ビジネス書業界の裏話

作家に必要な「頭の中を一行にまとめる」技術

2017.11.23 公式 ビジネス書業界の裏話 第44回
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エグゼクティブ・サマリーは一枚が基本

歴代総理大臣の懐刀だったといわれる瀬島龍三氏(元伊藤忠商事会長、陸軍参謀)は、伊藤忠商事の幹部社員として活躍していたころ「偉い人は忙しいから要点を3つ以内にまとめたメモで渡しなさい」と、若い社員にアドバイスしていたそうだ。取締役会に提出する書類は、分厚い資料の付いたものが定番だが、外資系企業では社長や役員に事業計画を提出するとき、冒頭に全体の概要を示したエグゼクティブ・サマリー(事業計画書の要約)を一枚つける。

ほとんどの役員は、実際にはこのエグゼクティブ・サマリーしか見ていないことが多い。つまり、決済の可否はエグゼクティブ・サマリーの出来次第ということになる。したがってどんなに長期で、多岐にわたる計画であっても、その概要を一枚にまとめて示すことができなければ、肝心の決済はもらえない。

エグゼクティブ・サマリーでなくても、外資系ではレポートや企画の提案書で、一番大事なのはヘッドラインであるという人もいる。ヘッドラインとは書籍でいえばタイトル、記事でいえば見出しである。よいヘッドラインの条件とは、レポートや企画の内容がヘッドラインの一行に、的確に反映されていることだ。ヘッドラインを見て何が書いてあるかを把握し、さらに本文でその詳細についてコンパクトに説明されていると、レポートや企画案は〇(マル)ということになる。

タイトルや見出しの条件には、これに読者の関心を惹きつける強さという要素が加わるが、タイトルや見出しも、ひとつのヘッドラインであるから、出版物であっても、社内文書であっても両者の条件は概ね一致する。

企画書は一秒で

組織のトップや会社の経営者は忙しい。社長や役員が、レポートや提案書に注意を向ける時間は数秒である。レポートや提案書のヘッドラインは、その短い間に社長や役員の心をつかまなければいけない。

これは書籍のタイトルでも同じであるし、作家が編集者に提案するときの企画書のテーマ(仮タイトル)でも同様だ。雑誌の広告は見出しの一行で勝負が決まる。読者も、編集者も、実は判断に費やす時間は極めて短い。

以前にこのブログで書いたことだが、企画書の仮タイトルが一行でよくまとまっていれば、自ずと企画書全体もシャープなものとなる。逆に仮タイトルが一行にまとまらないようでは、企画自体も散漫なものになりがちだ。したがって企画書は仮タイトルが命といえる。

作家デビューを志す人は、長年温めている企画を何本か持っているはずだ。もし、その企画を自己採点しようと思うなら、改めてその企画に一行のタイトルをつけてみるとよい。もし、一行にまとまらなければ、まだその企画は作家本人の中で整理整頓されていないことになる。

一行にまとめることができたら、それによって「企画の貌(かお)」がはっきりしてくるはずだ。いままでぼんやりしていた企画が、輪郭のはっきりしたものになることによって、企画のよし悪しも判断しやすくなる。だが、実際には長年温めている企画といえども、一行のタイトルにまとめることはそう簡単ではない。それは頭の中にあるアイデアレベルの種々雑多なことを整理整頓して、過剰なもの、不要なものを思い切って捨てなければできないからだ。

タイトルは、まだ企画段階の仮タイトルとはいえ、そのできによって苦心の企画が日の目を見るか、埋もれてしまうかが決まる。つまり、タイトルは一行にまとまっているだけでは十分とは言えず、数秒間のうちに編集者の心をつかむものでなければならないのだ。企画のよさをアピールしようと思うと、ついつい過剰にいろいろなことをタイトルに盛り込みたくなる。いつでも、どこでも、だれにでも役に立つ本と言いたいのだが、これをやるとタイトルはどんどん長くなる。

先述したとおり、制限時間は数秒なのだからタイトルは長ければ長いほど不利だ。過剰なもの、不要なものを捨てることが基本なのに、なぜか人はその正反対の行動をとることが多い。なぜ、そのようなことが起きるのだろうか。

タイトルはイメージを伝達する手段

内容をイメージとして伝えること。これがタイトルでも、ヘッドラインでも一行でまとめるときのルールだ。「タイトル名人」の話は、これも以前にこのブログで書いたことなので、ここでは詳しく言及しないが、「タイトル名人」が名人である所以(ゆえん)は、タイトルの本質をイメージの伝達と捉えていたことにある。

一行でまとめる技術で心がけるべきは、伝えるべき情報の形はイメージあるという点である。言葉には特定のイメージが伴う。イメージは、ときに言葉の意味を超えた意味を伝えることができる。

いささか旧聞に属する言葉だが、構造改革という言葉には、ドラスティックな変化という強さを伴ったイメージや、一部の仕組みだけでなく全体を変えるというスケールを伴ったイメージがある。「会社を構造改革」とあれば、組織の上から下までを大きく変えるというメッセージとなって伝わるはずだ。

一行で全体を表現するには、言葉の持つイメージの力を使うことが鍵である。イメージを伝えるには、ときとして言葉は正確であるよりも、あいまいなほうがよい場合がある。イメージにはあいまさがつきまとうからだ。したがって正確さを求めるあまり、あいまいさを恐れてはならない。

律儀な人ほど正確さを気にかける。しかし、一行化にとってはそれが隘路となるのだ。構造改革は行政の言葉だから、経営改革には適さないのではないか、などの「冷静な検討」はタイトルをつけるときには、かえって邪魔になる。イメージとして間違っていなければ、正しくなくてもよいというくらいの割り切り方が一行化(タイトルづけ)には必要だ。

また、タイトルだけにとどまらず、ヘッドラインを一行でまとめるときに陥りがちなのが、いろいろな条件設定をすることである。ノウハウ本、ハウツー本では条件が異なれば、適切な解答も変わってくる。すべてに通用するやり方というのはないから、Aという条件下ではαというやり方でよいが、Bという条件が加わるとβとなるということはよくある。

税金や労基法など法律関係の本では、特にこの傾向が強い。しかし、条件ごとに異なるということを一行で表現しようとすれば「ケース・バイ・ケース」しかない。これではどんなに中味のある本でも、読者は手に取る前に白けてしまう。ケース・バイ・ケースはNG中のNGだ。

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プロフィール

ミスターX
ミスターX

ビジネス雑誌出版社、および大手ビジネス書出版社での編集者を経て、現在はフリーの出版プロデューサー。出版社在職中の25年間で500人以上の新人作家を発掘し、800人を超える企業経営者と人脈をつくった実績を持つ。発掘した新人作家のうち、デビュー作が5万部を超えた著者は30人以上、10万部を超えた著者は10人以上、そのほかにも発掘した多くの著者が、現在でもビジネス書籍の第一線で活躍中である。
ビジネス書出版界の全盛期となった時代から現在に至るまで、長くビジネス書づくりに携わってきた経験から、「ビジネス書とは不変の法則を、その時代時代の衣装でくるんで表現するもの」という鉄則が身に染みている。
出版プロデューサーとして独立後は、ビジネス書以外にもジャンルを広げ文芸書、学習参考書を除く多種多様な分野で書籍の出版を手がけ、新人作家のデビュー作、過去に出版実績のある作家の再デビュー作などをプロデュースしている。
また独立後、数10社の大手・中堅出版社からの仕事の依頼を受ける過程で、各社で微妙に異なる企画オーソライズのプロセスや制作スタイル、営業手法などに触れ、改めて出版界の奥の深さを知る。そして、それとともに作家と出版社の相性を考慮したプロデュースを心がけるようになった経緯も。
出版プロデューサーとしての企画の実現率は3割を超え、重版率に至っては5割をキープしているという、伝説のビジネス書編集者である。

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