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11巻
11-2
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「はぁー、クズノハのフルーツセット、今日も買えなかった」
「あれはもう開店前からの抽選だからな、運だよ運」
僕と同年代の若者二人がクズノハ商会の話をしている。
悟られないように、テラス席に座る二人に目を向ける。
学園生か? 私服だから分からないな。
「誰かあそこにコネがある奴でもいねえかなあ」
「正規の店員でも融通してくれないって話だぜ? バイトにでもなって潜り込めば自分が食べるだけならなんとかなるかもしれないが、今は募集してないからな。偉いさんの識って人か、店主のライドウ? と知り合いでもなきゃ無理だ。ジンとアベリアは上手くやったもんだぜ」
「接点がないんだよなあ……。それに、自分が食いたいんじゃなくて、彼女に頼まれてるんだよ。そんなに食べたいならいっそ自分で並べってんだ。限定品買うから付き合って、なら可愛げもあるけどよ、限定品だから買ってきてってのはどうなんだ?」
若者の一人がうんざりした様子で溜息を吐いた。ジンとアベリア、ね。やっぱり学園の生徒か。
「……もしかしてお前、一回も食べた事ないのか?」
もう一人の若者は信じられないとばかりに目を見開いた。
「ねえよ。たかが果物だろ? どっちかと言えば、俺はたまに売りに出されるっていう武器の方が欲しいね」
「武器の話も分からんでもないが、あの果物、凄いぞ? お勧めというか、一度は食べてみるべきだ」
それにしても、果物ね。
相変わらずウチで出してる数量限定のカットフルーツ、結構なレア物扱いされてるんだな。
戻ったらどのくらいの競争倍率か、聞いてみようか。
「なんだ、お前食った事あるのかよ。あれだけは値段に見合ってないって言う奴も多いぜ?」
「そんな事言うのは、食った事ない奴か、食い物に興味がない奴だろうよ。俺は週に一回あれが食べられるなら、他の日は甘い物なくてもいいってくらいに思えるぜ。特に、黄色の輪っかみたいなの、あれが最高に美味い」
「二日に一回はカフェでパフェ食ってるお前がねえ。黄色い輪っかって、クッキーかよ」
パインだな。真ん中をくり抜くのが楽しくて、何度か手伝いに行った事がある。
亜空のパインは結構量を食べても舌にピリッとくる感じがなくて、食べやすい。シロップに漬けて缶詰にもしようと話していたのが、何故かドワーフの間でブランデーらしき濃いお酒に漬けられていたのは結構最近の事だ。エリスが「これは良いスプリッツァ!」とかよく分からない事を叫んでいたな。
「薬にしても食い物にしても武器にしても、クズノハはなんか他と違うんだよな。レベルってか品質そのものがっていうか」
「そこは同感だ。だが、何より――」
『店員がいいよな』
「うん」
「うん」
趣味の同志だ。
店の接客を褒められると、自分の事のように嬉しい。
ジンとアベリアにバイトをやらせてくれと縋りつかれた時も、接客はきちんと教えたからな。
ちゃんと実践してるみたいだ。
森鬼やドワーフも、お客さんにはきちんと接しているし。
知り合いとか常連になると、エリス辺りから少し不安が漂うんだけどね。
「分かるか! なあ、やっぱりクズノハの看板娘っていうと、あの人しかいないよな?」
「ああ。最初は戸惑ったけどな。あの人なら愛人にしたい」
それでも愛人止まりなのか。ウチの店員に失礼な事を言いやがって。
思わず心中で突っ込みを入れてしまう。
話の流れ的に女の子だろうから……アベリアの事かな。
「仕事は堅実で丁寧だから、しっかりしてるんだろうし」
「可愛くて、穏やかで、優しい。他の女も見習ってほしいぜ、まったく」
あの娘、識しか見てない感じなんだけど、結構お客さんウケ良いんだな。
しかし、仕事が堅実で丁寧? その上に可愛くて穏やかで優しい?
良い娘には違いないけど、そこまで褒められるほどか?
ウチには制服もないから、制服マジックとかもないはずなんだけどな。
「まさに姫だな」
「姫だ」
「アクアさん最高」
「エリスさん最高」
「ぶっ!! ゲホゲホ!」
ぐあっ、酸味のきついジュースが気管に!
痛い、凄く痛い!
なんて不意打ちしてくれる!!
思わず噴き出してしまった僕に、他の客達から哀れむような目と、おかしな人を見るような視線が向けられる。
じ、自業自得すぎて、言い訳もできない。
それにしてもあの二人、脳みそ腐ってるんじゃないか!?
アクアにエリスだぁ!?
「あ?」
「はぁ?」
噴き出した僕に……ではなく、お互いに違う名前を言った事で、相手に疑問を投げかけている。
どっちにも突っ込みたい気分の僕だったけど、まずは自分に起きた惨事を収拾して、呼吸を整えるのが先だ。
アクアは、まあ仕事は堅実で丁寧かもしれないが、お客さんに対してはどこか事務的な感じがある。
エリスは、ちっちゃいから可愛く見えるかもしれないけど、どう考えても穏やかで優しくはない。
――と思う。
つうか、あの若者達、ヒューマンなのに亜人を愛人にしたいとか、珍しいな。
クズノハ商会がそれだけこの街や学生に浸透してきたのか、それとも若い人は考え方が柔軟なのか。ひょっとして、あの変異体騒動の時にアクアやエリスに助けられて、洗脳されたとかじゃないのか?
「おいおい、看板娘ならアクアさんだろうが。エリスさんも悪くはないけど、アクアさんあっての愛嬌だぜ?」
「何を言ってやがる、こっちの気分や要望を的確に察してくれるエリスさんの気遣いこそ、無双の看板娘だろ、常識的に考えて。アクアさん一人じゃちょっと硬いだろう?」
JK出ました。女子高生じゃないJK。
ウチの商品の話をしている時よりも遥かにヒートアップしてるな。
うお、立ち上がった。まさかこんな下らない話で殴り合いでも始める気じゃないだろうな!?
止めるべきかな?
いや、僕が出て行っても解決しない気がするし、そもそもあの論議には関わりたくない……。放っておくのが大人だ。うん。
「ちょっと、あなた達!」
張り詰めた空気の店内に、女性の声が響いた。
止めに入った勇者が何人かいるぞ。密かに応援するよ、娘さん達。
「な、なんだよ」
近くのテーブルを囲む女性の一団から厳しい視線を向けられ、たじろぐ二人。
「クズノハ商会の看板娘は識さんに決まってるでしょ!?」
その一声に、別の女性が食ってかかる。
「ちょ、あんたね! ライムさんでしょ!?」
「はあ!? 看板娘って言ってんだろうが! 誰が野郎の話なんぞしてんだよ!?」
「意味合いで考えたら、男でも女でも一緒でしょ! あそこは男の店員が凄くカッコよくて、優しくて、穏やかだから最高なのよ!」
……。
たちまち店内は大混乱に陥った。
テラス席で何をやってんだか。
まだ飲み物が残ってるけど、さっさと帰るかな。この店、もう来ないリストに入れておこう。
僕は淡々と会計を済ませて出口に向かう。
ウチのコアなファンらしき人達の熱い論戦の結果には、全く興味が湧かない。むしろ最初に耳を傾けた事への後悔が少し出てきた。
今まで静観を決め込んでいた店員さんも流石に苦笑いで、対処する気になったのか、テラスに向かっていくのが見えた。
ああいう評判は少し困るかも。商品目当てで来てくれるってのが一番なんだけどなあ。店員目当てじゃ長居するだけで、買い物はあんまりしてくれないような気がするし。
店の外は気持ちよく晴れていて、通りを歩くと日射しが眩しい。
「あの」
ん、僕?
後ろから女性に声をかけられて、立ち止まる。
「すみません、この近くにクズノハ商会というお店があると聞いたんですが」
なんだ、ウチを探しているお客さんか。
「それでしたらこの道を――」
振り返りざまに案内を始めようとして、僕は固まった。
「……貴方、嘘」
その女性が独り言のように呟く。
それは、僕の台詞でもある。
どういう確率だよ、これ。
「っ……」
音無響先輩。
何通りか想定はしていたけど、どれにも当てはまらない出会い方で、言葉も上手に出てこない。
これは僕がそういう星の下に生まれたって事なのか、それともこの人に引きつけられただけなのか。
「確か深澄君、だったかしら?」
僕の名前、知ってるのか。
数度言葉を交わしただけの、知り合いと言っていいのかも微妙な関係だったのに。
いや、先輩ならあり得るか。
外も内も欠点なんて見当たらない人だった。こんな人間がいるのかと疑ったほど。
本当に、どうして先輩はこんな世界なんかに。
「……音無、先輩」
ローレル連邦に向かうためにリミアを出た勇者一行は、強行軍の日程のため転移を駆使し、学園都市には寄らない予定だったはず。
なのに、今僕の目の前にいて、ウチの――クズノハ商会の場所を聞くリミアの勇者、音無響先輩。
生徒会長だった時の印象よりも少しだけ鋭さを増した雰囲気の先輩を見て、僕はただ呟くように彼女の名を口にするのが精一杯だった。
正直、先輩は有名人だし、動向も掴みやすかったから、偶然出会うというケースは想定してなかった。
まあ、リミアの王都で顔を見られた識が一緒じゃなかっただけよしとすべきか……納得いかないけど。
今日の識は確か、終日亜空だったな。
となると、ここで先輩に会う可能性はまずない。
えっと、先輩と僕の共通の知り合いっていうと、リミアの王様とヨシュア王子だよな。だから、あの二人はライドウとしての僕の事を先輩に話していると想定した方が無難だろう。
でも先輩は僕を深澄真だと認識しているから、ライドウだとは思ってないはずで。
つまり、僕としてはライドウって名乗るべきなのか、隠すのが得策なのか?
名乗ればクズノハ商会の主がライドウだって事も知られてしまう。
先輩はクズノハ商会の事も知っていて、ここに来ようと思ったんだよな? となると、隠しても遠からずバレるような気もする。
待てよ、そもそも先輩に僕がライドウだと知られて困るか?
リミアの王都に行った時には名乗っていなかった、と思う。
しかし、ここでライドウと名乗らなくても、近く露見する可能性が高いなら、嘘をつかない方が結局はプラス?
偽名を使っている理由は、行動を掴まれたくないやつ(女神)がいたと説明すればいいんだし。
それに、下手に嘘ついてキョドってたら、先輩には結局バレそうな気がするんだよね。
……うん、ライドウと名乗ろう。
その方が楽だし、後々にも良い。大体隠し通す演技をこれからずっとするって考えただけで気が遠くなる。
混乱した頭で色々考えて、なんとか結論を出した。
「深澄君?」
思考に沈んで固まっていた僕を、先輩が呼ぶ。
「あ、先輩、実はですね……」
怪訝そうな顔で僕を見る先輩に、僕はライドウと名乗っている事を伝えた。
先輩は何故かライドウの名前にひどく驚いた様子だ。
リミアの王様と王子様、一体何を先輩に話したんですか!?
「あ、貴方がライドウ? それって、クズノハ商会の代表の名前と同じよね?」
「は、はい。僕がクズノハ商会の主をやっています。その、周りに助けられてなんとか、って状態ですけど」
「深澄君が、ライドウ……。っ、ちょっと待って!? そこも大事だけど、それよりももっと大事な事があるじゃないの!」
「え?」
「貴方も勇者なの? 女神から勇者はこの世界に二人だって聞いていたのに。貴方がいるって事は、三人目って事なのよね?」
「あ……、いや、僕は先輩方とは少し事情が違いまして。女神の言った事は正しいです。勇者は二人。僕は勇者じゃないですから」
「でも、召喚されたんでしょう、彼女に」
「はい、まあ。……あ、すみません。その、立ち話もなんですから、まずはクズノハ商会、ウチに案内しますね」
元々先輩はウチに用があったみたいだし、このまま外で話すよりもそっちの方が落ち着ける。
「クズノハ商会に? ん……そうね。それじゃ少しお邪魔させてもらおうかしら」
「ええ、どうぞ。少しって事は、この後に急ぎの用事でもあるんですか?」
僕が事前に掴んでいた情報ではローレルに向かってる最中のはずだから、暇じゃないだろう。
どうせだから、その辺りも聞いてみようかな。
お互いに質問ばかりになりそうではあるけど、少し楽しみでもある。
先輩には仲間が何人かいたはずなのに、今は一人だし、武器である剣を布に包んで背負っているのも妙に感じる。
この学園都市では、武装して街中を歩いている人はあまり見かけない。
勇者という立場なら、盗まれる心配がないセキュリティばっちりの高級宿に宿泊していると思うから、剣なんか預けてしまった方が街を歩くのは楽だ。
治安の悪い場所に出向こうっていうのなら、武器を持っていた方が無難だけど、だったら、仲間と一緒の方がもっと安全なはず。
とにかく僕は色々と考え事をしていた。女神に飛ばされ王都で再会した時に見た過激な衣装の先輩の姿と、その時の僕の格好――特撮コスプレまがいの白いスーツ――を頭の中から打ち消していくために。
そのせいもあって、短い時間ながら先輩を案内する僕は言葉数少なく。先輩も何か思うところがあるのか、僕の後を黙ってついてくるだけだった。
◇◆◇◆◇
「でね、クズノハ商会には腕の良いドワーフがいるって言われたのよ」
ソファに腰を下ろした先輩が、ローテーブルの上に置いた武器にチラリと目を向けた。
「その剣の手入れが用件でしたか。でも先輩、ウチの職人にできたとしても、今日中には多分無理かと」
商会の応接室で話を聞くと、彼女が急遽学園都市に来た理由を話してくれた。
途中リミアの王都での一戦にも触れたけど、識とか、彼が名乗ったラルヴァって名前から僕らに辿り着いたわけじゃないらしくて心底ほっとした。
リミア・ローレル間なら、このロッツガルドも通り道にならない事もないが、寄った理由がクズノハ商会の職人だったとは。リミアの人達、結構ウチの事調べていったんだな。それか、音無先輩をよこしてリミア王国への協力要請でもする気だったのか。
日本にいた時も人を惹きつけるオーラがある人だったからなあ。
当然、今もね。
日本で遠目に眺めていた、あの時のままの先輩だ。
「武器の手入れが一日で終わるなんて、私も思ってないわ。一週間ほどでまたここに寄れるから、その時までに出来上がっていれば問題ないの。ここにベレンさんがいれば話が早いんだけど、いらっしゃる?」
ベレン? なんでベレンの名前が?
「ベレン、ですか。彼はツィーゲにあるウチの一号店で働いてもらってますが。ご存知でしたか」
「この剣、ベレンさんに作ってもらった物だから。もらった時とは少し形が違っちゃってるんだけどね」
ベレンが先輩に武器を作った?
知らない間に妙な縁ができているな。
先輩はツィーゲに一月ほどいたって事だから、その時か?
沢山ある店の中からウチを選んでもらえたのはありがたいけど、先輩達も荒野で腕を磨いていたなら、よくもばったり遭わずにいられたもんだ。
運が良いのか悪いのか。
しかし、ベレンも出来合いの物を渡したんじゃなくて、しっかり先輩用に武器をねえ。それに、名前もちゃんと覚えているくらいに関係があったなんて。
当時は聞き流していたから、きちんと確認しておこう。
「少々お待ちください。今ここで働いている職人が来ますので」
ベレンが作った武器なら、ウチで預かって問題ないな。今夜にでも亜空で見せればいい。
ベレンなら、一週間もあれば自分で作った武器の手入れくらいしてくれるだろう。
「お呼びでしょうか、若様」
「ふふっ」
エルダードワーフの職人が入ってくると、先輩がおかしそうに笑う。
店に帰ってきた時、盛大に「お帰りなさいませ、若様!」って僕が言われたのを見てポカンとしていたけど、どうやらあれがツボだったみたいだ。
僕が若様と呼ばれるのを聞くたびに、こうだから。
微笑を浮かべる先輩から布に包まれたままの剣を受け取り、やってきたエルドワに渡す。
やっぱ先輩は綺麗だわ。
美男美女ばかりのこの世界でも、遜色なく美人に見えるんだもんなあ。
この分だと、もう一人の帝国の勇者も美形なんだろうね。
会うのが楽しみなような、うざいような。
「この剣の手入れを頼みたい。できるか見立てを頼む」
商会代表としての態度で職人に聞く。
あまりフレンドリーに接するのも良くないと言われてるんだよな。特に、亜人に対しては外部に向けてだけでも、きちんと線を引いて振舞うべきだって。
レンブラントさんとザラさんの二人からの言葉だから、正しいんだろうと思って実践しているけど、やっぱり違和感はある。
「はっ。では拝見いたします」
「お願いします」
職人が剣の包みを解くと、先輩は真面目な顔に戻って、立ち上がって深く一礼。
僕に対するよりも丁寧……。
に、日本人だもんな。職人への尊敬は大事な事だよ、うん。
「これは、傷みもありますが、少々無茶な状況で使用されていますな。激戦をくぐってきたとお見受けします」
「……ええ。何度も命を救われています」
注意深く剣を診ていく職人。
僕は彼に視線を向け、念話を送る。
(これ、ベレンの作なんだって。亜空で彼に見せれば大丈夫だろうから、引き受けてくれる?)
(ベレン殿の作品でしたか。すぐに気付けぬとは未熟でございました)
(よろしく)
(承りました)
彼は僕に小さく一礼して、先輩に向き直った。
「オトナシ様、と仰いましたか」
「はい。どうでしょうか。手入れをして、また元のように振るえるようになりますでしょうか?」
「問題ありません。よく見れば私どもの身内の作でございます。三日も頂ければ、十分な仕事ができるかと」
「本当ですか! それではお願いしても?」
どこか心配そうだった先輩の顔が、明るく輝く。
「それは、私如きが決められる事ではありません。私は、見立てはできますが、仕事を請け負うかどうかの判断までは」
チラリと僕を見るエルドワ。
いいって。そういう小芝居は今はいらないんだって。
「勿論、お引き受けします。他ならぬ先輩の頼みですし。異世界で出会った日本人仲間でもありますし」
「……ありがとう、深澄君」
「いえいえ。もう行っていい。くれぐれも丁重に扱うように」
「お任せください。それではオトナシ様、確かにお預かりいたします」
「あれはもう開店前からの抽選だからな、運だよ運」
僕と同年代の若者二人がクズノハ商会の話をしている。
悟られないように、テラス席に座る二人に目を向ける。
学園生か? 私服だから分からないな。
「誰かあそこにコネがある奴でもいねえかなあ」
「正規の店員でも融通してくれないって話だぜ? バイトにでもなって潜り込めば自分が食べるだけならなんとかなるかもしれないが、今は募集してないからな。偉いさんの識って人か、店主のライドウ? と知り合いでもなきゃ無理だ。ジンとアベリアは上手くやったもんだぜ」
「接点がないんだよなあ……。それに、自分が食いたいんじゃなくて、彼女に頼まれてるんだよ。そんなに食べたいならいっそ自分で並べってんだ。限定品買うから付き合って、なら可愛げもあるけどよ、限定品だから買ってきてってのはどうなんだ?」
若者の一人がうんざりした様子で溜息を吐いた。ジンとアベリア、ね。やっぱり学園の生徒か。
「……もしかしてお前、一回も食べた事ないのか?」
もう一人の若者は信じられないとばかりに目を見開いた。
「ねえよ。たかが果物だろ? どっちかと言えば、俺はたまに売りに出されるっていう武器の方が欲しいね」
「武器の話も分からんでもないが、あの果物、凄いぞ? お勧めというか、一度は食べてみるべきだ」
それにしても、果物ね。
相変わらずウチで出してる数量限定のカットフルーツ、結構なレア物扱いされてるんだな。
戻ったらどのくらいの競争倍率か、聞いてみようか。
「なんだ、お前食った事あるのかよ。あれだけは値段に見合ってないって言う奴も多いぜ?」
「そんな事言うのは、食った事ない奴か、食い物に興味がない奴だろうよ。俺は週に一回あれが食べられるなら、他の日は甘い物なくてもいいってくらいに思えるぜ。特に、黄色の輪っかみたいなの、あれが最高に美味い」
「二日に一回はカフェでパフェ食ってるお前がねえ。黄色い輪っかって、クッキーかよ」
パインだな。真ん中をくり抜くのが楽しくて、何度か手伝いに行った事がある。
亜空のパインは結構量を食べても舌にピリッとくる感じがなくて、食べやすい。シロップに漬けて缶詰にもしようと話していたのが、何故かドワーフの間でブランデーらしき濃いお酒に漬けられていたのは結構最近の事だ。エリスが「これは良いスプリッツァ!」とかよく分からない事を叫んでいたな。
「薬にしても食い物にしても武器にしても、クズノハはなんか他と違うんだよな。レベルってか品質そのものがっていうか」
「そこは同感だ。だが、何より――」
『店員がいいよな』
「うん」
「うん」
趣味の同志だ。
店の接客を褒められると、自分の事のように嬉しい。
ジンとアベリアにバイトをやらせてくれと縋りつかれた時も、接客はきちんと教えたからな。
ちゃんと実践してるみたいだ。
森鬼やドワーフも、お客さんにはきちんと接しているし。
知り合いとか常連になると、エリス辺りから少し不安が漂うんだけどね。
「分かるか! なあ、やっぱりクズノハの看板娘っていうと、あの人しかいないよな?」
「ああ。最初は戸惑ったけどな。あの人なら愛人にしたい」
それでも愛人止まりなのか。ウチの店員に失礼な事を言いやがって。
思わず心中で突っ込みを入れてしまう。
話の流れ的に女の子だろうから……アベリアの事かな。
「仕事は堅実で丁寧だから、しっかりしてるんだろうし」
「可愛くて、穏やかで、優しい。他の女も見習ってほしいぜ、まったく」
あの娘、識しか見てない感じなんだけど、結構お客さんウケ良いんだな。
しかし、仕事が堅実で丁寧? その上に可愛くて穏やかで優しい?
良い娘には違いないけど、そこまで褒められるほどか?
ウチには制服もないから、制服マジックとかもないはずなんだけどな。
「まさに姫だな」
「姫だ」
「アクアさん最高」
「エリスさん最高」
「ぶっ!! ゲホゲホ!」
ぐあっ、酸味のきついジュースが気管に!
痛い、凄く痛い!
なんて不意打ちしてくれる!!
思わず噴き出してしまった僕に、他の客達から哀れむような目と、おかしな人を見るような視線が向けられる。
じ、自業自得すぎて、言い訳もできない。
それにしてもあの二人、脳みそ腐ってるんじゃないか!?
アクアにエリスだぁ!?
「あ?」
「はぁ?」
噴き出した僕に……ではなく、お互いに違う名前を言った事で、相手に疑問を投げかけている。
どっちにも突っ込みたい気分の僕だったけど、まずは自分に起きた惨事を収拾して、呼吸を整えるのが先だ。
アクアは、まあ仕事は堅実で丁寧かもしれないが、お客さんに対してはどこか事務的な感じがある。
エリスは、ちっちゃいから可愛く見えるかもしれないけど、どう考えても穏やかで優しくはない。
――と思う。
つうか、あの若者達、ヒューマンなのに亜人を愛人にしたいとか、珍しいな。
クズノハ商会がそれだけこの街や学生に浸透してきたのか、それとも若い人は考え方が柔軟なのか。ひょっとして、あの変異体騒動の時にアクアやエリスに助けられて、洗脳されたとかじゃないのか?
「おいおい、看板娘ならアクアさんだろうが。エリスさんも悪くはないけど、アクアさんあっての愛嬌だぜ?」
「何を言ってやがる、こっちの気分や要望を的確に察してくれるエリスさんの気遣いこそ、無双の看板娘だろ、常識的に考えて。アクアさん一人じゃちょっと硬いだろう?」
JK出ました。女子高生じゃないJK。
ウチの商品の話をしている時よりも遥かにヒートアップしてるな。
うお、立ち上がった。まさかこんな下らない話で殴り合いでも始める気じゃないだろうな!?
止めるべきかな?
いや、僕が出て行っても解決しない気がするし、そもそもあの論議には関わりたくない……。放っておくのが大人だ。うん。
「ちょっと、あなた達!」
張り詰めた空気の店内に、女性の声が響いた。
止めに入った勇者が何人かいるぞ。密かに応援するよ、娘さん達。
「な、なんだよ」
近くのテーブルを囲む女性の一団から厳しい視線を向けられ、たじろぐ二人。
「クズノハ商会の看板娘は識さんに決まってるでしょ!?」
その一声に、別の女性が食ってかかる。
「ちょ、あんたね! ライムさんでしょ!?」
「はあ!? 看板娘って言ってんだろうが! 誰が野郎の話なんぞしてんだよ!?」
「意味合いで考えたら、男でも女でも一緒でしょ! あそこは男の店員が凄くカッコよくて、優しくて、穏やかだから最高なのよ!」
……。
たちまち店内は大混乱に陥った。
テラス席で何をやってんだか。
まだ飲み物が残ってるけど、さっさと帰るかな。この店、もう来ないリストに入れておこう。
僕は淡々と会計を済ませて出口に向かう。
ウチのコアなファンらしき人達の熱い論戦の結果には、全く興味が湧かない。むしろ最初に耳を傾けた事への後悔が少し出てきた。
今まで静観を決め込んでいた店員さんも流石に苦笑いで、対処する気になったのか、テラスに向かっていくのが見えた。
ああいう評判は少し困るかも。商品目当てで来てくれるってのが一番なんだけどなあ。店員目当てじゃ長居するだけで、買い物はあんまりしてくれないような気がするし。
店の外は気持ちよく晴れていて、通りを歩くと日射しが眩しい。
「あの」
ん、僕?
後ろから女性に声をかけられて、立ち止まる。
「すみません、この近くにクズノハ商会というお店があると聞いたんですが」
なんだ、ウチを探しているお客さんか。
「それでしたらこの道を――」
振り返りざまに案内を始めようとして、僕は固まった。
「……貴方、嘘」
その女性が独り言のように呟く。
それは、僕の台詞でもある。
どういう確率だよ、これ。
「っ……」
音無響先輩。
何通りか想定はしていたけど、どれにも当てはまらない出会い方で、言葉も上手に出てこない。
これは僕がそういう星の下に生まれたって事なのか、それともこの人に引きつけられただけなのか。
「確か深澄君、だったかしら?」
僕の名前、知ってるのか。
数度言葉を交わしただけの、知り合いと言っていいのかも微妙な関係だったのに。
いや、先輩ならあり得るか。
外も内も欠点なんて見当たらない人だった。こんな人間がいるのかと疑ったほど。
本当に、どうして先輩はこんな世界なんかに。
「……音無、先輩」
ローレル連邦に向かうためにリミアを出た勇者一行は、強行軍の日程のため転移を駆使し、学園都市には寄らない予定だったはず。
なのに、今僕の目の前にいて、ウチの――クズノハ商会の場所を聞くリミアの勇者、音無響先輩。
生徒会長だった時の印象よりも少しだけ鋭さを増した雰囲気の先輩を見て、僕はただ呟くように彼女の名を口にするのが精一杯だった。
正直、先輩は有名人だし、動向も掴みやすかったから、偶然出会うというケースは想定してなかった。
まあ、リミアの王都で顔を見られた識が一緒じゃなかっただけよしとすべきか……納得いかないけど。
今日の識は確か、終日亜空だったな。
となると、ここで先輩に会う可能性はまずない。
えっと、先輩と僕の共通の知り合いっていうと、リミアの王様とヨシュア王子だよな。だから、あの二人はライドウとしての僕の事を先輩に話していると想定した方が無難だろう。
でも先輩は僕を深澄真だと認識しているから、ライドウだとは思ってないはずで。
つまり、僕としてはライドウって名乗るべきなのか、隠すのが得策なのか?
名乗ればクズノハ商会の主がライドウだって事も知られてしまう。
先輩はクズノハ商会の事も知っていて、ここに来ようと思ったんだよな? となると、隠しても遠からずバレるような気もする。
待てよ、そもそも先輩に僕がライドウだと知られて困るか?
リミアの王都に行った時には名乗っていなかった、と思う。
しかし、ここでライドウと名乗らなくても、近く露見する可能性が高いなら、嘘をつかない方が結局はプラス?
偽名を使っている理由は、行動を掴まれたくないやつ(女神)がいたと説明すればいいんだし。
それに、下手に嘘ついてキョドってたら、先輩には結局バレそうな気がするんだよね。
……うん、ライドウと名乗ろう。
その方が楽だし、後々にも良い。大体隠し通す演技をこれからずっとするって考えただけで気が遠くなる。
混乱した頭で色々考えて、なんとか結論を出した。
「深澄君?」
思考に沈んで固まっていた僕を、先輩が呼ぶ。
「あ、先輩、実はですね……」
怪訝そうな顔で僕を見る先輩に、僕はライドウと名乗っている事を伝えた。
先輩は何故かライドウの名前にひどく驚いた様子だ。
リミアの王様と王子様、一体何を先輩に話したんですか!?
「あ、貴方がライドウ? それって、クズノハ商会の代表の名前と同じよね?」
「は、はい。僕がクズノハ商会の主をやっています。その、周りに助けられてなんとか、って状態ですけど」
「深澄君が、ライドウ……。っ、ちょっと待って!? そこも大事だけど、それよりももっと大事な事があるじゃないの!」
「え?」
「貴方も勇者なの? 女神から勇者はこの世界に二人だって聞いていたのに。貴方がいるって事は、三人目って事なのよね?」
「あ……、いや、僕は先輩方とは少し事情が違いまして。女神の言った事は正しいです。勇者は二人。僕は勇者じゃないですから」
「でも、召喚されたんでしょう、彼女に」
「はい、まあ。……あ、すみません。その、立ち話もなんですから、まずはクズノハ商会、ウチに案内しますね」
元々先輩はウチに用があったみたいだし、このまま外で話すよりもそっちの方が落ち着ける。
「クズノハ商会に? ん……そうね。それじゃ少しお邪魔させてもらおうかしら」
「ええ、どうぞ。少しって事は、この後に急ぎの用事でもあるんですか?」
僕が事前に掴んでいた情報ではローレルに向かってる最中のはずだから、暇じゃないだろう。
どうせだから、その辺りも聞いてみようかな。
お互いに質問ばかりになりそうではあるけど、少し楽しみでもある。
先輩には仲間が何人かいたはずなのに、今は一人だし、武器である剣を布に包んで背負っているのも妙に感じる。
この学園都市では、武装して街中を歩いている人はあまり見かけない。
勇者という立場なら、盗まれる心配がないセキュリティばっちりの高級宿に宿泊していると思うから、剣なんか預けてしまった方が街を歩くのは楽だ。
治安の悪い場所に出向こうっていうのなら、武器を持っていた方が無難だけど、だったら、仲間と一緒の方がもっと安全なはず。
とにかく僕は色々と考え事をしていた。女神に飛ばされ王都で再会した時に見た過激な衣装の先輩の姿と、その時の僕の格好――特撮コスプレまがいの白いスーツ――を頭の中から打ち消していくために。
そのせいもあって、短い時間ながら先輩を案内する僕は言葉数少なく。先輩も何か思うところがあるのか、僕の後を黙ってついてくるだけだった。
◇◆◇◆◇
「でね、クズノハ商会には腕の良いドワーフがいるって言われたのよ」
ソファに腰を下ろした先輩が、ローテーブルの上に置いた武器にチラリと目を向けた。
「その剣の手入れが用件でしたか。でも先輩、ウチの職人にできたとしても、今日中には多分無理かと」
商会の応接室で話を聞くと、彼女が急遽学園都市に来た理由を話してくれた。
途中リミアの王都での一戦にも触れたけど、識とか、彼が名乗ったラルヴァって名前から僕らに辿り着いたわけじゃないらしくて心底ほっとした。
リミア・ローレル間なら、このロッツガルドも通り道にならない事もないが、寄った理由がクズノハ商会の職人だったとは。リミアの人達、結構ウチの事調べていったんだな。それか、音無先輩をよこしてリミア王国への協力要請でもする気だったのか。
日本にいた時も人を惹きつけるオーラがある人だったからなあ。
当然、今もね。
日本で遠目に眺めていた、あの時のままの先輩だ。
「武器の手入れが一日で終わるなんて、私も思ってないわ。一週間ほどでまたここに寄れるから、その時までに出来上がっていれば問題ないの。ここにベレンさんがいれば話が早いんだけど、いらっしゃる?」
ベレン? なんでベレンの名前が?
「ベレン、ですか。彼はツィーゲにあるウチの一号店で働いてもらってますが。ご存知でしたか」
「この剣、ベレンさんに作ってもらった物だから。もらった時とは少し形が違っちゃってるんだけどね」
ベレンが先輩に武器を作った?
知らない間に妙な縁ができているな。
先輩はツィーゲに一月ほどいたって事だから、その時か?
沢山ある店の中からウチを選んでもらえたのはありがたいけど、先輩達も荒野で腕を磨いていたなら、よくもばったり遭わずにいられたもんだ。
運が良いのか悪いのか。
しかし、ベレンも出来合いの物を渡したんじゃなくて、しっかり先輩用に武器をねえ。それに、名前もちゃんと覚えているくらいに関係があったなんて。
当時は聞き流していたから、きちんと確認しておこう。
「少々お待ちください。今ここで働いている職人が来ますので」
ベレンが作った武器なら、ウチで預かって問題ないな。今夜にでも亜空で見せればいい。
ベレンなら、一週間もあれば自分で作った武器の手入れくらいしてくれるだろう。
「お呼びでしょうか、若様」
「ふふっ」
エルダードワーフの職人が入ってくると、先輩がおかしそうに笑う。
店に帰ってきた時、盛大に「お帰りなさいませ、若様!」って僕が言われたのを見てポカンとしていたけど、どうやらあれがツボだったみたいだ。
僕が若様と呼ばれるのを聞くたびに、こうだから。
微笑を浮かべる先輩から布に包まれたままの剣を受け取り、やってきたエルドワに渡す。
やっぱ先輩は綺麗だわ。
美男美女ばかりのこの世界でも、遜色なく美人に見えるんだもんなあ。
この分だと、もう一人の帝国の勇者も美形なんだろうね。
会うのが楽しみなような、うざいような。
「この剣の手入れを頼みたい。できるか見立てを頼む」
商会代表としての態度で職人に聞く。
あまりフレンドリーに接するのも良くないと言われてるんだよな。特に、亜人に対しては外部に向けてだけでも、きちんと線を引いて振舞うべきだって。
レンブラントさんとザラさんの二人からの言葉だから、正しいんだろうと思って実践しているけど、やっぱり違和感はある。
「はっ。では拝見いたします」
「お願いします」
職人が剣の包みを解くと、先輩は真面目な顔に戻って、立ち上がって深く一礼。
僕に対するよりも丁寧……。
に、日本人だもんな。職人への尊敬は大事な事だよ、うん。
「これは、傷みもありますが、少々無茶な状況で使用されていますな。激戦をくぐってきたとお見受けします」
「……ええ。何度も命を救われています」
注意深く剣を診ていく職人。
僕は彼に視線を向け、念話を送る。
(これ、ベレンの作なんだって。亜空で彼に見せれば大丈夫だろうから、引き受けてくれる?)
(ベレン殿の作品でしたか。すぐに気付けぬとは未熟でございました)
(よろしく)
(承りました)
彼は僕に小さく一礼して、先輩に向き直った。
「オトナシ様、と仰いましたか」
「はい。どうでしょうか。手入れをして、また元のように振るえるようになりますでしょうか?」
「問題ありません。よく見れば私どもの身内の作でございます。三日も頂ければ、十分な仕事ができるかと」
「本当ですか! それではお願いしても?」
どこか心配そうだった先輩の顔が、明るく輝く。
「それは、私如きが決められる事ではありません。私は、見立てはできますが、仕事を請け負うかどうかの判断までは」
チラリと僕を見るエルドワ。
いいって。そういう小芝居は今はいらないんだって。
「勿論、お引き受けします。他ならぬ先輩の頼みですし。異世界で出会った日本人仲間でもありますし」
「……ありがとう、深澄君」
「いえいえ。もう行っていい。くれぐれも丁重に扱うように」
「お任せください。それではオトナシ様、確かにお預かりいたします」
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