前回、軽いノリで会社を退職した挙句、単身福岡に引っ越して小説家、インフルエンサー、起業家と迷走した話をしました。
今回はその続きで、実家に戻った私が株式会社を作ったり資金調達したりして、自分でビジネスを立ち上げた奮闘の日々についてご紹介させていただきます。
私のようにコミュ障で、組織の中でうまくやれない人が起業した場合どうなるか、そのサンプルとしてお役立ていただければ嬉しいです。
さて、両親の言葉に甘えて実家に戻ってきた私が最初にやったことは、父の知人のビジネスインキュベータ(起業に関する支援を行う事業者)に会うことでした。
父から「まずはプロに企画を見てもらって、次にどうするか相談してみたら?」と言われ、六本木ヒルズのお洒落なカフェで会うことになりました。
企画の内容は、福岡時代から温めていたランナー向けのスマホアプリ。指定のコースを走るだけで電子マネーが貯まり、コース上のコンビニや飲食店から、客の誘致による広告収入を得る、というものです。
カフェに来たのは、自らも会社をいくつも経営しているというキチッとした服を着たナイスミドルでした。この人をビジネスインキュベータさんと呼びます。
名刺を渡され、自分が名刺すら作っていない無職であることが急に恥ずかしくなった私は、この時点で完全にテンパります(笑)
顔真っ赤っかのまま企画書を広げてプレゼンを始めたのですが、企画書の1ページ目で止められました。
「そもそも、どうしてこの事業を始めようと思ったの?」
ビジネスインキュベータさんに尋ねられ、コミュ障が爆発。私の脳裏には「無職のまま実家に寄生するわけにはいかないから」「会社にいられないから」「父に言われて」「小説家になれなかったから」などの言い訳が駆け巡り、数秒間フリーズしました。
ようやく口から出てきたのは「ランニングしながら、お金が貯まったら嬉しい人、いるかなって、思いまして……」という消え入りそうな声。
当時、私は毎朝のように那珂川に沿ってジョギングしていたのですが「ジョギングがてら、お店に近寄ったらキャッシュバックとかあったら良いのになー」と思っていて、そこから発展させたアイデアでした。
そんなことをぼそっと告げた私に対して、ビジネスインキュベータさんはこう言いました。
「実際にモノがないとなかなか話聞いてもらえないし、進まないから。まずはデモだけでも先に作りなさい。タダで手伝ってくれそうな人を紹介するから、一緒にやってみれば」
結局、企画に関してお話しできたのは10分程度で、あとは1時間ほど、ビジネスインキュベータさんの起業ドラマを私がインタビューする変な流れに。最終的に、ビジネスインキュベータさんの知り合いの連絡先を渡されて「デモアプリできたらまた連絡して」と帰路につきました。
その翌月、紹介されたエンジニアさん(同年代)と対面することになりました。初回の打ち合わせで明確になったのは、技術的な問題と法的な問題。
企画段階ではお店の情報は地図で、ユーザーの位置情報はGPSで取れると考えていたのですが、エンジニアさんに「GPSでは誤差が最大300メートル出るので、お金が発生するサービスには向かない。代わりにBLE(Bluetoothの一種)を使うべき」とズバリ言われました。また、「現金をユーザーに付与する、というのは景表法に触れる可能性があるのでは。代わりにポイントを付与するのはどうでしょう」と法的な問題についても指摘されました。
BLEも景表法も知らなかった私は、自分の無知さ加減が恥ずかしくて堪らず、張りぼての自信がペシャンコになりました。かつて会社で、経験もスキルも年齢も上のメンバーに囲まれてリーダーやって鬱になった時の記憶がフラッシュバックしました。
父やビジネスインキュベータさんの紹介という手前、とても口には出せなかったんですが、もうエンジニアさんが一人でやったら良いじゃんって思いました。ガラスのハートすぎる(笑)
このままではまた自分の存在意義が失われる、と危惧した私は、技術的な問題はエンジニアさんが、それ以外の問題は私が調査・解決するという役割分担にしました。
ともかく、父に環境を整えてもらい、いろいろな人に手伝ってもらい、企画はいよいよスタートすると思っていましたが、しかし――
その後、エンジニアさんと調査と打ち合わせを繰り返し、企画は紆余曲折しながら全く別のものに変貌していきます。
私:
「スマホアプリは簡単に真似されるし、すでに類似サービスもある。また、差別化のために、自動ポイント付与以外の付加価値が必要だ」エンジニアさん:
「せっかくBLEデバイスを店舗に設置するなら、それを使って注文や会計もスマホからできるようにしてはどうか」私:
「自動ポイント付与機能つきのPOSシステムを、2年間で3000万円くらいかけて作ろう」エンジニアさん:
「タブレットPOS事業は5年ほど前から大手が参画しており、自動ポイント付与だけでは差別化としては弱い」私:
「ではもっとニッチな業界に特化するのはどうか?」エンジニアさん:
「(いくつか候補を出した中から)人間ドックは良いかも。市場規模が大きく、スケールする可能性が高い」エンジニアさん:
「病院施設内にBLEデバイスを設置するのは、電波の影響などから難しそう」私:
「WEB上での事前予約&決済システムを作って、BLE通信による決済やポイント付与はその後着手することにしよう」
最初はただのスマホアプリだったはずが、なんだか大掛かりな決済システムに……
この辺りで、エンジニアさんとの連絡が途絶えがちになります。ずっとタダで手伝ってもらっていて、私も罪悪感と無力感に苛まれていました。そのうち、「こんなのはどうでしょう?」とメールするのさえ躊躇するように。
その後、私は一人で調査を続けました。
「人間ドックの事前予約、決済システムとしては既存サービスがある」
↓
「ではもっとニッチで細やかなニーズに応えるサービスにしよう」
↓
「既存サービスがターゲットにしていない、ネットが使えない主婦向けのサービスを考える」
ニーズがないから誰もやってなかっただけなのですが、もう実家に戻ってから半年経過しており、考えるのも限界でした。
いろいろ手を尽くしてくれた父の期待もあり、途中で「やっぱむりぽ★」と放り出すわけにもいかず、無意識のうちに「誰も目をつけてないブルーオーシャンだ」と自己暗示をかけていたのかもしれません。