「半導体を小型のコンピュータと捉えると兵器に使える。例えばロケットに使うと飛ばしながら軌道を修正できて命中率が上がり、集積度が高くなればなるほど命中率も高くなる。このことが各国が半導体供給に力を入れている最大の理由で、アメリカでは国防総省が半導体製造に補助金を出している。『半導体=安全保障の物資』と捉えているのだが、日本政府は野党の反発を招くなど難しいため、この捉え方を打ち出せず、経済安全保障という言葉を使うようになった」(同)
経済安全保障推進の根拠法として、今年4月に施行された経済安全保障推進法は
・重要物資の安定的な供給の確保
・基幹インフラ役務の安定的な提供の確保
・先端的な重要技術の開発支援
・特許出願の非公開
の4つを柱に据えた。同法に基づいて指定された「特定重要物資」11分野に半導体も加わっている。10月には、経産省経済安全保障室が示した「経済安全保障に係る産業・技術基盤強化アクションプラン(案)」に「各産業等が抱えるリスクを継続的に点検し、安全保障上の観点から政府一体となって必要な取組を行う」として、次世代半導体のサプライチェーンの強靭化が盛り込まれた。さらに経産省は半導体の国内での安定供給を確保するため、20年に5兆円だった半導体生産企業の国内売上高の合計を、30年に15 兆円超に拡大する構想を掲げている。
こうした取り組みで、衰弱した日本の半導体産業をどこまで回復できるかは不透明だ。日本の半導体産業が衰弱した要因は、1986年に日米貿易摩擦の解決を目的に締結された日米半導体協定だというのが通説である。日本の半導体市場の解放、日本の半導体メーカーのダンピング防止。この2つの取り決めが衰弱を導いたと一般に理解されているが、津田氏は、それだけではない、と反論する。
「国産メーカーの半導体部門は総合電機メーカーの一部門でしかなかった。国産メーカーのうち、NEC、富士通、沖電気工業はNTT向けの通信機器部門が出世コースの部門で、この部門出身者が社長になるケースが多かった。東芝、日立製作所、三菱電機は電力会社向け機器部門が出世コースだった。いずれも公共事業が主力で、言い方は悪いが半導体やITは外様で、公共事業部門の子会社とか下請けという扱いがなされ、これらの部門からは出世させなかった。
1995年頃にサムスンやTSMCなどが台頭してきた時期に、各メーカーとも半導体事業を伸ばすために投資すべきだったが、全然投資をしなかったため、圧倒的に差をつけられてしまった。これが日本の半導体産業の敗因になった。総合電機メーカーの経営トップが投資の必要性を理解していなかったことが最大の悲劇を呼んだ」
事業の成長性ではなく、部門の社内序列が投資判断の基準に定着していたのである。その点、ラピダスもキオクシアも総合電機メーカーの一部門ではないので、過去の悪弊を引きずらずに済む。そこで焦点となってくるのが政府の補助方針である。TSMC誘致に伴う補助金交付は必然の措置だが、9000億円もの巨額を交付するのなら、むしろラピダスやキオクシアなど国内メーカーにより多く交付すべきではないのか。
「日本の半導体産業全体を強くしなければならないうえに、半導体はあと20年成長する産業なので、政府はTSMCよりも国内メーカーに重きを置くべきだ。また、最大の問題は人材の育成・確保で、半導体研究を専攻して博士号や修士号を取った人材が、高給を得られる外資系の金融機関やコンサルティング会社などに流れている。今の給与水準では優秀な人材を集められない」
TSMC熊本工場を運営するJASMの24年春入社の大卒初任給は28万円、修士は32万円、博士は36万円。外資系に比べて見劣りすることは否めない。世界標準の人材を獲得するのなら、給与水準も世界標準に設定しないと振り向いてもらえない。