消費に関する一般的な法則に、限界効用逓減の法則がある。これは、最後の1単位の効用は、最初の1単位の効用ほど価値がない、という意味である。
卑近な例だが、ドーナツで考えてみよう。ドーナツはわたしの大好物。今日は既に2個食べてしまい、3個目を食べるかどうか考えている。3個目だけのことを考えて決めるとすれば、飽きそうだと気づくだろう。言い換えれば、3個目のドーナツから受け取る満足度──限界効用は急激に低下すると見込まれる。
これは消費者だけにあてはまるものではない。たとえば、中小企業や伸びているスタートアップは、時間が経つにつれて費用が増えていくので、経営者や創業者が支出や予算について決める際、見るべきなのは、平均ではなく直近の費用だ。
同様に、広告のリターンは、規模が拡大するにつれて逓減するため、マーケッターや起業家がどの戦略に投資すべきか決める際には、最後の1ドルのリターンを比較すべきだ。
ここでの教訓はこうだ。非営利、営利を問わず、ほぼすべての組織には、限界思考が根づいていない支出項目や生産分野がある。それは全体のなかに埋もれていて、気づかない場合が少なくない。
投資でも生産でも、どこが弱いのかを把握するために、まず注目すべきは、収益性を高める手段がたくさんある場所だ。最後の1ドルの支出の価値を向上させるには、さまざまな方法がある。
ウィスコンシン・チーズマンの限界便益が最大となる手段は生産性だったが、工場全体で生産性に大きなばらつきがあった。工場全体の平均時間ではなく、各ラインが最後のバスケットの生産に要する時間を計測していれば、正確な全体像が把握でき、作業員をどう配置するのがベストか、ヒントが得られただろう。
「限界アプローチで考える」とは、もっと実験する、ということでもある。組織にとって限界利得が最大となる手段を見極めるには、できるだけ多くの手段、そして手段の組み合わせを試してみなければならない。
たとえばチーズマンで事業を拡大し続ける場合、ラインごとに作業員の数にばらつきがあるので生産性の違いを比較すれば、各ラインに何人の作業員を配置すべきかの参考になるだろう。この発見のプロセスは、スケールアップする前も後も有益だが、変化していくスケールアップの途中が特に重要になる。
また、往々にして、最初に取り組むべき別の課題がある。気持ちのうえで、過去の間違いは、過去の間違いとして切り離すことだ。
シカゴ大学で教え始めてまもなく、大学の資金調達部門から協力を求められた。当然ながら、目的は資金を増やすことであり、わたしは何年か資金調達の行動経済学を学んできたので、二つ返事で引き受けた。
最初にわかったことの一つは、資金調達部門には立派なコールセンターがあったが、もう使われていない、ということだ。
理由を尋ねたところ、電話のほうが手紙より寄付金は集まるが、コストは手紙のほうが安いので、電話によるお願いは徐々にやめたのだという。どのようにその結論にたどり着いたのかを知りたくて、詳しく聞いたところ、電話1本あたりの平均総費用を計算していたことがわかった。
つまり、電話をかける学生を雇う費用に、ネットワーク化されたテレフォン・バンキング・システムの構築にかかった費用を足して、電話をかけた回数で割っていたのだ。
「なんということだ」
資金調達部門は、経済学で「埋没費用」あるいは「限界費用」で呼ばれる原則、つまり、過去に投じた資金は現在の合理的な判断に影響を与えるべきではない、という原則を無視していた。既に使った資金は取り戻させない「サンクコスト」だ。今問題なのは、次の1ドルのリターンだけだ。
資金調達部門にとって、テレフォン・バンキング・システムへの初期投資もサンクコストだった。初期にかかる1回限りの固定費だ。カネは既に使われ、取り戻すことはできない。
わたしは資金調達部のスタッフに、過去の支出はもう関係ないと伝えた。コールセンターのシステムは、経常経費に入っていないのだから、現在から将来にかけての計算から差し引くべきだ。
彼らの間違いはコールセンターに投資したことではなく、過去の投資を過去のものにしなかったことだった。経常費用を計算し直すと、電話1本あたりの費用が、手紙を出す費用を下回るまでに下がった。
さらに電話は、コストが安いだけでなく、寄付金を確保するのにより効果的であることもわかった。この結果、資金調達部はテレフォン・バンキング・システムを復活させ、学生を雇い、それまでよりずっと多くの資金を集めた。