大手流通企業のイオンは、スーパー子会社のパート従業員にAI(人工知能)の研修を行い、これまで正社員が行ってきた販売計画作成などの店舗運営の中核業務をパート従業員に移管する。パート従業員に正社員と同じ仕事を任せる動きは広まるのか、また、正社員とパート従業員の垣根は失われていくのか、業界関係者の見解を交えて追ってみたい。
全国に「イオン」をはじめとするGMS(総合スーパー)を約500店舗、「マックスバリュ」「マルエツ」などの食品スーパーを約2200店舗、「まいばすけっと」などの小型店を約1000店舗、その他にもさまざまなブランドの店舗を展開するイオン。年間売上高は9兆5535億円(2024年2月期)に上り、国内小売業業界でセブン&アイ・ホールディングスに次ぐ2位。グループ全体の従業員数は約57万人、「イオン」「イオンスタイル」などを運営するイオンリテールだけで正社員数は約2万人、時間給社員は約9万人に上る巨大企業だ。
イオンといえばパート従業員の待遇改善や登用に積極的なことでも知られている。従来からパート従業員を正社員に登用する取り組みは行っているが、3月にはグループ企業約40社のパート従業員に正社員と同等の基本給や手当を支給することを検討すると発表。すでにイオンリテールでは正社員と同じ業務に就くパート従業員について、基本給・手当・賞与・退職金を同じにして差をなくす制度を導入している。イオンは昨年12月にはパートの時給を平均7%引き上げることも決めている。
そのイオンはさらに踏み込む。21日付け日本経済新聞記事によれば、パート従業員にAIの研修を受講させ、現在は正社員が行ってきた販売計画作成や商品の発注、従業員の勤務計画の作成など店舗運営の中核業務にもあたらせるという。
「近年ではAIやDX、データサイエンスなどの研修を社員に受けさせる企業は増えているが、パート従業員まで対象とするというのは珍しい。こうした学習は自費でスクールに通うと数十万円単位で費用がかかるため、社内教育の一環として無償で受けられるというのは競合他社との人材獲得競争の面でも有利になる。あらゆる業界で人手不足が広がるなか、そうした狙いもイオン側にはあるのでは」(中堅IT役員)
今回のイオンの取り組みの狙いについて、小売業界関係者はいう。
「イオンはグループ全体で新卒だけで毎年3000人以上を採用しているが、スーパーをはじめとする小売事業のほかにも、不動産や金融、シアター運営、そして海外事業と多岐にわたり、拡大路線を継続しているため、常に人材を確保し続けていく必要がある。労働人口の減少で今後ますます他社・他業界との人材獲得競争が激しくなっていくのは必至である一方、流通業界はビジネスモデル的に薄利多売で、加えて多くの労働力を必要とする労働集約型の性格を帯びた業態であるため、他の業界と比較してそれほど高水準の給与を支払えないという事情があるため、人材確保が常に課題となっている。そのため、現場のルーティン業務については極力フォーマット化してパート従業員に任せるようにし、正社員は海外展開や新規事業の創出といった、より上流の業務にシフトさせていきたいという考えなのでは」
別の小売業界関係者はいう。
「イオンに限らず正社員とパート・アルバイト社員の間の“壁”というのは小さくない。スーパーの仕事は陳列棚への品出し、鮮魚や精肉の調理・パック詰めなど、想像以上に体力仕事でキツイ。長時間のレジ打ちも近年ではIT化や支払い方法の多様化が進んでいるため複雑で、クレームを言うような生身の人間相手の仕事なので、誰でもできるような仕事ではない。こうした仕事は基本的にはパート・アルバイト社員が担っており、なかには『正社員は高い給料もらって、いつもバックヤードに引っ込んで現場に出てこない』と不満を持つパート社員も少なからずいる。こうした不満を解消して定着率を高めるためにも、正社員並みの仕事内容と給与を提供して“やりがい”を与えるという面も、今回のイオンの施策の目的にあるのではないか」
(文=Business Journal編集部)