死んだ王妃は二度目の人生を楽しみます お飾りの王妃は必要ないのでしょう?

なか

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三章

101話 心の傷⑤

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 娘のリルレットに言い負かされた貴族達は、皆が苦い表情で頷く。
 当然だ。
 彼らを支えている民を見下すその態度こそが、何よりも惨めなのだから。

 しかし、公爵はまだ認められないのか。
 リルレットへと、怒声が浴びせた。

「お前のようなガキに、私の崇高な考えが否定されてたまるか! 痛みで躾をしてや––」

 言い返せなかった公爵が、いきり立ってリルレットへと進む。
 グレインが即座に動こうとした時だった。

「っ!?」

 小さな影が、リルレットへ近づいた公爵へと駆けだした。

「うっぐっ……」

「姉様に近づかないで」

 なんとテアが、公爵の鳩尾に拳を放っていた。
 その瞳は……シルウィオを彷彿とさせるような鋭さだった。

「あ……なんで、こんなガキに、こんな力が……」

「僕の姉様や、イヴァ、お母様に手を出すなら。覚悟して」

 そう言って、テアが公爵を投げ飛ばす。
 その容赦なく力を振るう姿は……まさしくシルウィオの血を継いでいるように見えた。

「こ、公爵様になんてことを!」
「おい、この子供と、その親を捕えよ!」

 周囲の貴族が慌てふためく中。
 会場の扉が、勢いよく開いた。

「な……!?」

 入ってきたのは––––

「誰だ!?」
「なんだあいつは!」

 周囲の貴族が動揺するのは当然だ。
 なぜなら……

「シルウィオ……あれだけ言ったのに……」

 私は思わず頭を抱えてしまう。
 以前と同じく、私と子供が褒めた仮装のまま、シルウィオがやって来たのだ。
 あれだけ外してきてって言ったのに!

「へ、陛下! 流石に外してください!」

「なぜだ」

「そのお姿をお見せするのは、カーティア様と御子様の前だけの方が良いかと……」

「……確かにそうか。カティ達にだけ見せよう」

 シルウィオに慌てて駆け寄り、仮装を外していたのはジェラルド様だ。
 久々に会えた嬉しさと共に、来てくれた頼もしさが胸に宿る。

 シルウィオが会場に来ていなかったのは、帝国からジェラルド様を転移魔法で呼んでいたからだ。
 そして、帝国の宰相として顔の広い彼を見て……周囲の貴族がざわつく。
 隅で怯えていたエリーも目を見開いて驚いていた。

「あ、あれは……帝国の宰相様」
「で、では……傍におられるのは」

 そして仮装が外されたシルウィオが、薔薇のような紅の瞳を周囲に見せた。

「アイゼン皇帝……陛下……!?」

「数か月前……我が帝国と、このレイル王国で国交を結ぶ話が上がった」

「っ!!」

「それはレイル王国に多大な益をもたらす話だ。帝国としても益はあったが……この会場を裏で見て、よく分かった」

「へ、陛下。わ……私達は……」 
 
「貴様らのように民を見下す貴族がいるなら国交を結ぶ気はない。レイル国王には、愚物を排除するまで国交を結ぶ事はできないと伝える事にしよう」

 そう。
 ここまで全て、シルウィオが描いた計画だ。

 レイル王国とアイゼン帝国が国交を強く結ぶことは、この王国に大きな利益をもたらす。
 この場の貴族達も当然、甘い蜜を吸える算段だっただろう。
 帝国としても、手を取り合う前提で話が進んでいた。

 ただそれは、あくまで互いに利益が生まれるならの話。
 この国の貴族の本来の姿を見るために、この会場に私達が先に入り、シルウィオは後から彼らの態度を見ていたのだ。

「我がアイゼン帝国には、貴様らのような思想を持つ者を迎える気は無い。民とは国の宝だ」

 シルウィオは、たった一代で貴族の腐敗を正した。
 彼が幼い頃、腐敗した貴族によってアイゼン帝国は大きな衰退をして、彼の母は犠牲になった。
 だからこそシルウィオは貴族の正しさを乱すような、民を見下す思想にまみれたレイル王国の貴族を迎えるはずがない。

「お、お許しください! アイゼン皇帝陛下! わ、我らは冗談を……」
「そうです。お見苦しい姿をお見せしてしまいました。本意ではなかったのです」

「お前たち、誰の御前と思っている」

 言い訳のために迫ったレイル王国の貴族へと、ジェラルド様が穏やかな表情から打って変わる。
 厳しく鋭い視線を向けて、迫った者達を一瞬で黙らせた。

「アイゼン帝国、シルウィオ陛下の御前だ。不用意に近づくな……」

 呟きながら、ジェラルド様が拳を壁に叩き付けた。
 なんて力だろうか……屋敷の壁にヒビが入り、広がっていく。

「ジェラルド様……本気で怒ってますね。カーティア様」

「そうね。国交を結ぼうとした国の貴族の思想がこれでは、アイゼン帝国が侮辱されたも同然だもの」

 グレインの囁きに、私は頷く。

 ジェラルド様は、シルウィオが作り上げた平和を乱す事は許さない。
 だからこそ、アイゼン帝国の忌まわしき過去へと導くようなレイル王国の貴族が許せないのだろう。

「エリーといったか。どこにいる」

 ふと、シルウィオが会場の中へと問いかける。
 怯えたエリーが、震えながら手を挙げた。

「この会場を開いてくれて感謝する。おかげで……貴様らの国の膿を確認できた」

 皮肉のこもった言葉に、エリーの顔が悔しさで紅潮する。
 グレインを貶めるための会が、自らや貴族達の正体を暴かれる会にされていたのだ。
 屈辱だろう。
 
「エ、エリー殿! これはどういう事ですか?」

「ち、ちが!?」

「我らを騙していたのですか? アイゼン帝国の皇帝がお越しになるなら、せめて一言だけでも……」

 シルウィオの皮肉にも気付かず、レイル王国の貴族達が醜い自己弁護を始める。
 内輪でもめて、必死に此度の責任を取る者を決めようとしているのだ。
 全員が、悪いのだから無駄なのに。

「た、助けて……グレイン……わ、私は貴方を想っていたの。これは本心なのよ!」

 責任を取れという貴族の視線から逃げるように、エリーはグレインへと縋った。
 しかし抱きつこうとした腕は空を切り、グレインは過去を断ち切るように言葉を告げる。

「俺を初めて招待してくれた十八歳の時。他の貴族に……俺の事を貧しい平民だと言っていたのを覚えてる?」

「え……あっ……き、聞いていたの……ご、ごめんなさ」

「そんな俺では、君には見合わない」

「あ……」

 見下したせいで、身を滅ぼす。
 そう告げるように、グレインは身を引いた。
 エリーも自身の過去の発言が、今になって身を滅ぼしたのだと気付き、その顔を絶望に染めていく。

「ち、ちが! 違うの!」

「え、エリー殿! この度の責任を誰がとるのだ!」
「そうだ! 貴方のせいで我らは!」

「やめて やめて離して! グレイン!」

 助けを求めたエリーは、貴族達の醜い責任の取り合いに引き込まれる。
 腕を掴まれて、強制的に集団の中に取り込まれて、誰が責任をとるかの意味のない言い争いに巻き込まれるのだ。

 醜く無残に喚く必死な貴族達の群衆へと呑み込まれて……唯一飛び出したエリーの手だけが、空を切って泳いだ。
 

「帰ろう。カティ」  

「シルウィオ……」

 いつの間にか、シルウィオが子供達を抱いて私の傍に来てくれていた。
 リルレットとテアの成長を褒めるように、その頬を撫でながら……

「グレインも帰るぞ。お前の居場所は……俺の家族の傍だ」

「っ!! はい。陛下……」

 グレインにも呼びかけ、私達はその場を去る。
 後に残った彼らの言い争いなど、気にする必要もない。




 外に出れば、ジェラルド様が馬車を用意してくれていた。
 リルレットとテアが彼に抱きつく。
 久しぶりにじぃじと会えて嬉しいのだろう。

「リルレット様、テア様……お二人の成長、このジェラルド……感服いたしましたよ!」

 瞳を潤ませてリルレット達を褒めているジェラルド様は、さきほどの鋭い表情とは真逆だ。
 それが微笑ましくて、ふっと安心もさせてくれる。 

「カティ」

 その光景を見ていた時、シルウィオが私の手を繋いだ。

「シルウィオ?」

「子供達は、この旅行で大きく成長してくれた」

「はい。とても……誇らしい。私達の子供達です」

「あぁ、十分に満足できた旅行だった。そろそろ帰ろう……帝国に」

「ええ! 旅行は終わりです。帰りましょうか、私達の国へ!」


 さぁ、帰って……
 久しぶりにコッコちゃんでモフモフするんだ。

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