
松重豊主演の“飯テロドラマ”としておなじみの『孤独のグルメ』。2012年の放送開始以来、すでにseason10を数え、年末のスペシャル版も話題となる。さらに、2025年1月10日には松重自身の脚本・監督による『劇映画 孤独のグルメ』も公開され、東京・渋谷パルコでは「誕生30周年記念 孤独のグルメ博」(1月9日~20日)が開催されるなど、その勢いはとどまるところを知らない。
もはや国民的人気作と呼んでもいい『孤独のグルメ』だが、そもそもは久住昌之原作・谷口ジロー作画によるマンガ作品だった。『月刊PANjA』にて1994年から1996年にかけて連載。雑誌の休刊に伴い連載も終了したが、2008年に『週刊SPA!』で読み切りとして復活した。以後、同誌にて不定期連載。2017年に谷口氏が死去したため、マンガ作品としては2015年発表のフランス編が最後となった。
同作の魅力については、今さら語るまでもないだろう。個人で輸入雑貨商を営む主人公・井之頭五郎が、一人で食事をするシチュエーションを淡々と描く。ただそれだけなのに、ロードムービーのような味わいを残す異色のグルメマンガである。
何も特別な料理を食べるわけじゃない。豚肉いためライス、回転寿司、焼き肉、おでん、冷やし中華、ピザ……。作中に登場するのは、そんなありふれた食べ物ばかり。にもかかわらず、そのどちらかといえば安っぽい日常的食事が、洒落たドラマとして浮かび上がる。
もちろんそれは、谷口ジローの静謐で緻密な作画と、ディテールから哀愁と苦笑を醸し出す久住昌之の原作との絶妙のコンビネーションのなせる技だ。無骨さと繊細さと粗忽さを併せ持った井之頭五郎の性格は、そのまま2人の作風を反映しているようにも見える。
料理人ではなく「食べる側」を主人公とした食マンガの先駆けとして、マンガ界に与えた影響も大きい。漫画家はもちろん文筆家にも同作のファンは多く、昨年末に刊行された『トリビュートブック 100%孤独のグルメ! ~それにしても、腹が減った…~』(扶桑社)では、19人もの人気作家がトリビュートマンガやエッセイを寄稿している。
漫画家では、和泉晴紀、浦沢直樹、江口寿史、オカヤイヅミ、小田原ドラゴン、カレー沢薫、河内遙、久住卓也、コナリミサト、新久千映、山崎紗也夏、吉田戦車、ラズウェル細木の13人が参加。いずれも食の描写に定評ある描き手たちだ。
なかでも、まず注目すべきは、江口寿史である。『すすめ!!パイレーツ』『ストップ!!ひばりくん!』などのヒット作がある一方、原稿が遅いことでも有名。近年はイラストレーターとしての活動がメインで、マンガは何年も描いていなかった。その江口寿史の新作が載っているというだけで、ちょっとした“事件”である。
『吉祥寺23時』と題された作品の主人公は江口氏本人。井之頭五郎になりきって、夜の吉祥寺で飲み屋ではなく飯屋を探す。たどり着いたのは、江口氏とっておきの実在店。そこで生サンマ塩焼定食を「幸福って炊き立てのお米の匂いだよね」なんてモノローグとともに食べる様子も五郎そのものだ。