両方の曲ともに前半部分は8分音符だけでできており、小さな音程の動きで、歌っているというよりも淡々と話をしているようです。そして後半になると、リズムの大きな変化があります。長い2つの4分音符で聴き手の注意を引くやいなや、すぐにシンコペーションを使って変化をつけて、ますますのめり込ませるのです。たった数秒間でこんなことをしてしまう。しかも、後半のリズムは、歌詞の言葉数による違いはありますが、『ブルー・ライト・ヨコハマ』も『サザエさん』も基本は同じリズム形です。
前半は状況を淡々と説明しておきながら、『ブルー・ライト・ヨコハマ』という言葉ひとつで女性のロマンティックな気持ちを表したり、「おーおっかけってー」という、サザエさんのコミカルな性格を表現したりして、あっという間に聴き手の心を掴んでしまいます。そこには、リズムひとつでも、さまざまな表現できた筒美さんの才能があります。
ところで、僕が「追っかけて」と書かずに、「おーおっかけってー」と書いたのには意味があります。この「かけって」にある文字的には要らない「っ」が実はとても大切で、この「っ」を表すためにシンコペーションのリズムを使っているのです。慌て者のサザエさんが、ドラネコを素足で追っかけていくというおかしい状況を、この「っ」という不自然な音を入れることでイメージさせているのです。もしかしたら、「かけっこ」という言葉のリズムを連想させるためだったのかもしれません。
すごい作曲家だと思います。もちろん、すべての曲が同じというわけではなく、桑名正博の『セクシャルバイオレットNo.1』やKinki Kidsの『やめないで、PURE』など、多彩な作品を世に出されました。そんななかでも、太田裕美の『木綿のハンカチーフ』が僕は一番好きです。都会に行ってしまった恋人を田舎で待つ女性が、都会でどんどん変わっていく恋人に戸惑っていく歌です。
歌詞の内容は、恋人が都会で手に入れることができるプレゼントを、いくら薦めてくれても、「いいえあなた、わたし、贈り物はいらない。ただ、都会の絵具に染まらないで帰って」と返事をするのです。それが、歌詞の4番になって、もう気持ちがなくなってしまった男性に、女性は初めてプレゼントをお願いします。それがタイトルの「木綿のハンカチ」なのです。
都会でいくらでも買えるブランド物ではなく木綿のハンカチを、涙を拭くために買ってほしいというのです。最後の最後になって曲のタイトルの意味がわかるという曲ですが、ここにも筒美さんのすごい仕掛けが隠されています。
太田裕美がひとりで男役と女役を歌いますが、男役のほうはフレーズに切れ目ができないように、メロディーの最後を伸ばして次へつなげるにもかかわらず、女役はなぜかたどたどしく途切れさせています。聴き手にとっては、最初はその理由がよくわからず、少し気になりながらも、どちらも同じような音域のメロディーなのでお似合いなカップルだと思わされます。ところが、都会での成功を自慢するかのような男性と、それに戸惑う女性の姿に、あとになって気づかされるのです。
タイトルだけでなく、そのメロディーでも最後に答えを深く理解させる筒美京平さん。天才作詞家、松本隆さんとの素晴らしいコラボレーションから生まれた大名作だと思います。
(文=篠崎靖男/指揮者)
桐朋学園大学卒業。1993年アントニオ・ペドロッティ国際指揮者コンクールで最高位を受賞。その後ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクール第2位受賞。
2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後、英ロンドンに本拠を移してヨーロッパを中心に活躍。ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団、BBCフィルハーモニック、ボーンマス交響楽団、フランクフルト放送交響楽団、フィンランド放送交響楽団、スウェーデン放送交響楽団など、各国の主要オーケストラを指揮。
2007年にフィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者に就任。7年半にわたり意欲的な活動でオーケストラの目覚ましい発展に尽力し、2014年7月に勇退。
国内でも主要なオーケストラに登場。なかでも2014年9月よりミュージック・アドバイザー、2015年9月から常任指揮者を務めた静岡交響楽団では、2018年3月に退任するまで正統的なスタイルとダイナミックな指揮で観客を魅了、「新しい静響」の発展に大きな足跡を残した。
現在は、日本はもちろん、世界中で活躍している。ジャパン・アーツ所属
オフィシャル・ホームページ http://www.yasuoshinozaki.com/