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第五章 アリアと闇の妖精たち

濁流の中に

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 問いかけられて二人。
 ここにいないもう一人のルイを含めたライシャ達は、森の妖精王様の指示によって各地へと助けを求めに旅だったはず。
 それはそれでいいとして、焦土と化した森の半分ほどには大河の支流が流れていて、それに森はそれに分断されてしまっている。
 しかし、彼らは入り組んだ崖の下、パーテルという名の渓谷に住んでいると言った。
 そんな崖はおろか、渓谷すらここからは見当たらない。
 むしろ、いま立っている場所の足下にあるというのなら、まだ理解はできるのだけれど。
 さっきの質問はそんな疑問から生まれたの。

「パーテルという名の渓谷はこの先にあるのですか、ライシャ。さすがにそれほどに高低差がある支流とも思えませんが……」
「へ、陛下。それは誤解です。北を真上として西にアルフライラ、東にレブナス……そうなっております。ここは少しばかり西に寄っている……ですから」
「と、いうことは。もう少し上流に位置すると、そういうこと? ならここに入り口を開いたのは時間の無駄だったかもしれないわね」
「え? それはなぜですか」

 それは、とわたしは眼下にそびえる雄大な大森林の一角を指さしてやる。
 渓谷があるという場所はもうすこし北側。
 その辺りから焼け野原が続いていて、南の方角へとひし形にそれは広がっている。

「出口を向けるならあちらにつなげたほうが良かったのかもね」
「それは――危険です、女王陛下」
「ふん? どうしてそう思うの? いたとしても魔族か人族の一部隊ほどではなくて? こんなに見晴らしの良い広大な土地のどこにも野営地すら見当たらない。だけど、人と魔の気配はひしひしと伝わって来る。彼らは森林の中に駐屯しているか……」
「一度引き上げたか、ですな」
「そうなのよ。ああ、でも森の陰になって見えない焼けた土地はどうかしら」

 まるで密林の一部を意図的にきりとったみたいなやりかたは……そこに妖精王の力がはたらいているとしたら、ちょっとあり得ないほどの広さだ。
 もしかして妖精王はその土地を見捨てたんじゃないのかしら。
 なんてことを少しばかり考えてしました。
 ついでに大気中に存在する水の精霊達に、あの辺りの現状を把握しなさいと命じてみる。
 その土地の上下。
 空の上から土の下に至るまで。
 わたしの眷属たちは、その力を示してさまざまな情報を持ち寄ってくれる。
 しかし、その一部には拒絶されてしまった。

「なにこれ……?」
「土地が違えば、支配する主も違いがある、ということでしょうか」
「ああ……そういうこと」

 隣に立つ巨人族の書記官がそっと教えてくれた。
 ふうむ。
 この場所に大きくある水の存在。
 それはどれでもないシェス大河の支流そのもので……。おおかたの場合、こういう河の底に住まい水を支配するのは竜王か、水の精霊・妖精のどちらかの王ということになる。
 そんなことをぼんやりと考えつつ、水の精霊達からはぞくぞくと情報が寄せられてくる。
 渓谷の中に数百人単位の人と魔族がそれぞれ野営地を築いていること。
 これは濁流でも起こしてさらってしまえば、すぐに決着が付きそうかな。
 ダークエルフたちの姿はほとんど見えず……しかし、土地の水の精霊によってパーテルという名前の渓谷はすぐに
見つかった。
 累々たる死体の山、幾筋か立ち昇る黒い煙は彼らを焼いたものだと判った。
 伝えるべきか……とても悩んでしまうところで、更に歴史あると言えば古めかしい渓谷の岩壁を長い年月をくり抜いて作ったのだろう。
 死んだ人数の数から察するに二千人はその場で王国のようなものを築いてきたのだとわかる。
 でも、それもいまは煤とほこりにまみれた遺骸たちの墓場と化していた。
 ついでに、船着き場は最初に抑えられただろうし……そこであの質問に立ち戻る。

「ねえ、ライシャ。どうやってここから逃げ伸びたの?」
「それは、あの、陛下。家族は、仲間たちは……?」
「難しいかもしれないわ。遅かったかもしれない」
「そんなッ」

 ダークエルフの王女は両手で顔を覆うとその場に泣き崩れてしまった。
 伝える順番を間違えたかな。
 旦那様の城の地下牢にいる、あの老人がどうにかしてこの二人を逃したんだろうか?
 それなのにあんな支配する道具まで用意して?
 この辺り全く繋がりが見いだせず困惑するわたしだった。
 もう一人のダークエルフ、エステラはライシャが先に泣いてしまったことで自分の感情を出すことが遅れたのか、唇をかみしめてぐっとこらえたまま、黒い煙が幾筋もたつ、故郷を見てきっと、顔を上げた。

「最初は、船で逃げようと思いました。ライシャ様の御父上、妖精王様からのみちびきがあったからです。でも、船に乗って漕ぎ出したとたん、それは動かなくなってしまった……」
「水に関するどこかの王が、その動きを止めてしまったということね」
「はい、女王陛下。そこからは敵に捕まるのも時間の問題かと思われました」
「それでどうしたの? 空を飛んで逃げたとでも言うの?」

 いいえ、とエステラは首を振る。
 空に逃げても大地を走っても、転移する魔法すら使えず使えたとしても、人と魔族による共同の包囲網からは逃れられなかったでしょう、と。
 そうなってくると、森の中。
 ……というのが一番正しい答えかと思ったんだけど。

「水の中に逃げ込みました」
「は? 待って。水の中は、敵である誰かの支配地ではなかったの?」
「もちろん……そう、だと思います。でもあの時、私たちが住む渓谷の支流と大河に続く山脈からの支流が、ちょうど重なる地点まで私たちは水の奔流によって押し流されました」
「二つの水が合流した、ということね……。そうなるとシェス大河の管理者か、北の山脈からの支流の管理者のどちらか。ではないかなー……三者のうち、二者の意見が採択された……」
「そこはよく分かりません。ですが、ルイが。あの、ライシャ様に術をかけて支配していたルイは、危険から脱出できたことに旅の途中、途中で……ぼやきを繰り返すようになっておりました」
「ぼやき、ね。つまりルイは最初からあなたたち二人を助けようという考えはなかったとそういうことね」
「陛下に無効化していただいた、兆しの杖。あれは……つらかったです。二人とも、私もライシャ様も望まないことをたくさん、たくさん。色々な神々にお願いしました」

 うーん。
 なんだか話がとても面倒くさいことになってきたぞ。
 ルイはどこでどんな話をしてきたかというのはこの際ちょっと置いておくとして。
 三人を逃がすことを決めた二柱の神々とは――誰のことなのかしら。
 彼らだけを逃しておいて死んでいった仲間を見捨てたということは……根本的には関わりたくないけど間接的には一時的に助けました、なんて。
 いかにも都合のいい神様のやり方じゃないない?
 そんなことを考えていたら、下の方からおじいちゃんの嬉しそうな上がって来た。
 妖精王の森に続く入り口をどうやら彼は発見したらしい。
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