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三章

100話 心の傷④

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 私とグレインは、エリーに招待されたパーティに参加していた。
 子供達も一緒だ。

 私達がここに来たのは、実はとある理由がある。
 のだけど……

「……––っ」

「どうかしたの? グレイン」

「いえ、なんでもありませんよ。カーティア様」

 子供達が遊んでいるのを見ていると、隣に居たグレインが後ろを見て何かを言っていた。
 尋ねれば、彼はいつも通り平然と私に笑いかけるだけだ。

 だが、私には分かった。
 剣を鞘に納める時の僅かな音と、グレインが振り返った先に居る青ざめたエリー。
 彼女はきっと、グレインの護衛としての姿を見たのだろう。

 彼の本来の姿は––

「ぐーう。だーこ」

「イ、イヴァ様が俺に甘えてくださっているっ!!」

「ふふ、良かったら抱っこしてあげて」

「は、はい!」

 恐る恐ると私の息子であるイヴァを抱っこするグレイン。
 娘のリルレットと、もう一人の息子のテアも抱っこしていたのに、今でも彼は緊張しているようだ。
 その様子を見て、リルレットとテアも駆け寄った。

「グレイン! 私も久々に高い高いして!」

「あ! テアも!」

「お、お二人とも。順番ですよ」

 グレインは、子供達にとても好かれている。
 それは彼が持つ、よどみのない純粋な優しさが起因しているだろう。
 しかし、護衛としての任を与えられた時の彼は違う。

 護るべき者に仇を成すのなら、彼は一切の容赦なく刃を振るう。
 私達には見せない冷たい瞳で睨み、微塵の情も見せず……帝国で最高と謳われた剣技を振るう。

 それが、アイゼン帝国で最強の騎士であり。
 シルウィオが唯一、その力を信頼しているグレインの姿だ。

「さぁ、次はテア様の番です」

 まぁ、今の子供達に見せている彼の笑顔からは想像もできないだろう。
 私だって話で聞いただけで、実際のグレインの護衛としての顔は知らない。
 彼は見せてくれないだろうからね。
 
 しかし……後ろで青ざめているエリーは、その姿を見たに違いない。

「エリーさん?」

「は、はひ!?」

「グレインについては諦めてください。彼にはもっと相応しい女性がいるはずですから」

「あ……あぁ……ぁ」
 
 彼女も良く分かっただろう。
 成長したグレインに、自身の驕り高ぶった品位では隣に立てない事を……
 絶望するエリーに釘を刺しつつ、私はグレインと共に子供達と過ごす。
 やがて、招待されていた他の貴族たちも集まり出した。


 さて……ここからは、私達の仕事だ。




  ◇◇◇
 


 集まったレイル王国の貴族達は、見知らぬ顔である私達を遠巻きに見つめる。
 その視線の中で、一人の者が声を上げた。

「どうして、平民上がりの貴族がこの会場にいるのですかな」

「……」

 グレインを指さしたのは、ひときわ豪奢に着飾った初老の男性だ。
 周囲からは「公爵」と呼ばれて頭を下げられていた。

「どうして、俺の身の上を知っているのですか?」

 尋ねたグレインへと、公爵は鼻で笑って答えた。

「平民と会話する気はないが……一応答えてやろう。エリー嬢の夫であるローレン伯爵に教えてもらったのだよ。今回のパーティに相応しくない下民が混ざっているとな」

 ローレン伯爵か……
 名前を覚えておこう。

「皆も思うだろう! こんな下民の血が流れた者がアイゼン帝国の伯爵位にいるなど……アイゼン帝国が落ちぶれた証かもしれんなぁ」

 しかし、この国の貴族は特権階級意識が強すぎるようだ。
 平民を見下す考えが、彼らの根底に根付いている。

「さっさとパーティを出て行ってくれ。目障りだ」

 実は……こんな醜い貴族たちが居ると分かっていて、私とシルウィオは子供を連れていくと決めた。
 本当は子供達には綺麗な世界を生きて欲しい。

 だけど現実には、こうして他者を見下す者が多いのも事実だ。
 私達の子は、将来は皇族として生きていかねばならない。
 だからこそ、醜い貴族や悪意ある者達を知らないとならない。

「……っ」

 覚悟を決めていたが、実際にリルレット達が貴族たちの話を聞いてどう思うか不安だ。
 私も五歳の頃に初めて社交界に参加した。

 貴族とは華美な見た目に反して、その内は醜い嫉妬や見栄で出来ている。
 それに気付いた幼少期は、人の醜さを知って傷ついた。

 だから子供たちが傷ついたなら……私が支えよう。
 不安に思いながら、覚悟を決める。
 しかしそれは……杞憂に終わった。

「弱者の平民として生きていくなど、私にはできませんなぁ」
 
 公爵がそう言った時。
 リルレットが首をかしげて口を開いたのだ。
 
「おじさんは、民の人達を弱者だと思うの?」

「あ……? どこの娘だ」

 純粋な疑問を、リルレットが投げかける。
 公爵は突然の事にたじろいだ。

「なら、おじさんがもしも民になったら。どうするの?」

「は? そ、そんな事になれば、死を選ぶ! 惨めな生き方などできるか!」

「なら、おじさんは民の人よりも弱いんだね。だって……同じ立場なら生きられないんだもの」

「なっ!?」

 リルレットの言葉に、公爵は顔を赤くする。
 私とグレインは確かにと、笑ってしまった。

「屁理屈を言うな! 小娘が! 下等な平民の立場が惨めで生きられないだけだ! 私は貴族に相応しい素質があるのだから!」

「民の人達は、惨めなんかじゃないよ」

「は!?」

「おじさんは自分の着ている服を作れるの?」

「……」

「この会場に出てきたお料理も、おうちを作ったりも……おじさんにできる?」

 リルレットは純粋に、真っ直ぐに。
 先程までグレインを嘲笑していた貴族たちに言葉を告げていく。

「リル達ね。いろんなお国を回って気付いたの。すっごく寒い国でも暮らす人や、魔法が凄い国。それに商売もいっぱいしたり、宝石を綺麗に加工したり、美味しいお米を作る国もあったの」

「何が……言いたい」

「そういった国を作るのは、民のみんなだよ。みんなが強く生きてくれているから、リル達が支えてもらってるんだよ。支えてくれるみんなが幸せに暮らしてもらうために、偉い人がいるんだよ?」

「っ……」

「だから……支えてもらっている立場で惨めなんて言う方が。リルはよっぽど惨めだと思う」

「こっ……こ!! な……なな……にをぉ!」

 公爵は言い返す言葉もなく、怒りを見せるように叫ぶ。
 しかし、リルレットは一切怯えずに公爵を見つめていた。
 その姿が……嬉しかった。

 シルウィオが計画した、各国を巡る旅行。
 それは確かに……子供達が学ぶ、良い機会になっていたのだから

「さすが、カーティア様の御子ですね」

「グレイン……」

「本当に……ご立派です」

「ええ……そうね」
 
 本当に誇らしい。
 私達の子は優しく、皇族としての矜持を持っているのだから。

 周囲の貴族が苦々しい表情を浮かべてこちらを睨む中。
 グレインが、会場の扉へと視線を移した。

「っ……そろそろ、陛下が来られます」

 あら……思ったよりも早くシルウィオが来るようだ。
 なぜ私達が、エリ―に呼ばれたパーティに参加したのか。

 ここに集まった貴族や、エリーは思い知るだろう。
 不幸にもシルウィオが描いた通りになってしまった今、彼らの未来は明るくないのだから。
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