「差し押さえ」と聞くと、なかには自宅に執行官という役職の裁判所の職員がやって来て、家財道具一式に赤い紙を貼っていくといった様子を思い浮かべる人もいるかもしれないが、今の時代は、そうした「動産執行」を行うことは、ほとんどないという。その代わりに行われるのが、「預貯金の差し押さえ」だ。
実際、この「預貯金の差し押さえ」は、よく行われている取り立ての手法で、多くの金融会社やカード会社、サービサーで用いられている。ゆうちょ銀行をはじめとする各銀行口座の預貯金を差し押さえるという、至ってシンプルな取り立てだ。
この取り立てに「返せない借り手」は、あらかじめ預貯金通帳をカラにしておく――という方法で対抗するそうだ。事実、これは債務者側についた弁護士も行うことが多い、古典的でオーソドックスな対抗手段である。
ここで「返せない借り手」が気になるのは、「預貯金の差し押さえ」がされた後のことである。
「預貯金通帳額0円でもいいですが、私は10円から300円くらい残しておいたほうがいいと考えます。相手方、すなわち消費者金融などの側への配慮という感じです」
男性によると、10円という少額でも、「差し押さえられた」という事実があれば、消費者金融などの側も、「この人の通帳残高はいつでもこのくらいの金額しかない」と理解し、その後の取り立てや差し押さえを控える理由づけになるという。
実際のところはどうか。借金問題に詳しい弁護士、元消費者金融社員らの話を総合すると、「預金残高がいくらかは関係なく、貸した額に達するまで何度でも差し押さえる」というのが建て前のようだ。
建て前があれば本音がある。これは消費者金融やカード会社側の立場に立って考えてみるとわかりやすい。要は企業である。いつまでも「返ってこないカネ=不良債権」を抱えているわけにはいかない、ということは読者ならずとも察しのつくはずだ。
「裁判までして、預金を差し押さえて、それでも取れないとなると、どこまで営利目的の企業として、その不良債権を追いかけて、得られるものがあるのか」
元消費者金融社員は、こう語って口を閉ざす。事実、差し押さえを行い、それでも取り立てられないとなると、貸し金の額にもよるが、正規の貸金業者であれば、もうそれ以上の深追いはしないというのが実際のところのようだ。前出の元消費者金融社員は言う。
「もっとも、そうして踏み倒した人は、もうどこからも融資の類は受けられません」
過去、消費者金融やカード会社からの借金を踏み倒した経験のある者によると、概ね、預貯金口座の差し押さえられた後、「差し押さえの取り下げ」の連絡が裁判所からくると、再度、消費者金融などの業者から、差し押さえといった措置が取られることは、近年では、あまりないそうだ。
これを「逃げ得」と考える人もいるかもしれないが、今後、一切の融資やローンをはじめ、カード利用もできなくなるので、生活面での苦労は計り知れない。
「再起したいと思い、銀行などに行っても相手にしてくれません。踏み倒してから10年以上たっているのにですよ」
こう語る男性だが、特段、気落ちしているといった感じでもない。ただただ、「もうどこからも借り入れならない」という事実を受け入れているといった風である。
たしかに再起を考え、事業を起こしたい、自宅や車を購入したい、いざ病気になっても治療費もままならない境遇は、ごく普通に暮らしている人からみると厳しいものがあるだろう。ことカネに関することでは、“陽の当たる場所”を歩けない状態といったところか。