3 / 10
降伏
しおりを挟む特命ミッション、それはギルドの長から上級冒険者に下される特別な任務だ。
冒険者ギルドに所属している以上、受けねばならない特別な依頼。
依頼を拒否すれば冒険者登録の剥奪もありうる……。
依頼内容は都度違うが、おおむね超高難度だったり緊急性の高いものが多い。
この度の依頼内容は『魔王討伐』。
区別分けするならば超超超高難易度の依頼に分類されるだろう。
もちろんそんな超が三つも並ぶような高難度の依頼なのでその報酬も格別である。
具体的な内容は示されていないが、見事達成したパーティーにはギルドと国王から莫大な報酬と最大級の栄誉が約束されるとのことだった。
多くの上級冒険者が勇者を擁立して魔王討伐に赴くことになった。
魔王が棲むのは魔界の魔王城。
魔界とは大陸の東、海を越えた先にある異大陸の事を差す。
人類が暮らす大陸を人大陸と呼び、魔王が棲む大陸を異大陸または魔大陸と呼んでいる。
そして人大陸と魔大陸の間には岩礁と荒波が渦巻く魔海峡がある。
魔王討伐にあたっての最大の難所と言われるのがこの魔海峡だった。
ほとんどの勇者パーティーはこの魔海峡までは無事に辿り着いている。
しかしこの魔海峡にはクラーケンやシーサーペント、リヴァイアサンといった強力無比な海洋魔獣が棲息している。
そんな魔海峡を冒険者たちは大船団をもって力を合わせなんとか渡りきった。
しかし多くの冒険者がここで命を落としている。
死んだ者以外にも負傷のために戦線を離脱した者、恐慌をきたし逃げ出した者もいる。
そして辿り着いたのは暗雲渦巻く死の大地。
空の色は鈍色で雲は赤黒く、爛れた様な大地はそこかしこで紫色の間欠泉が噴出し、強烈な異臭を放っている。
そして魔大陸には強力な魔獣が無数に生存していた。
そんな魔獣を倒しながら二年掛かってやっと魔王城に辿り着いた。
ここまで辿り着けたのはわたしたち四人だけだった。
魔界は人間が普通に生きられる場所ではなかった。
魔王城の中では魔獣の代わりに魔人が待ち構えていた。
見た目は一見して二足歩行の人のよう。
けれど角があったり翼があったり羽根があったり鱗があったり、身近で見れば明らかに人とは違う異形のモノ。
そんな異形は強かった。個々の強さで言えばわたしたちと同等かそれ以上かもしれない。
だけどわたしたちは負けなかった。
時には卑怯な策を弄し、汚い罠にかけて、そんな異形のモノを倒して城内を突き進んだ。
そしていよいよ魔王城の玉座という場所で、わたしたちはそれを見てしまった。
重厚なテーブルに置かれた巨大な水晶球。
そこに映るのは王都の街並みとそこで暮らす多くの民衆。
晴れ渡る青い空の下、人々が日常を楽しんでいる。
買い物をし、ベンチでくつろぎ、朗らかにほほ笑んでいる。
その風景には戦争のせの字も感じられない。完全に平和な世界だった。
わたしたちの苦労はなに? なぜわたしたちだけが? そんな思いが頭に過った。
他の三人も同じように眉をしかめてその水晶を覗き込んでいた。
しかしのんびり考えている暇はなかった。
魔王は目の前にいるのだから。
体長はわたしの二倍はあるだろう巨漢、筋肉隆々とした身躯は鋼線の様な剛毛に覆われて頭部に二本の巨大な角を生やし、背には黒い六枚の翼があって、顔形は人のそれに近いけれど目は吊り上がり口は大きく口角が持ち上がりまるで悪鬼の様。
そんな魔王が持つ剣は炎に包まれている。
まさに炎の魔剣といったところか。
そんな異形の魔王と迎えた最後の戦い。
魔王はとんでもなく強かった。
強いなんてもんじゃない。
剣技でアベルに勝り、魔力でわたしとメルキールを凌駕し、その筋肉美にユリスは股間を濡らしかけている。
まったく歯が立たない。
「これは勝ち目がないぞ!」
「ですわね……」
「うむ、こりゃ不味いのぉ」
アベルの呟きにユリスとメルキールが唇を噛む。
わたしも同じように考えていた。
どう考えても勝ち目がない。
だったらとりあえず逃げるべきだ。
逃げた後のことはまた後で考えればいい。
だけど四人が無傷で逃げるなんて無理だ。
それなら!
「わたしが足止めする。何秒もつか分からないけど……、そのあいだに逃げて!」
わたしは藁人形をかざし、釘を打ち込む構えをした。
藁人形を使ったわたしの得意魔法【五釘束縛】。
敵に見立てた藁人形に真銀製の釘を五本打ち込むことで動きを完全に封じる魔法。
だけど相手は絶大な力を誇る魔王。何秒押さえられるか分からない。
「お前はどうする気だ、カーラ?」
「貴方は動けないのではなくて?」
「まさかわしらの囮になるつもりか?」
そんな自己犠牲の精神は持ち合わせていない。
だけど三人には山ほど借りがある。
この三人はわたしに平穏な日常をくれた。
生きる楽しさを教えてくれた。
生きる喜びを与えてくれた。
わたしはそんな彼らに何も返せない。
感謝はしているけれど、感謝しきれない。
それを言葉に出来るほど器用でもない。
だから、今、わたしに出来ることをする!
それなのに………………、
「無駄な足掻きはよせ。お前たちの会話、聞こえていないとでも思ったか?」
まさか今の会話が聞こえていた?
というか、逆に動きを封じられた。
強力な魔力の網が身体を締め付け指一本動かせない。
そんなわたしたちを見て魔王が吊り上がった目を細める。
「それよりも、降伏したらどうだ?」
「馬鹿なッ!」
「なんじゃと……」
「「ッ……」」
なんとか言い返せたのはアベルとメルキール。
わたしとユリスは唇を噛み締め必死で魔力の網に抗っていた。
そんなわたしたちに魔王はさらに畳みかける様に告げる。
「お前たちは何のために戦う?」
「それは……」
「人類の為か?」
「…………」
おそらくアベルもユリスもメルキールも、人類の為などという高尚な考えは持っていないと思う。そう思いたい。わたしは欠片も思ってないから。
たぶん特命ミッションだったから、でも軽い気持ちで遊び半分で成り行きでここまで来ただけじゃないだろうか。
わたしはさっき見た水晶球に映った光景を思い出した。
平和で暖かそうで幸せそうな光景だった。
だけど彼らはわたしたちの苦労を知っているのだろうか。
それより、彼らは今までわたしに何をした?
蔑んで、見下して、卑しんで、唾を吐きかけた。
ただの一度も優しくされた覚えがない。
ただの一度も人として扱われた記憶がない。
わたしがここまで来た理由は、四人で旅をするのが好きだったから。
行く先なんて何処でもよかった。
ただ、この三人と一緒に居たかった。旅をしていたかった。
まぁ恥ずかしいからそんな事は口にしないけれど。
たけど思いは過る。
このまま戦っても魔王には絶対に勝てない。
殺されるか、打ちのめされて捕虜にされるか。
だったら降伏するべきだろうか。
だけど、降伏したらどうなるだろう?
奴隷? 監禁? 拷問? まさか魔人の慰みもの? それは絶対に嫌だ!
「……降伏したら、わたしたちはどうなるの?」
悔しいけれど尋ねてしまった。
三人が驚いたようにわたしを見る。
ごめん。でも、ここ大事でしょ?
魔王は薄く笑った。その笑みは悪鬼のような恐ろしさは消えていた。
「お前たちには和平の仲立ちをしてもらう」
「ど、どういうこと?」
「我は戦いに疲れた。……お前たちを殺すことなど造作もないが、そんなことをしても人間どもは新たな勇者を立てて、また我が城を目指してこの地にやってくるのだろう。もう同胞の血は流したくないのだ。……この戦争を終わらせてほしい。お前たちにはその見返りとして、宝物殿にある財宝、好きなだけ与えよう」
かくしてわたしたち勇者一行は魔王討伐を断念して王国へと引き上げる事になった。
さすがに背を丸めて麻袋を担いで歩く姿は惨めだ。
だから途中で馬を手に入れた。
そして数ヶ月、ようやく王都が見える場所まで帰ってきた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
錆びた剣(鈴木さん)と少年
へたまろ
ファンタジー
鈴木は気が付いたら剣だった。
誰にも気づかれず何十年……いや、何百年土の中に。
そこに、偶然通りかかった不運な少年ニコに拾われて、異世界で諸国漫遊の旅に。
剣になった鈴木が、気弱なニコに憑依してあれこれする話です。
そして、鈴木はなんと! 斬った相手の血からスキルを習得する魔剣だった。
チートキタコレ!
いや、錆びた鉄のような剣ですが
ちょっとアレな性格で、愉快な鈴木。
不幸な生い立ちで、対人恐怖症発症中のニコ。
凸凹コンビの珍道中。
お楽しみください。
おお魔王よ、死んでしまうとはお疲れ様です。
イマノキ・スギロウ
ファンタジー
皆さんも良く知ってるファンタジー世界で悪のボスとしてお決まりの魔王。
己の欲望を満たす為の征服や愛や復讐を目的にした変革を求める魔王も居る中、『仕事』として魔王を行う邪神人材派遣会社所属の社員、魔王メアリーベルと仕事仲間達による魔王業務はみんなが知ってる普通の魔王とはちょっと違った大変さやトラブルで日々を送っています。
そんな普通の悪役とは少し違う悪の裏側(一部)の日々の様子を少しだけお話ししましょう。
征服しない系の魔王ストーリーはっじまっるよ~♪
狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~
一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。
しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。
流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。
その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。
右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。
この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。
数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。
根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!
【完結】迷宮、地下十五階にて。
羽黒 楓
ファンタジー
梨本光希は、日本有数のSSS級ダンジョン探索者である。
恋人の水無月凛音とともにパーティを組んで多数のダンジョンに潜っていた。
そんなあるとき。
幼少期から探索者として訓練を受け、その様子をテレビで特集されていた国民的人気の女子小学生がいた。
彼女がドキュメンタリーの撮影中にダンジョン内でモンスターに襲われ、遭難してしまったのだ。
彼女を救出するためにダンジョンに潜った光希たちパーティは、最深部である地下十五階まで到達したものの、そこで強敵に出会いパーティは半壊してしまう。
恋人だった凛音まで失い、生き残ったのは光希と光希がテイムした従順な下僕のワーラビットだけ。
女子小学生の救出どころか、生還することすらも難しい状況で、しかしそれでも光希はあきらめない。
ダンジョンの最深層で、元『魔女』を名乗る謎の幽霊少女と対決し、死んだ恋人の魂を取り戻す方法を模索する。
光希は【刀身ガチャ】ともよばれるスキル、【鼓動の剣】を振るい、助けの来ない地下十五階で戦い続ける――。
女子小学生を救い出せ。
死んだ恋人を取り戻せ。
カメラの前で脱ぎ始める下僕のワーラビット少女をしばいて噛みついてやれ。
これは、そんな物語である。
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
どこへ行っても女勇者は最強であった
シュミー
ファンタジー
舞台は日本と異世界です。
政府が経営している超難関高校に合格し、春休みを謳歌していたある少女はある日異世界へ転移された。その異世界で少女、九堂院 白 (くどういん はく) は二年間女勇者として過ごし、その世界を増えすぎた魔物から守り通した。
二年間で少女にある程度数を減らされた魔物は今は世界バランスを崩さない程度になり、白は帰還した。
帰還した時間帯は召喚された時間帯と同じ場所に戻された。肉体は15歳に戻っているが、鍛え抜いた体と魔法は健在。その力を母、義理父、義理兄、義理弟に隠し、いつも通りに、過ごした。
だが、高校生活も慣れ始めた8月。夏休みもあと3日という時期に事件が起きた。日本政府が異世界を見つけたのだ。さらにそこからこちらの世界と異世界を繋げようとし、失敗。不定期に、どこに現れるかわからないゲートが開き始める。そこから現れたのは白が異世界で戦ってきた魔物であった。
そこから日本政府が私のいた国、ウィレスノールを見つけ、貿易を結んだ。日本からは機械や技術。ウィレスノールからは魔物を退けられる戦士達。 私の学校で変わったことといえば戦闘教育が加わったことである。
白はこの状況で自身の正体を何処まで隠せるか。
-------------------
長々と失礼します。
日本以外の国も出てきますが、主に日本しかゲートは開かないのでそんなに外国は出てきません。魔物は銃や現代科学のものは聞きません。(下級魔物は除く)ウィレスノールなどで使われている魔法やスキルなどしか上級魔物には傷一つ与えられません。
帰ってきた直後->日常->学校->軍(日本政府)…………etc
と言う風に流れていきます。ちょくちょく間に挟んだり、増やしたり、順番を変える場合がございますがまずこんな流れです(最初らへん)。まだ全部は決めてません。
最初はまだ事件が起きる前を書いています。前置きと思って読んでください。
P.S.
これはあくまでフィクションですので「日本政府?」などと思っても突っ込まないでほしいです。そんなに詳しくはないので、かなり違うところがありますが、ご了承ください。後テンプレいっぱいあります。
R15は保険です。
(完結)足手まといだと言われパーティーをクビになった補助魔法師だけど、足手まといになった覚えは無い!
ちゃむふー
ファンタジー
今までこのパーティーで上手くやってきたと思っていた。
なのに突然のパーティークビ宣言!!
確かに俺は直接の攻撃タイプでは無い。
補助魔法師だ。
俺のお陰で皆の攻撃力防御力回復力は約3倍にはなっていた筈だ。
足手まといだから今日でパーティーはクビ??
そんな理由認められない!!!
俺がいなくなったら攻撃力も防御力も回復力も3分の1になるからな??
分かってるのか?
俺を追い出した事、絶対後悔するからな!!!
ファンタジー初心者です。
温かい目で見てください(*'▽'*)
一万文字以下の短編の予定です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる