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第41話 戦場は踊る
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フェリドの演説が終わり、ダンスのために音楽が流れ始める。
しかし、ほとんどの人たちがこれからどうするかに関心を持ち、ダンスに興じることはしなかった。
せいぜい――。
「ダンテさま、ここにいらしたのですねっ」
アンジェリカのような道具として使われる立場の人間だったり、自分で自分の行き先を決めることすら出来ない、力の弱い人間たちだけが開き直って踊るくらいだ。
ダンテの場合は権力闘争に興味も関心もなく、フェリドから金を絞り取ることができればどうでもいいという立場なのだが。
「アンジェ」
ダンテはアンジェリカの呼びかけに反応して体を180度回転させ……少しばかり言葉を失ってしまった。
何故なら、アンジェリカの背後には初老の男や衛兵と思しき男たちが居並んでいたからだ。
娘につく悪い虫を追い払う役目としては、いささか以上に人数も威圧感も過剰であった。
「……それでは踊ろうか」
しかしダンテは内心の動揺を笑顔という仮面で覆い隠し、アンジェリカへ向かって平然と手を差し出した。
「えっと、私も踊っていただきたいのですが……」
「どうしたのかな?」
せっかくの申し出だというのに、アンジェリカは申し訳なさそうに俯き、背後の男たちを気にしている様な仕草をしてみせる。
それを契機に、衛兵たちはダンテの逃げ道をふさぐように動き出した。
「ブラウンどの。そういう事なので、我々と来ていただけますかな」
フェリドの馬車を操っていた、未だ名前も知らぬ初老の男が感情の乗らない慇懃無礼な口調で告げる。
問題の種が本拠地までやって来たのだから、この際徹底的にやり合おうとでも考えたのだろう。
それにしてもずいぶんと強引な勧誘であった。
「断ったら?」
「二度とこの屋敷に足を踏み入れることが出来なくなるだけかと」
「それはずいぶんと色気のないお誘いですね」
ダンテの包囲が完了し、もはや逃げ道は存在しない。
絶体絶命の状況だというのに、それでもダンテは飄々とした態度を崩さなかった。
「おとなしく来ていただきましょう。お嬢様がお気にめしてらっしゃる方に、手荒な真似は致したくございませんので」
「ルーシオ!!」
アンジェリカが大声で咎めたてたのだが、初老の男――ルーシオはまったく動じていなかった。
「お嬢様。あまり大声で騒がれますと周りの方々に迷惑です。ご自重なさいませ」
彼の主はあくまでもアンジェリカの父親であるフェリドであって、アンジェリカではない。
敬語を使っていようと、立場の差は明らかだった。
「アンジェ、安心して。私は大丈夫だから」
不安そうな表情を浮かべるアンジェリカへ、ダンテはにこりと笑顔を送ってからルーシオへと向き直る。
「将来のお義父上になるかもしれない方なのですから、喜んでご招待にあずかりますよ」
皮肉がたっぷり効いたダンテの物言いに、ルーシオはピクリと頬を引きつらせたが、反応はそれだけであった。
「……ではこちらへ」
相変わらずの丁寧な態度でルーシオは案内を始め、ダンテはその後を素直についていったのだった。
ダンテが通されたのはフェリドのものと思しき執務室で、衛兵4人にルーシオとダンテ、それにアンジェリカが入ってもまだ余裕があるほど広い。
主人の趣味なのか、黒を基調とした意外に質素な部屋だったが、備え付けられている調度品はどれも超が付くほどの高級品ばかりであった。
「そちらへ」
ダンテとアンジェリカは、勧められるがままにソファへと腰を下ろす。
その背後に衛兵たちが立ち並び、威圧感を醸し出した。
「もうすぐ旦那様がいらっしゃいますので少々お待ちください」
ダンテはそんなルーシオの言葉に軽く返事をしてソファに深く座り、くつろいでいるとも取れる態度をみせる。
「アンジェ、落ち着いて」
「あ、え……は、はいっ」
しかも隣に座るアンジェリカへの気遣いまでする始末。
ともすれば一瞬後には命を失ってしまうかもしれないというのに、なんとも豪胆なことであった。
それから10分程度の時が過ぎ去った頃、ようやく執務室の扉が開く。
「来たか」
フェリドは相変わらず眉間にシワを寄せ、厳しいとも不機嫌とも取れる顔をしていた。
「これはブルームバーグ伯爵。先ほどぶりですね。まさかもう呼んでくださるとは思いませんでしたよ」
「黙れ」
ダンテの皮肉を一言で振り払うと、フェリドは肩をいからせながら部屋を横断し、ダンテたちの目の前に腰を下ろす。
客人であるならば遠慮などを多少はみせるはずだが、ソファが軋んで抗議の声をあげるほど粗雑な態度であり、ダンテたちどころかこの部屋にいる全ての存在を見下しているかのようであった。
「ダンテ・エドモン・ブラウン。今すぐにアンジェリカから手を引け」
「おやおや、いきなりですか」
いきなりの命令に、ダンテはやれやれと肩をすくめる。
フェリドの態度から察するに、ブラウン家への出資は考えてなどいなさそうであった。
恐らくはこれから始まる政争に備えて、少しでも実弾を温存しておきたいのだろう。
「黙れと言ったはずだ。貴様に許されていることは、そのしたり顔を今すぐ引っ込めて首を縦にふることだ」
「お断りいたします」
ダンテは怯むことなく首を横に振る。
「私はアンジェリカを愛していますからね」
しかも宣戦布告までしてのける。
この状況においても変わらない図太さに、ダンテの背後に立つ衛兵たちはどよめいてしまった。
「ダンテさま……」
アンジェリカは頬を染め、夢心地であるかのようにふわふわした視線をダンテに向ける。
だが、
「アンジェリカ」
それをたった一言でフェリドが釘をさす。
「貴様はこの男の正体を知らんからそんな寝ぼけたことを言えるのだ」
フェリドはそう言うと、立ち上がって執務用の机のところにまで歩いていく。
そして机の上に置いてあった羊皮紙を何枚か取り上げると、アンジェリカへ向かって投げつけた。
「それを読み上げろ」
「え?」
「私に同じことを二度言わせるのか?」
フェリドの態度は娘に対してするようなものではなかったが、アンジェリカの態度も父親にするものではなかった。
アンジェリカは感情を殺し、表情を消して床に落ちた羊皮紙を拾い、その内容に目を通す。
そして――。
「えっ」
驚きに目を見開いた。
「早くしろ」
フェリドに怒鳴られ、アンジェリカは渋々その内容を読み上げていく。
「…………ダ、ダンテ・エドモン・ブラウンは…………師である」
かすれる声で読み上げられていく内容は、不明瞭ではあったが確かにダンテの耳に届く。
その報告書と思しきものの内容は、かなり詳細かつ正確にダンテのことを調べ上げている様で、ダンテ自身にも訂正する箇所がほとんど見つからなかった。
「分かったか、アンジェリカ。いい加減に目を覚ませ。貴様は――」
「こ、この程度の事、ダンテさまから聞き及んでおりますわっ」
さすがにダンテが詐欺師でアンジェリカを騙していることまでは告げていなかったが、スラムで生きてきたことや、売春婦に育てられたことなどは話してあった。
相手を騙す時、全てが作り話ではリアリティがない。
真実の中に嘘を混ぜ込んでこそ、うやむやに出来るのだ。
それに、たかが正体がバレた程度で離れていく様な、安い惚れさせ方はしていなかった。
「そういえば、私の容姿は、かのルドルフ殿下に似ているとの話を聞いたことがあります。伯爵はご存じですか?」
ルドルフ・ギュンター・クロイツェフ。
現皇帝の庶子であり、フェリドにとって一番の敵である。
彼もまた、想像を絶するほど美しい顔を持っているとされているのだが、その顔と似ているということは、現皇帝の庶子であるかもしれないと言っているに等しい。
庶子であろうと皇族の血を引き入れられるのならば、利になるはずだ、という説得に聞こえるだろう。
反対する父親を共に説得する。
それはアンジェリカの心を更に恋の炎で燃やすことになるはずだった。
「ふん、白々しい」
フェリドはそんなダンテを鼻で嗤うと、
「家すら取り潰された死人になんの価値がある」
そう、口にした。
しかし、ほとんどの人たちがこれからどうするかに関心を持ち、ダンスに興じることはしなかった。
せいぜい――。
「ダンテさま、ここにいらしたのですねっ」
アンジェリカのような道具として使われる立場の人間だったり、自分で自分の行き先を決めることすら出来ない、力の弱い人間たちだけが開き直って踊るくらいだ。
ダンテの場合は権力闘争に興味も関心もなく、フェリドから金を絞り取ることができればどうでもいいという立場なのだが。
「アンジェ」
ダンテはアンジェリカの呼びかけに反応して体を180度回転させ……少しばかり言葉を失ってしまった。
何故なら、アンジェリカの背後には初老の男や衛兵と思しき男たちが居並んでいたからだ。
娘につく悪い虫を追い払う役目としては、いささか以上に人数も威圧感も過剰であった。
「……それでは踊ろうか」
しかしダンテは内心の動揺を笑顔という仮面で覆い隠し、アンジェリカへ向かって平然と手を差し出した。
「えっと、私も踊っていただきたいのですが……」
「どうしたのかな?」
せっかくの申し出だというのに、アンジェリカは申し訳なさそうに俯き、背後の男たちを気にしている様な仕草をしてみせる。
それを契機に、衛兵たちはダンテの逃げ道をふさぐように動き出した。
「ブラウンどの。そういう事なので、我々と来ていただけますかな」
フェリドの馬車を操っていた、未だ名前も知らぬ初老の男が感情の乗らない慇懃無礼な口調で告げる。
問題の種が本拠地までやって来たのだから、この際徹底的にやり合おうとでも考えたのだろう。
それにしてもずいぶんと強引な勧誘であった。
「断ったら?」
「二度とこの屋敷に足を踏み入れることが出来なくなるだけかと」
「それはずいぶんと色気のないお誘いですね」
ダンテの包囲が完了し、もはや逃げ道は存在しない。
絶体絶命の状況だというのに、それでもダンテは飄々とした態度を崩さなかった。
「おとなしく来ていただきましょう。お嬢様がお気にめしてらっしゃる方に、手荒な真似は致したくございませんので」
「ルーシオ!!」
アンジェリカが大声で咎めたてたのだが、初老の男――ルーシオはまったく動じていなかった。
「お嬢様。あまり大声で騒がれますと周りの方々に迷惑です。ご自重なさいませ」
彼の主はあくまでもアンジェリカの父親であるフェリドであって、アンジェリカではない。
敬語を使っていようと、立場の差は明らかだった。
「アンジェ、安心して。私は大丈夫だから」
不安そうな表情を浮かべるアンジェリカへ、ダンテはにこりと笑顔を送ってからルーシオへと向き直る。
「将来のお義父上になるかもしれない方なのですから、喜んでご招待にあずかりますよ」
皮肉がたっぷり効いたダンテの物言いに、ルーシオはピクリと頬を引きつらせたが、反応はそれだけであった。
「……ではこちらへ」
相変わらずの丁寧な態度でルーシオは案内を始め、ダンテはその後を素直についていったのだった。
ダンテが通されたのはフェリドのものと思しき執務室で、衛兵4人にルーシオとダンテ、それにアンジェリカが入ってもまだ余裕があるほど広い。
主人の趣味なのか、黒を基調とした意外に質素な部屋だったが、備え付けられている調度品はどれも超が付くほどの高級品ばかりであった。
「そちらへ」
ダンテとアンジェリカは、勧められるがままにソファへと腰を下ろす。
その背後に衛兵たちが立ち並び、威圧感を醸し出した。
「もうすぐ旦那様がいらっしゃいますので少々お待ちください」
ダンテはそんなルーシオの言葉に軽く返事をしてソファに深く座り、くつろいでいるとも取れる態度をみせる。
「アンジェ、落ち着いて」
「あ、え……は、はいっ」
しかも隣に座るアンジェリカへの気遣いまでする始末。
ともすれば一瞬後には命を失ってしまうかもしれないというのに、なんとも豪胆なことであった。
それから10分程度の時が過ぎ去った頃、ようやく執務室の扉が開く。
「来たか」
フェリドは相変わらず眉間にシワを寄せ、厳しいとも不機嫌とも取れる顔をしていた。
「これはブルームバーグ伯爵。先ほどぶりですね。まさかもう呼んでくださるとは思いませんでしたよ」
「黙れ」
ダンテの皮肉を一言で振り払うと、フェリドは肩をいからせながら部屋を横断し、ダンテたちの目の前に腰を下ろす。
客人であるならば遠慮などを多少はみせるはずだが、ソファが軋んで抗議の声をあげるほど粗雑な態度であり、ダンテたちどころかこの部屋にいる全ての存在を見下しているかのようであった。
「ダンテ・エドモン・ブラウン。今すぐにアンジェリカから手を引け」
「おやおや、いきなりですか」
いきなりの命令に、ダンテはやれやれと肩をすくめる。
フェリドの態度から察するに、ブラウン家への出資は考えてなどいなさそうであった。
恐らくはこれから始まる政争に備えて、少しでも実弾を温存しておきたいのだろう。
「黙れと言ったはずだ。貴様に許されていることは、そのしたり顔を今すぐ引っ込めて首を縦にふることだ」
「お断りいたします」
ダンテは怯むことなく首を横に振る。
「私はアンジェリカを愛していますからね」
しかも宣戦布告までしてのける。
この状況においても変わらない図太さに、ダンテの背後に立つ衛兵たちはどよめいてしまった。
「ダンテさま……」
アンジェリカは頬を染め、夢心地であるかのようにふわふわした視線をダンテに向ける。
だが、
「アンジェリカ」
それをたった一言でフェリドが釘をさす。
「貴様はこの男の正体を知らんからそんな寝ぼけたことを言えるのだ」
フェリドはそう言うと、立ち上がって執務用の机のところにまで歩いていく。
そして机の上に置いてあった羊皮紙を何枚か取り上げると、アンジェリカへ向かって投げつけた。
「それを読み上げろ」
「え?」
「私に同じことを二度言わせるのか?」
フェリドの態度は娘に対してするようなものではなかったが、アンジェリカの態度も父親にするものではなかった。
アンジェリカは感情を殺し、表情を消して床に落ちた羊皮紙を拾い、その内容に目を通す。
そして――。
「えっ」
驚きに目を見開いた。
「早くしろ」
フェリドに怒鳴られ、アンジェリカは渋々その内容を読み上げていく。
「…………ダ、ダンテ・エドモン・ブラウンは…………師である」
かすれる声で読み上げられていく内容は、不明瞭ではあったが確かにダンテの耳に届く。
その報告書と思しきものの内容は、かなり詳細かつ正確にダンテのことを調べ上げている様で、ダンテ自身にも訂正する箇所がほとんど見つからなかった。
「分かったか、アンジェリカ。いい加減に目を覚ませ。貴様は――」
「こ、この程度の事、ダンテさまから聞き及んでおりますわっ」
さすがにダンテが詐欺師でアンジェリカを騙していることまでは告げていなかったが、スラムで生きてきたことや、売春婦に育てられたことなどは話してあった。
相手を騙す時、全てが作り話ではリアリティがない。
真実の中に嘘を混ぜ込んでこそ、うやむやに出来るのだ。
それに、たかが正体がバレた程度で離れていく様な、安い惚れさせ方はしていなかった。
「そういえば、私の容姿は、かのルドルフ殿下に似ているとの話を聞いたことがあります。伯爵はご存じですか?」
ルドルフ・ギュンター・クロイツェフ。
現皇帝の庶子であり、フェリドにとって一番の敵である。
彼もまた、想像を絶するほど美しい顔を持っているとされているのだが、その顔と似ているということは、現皇帝の庶子であるかもしれないと言っているに等しい。
庶子であろうと皇族の血を引き入れられるのならば、利になるはずだ、という説得に聞こえるだろう。
反対する父親を共に説得する。
それはアンジェリカの心を更に恋の炎で燃やすことになるはずだった。
「ふん、白々しい」
フェリドはそんなダンテを鼻で嗤うと、
「家すら取り潰された死人になんの価値がある」
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