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降伏

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 特命ミッション、それはギルドの長から上級冒険者に下される特別な任務だ。
 冒険者ギルドに所属している以上、受けねばならない特別な依頼。
 依頼を拒否すれば冒険者登録の剥奪もありうる……。

 依頼内容は都度違うが、おおむね超高難度だったり緊急性の高いものが多い。
 この度の依頼内容は『魔王討伐』。
 区別分けするならば超超超高難易度の依頼に分類されるだろう。
 もちろんそんな超が三つも並ぶような高難度の依頼なのでその報酬も格別である。
 具体的な内容は示されていないが、見事達成したパーティーにはギルドと国王から莫大な報酬と最大級の栄誉が約束されるとのことだった。
 多くの上級冒険者が勇者を擁立して魔王討伐に赴くことになった。

 魔王が棲むのは魔界の魔王城。
 魔界とは大陸の東、海を越えた先にある異大陸の事を差す。
 人類が暮らす大陸を人大陸と呼び、魔王が棲む大陸を異大陸または魔大陸と呼んでいる。
 そして人大陸と魔大陸の間には岩礁と荒波が渦巻く魔海峡がある。

 魔王討伐にあたっての最大の難所と言われるのがこの魔海峡だった。
 ほとんどの勇者パーティーはこの魔海峡までは無事に辿り着いている。
 しかしこの魔海峡にはクラーケンやシーサーペント、リヴァイアサンといった強力無比な海洋魔獣が棲息している。 
 
 そんな魔海峡を冒険者たちは大船団をもって力を合わせなんとか渡りきった。
 しかし多くの冒険者がここで命を落としている。
 死んだ者以外にも負傷のために戦線を離脱した者、恐慌をきたし逃げ出した者もいる。
 そして辿り着いたのは暗雲渦巻く死の大地。

 空の色は鈍色で雲は赤黒く、ただれた様な大地はそこかしこで紫色の間欠泉が噴出し、強烈な異臭を放っている。
 そして魔大陸には強力な魔獣が無数に生存していた。
 そんな魔獣を倒しながら二年掛かってやっと魔王城に辿り着いた。
 ここまで辿り着けたのはわたしたち四人だけだった。
 魔界は人間が普通に生きられる場所ではなかった。

 魔王城の中では魔獣の代わりに魔人が待ち構えていた。
 見た目は一見して二足歩行の人のよう。
 けれど角があったり翼があったり羽根があったり鱗があったり、身近で見れば明らかに人とは違う異形のモノ。

 そんな異形は強かった。個々の強さで言えばわたしたちと同等かそれ以上かもしれない。
 だけどわたしたちは負けなかった。
 時には卑怯な策をろうし、汚い罠にかけて、そんな異形のモノを倒して城内を突き進んだ。

 そしていよいよ魔王城の玉座という場所で、わたしたちはそれを見てしまった。
 重厚なテーブルに置かれた巨大な水晶球。
 そこに映るのは王都の街並みとそこで暮らす多くの民衆。

 晴れ渡る青い空の下、人々が日常を楽しんでいる。
 買い物をし、ベンチでくつろぎ、朗らかにほほ笑んでいる。
 その風景には戦争のせの字も感じられない。完全に平和な世界だった。

 わたしたちの苦労はなに? なぜわたしたちだけが? そんな思いが頭に過った。
 他の三人も同じように眉をしかめてその水晶を覗き込んでいた。
 しかしのんびり考えている暇はなかった。
 魔王は目の前にいるのだから。

 体長はわたしの二倍はあるだろう巨漢、筋肉隆々とした身躯は鋼線の様な剛毛に覆われて頭部に二本の巨大な角を生やし、背には黒い六枚の翼があって、顔形は人のそれに近いけれど目は吊り上がり口は大きく口角が持ち上がりまるで悪鬼の様。
 そんな魔王が持つ剣は炎に包まれている。
 まさに炎の魔剣といったところか。

 そんな異形の魔王と迎えた最後の戦い。
 魔王はとんでもなく強かった。
 強いなんてもんじゃない。
 剣技でアベルに勝り、魔力でわたしとメルキールを凌駕し、その筋肉美にユリスは股間を濡らしかけている。
 まったく歯が立たない。

「これは勝ち目がないぞ!」
「ですわね……」
「うむ、こりゃ不味いのぉ」

 アベルの呟きにユリスとメルキールが唇を噛む。
 わたしも同じように考えていた。
 どう考えても勝ち目がない。
 だったらとりあえず逃げるべきだ。
 逃げた後のことはまた後で考えればいい。
 だけど四人が無傷で逃げるなんて無理だ。
 それなら!

「わたしが足止めする。何秒もつか分からないけど……、そのあいだに逃げて!」

 わたしは藁人形をかざし、釘を打ち込む構えをした。
 藁人形を使ったわたしの得意魔法【五釘束縛】。
 敵に見立てた藁人形に真銀ミスリル製の釘を五本打ち込むことで動きを完全に封じる魔法。
 だけど相手は絶大な力を誇る魔王。何秒押さえられるか分からない。

「お前はどうする気だ、カーラ?」
「貴方は動けないのではなくて?」
「まさかわしらの囮になるつもりか?」

 そんな自己犠牲の精神は持ち合わせていない。
 だけど三人には山ほど借りがある。
 この三人はわたしに平穏な日常をくれた。
 生きる楽しさを教えてくれた。
 生きる喜びを与えてくれた。

 わたしはそんな彼らに何も返せない。
 感謝はしているけれど、感謝しきれない。
 それを言葉に出来るほど器用でもない。
 だから、今、わたしに出来ることをする!
 それなのに………………、

「無駄な足掻きはよせ。お前たちの会話、聞こえていないとでも思ったか?」

 まさか今の会話が聞こえていた?
 というか、逆に動きを封じられた。
 強力な魔力の網が身体を締め付け指一本動かせない。
 そんなわたしたちを見て魔王が吊り上がった目を細める。

「それよりも、降伏したらどうだ?」
「馬鹿なッ!」
「なんじゃと……」
「「ッ……」」

 なんとか言い返せたのはアベルとメルキール。
 わたしとユリスは唇を噛み締め必死で魔力の網に抗っていた。
 そんなわたしたちに魔王はさらに畳みかける様に告げる。

「お前たちは何のために戦う?」
「それは……」
「人類の為か?」
「…………」

 おそらくアベルもユリスもメルキールも、人類の為などという高尚な考えは持っていないと思う。そう思いたい。わたしは欠片も思ってないから。
 たぶん特命ミッションだったから、でも軽い気持ちで遊び半分で成り行きでここまで来ただけじゃないだろうか。

 わたしはさっき見た水晶球に映った光景を思い出した。
 平和で暖かそうで幸せそうな光景だった。
 だけど彼らはわたしたちの苦労を知っているのだろうか。
 それより、彼らは今までわたしに何をした?
 蔑んで、見下して、卑しんで、唾を吐きかけた。
 ただの一度も優しくされた覚えがない。
 ただの一度も人として扱われた記憶がない。

 わたしがここまで来た理由は、四人で旅をするのが好きだったから。
 行く先なんて何処でもよかった。
 ただ、この三人と一緒に居たかった。旅をしていたかった。
 まぁ恥ずかしいからそんな事は口にしないけれど。

 たけど思いは過る。
 このまま戦っても魔王には絶対に勝てない。
 殺されるか、打ちのめされて捕虜にされるか。
 だったら降伏するべきだろうか。
 だけど、降伏したらどうなるだろう?
 奴隷? 監禁? 拷問? まさか魔人の慰みもの? それは絶対に嫌だ!

「……降伏したら、わたしたちはどうなるの?」

 悔しいけれど尋ねてしまった。
 三人が驚いたようにわたしを見る。
 ごめん。でも、ここ大事でしょ?
 魔王は薄く笑った。その笑みは悪鬼のような恐ろしさは消えていた。

「お前たちには和平の仲立ちをしてもらう」
「ど、どういうこと?」
「我は戦いに疲れた。……お前たちを殺すことなど造作もないが、そんなことをしても人間どもは新たな勇者を立てて、また我が城を目指してこの地にやってくるのだろう。もう同胞の血は流したくないのだ。……この戦争を終わらせてほしい。お前たちにはその見返りとして、宝物殿にある財宝、好きなだけ与えよう」

 かくしてわたしたち勇者一行は魔王討伐を断念して王国へと引き上げる事になった。
 さすがに背を丸めて麻袋を担いで歩く姿は惨めだ。
 だから途中で馬を手に入れた。
 そして数ヶ月、ようやく王都が見える場所まで帰ってきた。


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