみる。

Chapter-43

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 帝都に入る。
 今は一見、騒動は起きてはいない。
 だが…………

「こんな活気のない帝都を見るのは、物心ついてから初めてです」

 ミーラがそう言った。
 皇宮前大通りの店の、半数以上が、店を閉めていた。
 俺達が前に来た時の、屋台も出て、活気を呈していた帝都の姿とは、だいぶ違って見えてしまっている。

「小競り合いが、何度かあったんだろう。それで、塁が及ぶことが恐れた商店が、店を閉めてしまっているんだ」

 そうは言いつつも、俺自身も半ば信じられずに周囲を見渡す。
 ほんの半年前、陞爵しょうしゃくの儀の為に帝都に来たときとは、まったく様子が違ってしまっている。

 いや。
 時系列順にすると、有り得る話かもしれない。
 最初のドラゴン退治の後に帝都に辿り着いた時は、これ以上ないほどの活気があった。
 だが、半年前の時は、その時程の賑わいはなかった。

 そして今。一度転がりだしたら変化は急激に訪れるものなのだろう。

 俺達は皇宮へ……は直接向かわず、まずはエズラの店へと向かった。

「いらっしゃい」

 いつもの接客係の男性はいなかった。
 エズラが直接、少し蔭のある表情で俺達に挨拶をしてきた。

「悪い、今日も商売の話じゃないんだ」
「解ってるよ。この時期にわざわざ直接来たんだからな」

 俺が少し申し訳無さそうに言うと、エズラはそう言った。

「エズラさんの店は、閉めなかったんですね」
「ああ、この程度の騒ぎで商売を閉じたとあったら、帝都の鍛冶師の名折れだからな」

 ミーラの問いかけに、エズラは少しだけ威勢良さを取り戻して、そう言った。

「いや、状況はあまり良くない、店は閉めたほうが良いだろうな」
「なに?」

 俺が、渋い顔をして言うと、エズラは、不本意だというように表情をしかめた。

「今はまだ、群衆に理性があるから良いが、一度吹っ切れたら、武具を置いている店は略奪に逢いかねないぞ」

 実際、急進的勢力は一度火がつくと、まず実力行使のための武器を手に入れようとする。
 フランス革命でも武器倉庫が略奪にあっているからな。

「少しヤバいのは感じていたよ、だから接客係には暇を出した。でもこんな事は帝都に店と工房を構えて初めてだ。なぁ、一体何が起きているのか、アンタになら解るのか」

 エズラも、どこか不安そうに俺に訊いてくる。

「俺達も今さっき帝都についたばかりなんだ。と言っても、様子がおかしいのは伝書で知っている。今が危うい状況だということも」
「なんなんだよ、いったい、何が起きるっていうんだ? 何が始まろうとしているんだ?」

 エズラは、強がりで店を開けてはいるが、その実、根本の不安は隠せないといった様子で、俺に問いかけてくる。

「このまま行けば、ここで商売なんかしている場合じゃなくなる」
「えっ」

 俺は正直に言う。エズラは驚いたような声を返してくる。

「まさか、ここは帝都のド真ん中だぜ? そんな場所が、戦場にでもなるっていうんじゃないよな?」
「その単語が出てくる事自体、そうなりうるってエズラ自身、思ってるって事じゃないのか?」

 戦場──その単語を使ったエズラに、俺はそう答えた。

「それは……」
「俺達は今の危険な状況を打破するためにやってきた。けど、帝都が騒乱状態になることを食い止められるかは、だいぶ怪しい」

 困惑気に言うエズラに対して、俺は自分でも解るほど険しい表情で、そう言った。

「解った。けど、俺にもなにか力になれる事があるんじゃないのか?」
「今のところはない、今のところは、なんだが……」

 抗議デモがなんかのはずみで暴動に発展することなんて珍しいことでもなんでもない。
 いつ不測の事態が発生してもおかしくない状態だ。
 危険なことに、エズラを巻き込みたくはないのだが……

「こいつを」

 エズラは、俺に、紙片を渡してきた。
 簡単な地図と住所の入ったメモだった。

「アンタの言う通り、店は閉めて、工房街の工房の方に立てこもることにする。そっちには、同じデミ・ドワーフの職人もいるしな。ここよりは安全だと思う」
「それが良いな」

「けど、なにか俺達で役に立つことがあったら、遠慮なく言ってきてくれ。そいつは、俺の工房街の工房の場所だ」
「解った」

 なんとか苦笑するといった感じで言うエズラに、俺は感謝の意を伝えた。
 何が起きるかわからない以上、味方は多いに越したことがない。

「ああ、ひとつだけ訊ねていいか?」
「なんだい?」

 売り物に鎖をかけて施錠しようとするエズラに、俺は問いかける。

「最近、まとまって武具を卸したりとか、そう言うことはしなかったか?」
「なんでわかるんだ?」

 やっぱりか……だが、エズラがそれをけているのは悪い要素とは言い切れない。

「合戦でも起きるんじゃないかって量を、発注してくる領主がいたけど……」

「それはエズラの店だけか?」
「デミ・ドワーフで店を構えているのは俺ぐらいだからな。けど、工房の紹介も引き受けてるから、ここ3ヶ月、デミ・ドワーフの鍛冶師にかなり仕事があったような気がする」

 俺が更に問うと、エズラはそう説明してから、ハッとしたように、

「まさか、そいつらが謀反を起こして、帝都を襲ってくるってわけじゃないだろうな!?」

 と、言い出した。

「…………すまん、違う、と言い切りたいところなんだが、今のところ、はっきり断言できないんだ」
「そうか……」

 実際に陛下が勅令を出されて、エズラから武具を調達していた領主がどう動くかは、そうなってみないとわからない。

「ありがとう、エズラ、俺達もこれで失礼するよ」
「ああ、気をつけてくれよ、と言っておいたほうがいいんだろうな」

 エズラに別れを告げて、俺達はそのまま、その近場であるアドラス聖愛教会へと向かった。

「これは! アルヴィン・バックエショフ卿! よくぞお越しくださいました!」

 宣教師達が、俺を出迎えてくれた。
 だが、やはりどことなくピリピリとした空気が漂っている。

 何より、教化騎士クルセイダーが入り口に詰めている。
 普段、来る者拒まずなところがある新教派の教会とは思えない光景だ。

「いったい、これはどういうことですか、徒に民を刺激するような真似はするべきではないのではありませんか!?」

 ミーラが、そのクルセイダーの姿に驚き、出迎えた宣教師に詰め寄った。

「それはそうなのですが、主席宣教師が、まずは教会の安全を第一に、今は考えろとのことでして」
「お祖父様が……」

 俺達を出迎えてくれた、若い宣教師がそう言うと、ミーラは険しい表情のまま、視線を俯かせた。

「それで、そのセニールダー主席宣教師は? まさか皇宮に行ったきり、なんてことにはなっていないよな?」
「い、いえ、先程皇宮から戻られまして、今、こちらに参られると思います」

 俺が、やや荒くなってしまう口調で問いかけると、若い宣教師は少し慌てたようにしてそう答えた。
 不必要に威圧してしまったか、悪いことをした。

 だが、良かった。
 セニールダー主席宣教師が皇宮の虜にでもなっていたら、また話がややこしくなる。

 一応立派に領主とは言え、新参の子爵の俺と、準男爵でしかない姉弟子とで皇宮に向かったところで、なんやかや理由をつけて追い返される公算が大だ。
 皇帝陛下にお会いするには、第二位枢機卿であるセニールダー主席宣教師の紹介があればだいぶ楽になる。

 まっすぐ皇宮にも、俺の帝都屋敷にも向かわず、アドラス聖愛教会を訪ねたのも、それが最大の理由だ。

「アルヴィン殿、申し訳ない、お待たせした。何分、火急の事態でしてな。いや、おそらく卿の事だから、事態をある程度察知されての訪問なのでしょう」

 主席宣教師が現れ、まず、俺にそう声をかけてきた。

「もちろん。委細までは、これから情報収集をする……と言ったところなのですが」
「状況ですか。とりあえず私の主観でよろしいですかな?」

 俺が言うと、主席宣教師は、そう返してきた。

「お願いします」
「それでは……」

 食料高騰に抗議するデモが起きたのは、2週間程前のことだった。
 俺がまだ、なーんにも知らずに、自領で新規農地の開墾の計画を立て、打ち合わせをしていた頃だ。

 実際、この手のデモは、季節行事みたいなものと化しており、誰もがそう思っていた。
 だが、デモ隊の数人が、皇宮の通用門に取り付いて、そこで衛兵と言い合いになった。

 そう、だいたいこういうのって、つまんない事がきっかけになるんだよな。
 誰かが綿密に計画を巡らせていたり、というのは逆に少数だ。

 その時点ではちょっとした揉み合いで済んだのだが、これが帝都中に広まってしまった。
 中には、衛兵が剣を抜いたという背びれまでついて。

「実際に抜剣したんですか?」
「とんでもない! 近衛兵団は民を護るのが役目、民に向かって刃は向けませぬ。それが陛下の御意志です」

 俺が問いかけると、主席宣教師は飛び上がって驚きかけながら、そう言った。

「そうですか……ですが」

 俺は、窓越しに、妙に殺風景に感じる帝都の町並みを見ながら、そう言った。

「状況は、かなりまずいですね」
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