ビジネス書業界の裏話

ビジネス書に求められる作家の表現力 PART.2

2016.06.23 公式 ビジネス書業界の裏話 第10回

印刷技術の進歩とビジュアル化

ビジネスの世界では「拙速(せっそく)は巧遅(こうち)に勝る」とか、「着眼大局着手小局」という原則がある。
ビジネス書のつくりは、こうしたビジネス界の原則に倣(なら)っているところがある。
すなわち、単純化とスピードである。
正しいか・正しくないかの判断は、条件設定によって変わってくる。しかし、条件設定を増やせば増やすほど、話は複雑化してきて、わかりにくくなる。そこで、「あの場合は・この場合は」と正しさを厳密に求めて、わかりにくくするよりは、間違っていなければ正しいと単純化し、手早くわかることを追求するのがビジネス書である。
細い精査に深入りして、大局が見えなくなるよりは、大雑把でも全体の構造の理解を優先するのだ。

ビジネス書は、その表現スタイルもまた拙速は巧遅に勝るが基本なのである。
ビジネス書がそうなった背景も、その生い立ちに求めることができる。
前回、昭和50年代までを概観したが、今回はその続きである。

今を遡ること30年、この頃になるとビジネス書は、法経書のくくりから独立して、ひとつのジャンルとして確立していた。ビジネス書と学問的な経営・経済の専門書は書店の棚でもはっきり区別されるようになる。
読者層でも、若年層を取り込み始める。
それ以前のビジネス書は、経営者や管理者をターゲットにしたテーマがほとんどだったが、この時代の前後に起きたベンチャーブームの影響もあり、若年層に向かっての起業本やサクセスものが出始めたのである。
また、ダイエーの総帥中内功氏が社員へのスピーチを英語で行うなど、ビジネスシーンに英語は不可欠となり、その結果、ビジネス書にも語学(英語)というジャンルが生まれた。

こうした状況下、ビジネス書の表現スタイルではビジュアル志向が高まった。
表紙デザインはもとより、目次や本文ページのデザインにも凝りはじめるようになったのである。制作側からいうと、本にお金をかけるようになったということだ。
この頃には、書籍の印刷もオフセット印刷というものに変わっていたし、写植の組版は、本文ページでも見た目の印象が、活字,凸版とは違って格段に美しくなった。見た目で読みやすさを訴えることが可能になったのである。

見た目の変化では、目次の量が増えたことも挙げられよう。
目次の項目が増えたということは、見出しの量が増えたということである。中見出し、小見出しの数が増え、どこに何が書いてあるかがよりわかりやすくなった。
また、見出しの表現も、より惹句(じゃっく)的に変わっていった。
表現スタイルでは、 途中経過はほどほどにして、手っ取り早く結論をという拙速傾向がますます進んだ。複雑なことは、できる限り単純化する、ビジネスの原則でもあるシンプル・アンド・スピードが一層重視される。

しかし、単純化を推し進めると、どうしても説明しきれない部分が外にこぼれ落ちることとなる。ものごとの真実は、状況次第ということがある。しかし、状況設定を増やせば、今度は話を複雑化させる。そこで拙速と単純化を旨とするビジネス書では、間違っていないことは正しいという編集方針が不文律となっていく。
こうした拙速と単純化を文章表現でできるビジネス書作家は非常に稀で、原稿の仕上げは編集者との協同作業というより、やや編集者の腕に追うところが大きかったと言えよう。
こうした動きが30年前のビジネス書で起きていた。

作家が信じることを書けば読者は納得する

ビジネス書のビジュアル化の過程では、「ビジネスコミック」というものも生まれた。コミック化は新しい表現スタイルであった。
ビジネスコミックについては、またひとつの歴史があるのだが、それはまた別の機会に譲るとして、20年前~10年前に起きたビジネス書の動きについて話を進めたい。

印刷技術の進歩もあってビジュアル化が進んだビジネス書は、文字による解説プラス図解という手法を取りはじめた。タイトルに図解と付けたのである。図解本の基本は、1ページが図、対抗ページにその解説文という構成である。
1ページに図を収めるため、本が大型化していった。
今日ではB5判の図解本も珍しくないが、当時はA5判にサイズアップしただけで、書店から棚に収まらないという苦情をいただいたものだ。
ビジュアルの進化というのはコストと関係が深い。

10年ほど前から、また本文ページでも、2色刷りがさほど珍しくなくなった。それは、印刷技術が上がり多色刷りのコストパフォーマンスがよくなり、紙質を選ばなくても多色刷りが可能になったという技術革新が背景にある。
ビジュアルの進化は読者にとっても、歓迎できることだろうが、その結果、作家の表現力に求められるものは変わったのだろうか。
ビジュアル化によって、文章表現力に新たな要素が加わったということはない。
図解の図表づくりの作業等は、基本的に編集者がやる仕事だからだ。ビジュアルの表現力は、今のところ作家にではなく、編集サイドに求められる能力である。

今日、作家に求められる表現力とは、「シンプルで、納得性のある結論」を述べる技術となろう。では、それはどうすれば習得できるのか。
心得としては、次の3つが大事になると思う。

1.独善を恐れない
独善を恐れず、自分の信じることを書くことである。自分の信じられないことを読者が信じるはずがない。心底信じていることを表現するとき、曖昧さはなくなる。

2.WHY(なぜ)は控えめ(まったくないのもNG)にし、WHAT(なにを)とHOW (どうする)とEFFECT(結果)に重点を置く。

3.過剰な情報量は、物足りない情報量に劣る。
過ぎたるは及ばざるに如かず、詰め込み過ぎた情報は読者が食べきれない。それ以前に見ただけで食べる気を失うこともある。情報のインフレは、作家が自制するしか防ぎようはない。

次回に続く

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プロフィール

ミスターX
ミスターX

ビジネス雑誌出版社、および大手ビジネス書出版社での編集者を経て、現在はフリーの出版プロデューサー。出版社在職中の25年間で500人以上の新人作家を発掘し、800人を超える企業経営者と人脈をつくった実績を持つ。発掘した新人作家のうち、デビュー作が5万部を超えた著者は30人以上、10万部を超えた著者は10人以上、そのほかにも発掘した多くの著者が、現在でもビジネス書籍の第一線で活躍中である。
ビジネス書出版界の全盛期となった時代から現在に至るまで、長くビジネス書づくりに携わってきた経験から、「ビジネス書とは不変の法則を、その時代時代の衣装でくるんで表現するもの」という鉄則が身に染みている。
出版プロデューサーとして独立後は、ビジネス書以外にもジャンルを広げ文芸書、学習参考書を除く多種多様な分野で書籍の出版を手がけ、新人作家のデビュー作、過去に出版実績のある作家の再デビュー作などをプロデュースしている。
また独立後、数10社の大手・中堅出版社からの仕事の依頼を受ける過程で、各社で微妙に異なる企画オーソライズのプロセスや制作スタイル、営業手法などに触れ、改めて出版界の奥の深さを知る。そして、それとともに作家と出版社の相性を考慮したプロデュースを心がけるようになった経緯も。
出版プロデューサーとしての企画の実現率は3割を超え、重版率に至っては5割をキープしているという、伝説のビジネス書編集者である。

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