上 下
2 / 10

追憶

しおりを挟む

 わたしは辺境の貧しい村に生まれた。
 幼いころから一度たりとも人に優しくされた記憶がない。
 わたしの周りでは時々変わった現象が起こった。
 家が揺れたり、突然火がついたり、水桶から水が溢れたり、棚から物が落ちたり、人が怪我をしたり……、それは決まってわたしが泣いたり驚いたり恐怖した時に起こった。
 それらはすべてわたしのせいだと言われた。
 わたしが無意識で魔法を暴走――【魔力暴発】させているのだと。

 村人が言うには、わたしは呪われてるらしい。
 だからわたしは村人みんなに嫌われて恐れられた。
 わたしは建物を壊し、人を傷つけ、時に火を熾し、村を混乱させていた。
 そんなことが何度も続き、そのうち誰もわたしに近づかなくなった。
 親ですらわたしを白眼視するようになった。
 そんな呪いの力は年齢を重ねるごとに強く大きくなっていった。
 
 そして五歳になったある日、わたしは山を幾つか越えた深い森に捨てられた。

 帰る村も家も失ったわたしには行く当てなど無かった。
 食べ物もなく水もなく、ただわたしは山――森林を彷徨った。
 山には人を襲う獣――オオカミがいた。
 耳まで裂けた大きな口には鋭く尖った無数の牙が見える。
 口から異臭を放つ粘液がダラリと垂れている。
 わたしは必至で山の中を逃げた。
 だけど四肢で走る獣たちの足はわたしの貧弱な足より速い。
 獣はわたしに追いつくとその牙と爪を振るった。
 わたしは身体に深い傷を負わされ地面を転がった。
 だけどオオカミはそれ以上わたしを襲ってこなかった。
 二匹のオオカミが赤い血で染まり無残な死骸と化している。
 四肢が千切れ眼球が飛び出し裂けた腹から臓物をさらけ出している。
 わたしが無意識に【魔力暴発】を起こした結果だ。
 オオカミは他にも数匹いたが怯えたように逃げ去っていた。

 深手だと思った傷は少し休めば血が止まっていた。
 開いた傷口は塞がり翌日には傷跡も綺麗に治っていた。
 幼いころからそうだが、わたしは怪我をしても治るのが異常に早い。
 それも呪いのせいらしい。
 わたしは無意識下で魔法を使っていたらしいが、自分ではどうしようもなかった。

 森を彷徨っているとお腹が空いて喉も乾いた。
 水分は湧き水や朝露を飲んで凌いだ。
 空腹はそこいらに生えている野草や木の実や木の根を口にした。
 苦いだけの野草や固くて噛み千切れない木の根、そして毒々しい色のキノコも食べた。
 時にはお腹を壊し嘔吐を繰り返し、死にそうになったこともある。
 殺した獣の肉を食べたいと思うこともあった。
 だけどさすがに死んだ獣の生肉を食べるのは気味悪く怖かった。
 せめて火を熾せれば焼いて食べれたかもしれない。
 だけどわたしは自分の意志で魔法を使うことが出来ない。
 小さな火すら熾すことも出来なかった。
 そして思ったことは『山から降りたい』『人里に行きたい』だった。
 わたしが暮らしていた村は王国の西にあって、ずっと東には王都と呼ばれる大きな街があることは何度か耳にしていた。
 だからわたしは山を越え谷を越え東へ東へと歩いた。
 そして何日も歩き辿り着いたのは高い石の壁に囲まれた大きな街だった。

 そこは大勢の人や物で溢れかえっていた。
 たくさんのお店や見上げる様な大きな教会もあった。
 わたしはお腹が空いていた。
 だけど薄汚いわたしに誰も手を差し伸べてくれなかった。
 汚いからどこかに行けと言われた。
 臭いから近寄るんじゃないと言われた。

 孤児であるわたしは泥水を啜って生きるしかなかった。
 ひもじさから泥棒や乞食こじきの真似事をしたりゴミをあさる毎日だった。
 食べ物を挙げるとだまされてさらわれた事もあった。
 逃げ出すために屋敷を壊したこともある。
 捕まり、売られて、悪戯されて、その相手が死んだこともある。
 わたしを捕えようとした役人を吹き飛ばしたこともある。
 何人も大怪我をしたはずだ。
 死んだ人の数は片手に余るだろう。

 わたしは暗い下水道で膝を抱えて毎日泣いていた。
 生きていくのが嫌になった。
 死にたいと何度も思った。
 わたしはなんでこうなったのか考えてみた。

 みんながわたしを嫌うから?
 誰かがわたしに石を投げるから?
 両親がわたしを捨てたから?
 知らない誰かがわたしをだますから?
 汚い大人がわたしをもてあそぶから?
 大勢で寄ってたかってわたしを捕まえようとするから?
 全部、他人のせいだ。
 結論、わたしはなにも悪くない。

 これまでわたしにとって他人は怖い存在だった。
 でも、それが憎い存在に変わった。
 死ぬのが馬鹿らしくなった。
 死のうと思ったことに腹が立ってきた。
 わたしは生きてやろうと思った。
 生きて見返してやろうと思った。

 だけど、生きていくためには食べなくちゃいけない。
 見返してやるには強くならないといけない。
 わたしは魔法を覚えたいと思った。だけどその方法が全然分からない。
 だから街で有名な魔法使いに教えてとお願いした。
 だけど何度も拒まれた。
「しつこい」と怒鳴られ「もう来るな」と追い返された。
 それでもしつこく毎日お願いしたら、その魔法使いは「手を出せ」と言った。
 わたしが恐る恐る手をだすと、その手を握って「これが魔力だ」と言った。
 握られた手は、じわぁーと不思議な力に包まれているような感じだった。
 魔法使いは「これを自分で感じられるようになれば魔法を使えるようになるだろう」と言った。
 それからのわたしは下水道にこもり魔力を感じる練習をした。
 あの時の手に感じた不思議な力を思い出して魔力を集める訓練をした。
 そして小さいけれど火を操る魔法を使えるようになった。
  
 わたしは食べる為、生きる為に冒険者になった。
 魔法使いだと言えば色々なパーティーがわたしを迎えてくれた。
 でも仲間という関係は長くは続かなかった。
 それはやっぱりわたしの異常な魔力のせいだ。

 わたしは魔力を安定させることが苦手だった。
 怖かったり驚いたりすると【魔力暴発】を引き起こした。
 それで何度も仲間を危険に晒した。
 わたしはパーティーを何度も首になった。

 そしてわたしは考えを改め始めた。
 嫌われ、恐れられ、虐められ、石を投げられ、唾を吐きかけられるのは、本当はわたしの異常な魔力のせいだと気が付いた。
 だからパーティーに入るのを止めた。
 一人で生きていくことにした。
 それで死んだらそれまでだと思った。

 そしてわたしはダンジョンに一人で潜った。
 深いダンジョンは下に行けば行くほど、モンスターは強くなる。
 わたしは一人で行けるとこまで行ってやろうと思った。
 そして深層とよばれる地下二十階で本当に死にそうになった。
 魔獣は普通の獣と違って恐怖に鈍感だ。
 だからいくら仲間が無残な死に方をしても逃げ出さない。
 魔獣の群れに囲まれて絶体絶命のピンチに陥った。
 そして完全に諦めた時だった。

 三人組のパーティーがわたしの前に現れた。
 黒髪の美男子と白髪白髭の老人と金髪碧眼の美少女。
 彼等三人がわたしを囲み魔獣から守ってくれた。
 巧みな連携と卓越した技量で彼らはあっという間に魔獣を殲滅した。
 なのに、わたしはそんな時ですら【魔力暴発】を起こしてしまった。

 それなのに、それなのに……、彼らはわたしの【魔力暴発】を笑った。
 笑いながらわたしの【魔力暴発】を弾き、笑いながら受け止め、笑いながら無効化した。
 わたしの【魔力暴発】を面白いと、手を取って、肩を抱いて、頭をくしゃくしゃに撫でてくれた。

 美男子の名はアベル。彼はわたしの【魔力暴発】を剣で弾き返した。
 魔法を剣で弾き返せるなんて聞いたことがない。剣聖か、はたまた変態か。

 美少女の名はユリス。彼女はわたしの【魔力暴発】を片手で受け止めた。
 その力はまぎれもなく聖女。ちょっと頭がアレだけど。

 そしてわたしの【魔力暴発】を未然に無効化したのはメルキールと名乗った白髪の老人。
 ただその方法は、魔力を具現化させた無数の触手で、わたしの身体を舐める様に触るという、猥褻わいせつ行為が問題だったけれど……。

 彼らは他のパーティーとは違った。
 彼らはこんなわたしでも必要としてくれた。
 このパーティーだけがわたしを見捨てなかった。

 彼らは誰もわたしを恐れなかった。
 誰もわたしを嫌わなかった。
 わたしを優しく受け入れてくれた。
 わたしにいつも笑って話してくれた。

 そしてメルキールとユリスがわたしに新たな魔力の扱いを教えてくれた。
 魔力を外に出すのではなく、内に抑える方法だ。
 その結果、わたしは内攻的な魔力の扱いが向いているとわかった。
 おかげで魔力の制御が得意になり【魔力暴発】は完全になくなった。
 そして付与魔法を教わった。

 その成長にはメルキールも目を剥き、彼を凌ぐようになっていった。
 そんな仲間との冒険は楽しかった。
 毎日がバラ色の様に輝いていた。
 そして彼らとパーティーを組んで数年が過ぎた。
 そんなある日、
 魔王討伐という特別依頼――特命ミッションが発生した。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

【完結】異世界で小料理屋さんを自由気ままに営業する〜おっかなびっくり魔物ジビエ料理の数々〜

櫛田こころ
ファンタジー
料理人の人生を絶たれた。 和食料理人である女性の秋吉宏香(あきよしひろか)は、ひき逃げ事故に遭ったのだ。 命には関わらなかったが、生き甲斐となっていた料理人にとって大事な利き腕の神経が切れてしまい、不随までの重傷を負う。 さすがに勤め先を続けるわけにもいかず、辞めて公園で途方に暮れていると……女神に請われ、異世界転移をすることに。 腕の障害をリセットされたため、新たな料理人としての人生をスタートさせようとした時に、尾が二又に別れた猫が……ジビエに似た魔物を狩っていたところに遭遇。 料理人としての再スタートの機会を得た女性と、猟りの腕前はプロ級の猫又ぽい魔物との飯テロスローライフが始まる!! おっかなびっくり料理の小料理屋さんの料理を召し上がれ?

【完結】転移魔王の、人間国崩壊プラン! 魔王召喚されて現れた大正生まれ104歳のババアの、堕落した冒険者を作るダンジョンに抜かりがない!

udonlevel2
ファンタジー
勇者に魔王様を殺され劣勢の魔族軍!ついに魔王召喚をするが現れたのは100歳を超えるババア!? 若返りスキルを使いサイドカー乗り回し、キャンピングカーを乗り回し!  経験値欲しさに冒険者を襲う!! 「殺られる前に殺りな!」「勇者の金を奪うんだよ!」と作り出される町は正に理想郷!? 戦争を生き抜いてきた魔王ババア……今正に絶頂期を迎える! 他サイトにも掲載中です。

神々の間では異世界転移がブームらしいです。

はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》 楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。 理由は『最近流行ってるから』 数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。 優しくて単純な少女の異世界冒険譚。 第2部 《精霊の紋章》 ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。 それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。 第3部 《交錯する戦場》 各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。 人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。 第4部 《新たなる神話》 戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。 連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。 それは、この世界で最も新しい神話。

万能シーフの逆転パーティ追放劇〜持てるスキルを総動員してざまぁする〜

金城sora
ファンタジー
全ての能力が平均以上の万能シーフ、ビリー・ザーシルト。 1人で低位迷宮を踏破する程の芸達者な彼だが上位迷宮へ行くと彼は持てる力の殆どが通用しなくなる。補助魔術と魔物の解体やトラップの解除、扉の解錠等でしか役に立てなくなった。 それをあからさまに罵倒してくるパーティリーダーのアインダークに嫌気がさし、彼はパーティを抜ける事を決意する。 だが、彼はパーティメンバーにわからせてやりたかった。 自分達に一芸しか無く、以下に浅はかであるかを・・・ ビリーは巧妙な仕掛けでパーティを迷宮へ誘い込み、思い知らせることにした。 彼の全てを掛けた復讐のカウントダウンが始まる。

俺たちの結婚を認めてくれ!~魔法使いに嵌められて幼馴染に婚約破棄を言い渡された勇者が婚約したのはラスボスでした~

鏡読み
ファンタジー
魔法使いの策略でパーティから外れ一人ラストダンジョンに挑む勇者、勇者太郎。 仲間を失った彼はラスボスを一人倒すことでリア充になると野心を抱いていた。 しかしラストダンジョンの最深部で待ち受けていたラスボスは美少女!? これはもう結婚するしかない! これは勇者と見た目美少女ラスボスのラブコメ婚姻譚。 「俺たちの結婚を認めてくれ!」 ※ 他の小説サイト様にも投稿している作品になります 表紙の絵の漫画はなかしなこさんに描いていただきました。 ありがとうございます!

【完結】迷宮、地下十五階にて。

羽黒 楓
ファンタジー
梨本光希は、日本有数のSSS級ダンジョン探索者である。 恋人の水無月凛音とともにパーティを組んで多数のダンジョンに潜っていた。 そんなあるとき。 幼少期から探索者として訓練を受け、その様子をテレビで特集されていた国民的人気の女子小学生がいた。 彼女がドキュメンタリーの撮影中にダンジョン内でモンスターに襲われ、遭難してしまったのだ。 彼女を救出するためにダンジョンに潜った光希たちパーティは、最深部である地下十五階まで到達したものの、そこで強敵に出会いパーティは半壊してしまう。 恋人だった凛音まで失い、生き残ったのは光希と光希がテイムした従順な下僕のワーラビットだけ。 女子小学生の救出どころか、生還することすらも難しい状況で、しかしそれでも光希はあきらめない。 ダンジョンの最深層で、元『魔女』を名乗る謎の幽霊少女と対決し、死んだ恋人の魂を取り戻す方法を模索する。 光希は【刀身ガチャ】ともよばれるスキル、【鼓動の剣】を振るい、助けの来ない地下十五階で戦い続ける――。 女子小学生を救い出せ。 死んだ恋人を取り戻せ。 カメラの前で脱ぎ始める下僕のワーラビット少女をしばいて噛みついてやれ。 これは、そんな物語である。

勇者に闇討ちされ婚約者を寝取られた俺がざまあするまで。

飴色玉葱
ファンタジー
王都にて結成された魔王討伐隊はその任を全うした。 隊を率いたのは勇者として名を挙げたキサラギ、英雄として誉れ高いジークバルト、さらにその二人を支えるようにその婚約者や凄腕の魔法使いが名を連ねた。 だがあろうことに勇者キサラギはジークバルトを闇討ちし行方知れずとなってしまう。 そして、恐るものがいなくなった勇者はその本性を現す……。

処理中です...