NYタイムズ「7年で売上半減」から劇的復活した訳

DX成功への旅路の最初のステップは、明確な将来の「ビジョン」を描くことから始まりました。報告書が世に出た翌年には、「われわれが進むべき道(Our Path Forward)」と題する戦略文書が発表され、紙媒体の収益をしのぐデジタル収益をあげるという野心的なビジネスモデルが明確に打ち出され、5年間でデジタル収益を2倍の8億ドルにするという目標が掲げられました。

インターネットが既存の広告市場を破壊し続けるなか、NYタイムズに残された唯一の生き残る道は、ビジネスモデルを「再構築」することだったのです。まさに同社史上最大の戦略的転換で、ビジネスそのものの刷新が待ったなしでした。

「NYタイムズをネットフリックスのようにする」

第2のステップである、戦略的優先順位も、この戦略文書で明らかにされました。「NYタイムズ紙の購読を、ネットフリックスやアマゾンプライムのように生活に欠かせない存在とするために、商品体験を変革する」「読者層を海外に広げる」「魅力的な広告フォーマットを生み出し、デジタル広告を成長させる」「社員の仕事を、デジタルプラットフォームと読者体験に沿ったものに転換する」といった、具体的な優先順位が示されることで、全社でこの変革で目指すところが共有されたのです。

続く第3のステップでは、中核事業である報道で、動画やポッドキャスト、仮想現実(VR)、インタラクティブ・ニュースボットといった新メディアを試験的に導入する実験により、読者が好むフォーマットが検証されました。ゲームや料理などの独立した新しいサブスクリプションや、ライセンス、アフィリエイト、ライブ・カンファレンスなどの、新規事業の開発ペースも加速していきました。さらに、広告チームと技術チームにより、モバイル広告とオーディオ製品向けの新しいフォーマットも開発され、デジタル化による収益源の多角化が進んだのです。

そして、NYタイムズの変革は、第4のステップである、自社の経営、ガバナンスにも及びました。デジタル事業は、もはや独立した子会社のような扱いではなく、組織全体の中核に据えられ、ジャーナリズム、商品、エンジニアリングの視点が、同社史上初めて機能横断的なチームに結集されたのです。ただし、ゲームや料理などの独立性の高い新規事業や、買収したスポーツ・メディアのような独自の読者層を持つメディアについては、独自指標を掲げて運営される独立した事業部門とするといった柔軟なガバナンス・モデルを敷きました。

同時に、デジタルな未来を持続可能な盤石なものとするために重要な、能力の構築についても、変革を進めています。これが第5のステップです。まず、エンジニアリング・チームによる技術とデータ基盤の強化により、読者のデジタル行動データを収集し、活用できるようになりました。NYタイムズが誇る100年以上のアーカイブと連動した関連記事の提示や、読者のプライバシーを保護した上でのターゲット広告の配信が、同社の新たな強みとなったのです。また、全社的にデジタル人材の新規採用や管理職への登用が進み、既存の記者を対象としたデータ駆動型ジャーナリズムや視覚的情報伝達の研修も行われました。

あの悲痛な内部報告書(イノベーション・リポート)の主執筆者であり、NYタイムズの2度目のDXを成功に導いた後に、2018年に6代目の発行人に就任したA.G.サルツバーガーは、「われわれは、ほかのどの報道機関よりもコードを書けるジャーナリストを多く擁している」と自負しているほどです。同社は、古い伝統に縛られたリスク回避の考え方から、リスクを取って失敗から学ぶことを大切にする文化へと、変貌を遂げたのです。

マクロ的視点とミクロ的視点を兼ね備える

DXは企業や組織のあらゆる階層で推進されてこそ成功します。そのため、CEOやCDO、あるいは事業部門のデジタル担当者、人事部などの部門長、はたまたデジタル製品の設計者まで、あらゆる階層・部門の社員が、組織全体を俯瞰したマクロ的視点と、各階層のミクロ的視点までを兼ね備えることが求められます。

ビジョン、優先順位、実験、ガバナンス、能力という5つのステップからなるDXロードマップは、DXの成功を願う全ての人の終わりのないジャーニーの一助となることでしょう。

DXロードマップ
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