「ハリスは突然黒人になった」トランプ“口撃”に焦り、急激な米国社会の変容と米国人の戸惑いを利用か

2024.08.06 Wedge ONLINE

急激にボーダーレス化するアメリカ社会

 いまアメリカ社会においてボーダーレス化が席巻しており止まりそうにない。以前のアメリカ社会では、イタリア系はイタリア系と結婚するなど、同じエスニックグループでの婚姻が多数を占めていたため、両親が同じエスニックグループの場合が多く、その場合、その子が何系であるかについて悩む必要はなかった。

 ところが時代が進むにつれ、日系とアイルランド系が結婚したり、アフリカ系と中国系が結婚したりといった異なったエスニックグループによる婚姻が珍しくなくなり、子の民族的アイデンティティがいままでのように単純ではなくなってきている。既に国勢調査でもそれにあわせて人種民族の選択肢を複数回答可としている。

 加えて、21世紀のアメリカ社会は多様化がますます進み、古い世代の多くのアメリカ人が考えていなかったような問題が生じている。子供のサマーキャンプの申込書には、生物学的性別の欄のほかに、どの代名詞で呼ばれたいかといった欄が存在する。生物学的性と共に性自認が重視されるのである。

 白人男性のテレビパーソナリティが、そのような昨今の風潮を揶揄するために、自分が何者なのかは自認することで決まるならば「私は黒人のレズビアンだ」と言い出して、周りを当惑させたことも記憶に新しい。スポーツの世界では男性から女性に性転換したアスリートが女性の大会で入賞し、公衆トイレには、自分の性自認にそって男女どちらでも利用可能なものもある。もはや世の中は二分法では語れなくなりつつある。

 男性でも女性でもない存在、男性でも女性でもある存在、アジア系でもありアフリカ系でもある存在などもはや二分法で境界線を引くことなど不可能になっている。そして社会は他者が何者であるかについて寛容であれと要求する。

 このような急激な社会の変化に不安を抱くアメリカ人も少なくない。トランプが、アメリカをそのようなことのなかった1950年代に戻そうとしている所以であり、それを支持する人は多い。

黒人を一丸にできるか

 そもそもボーダーレスな存在は人々を不安にさせるものである。そのためこれまでの二分法で単純に割り切れない、アジア系とアフリカ系(黒人)の両方といった複数のアイデンティティをもつハリスのような存在は時として人々の不安をあおるのは事実である。

 ただ、一方でそのような境界線の曖昧化によって救われる人々も多いのも事実である。今回の選挙は、ハリスが体現するボーダーレスなものがアメリカ国民にどれくらい受け入れられるかの試金石と言ってよいかもしれない。

 大衆の不安を即座に自分の味方として利用するいじめっ子のやり口にトランプの術は似ており、ある意味その切れ味は天才的といっていいかもしれない。このようないじめっ子トランプに、ハリスは勝てるのだろうか。

 ここまでトランプがこだわるのも黒人が一丸となった場合の力を知っており、そしてその一丸となった力は決して自分の有利には働かないとわかっているからといえよう。黒人の力を一丸とさせることができるかはハリスの力量にかかっている。