上 下
30 / 173
第二章 訪問者

第二十九話 お説教(ジークフリート視点)

しおりを挟む
 リドルがユーカの元へ行ったのを見送ったのは、数十分前。そして、今は…………ハミルトンと揃って正座させられていた。


「だいたい何なのよっ、あの鎖はっ!」

「えっと、その、自殺防止?」

「客観的に見ても、犯罪臭しかしないわよっ」


 ビクビクと答えるハミルトンに、リドルはピシャリと正論を言ってくれる。ただ、俺自身もぼんやりと見ている場合ではなかった。


「ジーク、あんたはあの子の声を奪ってるわね?」

「…………罵倒されるのは、きついんだ」

「だからといって、勝手に声を奪って良いわけないでしょっ!」


 そうリドルは叫んでくるが、こちらにもこちらの言い分がある。片翼からの罵倒は、魔族にとって何よりもつらいものだ。それこそ、毎晩のように夢に出て、眠れなくなることだって少なくはなかった。それに、喉を酷使する片翼は、徐々に血を吐くようになっていった。声を奪うことは、片翼を守るためでもあるのだ。

 説教をしながらでも、俺達の意見を聞いてくれるリドルは、ハミルトンからの情報と俺からの情報とをしっかり考えてくれた。


「まず、ハミルの言う自殺防止だけれど、実際に自殺した片翼はどのくらい居たの?」

「……五十を超えてからは数えてない。それに、未遂も含めたら、倍以上だよ」

「……それで、あの鎖をつけてからは自殺率が減ってるわけ?」

「うん、さすがに舌を噛まれるとどうしようもないけど、それ以外の自殺は防止できてる。僕は……片翼を失いたくないだけなんだ」


 絞り出すように告げるハミルトンは、これまで何度も何度も片翼を失って、辿り着いた結論が鎖での拘束だったのだろう。その気持ちは、痛いほど良く分かる。


「で、ジークは声を奪ってからどう変化したのかしら?」

「俺の場合は、夢に出てくる片翼の罵倒に声が伴わなくなった。それと、片翼が喉を痛めることは完全になくなった」

「そう」


 正座をしながら、答える俺は、声を戻せと言われないか不安になる。俺は、片翼が傷つくことが許せない。ただ、魔族である以上、どうしても片翼に会えない時間が続けば飢餓状態になるため、片翼に会わないままでいるという選択肢はない。けれど、そのせいで片翼が喉を痛めてしまうというのならば、俺は、俺のためにも、片翼のためにも、声を奪うという手段を取るしかなかった。この選択が間違いだったとは思わない。


「……話は分かったわ」


 何らかの結論に達したらしいリドルの様子に、俺もハミルトンも情けなくビクリと肩を震わす。


「とりあえず……とりあえずではあるけれど、鎖と声の件はそのままで良いわ」

「本当に?」


 まさか、リドルがこの件を許容してくれるとは思っても見なかった俺は、ハミルトンの尋ねる声に大きく同意しながらじっと言葉を待つ。


「えぇ、本当よ。そうでもしないと、あの両翼ちゃん自身もだけれど、あんた達も危ういでしょう?」


 そう言われ、俺は声を無理矢理戻したらどうなるだろうかと考え、身震いをする。ほとんど考えるまでもなく、俺は暴走するだろう。どんなにあの子が嫌がっても、どんなに罵倒されようとも、どんなに喉を痛めようとも、あの子の側に居続けてしまうだろう。あの子を失わないためなら、どんな非道なことでもしてしまいそうだ。

 その結論は、隣に正座するハミルトンも同じだったらしく、その瞳にはうっすらと狂気が宿っている。


「ワタシは、誰も失いたくなんてないわ。これは最善ではないと分かってもいるけれど、そうせざるを得ない状況でもあると知ってる。だから、今は『とりあえず』よ」

「あぁ」

「うん」


 真剣な表情で告げるリドルに、俺達は自分を呑み込みそうな狂気を抑えて返事をする。
 きっと、俺達は今回の両翼の子を失えば狂ってしまう。それがまざまざと感じられて、グッと拳を握り込む。


(失いたくない。振り向いてほしい)


 彼女が居てくれるなら、それだけで俺達は幸せだ。だから、どうか、振り向いてほしい。


「それで、今後の方針だけどね。まずは、あんた達、本来の姿でちゃんと会うようにしなさい」

「ぐっ」

「うっ」


 猫の姿で会っていたことを指摘された俺達は、ついつい言葉を詰まらせる。けれど……。


「別に猫の姿で会うなとは言ってないわ。ただ、ちゃんと本来の姿でも会うようにしなきゃ、慣れるものも慣れないでしょう?」


 確かに正論だ。これには、俺達も素直に聞き入れるしかない。


「それと、情報収集を急ぎなさい。あの子本人から得られるものがあれば、それでも良いわ。とにかく、今は情報が足りなさすぎるから、あの子が何に怯えるのかが分からないわ」

「? ちょっと待ってよ。あの子は、僕達、魔族に怯えているんだろう?」

「……あんたの片翼は、昔、ワタシが来た時も、怯えて布団を被っていたでしょう? でもね、今回会った両翼ちゃんは、ワタシには怯えなかったわ。もしかしたら、条件をどこか勘違いしてるかもしれないでしょ」

「「えっ?」」


 まさかのここに来て、条件が違うかもしれないという可能性に、俺もハミルトンも思わず固まる。


「ジーク、あんたの片翼も、昔会った時は皆、ワタシに掴みかかってきたけど、今回の両翼ちゃんは、大人しいものだったわ。だから、そこも何か違うかもしれない」


 俺の片翼の条件、『魔族に恨みを持っている者』という条件が違うかもしれないなんて、今まで考えたこともなかった。それはきっと、隣に居るハミルトンの『魔族に酷く怯えている者』という条件も同じことだ。その条件の存在を疑う余地もないほどに、俺達の片翼は魔族を恨み、魔族に怯えた。


「条件が違う……?」


 それは、希望の活路となるか、絶望への道となるかは分からない。けれど、今まで絶望に閉ざされ続けた俺達からすれば、まごうことなき希望だった。


「そうね、その可能性があるわ。だから、まずは情報が必要なのよ。実際に動くのはそれからね」


 『もちろん、今の姿で会う練習はちゃんとするけど』と付け足して、リドルはニヤリと笑う。


「ジークのことだから、リクは動かしているんでしょう? だから、今はワタシ達にできることを目一杯やるわよっ」


 その宣言とともに、リドルは拳を上に突き上げる。どうやら、俺達以上にリドルの方が燃えているらしい。


「さぁっ、さっさと立って、準備するわよっ」


 ただし、正座を三時間強要された俺とハミルトンは、リドルの言葉通りに立ち上がることなどできず、しばらく悶絶するのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

不倫をしている私ですが、妻を愛しています。

ふまさ
恋愛
「──それをあなたが言うの?」

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

【完結】聖女召喚の聖女じゃない方~無魔力な私が溺愛されるってどういう事?!

未知香
恋愛
※エールや応援ありがとうございます! 会社帰りに聖女召喚に巻き込まれてしまった、アラサーの会社員ツムギ。 一緒に召喚された女子高生のミズキは聖女として歓迎されるが、 ツムギは魔力がゼロだった為、偽物だと認定された。 このまま何も説明されずに捨てられてしまうのでは…? 人が去った召喚場でひとり絶望していたツムギだったが、 魔法師団長は無魔力に興味があるといい、彼に雇われることとなった。 聖女として王太子にも愛されるようになったミズキからは蔑視されるが、 魔法師団長は無魔力のツムギをモルモットだと離そうとしない。 魔法師団長は少し猟奇的な言動もあるものの、 冷たく整った顔とわかりにくい態度の中にある優しさに、徐々にツムギは惹かれていく… 聖女召喚から始まるハッピーエンドの話です! 完結まで書き終わってます。 ※他のサイトにも連載してます

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜

楠ノ木雫
恋愛
 病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。  病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。  元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!  でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?  ※他の投稿サイトにも掲載しています。

処理中です...