いつもと同じ選択を好む人の伸びしろが小さい訳

経済学的意思決定のプロセスから考えてみます(写真:アオサン/PIXTA)
新しいことに挑戦しようとしても「前と同じで」「これまでやったことがないから」と、なかなか進まなかった経験はありませんか? SDGsやDX、ニューノーマルなど、新しい考え方が次々と生まれ、また、「人生100年時代」と言われる中、ビジネスパーソンにとって、学び続けること、成長し続けることは不可欠であるにもかかわらず、「前例がない」という理由で進まないことは珍しくありません。
いったいなぜ、多くの人は「前例踏襲」をしたくなるのでしょうか。そして、そこから抜け出し、新しく挑戦していくためにはどうしたらいいのでしょうか。
柳川範之さん(東京大学経済学部教授)と為末大さん(400メートルハードル日本記録保持者)の共著『Unlearn(アンラーン) 人生100年時代の新しい「学び」』から、一部抜粋して紹介します。
前回:30代で伸び悩む人が知らずとかかる「呪い」の正体(1月20日配信)

「いつも通り」「前と同じで」はなぜ快適か?

「人は、目の前にある選択肢の中から、どれが自分にとってもっとも満足度が高いかをよく考えて選択している」

これは、経済学が通常想定している意思決定プロセス、いわゆる「合理的意思決定プロセス」と呼ばれているものです。

たとえば、決められたお小遣いを使って、お菓子屋さんでお菓子の組み合わせを選ぶ場合。クッキーとチョコを買うのがいいか、あるいはクッキーを2個買うのがいいか、チョコ2個だと予算をオーバーしてしまうし等々、いろいろ考えて(計算して)選択しますよね。これは合理的意思決定の典型例です。

でも、実際にはこんなふうに、きちんと計算をして選択しているとは限りません。何かを決める場合、目の前にある選択肢は、お菓子の組み合わせよりもはるかにたくさんあるし、それぞれの選択の結果、何が起きるのかがよく分からないものも少なくないからです。

近年の経済学の研究は、人々がいつも合理的な意思決定をしているとは限らないことを明らかにしていて、それを前提に議論を組み立てることが増えています。

では、多くの人はどのように意思決定をしているのか?──その答えは「パターンで決めている」ということになります。無数にある選択肢のすべてを検討して行動を決めているわけではないのは、日常よくある次のような場面のことを思い浮かべれば一目瞭然です。

「今夜、何を食べようか?」

何を食べるか、というのは毎日のように繰り返される「選択」の場面です。友人や恋人、家族と相談する場合もあれば一人で決める場合もあるでしょう。

いずれにしても、このとき、ありとあらゆるジャンルの料理を選択肢として思い浮かべる人はいません。外食する際にも、慣れ親しんだいくつかの店の中から選ぶことがほとんどでしょう。

「今日は初めての店に行ってみよう」

というときでさえも、エリアについてはあまり冒険しないものです。「渋谷で」「六本木で」「銀座で」など、普段の行動パターンの中で選ぶことになります。「こういうときは、これを食べる」、すなわち「渋谷→センター街→今日はちょっと寒いね→いつものラーメン屋」というふうにほぼ自動的に決まっていることすらあります。

もちろん、パターン化されたものがあるおかげで意思決定のコストを節約することができるわけで、その結果スピーディな決断ができるというのは、日常生活においては大きなメリットでもあります。膨大な選択肢の中から「今夜食べるもの」を毎日選び続けるなんていうことは、実際はできることではありませんし、そんな必要もありません。

ただし、「知らず知らずのうちにパターン行動をしている」と知っておくことはとても重要です。わかったうえでパターン化を利用しているのか、無意識にパターン化に組み込まれているのか。この違いはとても大きいと思います。