「人事」の職務をもう少し詳しく見てみましょう。人事には大きく分けると「ベタベタな人事」「ベタな人事」「おもしろ人事」という3つの階層があります。
まずは、給与の計算や支給、労働時間の管理、労働法規への対応、就業規則の整備など、企業人事を行ううえで最低限必要となる「ベタベタな人事」があります。
次に、企業の目標を達成するために「人」に関する計画を立てる人員計画や、それをもとにして行う採用、任免、配置、さらには等級制度や評価制度、給与制度などの構築や運用、労務問題などに対応するなどの「ベタな人事」。
そして、これらの基幹的人事機能の応用編となる「おもしろ人事」です。これは採用イベントや社内フリーエージェント制度、表彰制度やインセンティブ制度、各種研修や社内イベント、社内サークルなどを指し、人事業務の中でも楽しい部分です。
社員100名以下の多くの中小企業には人事部門がありませんが、その理由としては経営者にとって「人事」は興味関心のある分野ではないことが大きいのでしょう。
ただ、それは「ベタベタな人事」と「ベタな人事」のことであり、「おもしろ人事」には興味を持っている経営者も多くいます。
近年、話題となっている「ジョブ型雇用」や「戦略人事」「人的資本経営」などに積極的な興味を持っている経営者は少なくありません。ユニークな社内制度や人事施策がある企業も多く、そういう「おもしろ人事」には経営者も高い関心を示して、人によっては「よし、うちもやるぞ!」ということになります。
このような施策によって、社員のモチベーションを上げたり、採用や報酬に関する意識を高めることは、たしかに大事です。
しかし、何事も基礎が重要です。人事には「基礎工事」の部分と、その土台の上に成り立つ「建物工事」の部分があります。基礎工事というのは、「ベタベタな人事」や「ベタな人事」。建物工事は、「おもしろ人事」に当たります。
家づくりで大事なのは、基礎と構造部分です。家の土台である基礎部分と構造部分は完成したら見えなくなってしまいますが、この土台こそが「家がどれくらい持つのか」「地震があっても大丈夫か」という重大な役割を担っているわけです。
人事において、この土台となるのが「ベタベタな人事」「ベタな人事」です。これらがしっかりできていれば「おもしろ人事」は効力を発揮しますが、土台ができていない場所に何かを建てても崩れるだけ。ユニークな人事施策を導入しても逆効果となり、さまざまな弊害を生んでしまうのです。
皆さんに取り組んでいただきたいのは、まずは基礎工事をしっかりして、堅牢な人事基盤を作ること。特に大事なのは、「ベタな人事」です。
人事部門がない企業でも、「ベタベタな人事」はそれなりにやれているはずです。労働時間を管理したり、給与計算をして支給したり、労働法規を守ることは、会社として最低限必要なことであり、これができていなければ違法になります。社労士さんにお任せすることもできますから、概ね問題なくできていること思われます。
問題は、等級制度、評価制度、給与制度などを整える「ベタな人事」です。これらは専門的な知識が必要になるので、これまで給与計算しかやったことのない社員に「人事制度を整えろ」と言っても、おそらく難しいでしょう。
かといって、外から人事経験者を中途採用しようと思っても、人事部門がない会社では、応募してきた人にこれらのスキルがあるかどうかを見極める人がいません。よくある失敗として、次のような事例があります。
Aさんは、人材系会社で活躍した経験を買われ、B社に人事部長として就任。
評価制度と給与制度に手をつけたが、
運用を想定していなかったため、制度導入後、社内は大混乱。
居づらくなったAさんは退職。
あとに残ったのは、運用できない制度の残骸だけだった。
誤解されている方が多いのですが、「人事」と「人材」は違います。人材系サービスの会社で活躍したからといって、必ずしも人事ができるとは限りません。
また「人事」を経験していても、たとえば「採用」しかやったことがない人が、等級制度や評価制度、給与制度を構築することは困難でしょう。
私は、「ベタな人事」の全領域を経験した人事部長や人事経験者を採用するか、人事コンサルタントなどのプロに任せることをおすすめしています。人事経験者が人事制度を作り、運用や人事機能の整備をすれば、そうそう崩れたりはしないものです。
基礎工事さえしっかりできれば、あとの建物工事は社内のエースを人事部長に抜擢して任せればいいのです。人事の領域は幅広いため、全部を見渡る人材をすぐに育てるのは難しいかもしれませが、すでに基幹的人事機能が備わっている状態であれば、内部の優秀な人材に経験を積ませていくことで対応できます。
基礎工事は、経験者やプロを活用してしっかり作る。建物工事は、社内のエースに任せる。この2つは違うステージなので、そこを区分けして考えるのが大事なポイントです。
そして何より避けていただきたいのは、社員が増えているのに、経営者が人事部長を兼務し続けてしまうこと。次回は、そのリスクについてお伝えしたいと思います。
次回につづく