残念なことだが、中国ワクチンに対するこのような評価は日本のメディアをフォローしているだけではわからない。中国について知りたければ、海外メディアに目を通さなければならない。
「ロイター」のホームページの検索欄で「中国」と「ワクチン」という単語を用いて検索すると、本稿を執筆している3月3日現在、過去1カ月間で164の記事がヒットする。一方、新聞データベース「日経テレコン」を用いて同様の検索をしてヒットするのは朝日新聞30報、読売新聞47報にすぎない。記事内容も「中国、偽ワクチン次々 海外に送った例も確認 新型コロナ」(朝日新聞2月16日)、「中国、ワクチン無償援助 53か国・地域 途上国と関係強化」(読売新聞2月10日)のようなワクチン自体の評価よりも国際政治の視点から論じたものが多い。
生産性を高めるためには、日本メディアだけでなく、海外メディアをフォローしなければならない。臨床論文の発表を例にノウハウをご紹介したい。
2月22日、「ロイター」は、「テキサス州を襲った寒波被害、バイデン大統領が大規模災害を宣言」という記事を掲載した。自然災害は世界が関心を寄せるテーマだ。「テキサス州」と「寒波」という単語で検索すると、過去1カ月間に「ロイター」は71報、「CNN」は26報の記事がヒットする。ちなみに、同じ単語で「日経テレコン」を検索してヒットするのは朝日新聞2報、読売新聞3報だ。
実は、この時期に日本でも自然災害が起こった。2月13日の福島県沖での大地震だ。「ロイター」は、過去1カ月以内に「福島」と「地震」という単語を含む記事を日本語版で83報、英語の国際版でも22報配信している。
このようなニュースから、我々はどう仕事を発展させればいいだろう。有効なのは「かけ算」だ。最近なら、自然災害とコロナ対策だ。つまり、コロナ対策は自然災害で、どのような影響を受けるかは、興味深いテーマとなる。
福島県いわき市に澤野豊明氏という外科医がいる。彼が勤務する常磐病院は、地域の中核病院で、コロナ患者も診療する。彼らは2月13日に震災を経験した。詳細は省くが、澤野医師たちは、今回の地震での浜通りの住民避難の問題点を「新型コロナウイルス流行下での自然災害時の住民避難」という論文にまとめて、2月22日に英オックスフォード・アカデミックが出版する「QJM」誌に投稿した。この論文は、無修正で、即日受理された。そして、2月27日にはオンライン版で公開された。
論文投稿からオンライン版での掲載までは、普通、数週間はかかる。「QJM」編集部は、その主たる読者である欧州の臨床医がコロナ流行下の災害対策に強い関心を抱いており、一刻も早く情報を提供しなければならないと考えたことがわかる。
この論文は、澤野医師のアイデアがすべてだ。なぜ、彼がこのようなアイデアを思いついたのか。それは、澤野医師が日常診療の傍ら、福島県立医科大学博士課程に在籍し、坪倉正治教授の指導のもと、日常的に海外メディアの情報を浴びていることが大きい。坪倉教授は、2011~2015年まで東京大学医科学研究所の大学院に在籍し、私が指導した。そして、今回、ご紹介した情報収集法を学んだ。坪倉教授は、東日本大震災以降10年間を、福島で診療、研究し、その成果を約160報の英文論文として発表している。いまや原発事故対策の世界の第一人者であり、米「サイエンス」は3月5日号に5ページにわたる記事を掲載し、その活動を大きく紹介した。
坪倉教授の元指導教員として、私も米「サイエンス」編集部の取材を受けたが、編集部は「10年間も被災地で活動を続け、大量の論文を発表した若手研究者は、過去に見たことがない。新しい研究者のスタイルを作り出した」と筆者に語った。
坪倉教授が現場で働きながら、多くの研究成果を発表できたのは、海外からの情報を上手く活用できたからだ。ITが発達した昨今、やる気とノウハウさえあれば、このような作業はどこでもできる。アイデアが沸くのは現場だ。この結果、坪倉教授のような働き方が可能となった。是非、現場で活動しながら、海外メディアをフォローし、「かけ算」する癖をつけてほしい。
(文=上昌広/特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長)
●上昌広/特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長
1993年東京大学医学部卒。1999年同大学院修了。医学博士。虎の門病院、国立がんセンターにて造血器悪性腫瘍の臨床および研究に従事。2005年より東京大学医科学研究所探索医療ヒューマンネットワークシステム(現・先端医療社会コミュニケーションシステム)を主宰し医療ガバナンスを研究。 2016年より特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長。