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第一章

アルカンジェロの飼い猫ルーチェ

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 アルカンジェロは、『猫妖精族の貴族ケット・シー』の青銀大公ドミツィアーノの長男で嫡子。



 生まれた時身体は小さかったが、プーカと言う少々気むづかしいものの、未来を予言する妖精の元に母のアンナマリアはきちんと使いを送り、丁寧に頼み込んで見て貰った。
 すると、金色の眼差しの巨大な黒馬の姿をしていたプーカは、驚いたように目を見開き、



「これはこれは……長い間わしは生きてきたが、成長して、もしくは家族が頼み込み精霊王の祝福を得る子供が多いが、生まれる前から聖なる女神の祝福を得た子を見たことは初めてだ」



と告げると、大きな身体では見えないと、姿を黒山羊、そして鷲に姿を変えるとその瞳でじっくり見つめる。



「えっ? 女神様ですか? どのような……」
「うーむ……虹の女神……祝福の女神だな。他には女神の夫の風の精霊王も祝福を得ているようだ。このようなまれなる子は、わしも見たことはない。大事に、そして女神や精霊王の祝福におごらぬよう、惜しむことなく努力を続けさせることだ。そうすれば大成する」
「……ありがとうございます! プーカ様。本当に」



 アンナマリアは嬉しそうに息子を抱きしめ、お礼の品を差し出す。
 プーカは首を振り、



「いらぬいらぬ。逆に良いものを見せて貰った。大事に育てるが良い」



アンナマリアは何度もお礼を言い、息子を連れて戻った。



 当時、アンナマリアの夫のドミツィアーノには何人も側室がいたが、正妻は定めていなかった。



 実は、アルカンジェロが生まれる前に大きな戦があり、男が戦死し数が減るという、一族にとって危機的な出来事があった。
 その為、財産のある男は夫を失ったり、婚約者を失った女性を妻に迎えると言う一時的な一夫多妻だったことと、生まれるのは娘ばかりだったからである。

 アンナマリアは第3側室だったのだが、気難しい予言の妖精プーカに気に入られた息子アルカンジェロを産んだことで、ドミツィアーノはアンナマリアを正妻として正式に迎え入れ、別棟から夫のいる本館に住むことになった。

 それからアンナマリアは男女の双子、エラルドとフルヴィアを生むが、幾らプーカに気に入られたアルカンジェロも普通の子として育て、兄弟の差別をしなかった。



 しかし、アンナマリアが一気に、先に嫁いでいたが女の子しか生んでいなかった側室たちを追い抜いて正妻になったことは、ねたそねひがみを生み、ギクシャクしつつあった。

 ちなみに、ベニーニョは第一側室の甥であり、ばあやも元々は第二側室の姉であり、どちらもアンナマリア親子の悪いところを粗探しする為に本館に居ついている。
 アルカンジェロ達の持ち物が時々無くなっているのは、ベニーニョかばあやだろうとアンナマリアやアルカンジェロは見当をつけていた。



「可愛い僕のガッティーナ・ミア……そうだ。いつまでも子猫ちゃんガッティーナ・ミアじゃ嫌だね? うーん……ルーチェはどうかな? 可愛いと思うよ?」



 アルカンジェロは膝に毛布に乗せ、丸くなってすやすや眠る小さい翼猫アーラガットを撫でる。
 アルカンジェロはまだ7歳だが、すでに父の嫡子として城に出仕している。
 大人の世界に投げ込まれ、精神的に追い詰められつつあったアルカンジェロを心配する両親や弟妹に微笑み返し、疲れを隠し城に出向いた帰りにバッグを見つけ、その中で弱って震えていた翼猫を見つけたのだ。



 しかも、普通の翼猫は茶系、黒系、三毛が多いのだが、この子猫は水色のような、白銀色の子猫。
 それに、まだはっきり片方の色は出ていないが、一方はルビー色だった。
 親はいないかと見回すが、いる様子もなく、連れて帰ったのだ。



 トントントン……



扉が叩かれる。



「お兄しゃま! にゃーちゃんいましゅか?」
「兄上! ニャンコ! ごあいしゃつしゅる!」
「エラルドとフルヴィア。来たの? どうぞ、良いよ」



 扉が開けられ、双子が駆け寄ってくる。
 エラルドは父に似てキリッとしており、フルヴィアはアルカンジェロと同じでアンナマリアに似て少々童顔と言うか美少女顔である。



「わぁぁ、可愛い! にゃーちゃん。お兄しゃま、おにゃまえは?」
「今考えていてね。ルーチェはどうかなぁって」
「可愛い! おにあいでしゅ」

 喜ぶフルヴィアの横で、包帯を巻かれている子猫を見て絶句しているエラルドに気づく。

「エラルド。ルーチェはベニーニョにまだしっかりしていないこの小さい翼を掴まれて、持ち上げられて壁に叩きつけられたんだ。守れなくてごめん。兄様が目を離さずずっと側にいれば良かったのに」
「兄上は悪くにゃいよ! 悪いのはあいつだもん! あいつ嫌い! 次来たら、木の上から木の実投げてやる! 兄上はエルとヴィアの自慢の兄上だもん! ……んっと、ル、ルーチェは元気ににゃる?」
「あぁ、なるよ。元気になって、目が開いて歩けるようになったら一緒に散歩しよう」
「やったぁぁ!」
「わーい!」



 はしゃぐ弟妹の頭も撫でていると、扉が開き、



「まぁ、仲良しさんね」
「おかあしゃま!」
「お母様」
「立たないで良いのよ。アルカンジェロ。その可愛い子が寝ているのでしょう?」



母のアンナマリアと何故か父のドミツィアーノが入ってくる。



「お父様、お仕事は?」
「御師さま……エマヌエーレ様から、この子猫があのアルコバレーノ様と同じ特徴を持つと聞いてな」
「お父様……」
「何もしない。ベニーニョとそれにお前につけていたダリラにも、この屋敷に出入りを禁じた。それに盗んでいたものを耳を揃えて返して別棟で働くか、警備隊に捕らえられたいか選べと言っておいた。それと、どちらともの家にも使いを送り、ありもしない噂話を流すようなら、裁判を起こしてもいい、金も要求すると言っておいた。本当に、年の割に賢いからとお前に何でも押し付けていたな……すまない」



 ドミツィアーノはアンナマリアに聞かされるまで、ダリラの行為を知らず、そして、治療の帰りに顔を見せたエマヌエーレの言葉に絶句した。
 甥も同然のベニーニョの行為に、小さな命が危険に陥りかけたのだと。
 そして、アルカンジェロがずっと一人で面倒を見ているのだと。
 ダリラは汚いと言い、同母の双子以外の、ドミツィアーノの娘達が嫌がらせをしているのだと。



「アンナマリア……私は決めた。私にはアルカンジェロとエラルドとフルヴィアの子供だけしかいない。それに妻もお前だけだ。もう10年も養ってやったんだ。他の者は別れる。子供も母親と共に返す。一緒にこれからの月日を共に過ごしてくれるか?」
「……は、はい……はい! あなた。子供達と一緒に貴方のそばに居させてください」



 涙ぐむアンナマリアを抱きしめる父親……二人の世界に浸るのを、冷静に、

「エラルド、フルヴィア? ルーチェにいい子いい子できるかな?」
「できるよう!」
「いいにょ?」
「良いよ。ルーチェは知らない人怯えるんだけど、エラルドとフルヴィアは家族だからね? ルーチェに優しくいい子いい子しようね」



青銀大公一家は幸せな空気に満ちていた。
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