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第三章 シャノン大海戦編

EP76 鍛錬

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「お待たせ致しました♡」

 花は厨房に立ってから、五分と経たないうちにお盆に乗せて皿を運んできた。

 それは巨大なオムライスだった。
 調味料と共に炒められた赤いご飯の上に黄色い卵焼きが乗っかり、甘くてスパイシーという両極端な匂いが漂っている。
 当然のように卵の上には「大好き♡」とケチャップで書かれている。

「私の愛情たっぷりオムライス、召し上がれ♡」

 エプロン姿の花は、愛嬌に満ち溢れた魅力的な笑顔を浮かべて清也に皿を差し出した。

「僕も大好きだよ♪とっても美味しそうだね!」

 清也は何かを隠すように、満面の笑顔を浮かべている。

「大胆やなぁ!」

 シンは大笑いしているが、少しだけ顔が引きつっている。

 二人とも、文字に関して別々の感想を述べている。
 しかし実際のところ、清也とシンは心の中で同じ反応をしていた。

(これ・・・大丈夫かな?)

(明らかに辛そうやんけ!!)

「さぁ、口開けて♡」

 花は何故か、清也が使うはずのスプーンを握っている。
 訳が分からずに困惑している清也を見ると、花は顔を赤らめながら爆弾発言を投下した。

「あっ、口移しがいいの?食べさせてあげようと思ったんだけど・・・清也がして欲しいなら・・・♡」

 花は少し恥ずかしそうにしている。

「鳥の雛じゃねぇんだし、そこまでしなくてい良いだろ!!」

 さすがのシンも、耐えきれなくなって叫んだ。完全に引いている。

「清也もそう思うの?」

 花は表情を変えることなく、笑顔のままで清也に聞いた。
 清也の方も若干引き気味で、首を縦に振ることしか出来ない。

「そっか・・・じゃあ、”あ~ん”してあげるね♡」

 花はそう言うと、スプーンでオムライスの端っこを掬い、清也に近づけた。
 どうやら、花の中に清也が自分で食べるという選択肢はないようだ。

 清也はこれを食べていいのか分からずに、シンに判断を仰いだがシンの方は「断ったらヤバイ!」と言わんばかりに、清也を顎で指示している。清也はそれを見て完全に意を決した。



 パクッ、清也は差し出されたオムライスを食べた。いや、花が持つスプーンに噛り付いた。
 最初は清也が予想した通り、かなりスパイシーな味がした。
 恐らく唐辛子のような食材を入れたのだろう、舌全体に激辛というほどでは無いが、ピリッとした痛みが広がる。

 オムライスに必要の無いはずの異常な辛味の発現に、清也は花が料理下手なのだと瞬時に考え付いた。

 しかし、それは間違いだった。
 辛さで鼻の奥が痛くなる寸前になって、米の辛味を中和し切らずに程よい味に仕上げる甘みが、ゆっくりと広がってきた。
 それはオムライスを構成するもう一つの重要な要素、卵の甘味だった。
 辛すぎず甘すぎず、味がしないわけでもない。そんな奇跡的な感覚が、清也の口の中を支配していく。
 その感覚はゆっくりと清也の体全体を包み込み、魂を震え上がらせた。

「味のIT革命や~!!!」

 清也は驚嘆と歓喜、最上級の賛美を叫んだ。

「良かった♡ほら、あ~ん♡」

 花は清也の発言の意図、由来を理解し満面の笑みを浮かべている。

(味のIT革命って何だ!?俺知らねぇんだけど!!!)

 シンは絶妙にネタが分からなかった。世代ではなかったようだ。

~~~~~~~~~~~

「あぁ~美味しかった♪三か月ぶりにまともな食事を食べたよ!!
 本当にありがとう!!料理、とんでもなく上手だね!!ご馳走様!!!」

 清也は直径30㎝の大皿に盛られたオムライスを、わずか10分足らずで食べ終えると、涙を流しながら次々と感謝の言葉を発した。

「お粗末様でした♡私の料理、家族以外で食べるの清也が初めてだけど、口に合ったみたいで良かった♡」

 花は嬉しそうにウインクをした。
 そして、厨房へと走っていくと牛乳瓶らしきものを持って来た。

「喉乾いたでしょ?」

 花はそう言うと、コップにその液体を注ぐと清也に渡した。

(気が利くなんてレベルじゃ無い・・・エスパーなのか!?)

 清也は下らないツッコミを心の中ですると、その液体を飲み干した。
 牛乳にしてはかなりあっさりしているが、数カ月ぶりの味に清也は感動した。

「あなたのために一生懸命作ったから、美味しかったみたいで良かったわ♡」

 花は清也を見つめながら、事実をかみしめるように声をかけた。

「牛乳とも合うね!!」

 清也は飲み干した後の瓶を机に置くと、称賛の言葉を付け足した。

「まぁ、それ羊のミルクなんだけどね。また作って欲しい?」

 花は補足を加えると、清也に聞き直した。

「うん!また作って!!」

 清也は花の問いに即答した。

「ウフフ♡あなたが望めば、あなたのためだけの卵、いつでも作って出してあげるからね♡ミルクも出してあげる♡」

 花はこれを、プロポーズの時の「味噌汁を作ってください」のような比喩として、純粋な気持ちで言った。
 心が綺麗な清也は、彼女の意図を順当に理解した。



(とんでもねぇ下ネタぶち込むやんけ!!!マジで何言ってんだアイツ!!??)

 ”普通に”心が汚いシンは、破壊力の高いジョークとして受け取った。

~~~~~~~~~~

「・・・というわけで、僕は修行させてもらってるんだよ。」

 清也は昼食を食べ終わると、一時間ほど掛けて花たちにこれまでの軌跡を話した。

「大変だったのね・・・可哀そうに・・・。」

 花は若干泣きそうになっているが、清也の話した修行は少年誌などでは良くある内容であった。

「ジャ〇プなら、それくらいは普通だろ。」

 シンは割と冷めた反応をしている。清也もシンと同じ感想だった。

「心配しないでってば!自分で言うのも変だけど、僕はどんどん強くなってるしね!!」

 清也は道着の袖を捲り上げ、腕に力を込めた。

 筋トレに詳しいシンはもちろん、あまり知識の無い花でさえわかるほど、清也は筋肉質になっていた。
 体形はほとんど変わらずに細身ではあるが、以前のヒョロヒョロな腕は見る影もない。

「あぁうう♡カッコいい~♡えいっ!!」

 花はふざけて、清也の腕にぶら下がってみた。当然、振り落とされるのは承知の上だ。

 しかし、清也は片腕で花を支え切っている。
 花とシンは驚いたが、清也自身も驚いている。

「あ、あれ?僕ってこんな力持ちだったかな・・・?」

(おかしい・・・あの筋肉量じゃ無理なはず・・・。)

 シンも首をかしげているが、花はお構いなしだ。

「うわぁぁ♡凄いね清也♡」

 花は蕩け切った表情で清也を見つめている。
 清也も男だ、そんな目で見つめられれば気分が良くなる。

「花がとっても軽いからね♪多分、肩車もできるよ♪」

 清也は調子に乗り始めた。
 腕に抱きついた花を、そのままの流れで肩に乗せる。

「ふわぁぁ♡しゅごいぃ♡」

 花は肩に乗せられた辺りで、限界が来て間抜けな声を上げた後に、完全に気を失ってしまった。
 花が自らの背筋で持ち上げていた上半身が、清也の頭に覆いかぶさって来る。

(おわっ!む、胸が・・・!)

 清也は両耳をふさぐ形で密着した花の胸部に、思わず声を上げそうになったが、何とか堪えると花を横向きに抱きかかえた。

「花を寝かせられる場所無い?」

 清也がそう聞くと、シンは二階の寝室を指さした。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 清也は花の部屋のベッドに、彼女を降ろすと「おやすみ♪」と声をかけた。
 しかし、清也がそう言った瞬間、自身にも強烈な眠気が訪れるのを感じ、一瞬だけ目を瞑った。



「すまない・・・。強引に起こすのは気が引けるんだが、時間が無い。
 本当は君の寝顔をもっと見ていたい・・・。だが、こうしているのも疲れるんだ。」

 清也は別人のように大人びた声を発すると、花の耳の近くで指を高らかに鳴らした。

パチィーンッ!

「う~ん・・・あれ?私、寝ちゃってた?」

 花は目を覚ますと大きく伸びをした。

「ごめん、起こしちゃったみたいだね。」

 清也は我に返ったような様子で、起きた花を見つめている。

「あっ、清也がここまで運んでくれたの?」

 花は嬉しそうな表情で聞いた。

「うん、降ろしたときに起こしちゃったみたいだね。」

 清也は申し訳なさそうに手を合わせた。

「清也・・・ごめんなさい。私重かったよね。」

 花は申し訳なさそうな顔をしている。
 先ほどのハイテンションさを、今になって恥じているようだ。

「いや、大丈夫だよ。全然重くなかったし♪」

 清也は実際のところ、花から何の重量も感じなかった。

「でも・・・凄い汗だよ?」

 花は目を見開いて心配している。
 清也自身は言われてから気付いたのだが、かなりの汗をかいており、首や耳の裏側は水浸しである。

「ははっ、心配しなくていいよ。起きたのなら下に行こうか。」

 清也は再び、花を抱き起そうとした。
 しかし、さっきの事で反省したのか、花はそれを拒否した。

「お姫様抱っこは嬉しいけど、あなたに負担を掛けたくないから。」

 花はそう言うと、自分の足で立ち上がった。
 三か月ぶりの再会に興奮しすぎたと、猛烈に反省しているようだ。

「分かった、辛かったら言ってね。」

 傍から見れば汗を多く掻き、明らかに辛そうな清也の方が、心配の言葉をかけた。

~~~~~~~~~~~~~~~~

「あれ?早かったな。」

 シンは意外そうな声を上げた。

「花が起きたからね。」

「シン、ダンスの練習の続きしないと・・・。
 へ、下手だから清也はあんまり見ないでね・・・!」

 花は恥ずかしそうに目を背けた。

「そういえば、花は何でダンスの練習してるの?」

 清也は不思議そうな顔をしている。
 花は恥ずかしがって答えようとしない。

「花はアイドルになるんだ。数日間だけ。」

 シンは特に遠慮することなく答えた。

「バカぁっ!!何で言っちゃうのよ!!」

 花は本気で怒っているようだ。どうやら、清也にはこのことを知られたくなかったらしい。

「・・・何かわけがあるんだろ?教えてよ。」

 清也は花に笑いかけた後、シンの方を「理由によっては殺す。」と言わんばかりの目で睨み付けた。

「実はね・・・。」

 花はその後、同じように一時間ほど掛けて、清也と離れてからの出来事を詳細に話した。

「なるほど・・・だからダンスが必要なんだけど、踊り方が分からないと・・・。」

「うん・・・振り付けの問題じゃなく、ダンス自体が踊れないのよ・・・。」

 花は直感で、才能を超えた壁が自分とダンスの間にある事を察した。
 それは恐らく、振り付けやダンスの種類に関わらず隔てているのだと。
 シンに見せた美しい踊りもある意味、完璧からは程遠かった。

 清也はそれを聞くと顎に手を当て、虚空を見つめながら何かを考え始めた。
 そして、何かを思いついたかのように、花の方へと向き直った。

「ダンスであれば、アイドル向きじゃなくてもいいかな?」

 清也は、何かを期待しているかのような表情で花に聞いた。

「うん、多分何かきっかけがあれば踊れるようになると思う。」

「シン、この建物に蓄音器はあるかい?」

「あぁ、だけどクラシック音楽しかないぞ?」

 シンは少し、申し訳なさそうな声で返事した。
 せっかくの解決の糸口が蓄音機と、音楽を用意できなかった自分のせいで、台無しになるかもしれないと思ったからだ。

 しかし、清也は少しも動揺しない。むしろ喜んでいる。

「よし、完璧だ!」

 清也は歓喜の声を上げた。
 逆にシンは清也が何をしたいのか分からず、かなり困惑している。

「一体、何をするつもりなの?」

 花も、シンと同様に清也が何をするつもりなのか分からない。

「花、僕と・・・社交ダンスを踊ってもらえませんか?」

 清也は花の足元に跪き、右手の甲にキスをした。
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