その思いの背景には、意外にも「憧れ」があるという。
「私は全然真面目じゃなくて、仕事中、普通にお菓子とか食べちゃうタイプなんです。だから自己管理を徹底できる人に憧れがあって、そういう人の目から見た職場はどのように映るのかな、と思い、小説の中で想像しました」
もう一つの憧れは「強いリーダーシップ」という一面にも向けられている。
「今の世の中、上司って本当に“無理ゲー”だなと思っているんです。やらなければいけない使命や業務があっても、部下に“オラー、やれー!”とか言えないですから。人を動かすときには、多かれ少なかれ強引に進めないといけないときもあると思うんですけど、そういうリーダーシップだとパワハラと言われてしまう。実際、私自身、職場であまり怒られた経験がないんです」
だからこそ、現実には存在しにくい「チームリーダー」が主人公。だらしない部下だと感じたときの、主人公・後藤の言葉は極端なまでにキツイし、見下す態度が強調されている。一方で、上司の命令を断れない、気の弱さも見え隠れする。
「彼のストイックすぎる言動は、実際にあったら問答無用でアウトだと思います。小説の中だから、柔(やわ)い感じの職場にいる、若いけれど“昭和チックな企業戦士”が書けて、自分的には満足しました」
ラストは皮肉の効いた展開だが、それ以上に主人公の狂気と傲慢さ、そして不器用さが一層、強く迫ってくる。
今回の作品でカギになるのは、主人公の後藤が職場に不要だと思う人材を排除し、組織をスリムにすれば、自分自身の体重も減り、理想の肉体に仕上がっていく、と信じていること。
「人間の思い込みの強さと、身体の状態ってリンクしているんじゃないかな、と感じることがあるんです。やっぱり自分の身体の反応って一番確かで、良くも悪くも信じられる。たとえそれがただの思い違いでも、なまじっか自分の体感のことだから信じ切ってしまう。そんな人間のままならなさも描きたいと思いました。
弱い立場にある平社員や、組織の被害者みたいな存在が、どれほどひどいことをされても頑張って、立ち上がる姿を描いた作品だったら共感を得られやすいと思います。だからこそちょっと力があって、立場もあって、時には部下にキツく当たってしまう——。そんな加害者的な立場にある人の気持ちに、今回は触れてみたかった。
私だって、もしかすると自分の知らないところで、誰かにとっては加害者になっていたり、人より得していたりするかもしれないから」
何か問題意識があって小説を書いているわけではない。作品から何かを学び取ってほしい、とは全く思っていない。ただ、こういう人もいる、こういう世界もある、ということを淡々と受け取ってくれたらいい、と語る。
平日は仕事、早朝や週末に小説を書く生活は今も変わらない。「小説一本では食っていけない、というのが第一の理由ですが、毎日ひたすら書くのはとてもしんどいことです。仕事の合間に頑張るからいまのところ楽しく書き続けられるのかもしれません」
その自然な心持ちの先に、石田さんは次にどのような作品を生み出すのだろう。「執筆のための取材はしないので、次もまた身近なところで、カッコいいなと思うことを書くと思います」、そう笑顔で話した。