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第25話 せっかくだからBルートを選んでみる。
Chapter-44
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「確かに、状況は最悪ですな」
セニールダー主席宣教師がそう言った。
「陛下はこの状況を打破すべく勅令を出そうとしましたが、側近の貴族達に制止されています」
「やはりそうでしたか……」
主席宣教師の言葉に、俺は口元に当てて少し考える。
「それどころか、帝都内の騒乱に備えて地方領主に、あろうことか帝都に向かって挙兵せよと。その勅令を出さざるを得なくなっています」
「民衆の陛下に対する信頼はどうですか?」
俺は訊き返した。
「今のところ、陛下に直接民衆の不満が募っているとは思えません。これまでも、陛下は民衆の不満を和らげる方向で動いてきたので、今回もそれを期待しているものが多いかと……ただ、あくまで私の主観になるということと……」
「いうことと?」
渋い表情をする主席宣教師に、俺は続きを促す。
「実は国の備蓄もそろそろ尽きかけているのです」
「う」
俺は表情が強ばるのが解った。
「ちょっと待って、それじゃあ、今年に限ってこんな騒ぎになったのは」
エミやミーラなら想定できたが、キャロが気付くか。
いや、出発前に現状について一番話し込んでいたのはキャロだ。
「アルヴィンは、今年なのはたまたまだ、って言ってたけど……」
「ああ、これは必然だ。たまたま今年だったんじゃない」
キャロの言葉に頷く。
国に市場価格を抑制できるほどの備蓄がもう残っていない。
「セニールダー主席宣教師、それは国庫のすべてが尽きかけているということですか?」
「それは……何分、私は専門外ですし、そうした会計の部門は……」
くっそ、そうだよな、本祖派連中が中枢を固めてんだ。
新教派の第二枢機卿に教えるわけなんかない。
最低限の備蓄はまだ残っている、ならまだいい。
だが、本気で備蓄を使い果たしてしまっていると、ちょっとした天災でも起ころうものなら、その救援すらできない。
地方には、帝都とは別にそれなりの備蓄はあるだろうが……
幸いなのは、日本と違って災害天国な国情じゃないことか。
「できるだけ慎重に、穏便にやろうと思っていたが、もう、時間との戦いになってきた」
「アルヴィン殿には、なにか打開策が会って帝都に乗り込んできたのですかな?」
主席宣教師の言葉に、俺は頷く。
「錦の御旗を──いえ、つまり、皇帝陛下の御印をこちらの手に入れます。ただ、地方領主の兵団が帝都に乗り込む状態になっては、もう、遅い」
「なるほど、それで、皇宮に手はずを整えるのに、私のもとに来たということですな?」
俺は再度頷いた。
「なんとかして、皇宮内に入り、陛下が勅令を出せる状況にしなければなりません」
「承知しました。それは、私が手引いたしましょう。ただ、この人数はまずい。せいぜい2・3人が限度です」
確かに、それもそうだな。2・3人か。
1人は姉弟子で決まりだ。中でどんな事態になっても、俺と姉弟子がいれば対処できる。
あとは……
「そうだな、エミ、ついてきてくれるか?」
いろいろな意味で、やはりエミを選ぶべきだろう。
まず考えたくないことだが、中で戦闘になった場合。
フィールド型の戦場では槍のキャロやロングメイスのミーラが有利だが、屋内だとエミの剣の方が取り回しの面で有利だ。
もっとも、そんな事態になったら、完全に負け戦なのだが。
できるだけ穏便に、陛下を確保しなければならない。
そして、エミを連れて行く理由はもうひとつ。
「キャロ、ミーラ、済まないが、俺達が出発した後、ローチ伯爵家の帝都屋敷まで走ってくれないか? エミは皇宮の中にいると伝えてほしいんだ」
「ローチ家の兵団の力を借りることになるかも知れない、ということですね?」
ミーラが、問い返すようにしてきた。
「ああ、そうだ。現状、近衛兵団が陛下の思い通りに動かせる状況かわからないし、騒乱が起きたら、アテにできるのはローチ伯爵とブリュサンメル上級伯ぐらいしかいないからな」
ブリュサンメル上級伯が出兵に応じていたとして、兵団が到着するまでには、まだしばらく時間がかかるだろう。
「早速行動を開始したいのですが、セニールダー主席宣教師、お願いできますか?」
俺は、突き動かされるように、主席宣教師に頼む。
「今戻ったばかりで、また……というのは、訝しがられる気がしますが、もはやその猶予はないのですね?」
「ええ」
主席宣教師の言葉に、俺は頷く。
「わかりました。とにかく、行くだけ行ってみましょう」
主席宣教師に連れられて、俺、エミ、姉弟子は皇宮の通用門までやってきた。
まずいな……
ひと目見て、焦燥感が一気に跳ね上がるのが解った。
多くの民衆が、城門前でデモを行っている。
プラカードと言うか、木の支柱に布地で作った、アジテーションの入った旗を掲げていた。
ここで揉み合いがあったためか、扉は固く閉ざされているだけではなく、通用門の部分にかかる橋の、堀の外側に柵が立てられ、その前に近衛兵が立っている。
「陛下らしくないな。市民を威嚇する場所に兵を立たせるなど」
姉弟子がそう言った。
だが、静かな口調で言った、その理由はわかっているのだろう、今はそう言う事態なのだ。
「ルイス・モーリス・セニールダー伯爵である。火急の用にて、陛下にお会いしたく、アルヴィン・バックエショフ子爵と、シャーロット・キャロッサ準男爵とともに参った。陛下に謁見願いたい」
主席宣教師がそう伝えると、通用門につながる橋の前で立ち番をしていた兵士は、慌てて通用門の方に走っていく。
通用門が開き、どうやら兵士の上役らしい人間と、立ち番をしていた兵とが、なにか興奮したように会話をしていた。
やがて、上役の兵士長と、先程の兵士とが、駆け寄ってくる。
「お待ちしておりました、アルヴィン・バックエショフ卿」
ん? 何?
「陛下がお待ちになられています、中にお入りください」
ちょっと意外な展開になってきたぞ。
俺はてっきり、最初は拒絶される可能性もあると考えてここまで来た。
それが、陛下が俺を待っている、だと?
「エミ、姉弟子、気をつけてください、何かの罠かもしれない」
俺は、2人に警戒を促す。
もし俺達になにかあっても、ローチ伯がうまく立ち回ってくれれば良いのだが、俺の考えている通りの動きまでは期待できないだろう。
「こちらです」
兵士長が俺達を案内してきたのは、儀式の時に使う謁見の間ではなく、普段、陛下が執政を取り仕切るための部屋だった。
と言っても、俺のマークリスの屋敷の執務室とは、質に天と地ほどの開きがあった。前世に例えるなら、ホワイトハウスのオーバル・オフィスか。
「待っていたわ、アルヴィン! それにリリーも!」
一段高い位置にある執務机の椅子にかけていた陛下が、ぱっと顔を綻ばせるようにして、俺達を歓迎する言葉をかけてくれた。
あれーぇ?
良いのか、こんなに順調に事が進んで。
「アルヴィン・バックエショフ。この折、必ずあなたが来てくれると私は、いえ、余は信じておった」
陛下の口調が変わった。私的な接し方から、皇帝としてのそれになったのだ。
「陛下、火急の事態と訊いて、参上仕りますれば、現状、自分に何をお望みなのか、お聞かせ願えますか?」
俺は、険しい表情をしつつ、やはり、皇帝陛下に対する公的な態度で、それを訊ねた。
「余には…………」
陛下は、ふるふると震えながら、言う。
「もとより余にこの皇帝の座は似つかわしくなかったのやも知れぬ。もう、余には民の心がわからぬ。臣下の真意がわからぬ。従って皇帝として何を為すべきかもわからぬ」
その声は、泣きそうですらあった。
「陛下! それは、我ら臣下の不足にござります。陛下が心を痛めるべきことではありませぬ」
そう言ったのは、陛下の傍らにいた、宰相サッチュス侯爵だった。
そうだ、この人は本祖派ではあるが、それ以上に陛下に心酔している人だったな。
「否!」
俺は敢えて言う。
「以前、茶会の場で自分は言ったはずです、改革なければこの国の行く末は昏い、と。その不足が今、民の怒りを、この混沌を呼んでいるのです、それを直視していただきたい!」
「!?」
サッチュス候を始めとする、陛下の側近たち、さらには、主席宣教師や、エミまでもが、信じられない、驚愕した、という感じで、俺を見ている。
そりゃそうだろう。今まで、陛下には当たり障りのない範囲でしか、陛下に物事を伝えてこなかったのだから。だが、その結果が、これだ。
「やはり余に皇帝の座は荷が勝ちすぎたということか……」
陛下は、俺の言葉に、肩を落とすようにして、弱気にそう言った。
「いいえ! 皇帝なくしてこの国はあり得ませぬ。そして、今、その座にあるのは、他ならぬ陛下であります。ならば、皇帝以外に──陛下以外にこの事態は収集できませぬ」
俺は、敢えて叱咤するように、そう言った。
この人は本来、聡いはずだ。
だから以前、美辞麗句を並べる側近たちとは違う切り口から、物事を見られるだろうと、俺を茶会に呼び出した。
残念ながら、穏便な改革は、すでに不可能になったが、それでも────
「選択肢は2つに1つ、このまま帝国が瓦解するのを目の当たりにし、長きに渡って民を飢えさせ、苦しませるか。あるいは、今ここで一時の痛みに耐え、帝国の繁栄を取り戻すか。すべては、陛下の御意志にかかっております!」
「余は……余に、できるというのか、そのような、大胆なことが……」
「陛下にしか、皇帝にしかできませぬ!」
俺は陛下に決断を迫る。
もう時間がない。
なにより、この人なくして俺達の目的は達成できない。
「アルヴィン・バックエショフ卿の真意の程は測りかねますが」
サッチュス候が言う。
「不肖、バーナード・センツベリー・サッチュス、私も、帝国をまとめ得るのは、陛下以外におられぬと信じております」
ありがたい、サッチュス候の援護射撃だ。
「どうすればいい。余は、何をすればいい。アルヴィン・バックエショフ。そなたには世の真に為すべきことが、なんなのかを解っているのなら、皇帝の恥を承知で言う、教えてはくれぬか」
「簡単なことです」
爆弾、あるいは、毒。そう例えられるべきことを、俺は敢えて口にする。
「今、この帝国は一握りの貴族の秘密政治によって動かされている。その結果が、民の怒り。ならば、為すべきことは2つ、国を真に、皇帝の下において動かすこと。そして、それを公明正大なものであることを民に示すこと!」
セニールダー主席宣教師がそう言った。
「陛下はこの状況を打破すべく勅令を出そうとしましたが、側近の貴族達に制止されています」
「やはりそうでしたか……」
主席宣教師の言葉に、俺は口元に当てて少し考える。
「それどころか、帝都内の騒乱に備えて地方領主に、あろうことか帝都に向かって挙兵せよと。その勅令を出さざるを得なくなっています」
「民衆の陛下に対する信頼はどうですか?」
俺は訊き返した。
「今のところ、陛下に直接民衆の不満が募っているとは思えません。これまでも、陛下は民衆の不満を和らげる方向で動いてきたので、今回もそれを期待しているものが多いかと……ただ、あくまで私の主観になるということと……」
「いうことと?」
渋い表情をする主席宣教師に、俺は続きを促す。
「実は国の備蓄もそろそろ尽きかけているのです」
「う」
俺は表情が強ばるのが解った。
「ちょっと待って、それじゃあ、今年に限ってこんな騒ぎになったのは」
エミやミーラなら想定できたが、キャロが気付くか。
いや、出発前に現状について一番話し込んでいたのはキャロだ。
「アルヴィンは、今年なのはたまたまだ、って言ってたけど……」
「ああ、これは必然だ。たまたま今年だったんじゃない」
キャロの言葉に頷く。
国に市場価格を抑制できるほどの備蓄がもう残っていない。
「セニールダー主席宣教師、それは国庫のすべてが尽きかけているということですか?」
「それは……何分、私は専門外ですし、そうした会計の部門は……」
くっそ、そうだよな、本祖派連中が中枢を固めてんだ。
新教派の第二枢機卿に教えるわけなんかない。
最低限の備蓄はまだ残っている、ならまだいい。
だが、本気で備蓄を使い果たしてしまっていると、ちょっとした天災でも起ころうものなら、その救援すらできない。
地方には、帝都とは別にそれなりの備蓄はあるだろうが……
幸いなのは、日本と違って災害天国な国情じゃないことか。
「できるだけ慎重に、穏便にやろうと思っていたが、もう、時間との戦いになってきた」
「アルヴィン殿には、なにか打開策が会って帝都に乗り込んできたのですかな?」
主席宣教師の言葉に、俺は頷く。
「錦の御旗を──いえ、つまり、皇帝陛下の御印をこちらの手に入れます。ただ、地方領主の兵団が帝都に乗り込む状態になっては、もう、遅い」
「なるほど、それで、皇宮に手はずを整えるのに、私のもとに来たということですな?」
俺は再度頷いた。
「なんとかして、皇宮内に入り、陛下が勅令を出せる状況にしなければなりません」
「承知しました。それは、私が手引いたしましょう。ただ、この人数はまずい。せいぜい2・3人が限度です」
確かに、それもそうだな。2・3人か。
1人は姉弟子で決まりだ。中でどんな事態になっても、俺と姉弟子がいれば対処できる。
あとは……
「そうだな、エミ、ついてきてくれるか?」
いろいろな意味で、やはりエミを選ぶべきだろう。
まず考えたくないことだが、中で戦闘になった場合。
フィールド型の戦場では槍のキャロやロングメイスのミーラが有利だが、屋内だとエミの剣の方が取り回しの面で有利だ。
もっとも、そんな事態になったら、完全に負け戦なのだが。
できるだけ穏便に、陛下を確保しなければならない。
そして、エミを連れて行く理由はもうひとつ。
「キャロ、ミーラ、済まないが、俺達が出発した後、ローチ伯爵家の帝都屋敷まで走ってくれないか? エミは皇宮の中にいると伝えてほしいんだ」
「ローチ家の兵団の力を借りることになるかも知れない、ということですね?」
ミーラが、問い返すようにしてきた。
「ああ、そうだ。現状、近衛兵団が陛下の思い通りに動かせる状況かわからないし、騒乱が起きたら、アテにできるのはローチ伯爵とブリュサンメル上級伯ぐらいしかいないからな」
ブリュサンメル上級伯が出兵に応じていたとして、兵団が到着するまでには、まだしばらく時間がかかるだろう。
「早速行動を開始したいのですが、セニールダー主席宣教師、お願いできますか?」
俺は、突き動かされるように、主席宣教師に頼む。
「今戻ったばかりで、また……というのは、訝しがられる気がしますが、もはやその猶予はないのですね?」
「ええ」
主席宣教師の言葉に、俺は頷く。
「わかりました。とにかく、行くだけ行ってみましょう」
主席宣教師に連れられて、俺、エミ、姉弟子は皇宮の通用門までやってきた。
まずいな……
ひと目見て、焦燥感が一気に跳ね上がるのが解った。
多くの民衆が、城門前でデモを行っている。
プラカードと言うか、木の支柱に布地で作った、アジテーションの入った旗を掲げていた。
ここで揉み合いがあったためか、扉は固く閉ざされているだけではなく、通用門の部分にかかる橋の、堀の外側に柵が立てられ、その前に近衛兵が立っている。
「陛下らしくないな。市民を威嚇する場所に兵を立たせるなど」
姉弟子がそう言った。
だが、静かな口調で言った、その理由はわかっているのだろう、今はそう言う事態なのだ。
「ルイス・モーリス・セニールダー伯爵である。火急の用にて、陛下にお会いしたく、アルヴィン・バックエショフ子爵と、シャーロット・キャロッサ準男爵とともに参った。陛下に謁見願いたい」
主席宣教師がそう伝えると、通用門につながる橋の前で立ち番をしていた兵士は、慌てて通用門の方に走っていく。
通用門が開き、どうやら兵士の上役らしい人間と、立ち番をしていた兵とが、なにか興奮したように会話をしていた。
やがて、上役の兵士長と、先程の兵士とが、駆け寄ってくる。
「お待ちしておりました、アルヴィン・バックエショフ卿」
ん? 何?
「陛下がお待ちになられています、中にお入りください」
ちょっと意外な展開になってきたぞ。
俺はてっきり、最初は拒絶される可能性もあると考えてここまで来た。
それが、陛下が俺を待っている、だと?
「エミ、姉弟子、気をつけてください、何かの罠かもしれない」
俺は、2人に警戒を促す。
もし俺達になにかあっても、ローチ伯がうまく立ち回ってくれれば良いのだが、俺の考えている通りの動きまでは期待できないだろう。
「こちらです」
兵士長が俺達を案内してきたのは、儀式の時に使う謁見の間ではなく、普段、陛下が執政を取り仕切るための部屋だった。
と言っても、俺のマークリスの屋敷の執務室とは、質に天と地ほどの開きがあった。前世に例えるなら、ホワイトハウスのオーバル・オフィスか。
「待っていたわ、アルヴィン! それにリリーも!」
一段高い位置にある執務机の椅子にかけていた陛下が、ぱっと顔を綻ばせるようにして、俺達を歓迎する言葉をかけてくれた。
あれーぇ?
良いのか、こんなに順調に事が進んで。
「アルヴィン・バックエショフ。この折、必ずあなたが来てくれると私は、いえ、余は信じておった」
陛下の口調が変わった。私的な接し方から、皇帝としてのそれになったのだ。
「陛下、火急の事態と訊いて、参上仕りますれば、現状、自分に何をお望みなのか、お聞かせ願えますか?」
俺は、険しい表情をしつつ、やはり、皇帝陛下に対する公的な態度で、それを訊ねた。
「余には…………」
陛下は、ふるふると震えながら、言う。
「もとより余にこの皇帝の座は似つかわしくなかったのやも知れぬ。もう、余には民の心がわからぬ。臣下の真意がわからぬ。従って皇帝として何を為すべきかもわからぬ」
その声は、泣きそうですらあった。
「陛下! それは、我ら臣下の不足にござります。陛下が心を痛めるべきことではありませぬ」
そう言ったのは、陛下の傍らにいた、宰相サッチュス侯爵だった。
そうだ、この人は本祖派ではあるが、それ以上に陛下に心酔している人だったな。
「否!」
俺は敢えて言う。
「以前、茶会の場で自分は言ったはずです、改革なければこの国の行く末は昏い、と。その不足が今、民の怒りを、この混沌を呼んでいるのです、それを直視していただきたい!」
「!?」
サッチュス候を始めとする、陛下の側近たち、さらには、主席宣教師や、エミまでもが、信じられない、驚愕した、という感じで、俺を見ている。
そりゃそうだろう。今まで、陛下には当たり障りのない範囲でしか、陛下に物事を伝えてこなかったのだから。だが、その結果が、これだ。
「やはり余に皇帝の座は荷が勝ちすぎたということか……」
陛下は、俺の言葉に、肩を落とすようにして、弱気にそう言った。
「いいえ! 皇帝なくしてこの国はあり得ませぬ。そして、今、その座にあるのは、他ならぬ陛下であります。ならば、皇帝以外に──陛下以外にこの事態は収集できませぬ」
俺は、敢えて叱咤するように、そう言った。
この人は本来、聡いはずだ。
だから以前、美辞麗句を並べる側近たちとは違う切り口から、物事を見られるだろうと、俺を茶会に呼び出した。
残念ながら、穏便な改革は、すでに不可能になったが、それでも────
「選択肢は2つに1つ、このまま帝国が瓦解するのを目の当たりにし、長きに渡って民を飢えさせ、苦しませるか。あるいは、今ここで一時の痛みに耐え、帝国の繁栄を取り戻すか。すべては、陛下の御意志にかかっております!」
「余は……余に、できるというのか、そのような、大胆なことが……」
「陛下にしか、皇帝にしかできませぬ!」
俺は陛下に決断を迫る。
もう時間がない。
なにより、この人なくして俺達の目的は達成できない。
「アルヴィン・バックエショフ卿の真意の程は測りかねますが」
サッチュス候が言う。
「不肖、バーナード・センツベリー・サッチュス、私も、帝国をまとめ得るのは、陛下以外におられぬと信じております」
ありがたい、サッチュス候の援護射撃だ。
「どうすればいい。余は、何をすればいい。アルヴィン・バックエショフ。そなたには世の真に為すべきことが、なんなのかを解っているのなら、皇帝の恥を承知で言う、教えてはくれぬか」
「簡単なことです」
爆弾、あるいは、毒。そう例えられるべきことを、俺は敢えて口にする。
「今、この帝国は一握りの貴族の秘密政治によって動かされている。その結果が、民の怒り。ならば、為すべきことは2つ、国を真に、皇帝の下において動かすこと。そして、それを公明正大なものであることを民に示すこと!」
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