巷では相も変わらず企業の労働環境に関するニュースが絶えませんが、歴史を紐解いてみれば、ブラックな職業は大昔から存在していました。そこで本連載では、古代・中世ヨーロッパや日本の江戸時代にまで遡り、洋の東西を問わず実在した超ブラックな驚くべき職業の数々を紹介していきます。あなた達は、本当のブラック職業を知らない……
大相撲が江戸の一大娯楽として定着したのは、寛政(1789~1801年)の頃である。史上最強の呼び声も高い雷電(らいでん)為右衛門(ためえもん)が登場した時期とも一致している。そんな大相撲人気にちゃっかり便乗した商売が、『ひとりずもう』である。まず、ふんどし一丁の小太りなおっさんが街頭に出現し、いきなり当時の人気力士の名前を呼び出し始める。すると今度は、素早く力士のものまねに切り替わる。土俵入りの際のしぐさを再現し、細かく笑いを取ったりする。行事役もちょいちょいこなしながら、いよいよ当世人気力士(のマネをしたおっさん)による取り組みが始まる。文字通り、ひとりで相撲をこなすのだ。
激しく四つに組み合っている体で、ひとりずもうは大一番を演出していく。まわしの奪い合いも再現するわけだが、単なるふんどしをまわしに見立てて締めているだけなので、股間のクイ込みもハンパではない。ここらへんのくだり、デブ專の見物客は大コーフンである。ところが、ギャラリーが増えてきたところを見計らって急に取り組みがストップしてしまう。「さあさあ皆さん、銭を投げたり。銭が多かったほうの力士が勝つぞ」という具合に、ギャラリーを煽るのだ。すっかり魅惑のイリュージョンにハマったギャラリーたちは、勝たせたい力士の名前を叫びながら銭を投げるのである。ひとりずもうはその声を聞き分け、かけ声が多かったほうの力士を派手に勝たせるのであった。みんな大した金額を投げているわけではないので、買ったほうも負けたほうも、満足して散っていったそうな。そして、デブ專の見物客はギャラを拾い集める汗だくのおじさんを見つめつつ、やっぱり大コーフンなのであった。
(illustration:斉藤剛史)