巷では相も変わらず企業の労働環境に関するニュースが絶えませんが、歴史を紐解いてみれば、ブラックな職業は大昔から存在していました。そこで本連載では、古代・中世ヨーロッパや日本の江戸時代にまで遡り、洋の東西を問わず実在した超ブラックな驚くべき職業の数々を紹介していきます。あなた達は、本当のブラック職業を知らない……
その名の通り、死体の死因を診断する仕事である。高度な医療知識を要しそうだが、就業していた人たちの知識はそうでもなかった。なぜそれでも仕事をこなせたのか。それは、対象者の死因がほとんどペストだったからである。
ロンドンは、1665年をピークとした幾度目かのペスト大流行期に直面していた。ペスト患者が出た家は隔離され、残された家族は40日間外出禁止となった。だが、増え続ける死者数に比して医師数は圧倒的に不足していた。さらに、検死者は自分にもうつるリスクを抱えていた。そのような事情から、死体取り調べ人には職にあぶれて肉体労働をこなす余力もない女性が多かった。給料は1件ごとの歩合給で、人が死ぬほどに仕事は増えた。しかし、喜べる心境ではなかっただろう。
彼女らの仕事は、聞き込みから始まる。死者の家族や友人たちから、感染していた期間や死の間際の状況を聞きだすのである。ちょっとした刑事のおもむきだが、実は取り調べ人にとってこの作業こそが最も危険な時間であった。ペスト菌は死体からよりも、生きている人間からのほうがうつりやすかったからだ。
不運にもペストにかかる可能性が高かった彼女たちだが、意外な副収入もあった。死者の家族から「死因をペスト以外の病気にしてくれ」と買収されたのである。そうすれば近所から白い目で見られずに済むし、引越ししてしまうこともできた。実際に買収された者がどれほどいたのか定かではないが、感染拡大にひと役買ってしまったであろうことは疑う余地もない。
(illustration:斉藤剛史)