巷では相も変わらず企業の労働環境に関するニュースが絶えませんが、歴史を紐解いてみれば、ブラックな職業は大昔から存在していました。そこで本連載では、古代・中世ヨーロッパや日本の江戸時代にまで遡り、洋の東西を問わず実在した超ブラックな驚くべき職業の数々を紹介していきます。あなた達は、本当のブラック職業を知らない……
17世紀のイングランドでは、特許の概念が人々に浸透しつつあった。これにより玉石混交の様々な製品が作られたが、実業家や発明家たちは自らの製品を宣伝する技術には疎かった。それゆえ、『ヒキガエル喰い』のような人々が売り込み役を任されることになったのである。彼らは宣伝マンであり、ケレン味たっぷりのパフォーマーでもあった。その仕事ぶりはこのようなものだった。
まず、にぎわう市場の一端で人を集め、片手に収まるくらいのヒキガエルを持って口上を始める。今からこれを丸ごと食べる、と。ヒキガエルは見た目のグロさもさることながら、耳腺から出る乳白色の毒液が人々に恐れられていた。毒といっても人間が即死してしまうほどのものではないようだが、当時の人々はそう考えてはいなかった。食べるなどということは、自殺行為にも等しかった。しかし、実際のところは食べるふりをして手元にそっとしまい込んでいたようだ。
さて、ここからが本題だ。クライアントから販売委託された薬を颯爽と取り出して、解毒薬と称して飲み込むのである。しばらく経っても死ななければ薬の効き目は本物、というわけだ。だが、そもそも食べてはいないので、薬効も何もあったものではない。要するにインチキ薬なのである。これで宣伝効果があったのかは定かではないが、恐らくは否であろう。現在でもヒキガエル喰いから転じた“toady”という言葉が残っているが、これは“上司に言われたらご機嫌取りのためにヒキガエルでも食べる奴”、つまりはおべっか使いという意味だ。しかし、現代の苛烈なビジネスシーンでは本当にそのような場面がありそうだから、あながち笑い話ではない。
(illustration:斉藤剛史)