ポイントは、血液中にある病気の原因となる物質を除去することによって、さまざまな病気の治療が目指されていることだ。その一つに、血漿分画製剤の製造がある。血漿分画製剤は、献血者などから採血された血液や輸入された血漿などに酸やエタノールなどを加え、特定のタンパク質が沈澱しやすい状況を作る。目的とするタンパク質を取り出して加熱処理などを施してウイルスの除去、不活化を行う。それによって肝炎や感染症などの治療薬が製造される。がん免疫療法のためにも血液の成分を分離する技術の高度化と活用が急がれている。
それに加えて、コロナ禍の発生によって私たちにとって感染症のリスクが無視できないことがはっきりした。人々の健康と安心を守るために、血液を分離し、特定のタンパク質を取り出すなどして治療薬を製造する需要は増えるだろう。
さらに、世界の医療分野では再生医療の実用化を目指す取り組みが急加速している。再生医療とは、機能が低下した臓器などから幹細胞(身体を作る細胞を生み出す「分化能」と、同じ細胞に分裂可能な「自己複製能」を持つ細胞)を取り出して増やし、臓器などを再生して身体に移植する治療法方法をいう。定義から明らかなように、再生医療には血液などから細胞を採取する技術が欠かせない。この分野においてテルモは心不全治療に使われるヒト(自己)骨格筋由来細胞シートを発売するなどしてきた。また、血液から細胞を取り出すために遠心型の血液成分分離と成分採血を効率的に行う装置の供給力も強化している。血液と細胞関連の分野でテルモの成長期待は高まりつつある。
成長加速に向けた今後の取り組みの一つとして注目したいのが、事業運営体制の見直しだ。現在、テルモはカンパニー制を敷いている。一般的にカンパニー制とは、一つの会社組織の中に、事業領域ごとに独立採算の組織をあたかも一つの企業であるかのように運営する体制をいう。独立採算がとられるため各カンパニーのトップには大きな権限が移譲され、資本効率性の向上が厳密に追求される。それが世界大手の医療機器メーカーとしてのテルモの成長にはたした功績は大きい。
ただし、過去がそうだったから今後も既存の体制で成長が可能とは限らない。中長期的に細胞関連の事業の成長期待が高まる一方で、新しい治療法の確立を目指して競争も熾烈化する。再生医療分野では、日本のiPS細胞に代表されるように大学やスタートアップ企業などの取り組みが急増している。テルモが細胞関連の新しい装置需要に対応するためには、これまでのように買収などの結果としてカンパニーが増えるよりも、より組織全体が一つの目標に集中できる体制が必要になるだろう。それが機器の製造に必要な半導体の調達体制の強化やコストの削減推進に与えるインパクトは大きいと考えられる。
急激な事業環境の変化に対応しつつ資本の効率性を引き上げるために、テルモにとって成長期待の高い細胞関連事業によりダイナミックに経営資源を再配分する必要性は急速に増す。それが人工血管など既存事業の成長にも大きく影響するだろう。経営陣には、一人一人がより集中して取り組むべき課題、目標を明確に理解するために新しい事業運営体制の整備を目指す発想があってよい。状況によっては、競争が激化した分野で資産が売却される展開も排除できない。
そうした取り組みが異業種を含めた他社との連携の強化を支え、最先端の医療を支える血液成分の分離技術などの革新に大きな影響を与えるだろう。テルモ経営陣がこれまでの発想にとらわれずに新しい取り組みを加速させ、再生医療分野での成長を加速させる展開を期待したい。
(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)