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5巻
5-2
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敵意や悪意に敏感な子供達が気軽に接しているから、カールさんが良い人なのは間違いないんだが。というか、二人はカールさんに対しては意外と攻撃的だな。ツッコミという意味でだけど……。
「ほら、料理長! 子供達にも誤解されていますよ!!」
そんなアレンとエレナの行動を見て、ワーグナーさんが慌ててカールさんに詰め寄った。
「そ、それは……」
カールさんは言葉を詰まらせながらワーグナーさん、僕、そして子供達と、順に見ていく。
「「にぃ~」」
カールさんに見られた子供達は人差し指で頬を持ち上げて、カールさんに笑うように促した。
「……に~?」
カールさんは律儀にも、口角を上げて笑い顔を作ろうとしてくれる。
「「――ぷ」」
そのカールさんの行動に、僕とワーグナーさんは思わず噴き出してしまった。
直視しないように顔を逸らせば、パン職人達も笑いを堪えているのか、ふるふるとしていた。
もう一度、アレンとエレナ、カールさんのほうに視線を戻すと、子供達は満足そうにし、カールさんは顔を真っ赤にしていた。
「と、とりあえず、皆さんもカスタードクリームと餡を作ってみましょうか」
「そ、そうですね」
僕は何とも言えない空気を変えるために、パン作りの続きをしようと持ちかけると、ワーグナーさんが即座に乗って作業を再開する。
「タクミ様、そちらは?」
「ん? ああ、これは白餡とアマ芋の餡です」
カールさん達がカスタードクリームと赤豆の餡を仕込んでいる間、僕は僕で白豆で白餡を、「アマ芋」というサツマイモのような野菜をペースト状にして、さつま餡っぽいものを作っていた。
すると、ワーグナーさんがそれに気づき、興味を示す。
「白豆とアマ芋……ですか?」
「そうです。これもパンの中に入れて焼こうかと思いまして」
「次々と新しいものを……。タクミ様は本当に凄いですね」
「そうですか? 合いそうだな~って思ったものを試しているだけですよ。ワーグナーさんも、考えれば何か思いつくんじゃないですかね?」
「いえいえ、それはなかなかできるものではありませんよ!」
「そうですか?」
「そうです!」
僕の場合は地球でこんなものがあったよな~、という記憶を元に試しているので、確かに有利ではある。だが、このくらいのものならエーテルディアの人でも考え出せると思うんだよな~。
あ、「イシウリ」というカボチャっぽい野菜でカボチャ餡とか、ゴマを混ぜてゴマ餡とかも作れそうかな? 今度、試してみよう!
カールさん達もカスタードクリームと餡を作り終わったので、次にそれをパン生地で包んでいく。
まあ、ここからはカールさん達本職の人達のほうが技術も手際も上だから、僕が教えることなんてないんだよね。
でも、黙って見ているのは暇だから、僕はもちろん、アレンとエレナも包む作業に参加した。
「「できたー」」
「そうだね。あとは発酵させて焼くだけだ」
これで本当に待つのみ。なので、待ち時間をどうしようかな? と思っていると――
「そういえば、タクミ様。シーリンやベイリーでは、これらのパンを懇意の店で売り出していると耳にしたのですが、それは本当でしょうか?」
パン職人の責任者であるシドさんがそう尋ねてきた。
「ええ、そうですね」
「では! 王都の街に私の兄弟子の店があるのですが、その店で売り出す許可をいただけないでしょうか? もちろん、利益の一部をタクミ様にお支払いしますし、レシピは厳重に取り扱いますので!」
興奮したように、シドさんが販売の許可を求めてきた。
今回ここで教えたレシピについては、国王のトリスタン様と宰相様の両名から『流出厳禁』と厳命されているらしい。なので、この場にいる人達以外は、城の厨房で働いていようともレシピを知ることができないそうだ。
その話を聞いた時、「そこまで厳重にすること!?」と思わず口走ってしまったが、逆にカールさん達に「当たり前のことです」と言われた。
まあ、僕が許可を出せば、その限りではないらしいんだけど。
「ん~、利益は結構です。ただ、僕達が欲しい時に注文を受けてくれる、という条件でいかがですか?」
「それでしたら問題ないと思います!」
僕としても、王都で気軽にクリームパンやあんパンを購入できる店があれば助かるからな。
「あとは貴族との間で問題が起こらないように、お店に後ろ盾があったほうがいいんですが……。ん~、もしかすると、ルーウェン家にお願いできるかな? とりあえず、ルーウェン家のご当主に僕から話してみます。了承が得られましたら、改めて連絡するということでいいですか?」
「はい! ありがとうございます!」
たぶん大丈夫だと思うけれど、ルーウェン家に戻ったらすぐに当主のマティアスさんに頼んでみよう。
そう話がまとまったところで――
「失礼いたします」
侍女っぽい人が厨房に現れ、真っ直ぐにこちらに向かってくる。
「貴方がタクミ様でお間違いありませんか?」
「は、はい」
そして、侍女さんは僕のことを確認した後、周囲を見渡した。
「作業のほうは一段落しているとお見受けしましたが?」
「はい、そうですね」
「では、私と一緒にいらしていただけますか」
「……はい?」
一緒に来い? え、どういうことだ?
「王妃様がお呼びでございます」
ええぇー? 王妃様が呼んでいるだって!?
王妃様と面識なんてない。それなのに何でだ?
◇ ◇ ◇
「ふふふ~」
「……」
なぜか僕達は今、王妃様と絶賛対面中である。
王妃様はスミレ色の瞳を細めて微笑んでいる。
「「おにーちゃん、くりーむぱんは~?」」
呼び出された理由がわからずドギマギしている僕をよそに、アレンとエレナは、さっきまで作っていたクリームパンの行方を心配している。
「あらあら、大丈夫よ。ちゃーんと、焼き上がったらここに持ってくるように言いつけてありますから、もう少し待っていてね」
「「うん、わかったー」」
クリームパンは既に王妃様が手配済みのようだ。
「……えっと、僕達はどうしてこちらに呼ばれたのでしょうか?」
「ふふふ~。それはね。もちろん、私が会いたかったからよ。そんな理由ではいけなかったかしら?」
「い、いいえ! とんでもないことです!」
「そう? それは良かったわ~。じゃあ、これから一緒にお茶をしましょうね。ああ、私のことはグレイスと呼んでちょうだい。ね、タクミさん」
僕達は、王妃様――グレイス様が会いたかったために呼ばれたらしい。そして、その流れのままお茶をすることになった。
「そうそう。あと二人ほどお茶に呼んでいるのよね。そろそろ来る頃だと思うんだけど……――ああ、来たわね」
扉をノックする音がし、僕と同年代くらいの美形の青年が、これまた美形の女性を伴って部屋に入ってきた。
グレイス様がお茶に呼んだという人達だろう。
「母上、入りますよ?」
ええ!? 青年がグレイス様のことを〝母〟と呼んだ。
これはまずいと、僕は慌てて椅子から立ち上がろうとしたが、向かいにいたグレイス様に止められた。
「お呼びと伺いましたが、どうなさいましたか?」
「あら、オースティン。やっと来たのね、遅かったじゃない」
「急に呼び出しておいてそれはないでしょう。政務の合間に時間を作って足を運んだんですよ。それにアウローラまで呼んでいるだなんて、何かあったのですか?」
王妃様のことを母と呼ぶのだから、青年――オースティン様は王子で間違いないだろう。顔立ちこそトリスタン様にもグレイス様にもあまり似ていないが、明るい金髪はトリスタン様に、スミレ色の瞳はグレイス様と同じ色だ。
「お義母様、お待たせして申し訳ありませんでした」
「アウローラもいらっしゃい」
女性――アウローラ様もグレイス様のことを母と呼んだ。確か、トリスタン様とグレイス様の子は、王子が三人と聞いた覚えがある。トリスタン様には側室もいないらしいので、アウローラ様はオースティン様の奥さんかな?
「それで、どうなさったのですか?」
「一緒にお茶でも、と思ってね」
「え? お茶……ですか? ただの?」
オースティン様は釈然としない表情だ。
政務の最中に呼び出されたのに、「お茶をしよう」だなんて言われればそうなるだろうな~。
「それに、そちらの方達はどなたです?」
「こちらはタクミさん、アレンくんにエレナちゃんよ。聞き覚えはあるでしょう?」
「っ!」
グレイス様の言葉に、オースティン様が僕達を凝視するように見てくる。
「タクミさん、紹介するわね。私の息子のオースティン。そして、オースティンの妃であるアウローラよ。ああ、オースティンは一応、王太子ね」
オースティン様は王子は王子でも、王太子様でしたか! そして、アウローラ様は王太子妃様!
「お初にお目に掛かります。タクミと申します」
「君が先日、父と謁見をした冒険者だね! そうか……」
オースティン様は僕達のことを知っているようだ。だが、僕達をまじまじと観察するように見て、そのまま黙り込んでしまった。
えっと……これは一体何だろうな~……。
「あらあら、オースティンの悪い癖が出たわね。――ごめんなさいね、タクミさん。オースティンったら、興味のあるものをじっくりと観察する癖があるのよね~」
「……」
ええー!? じゃあ、本当に観察されているの!?
「あら、焼きたてのパンが届いたみたいね。ほら、オースティン、失礼なことをしていないでお座りなさい。アウローラもね」
「す、すみません。そうですね」
「失礼します」
グレイス様に促され、謝罪しながらオースティン様が椅子に座ると、アウローラ様も続いて腰を下ろした。
「アレンくんとエレナちゃんは、クリームパンがいいのかしら?」
「「うん! くりーむ!」」
グレイス様は子供達の食べたいものを聞いた後、侍女に配膳を指示した。
クリームパンを手に取り、アレンとエレナは早速かぶりつく。
「「おいひぃ~」」
「ふふふっ、それは良かったわ。――ああ、そうそう。それでね。タクミさんは今まで食べたことのない甘味を作れるって聞いたのだけど……もちろん、私にも食べさせてもらえるわよね?」
「……もちろんですよ」
情報源はどこだか知らないが、グレイス様は甘味をご所望らしい。
というか、今日、呼び出しされた理由の本題がこれのような気がする……。お茶を一緒にしようというのも、甘味を出しやすい状況にするためだったとか? ……まあ、別にいいけどね。
えっと……グレイス様の耳に入っていそうな甘味といえば、リスナー家に教えたゼリー、どら焼き。あとはルーウェン家と他三家に教えたアイスクリームあたりだろうか?
う~ん。《無限収納》にはどれも作り置きがあることだし、とりあえず全種類出しておくか~。
「こちらになります」
「まあ! どれも美味しそう」
グレイス様は目に見えて喜んでいた。もしかしたら、甘いものが好きなのかもしれないな。
「こちらのアイスクリームだけは溶けやすいので、お迷いならそちらから食べるのがよろしいかと」
グレイス様はどれから食べるのか悩んでいたようなので、あまり長持ちしないアイスクリームをすすめてみた。
「あら、そうなの? では、そのアイスクリームというものからいただきましょうか」
グレイス様はすぐにアイスクリームを手に取って食べ始めた。
「あらまあ! 冷たくて美味しいわ~。オースティンもアウローラもいただきなさい」
「そうですね」
「はい」
グレイス様に言われ、オースティン様とアウローラ様もアイスクリームを食べ始める。
以前にトリスタン様に菓子パンを提供したときにも思ったが……王族なのに、会ったばかりの人間が差し出した食べ物を軽々しく口にしていいのだろうか?
ほら、普通なら毒や薬を仕込まれていないか警戒するもんじゃないのかな?
なんて思っていたら――
「あら、その心配はいらないわよ」
「え!?」
「タクミさんくらいの実力があるなら、わざわざ毒を使う必要はないでしょう? 自分が渡した食べ物に仕込むなんて、そんな疑ってくださいと言わんばかりのことをするより、さっくりと暗殺でもするほうが安全だし、簡単ですもの」
グレイス様からそう言われた。何か……さくっと凄いことを言ったな~。
というか、僕って……考えていることがそんなに顔に出ているのだろうか?
「そこまで出ていないから大丈夫よ」
「……」
いやいやいや! やっぱり僕の考えていることがわかっているよねっ!?
そこまで出ていないってことは、グレイス様は些細な表情の変化を読んでいるってことか!?
「母上は特にそういうことに敏感な質だから、本当に気にする必要はないよ。なにせ、無表情で感情がほとんど読み取れないと言われる人の考えもわかるほどだからね」
なるほど。これはグレイス様の特技のようなものか?
「あら、私達は、笑顔の人が腹の中で何を考えているのか読み取らなくてはならないんですもの。敏感になるのも仕様がないってものよ。アウローラも頑張りなさい」
「はい、お義母様」
え、何それ!? 上流階級って、やっぱり怖い!!
突発的に行われたグレイス様主催のお茶会は始終、甘味について質問されながら進んだ。尋ねてくるのは主にグレイス様。そして、時々アウローラ様という感じだった。
二人とも僕の出した甘味をとても気に入ってくれたらしい。二人の興味対象は作り方云々よりも、他にどんな甘味があるのか……ということだった。まあ、王妃様と王太子妃様が〝自ら作る〟ということはないだろうから、当然といえば当然である。
「ほっとけーき!」
「ふれんちとーすと!」
「あら、ホットケーキにフレンチトースト? それはどんなものかしら?」
「「おいしーの!」」
「あらあら、素敵な笑顔。それほどまでに美味しいのね」
「「うん!」」
質問については……なぜか人見知りを全く発揮しなかったアレンとエレナが答えていた。グレイス様と凄く仲良しな雰囲気を醸し出している。
二人があまり人見知りをしなくなったことに対しては、〝成長したんだな~〟と感慨深くなる。
ああ、でも、実は人見知りというより、対人経験がなくて戸惑っていただけだったのかもな。それで、いろんな人と接して慣れてきたってところか。
それにアレンとエレナは身分について理解しているわけではないので、相手の人柄さえ問題なければ親しんでもいいと判断するのだろう。
というか、身分なら人間の王族よりも、水神様の子であるアレンとエレナのほうが上か……。いや、僕も風神様――シルの眷属だから、この世界の身分では王族より上になるんだな。
だけど、それはほら……もともと僕は庶民だからさ。相手が王妃様だの、王子様だのと言われたら畏縮するのは仕方がないよね?
「タクミさん、子供達の様子からとても美味しいということはわかったのだけど……結局はどういうものなのかしら?」
「ホットケーキもフレンチトーストも、どちらかといえば、甘味というよりはパンに近いですね。えっと……次の機会があればご用意します」
「そうね~。今日はこれ以上食べられないものね。では、またお茶に招待しますから、その時にお願いね」
「……ええ」
あ、失敗したな~。今、自分からグレイス様と再度お茶会をする流れに誘導しちゃったか?
グレイス様に会うのが嫌というわけではないが……何となく精神が疲れるから、できれば避けたいんだけどな~。
まあ、約束してしまったものは仕方がない。お呼ばれしたら、ホットケーキとフレンチトーストを用意するのだけは忘れないようにしないとな!
「タクミ殿はこの後、時間はありますか?」
「はい? えっと、特に予定は入っておりませんが……」
自分の中で心の整理をしていると、突然、オースティン様が予定を聞いてきたので、僕は一瞬、何事だろうと首を捻ってしまった。
「そうですか。でしたらこの後、私に少し付き合っていただけませんか?」
「ええ、それは構いませんが……」
「あら、オースティン、どうしたの?」
グレイス様が不思議そうに尋ねる。
「タクミ殿には一度、騎士団を見てもらい、フィリクスにも引き合わせておいたほうが良いかと思いまして」
「ああ、そうね」
騎士団? フィリクス? え、誰だろう?
「……えっと?」
「フィリクスも私の息子よ。騎士団長を務めているの」
「我が国の騎士団長には代々王族が就くことになっていて、今は私のすぐ下の弟が団長を務めているんだ」
すぐ下ってことは、第二王子様ってことだよな?
「その弟がですね、ガヤの森の一件で君に騎士達を救ってもらって感謝している反面、一部の者が叛意を見せたことを気にしていまして。こちらの自己満足になってしまうのですが、謝罪させてやってくれませんか?」
ええ!! 謝罪だって!? 王子様に?
あれだよな。ガヤの森の一件って、騎士団と一緒に森に遠征に行ったときのこと。ヴァルト様のことを大好き過ぎるサジェス青年がなぜか僕に嫉妬して、僕やアレン、エレナを危険な目に遭わせた。それがバレて、サジェスは謹慎処分の上に、王都に戻されたはずだ。
「いえいえ! あれは完全に個人が起こしたものですし、フィリクス様にそんなことしていただかなくても大丈夫ですよ!」
あの一件では、既にサジェスが処分を受けている。なのに、王族の人に謝罪されるなんて……何の罰ゲームさ! そんなことされたら、こっちのほうが居たたまれないよね!!
「ほら、料理長! 子供達にも誤解されていますよ!!」
そんなアレンとエレナの行動を見て、ワーグナーさんが慌ててカールさんに詰め寄った。
「そ、それは……」
カールさんは言葉を詰まらせながらワーグナーさん、僕、そして子供達と、順に見ていく。
「「にぃ~」」
カールさんに見られた子供達は人差し指で頬を持ち上げて、カールさんに笑うように促した。
「……に~?」
カールさんは律儀にも、口角を上げて笑い顔を作ろうとしてくれる。
「「――ぷ」」
そのカールさんの行動に、僕とワーグナーさんは思わず噴き出してしまった。
直視しないように顔を逸らせば、パン職人達も笑いを堪えているのか、ふるふるとしていた。
もう一度、アレンとエレナ、カールさんのほうに視線を戻すと、子供達は満足そうにし、カールさんは顔を真っ赤にしていた。
「と、とりあえず、皆さんもカスタードクリームと餡を作ってみましょうか」
「そ、そうですね」
僕は何とも言えない空気を変えるために、パン作りの続きをしようと持ちかけると、ワーグナーさんが即座に乗って作業を再開する。
「タクミ様、そちらは?」
「ん? ああ、これは白餡とアマ芋の餡です」
カールさん達がカスタードクリームと赤豆の餡を仕込んでいる間、僕は僕で白豆で白餡を、「アマ芋」というサツマイモのような野菜をペースト状にして、さつま餡っぽいものを作っていた。
すると、ワーグナーさんがそれに気づき、興味を示す。
「白豆とアマ芋……ですか?」
「そうです。これもパンの中に入れて焼こうかと思いまして」
「次々と新しいものを……。タクミ様は本当に凄いですね」
「そうですか? 合いそうだな~って思ったものを試しているだけですよ。ワーグナーさんも、考えれば何か思いつくんじゃないですかね?」
「いえいえ、それはなかなかできるものではありませんよ!」
「そうですか?」
「そうです!」
僕の場合は地球でこんなものがあったよな~、という記憶を元に試しているので、確かに有利ではある。だが、このくらいのものならエーテルディアの人でも考え出せると思うんだよな~。
あ、「イシウリ」というカボチャっぽい野菜でカボチャ餡とか、ゴマを混ぜてゴマ餡とかも作れそうかな? 今度、試してみよう!
カールさん達もカスタードクリームと餡を作り終わったので、次にそれをパン生地で包んでいく。
まあ、ここからはカールさん達本職の人達のほうが技術も手際も上だから、僕が教えることなんてないんだよね。
でも、黙って見ているのは暇だから、僕はもちろん、アレンとエレナも包む作業に参加した。
「「できたー」」
「そうだね。あとは発酵させて焼くだけだ」
これで本当に待つのみ。なので、待ち時間をどうしようかな? と思っていると――
「そういえば、タクミ様。シーリンやベイリーでは、これらのパンを懇意の店で売り出していると耳にしたのですが、それは本当でしょうか?」
パン職人の責任者であるシドさんがそう尋ねてきた。
「ええ、そうですね」
「では! 王都の街に私の兄弟子の店があるのですが、その店で売り出す許可をいただけないでしょうか? もちろん、利益の一部をタクミ様にお支払いしますし、レシピは厳重に取り扱いますので!」
興奮したように、シドさんが販売の許可を求めてきた。
今回ここで教えたレシピについては、国王のトリスタン様と宰相様の両名から『流出厳禁』と厳命されているらしい。なので、この場にいる人達以外は、城の厨房で働いていようともレシピを知ることができないそうだ。
その話を聞いた時、「そこまで厳重にすること!?」と思わず口走ってしまったが、逆にカールさん達に「当たり前のことです」と言われた。
まあ、僕が許可を出せば、その限りではないらしいんだけど。
「ん~、利益は結構です。ただ、僕達が欲しい時に注文を受けてくれる、という条件でいかがですか?」
「それでしたら問題ないと思います!」
僕としても、王都で気軽にクリームパンやあんパンを購入できる店があれば助かるからな。
「あとは貴族との間で問題が起こらないように、お店に後ろ盾があったほうがいいんですが……。ん~、もしかすると、ルーウェン家にお願いできるかな? とりあえず、ルーウェン家のご当主に僕から話してみます。了承が得られましたら、改めて連絡するということでいいですか?」
「はい! ありがとうございます!」
たぶん大丈夫だと思うけれど、ルーウェン家に戻ったらすぐに当主のマティアスさんに頼んでみよう。
そう話がまとまったところで――
「失礼いたします」
侍女っぽい人が厨房に現れ、真っ直ぐにこちらに向かってくる。
「貴方がタクミ様でお間違いありませんか?」
「は、はい」
そして、侍女さんは僕のことを確認した後、周囲を見渡した。
「作業のほうは一段落しているとお見受けしましたが?」
「はい、そうですね」
「では、私と一緒にいらしていただけますか」
「……はい?」
一緒に来い? え、どういうことだ?
「王妃様がお呼びでございます」
ええぇー? 王妃様が呼んでいるだって!?
王妃様と面識なんてない。それなのに何でだ?
◇ ◇ ◇
「ふふふ~」
「……」
なぜか僕達は今、王妃様と絶賛対面中である。
王妃様はスミレ色の瞳を細めて微笑んでいる。
「「おにーちゃん、くりーむぱんは~?」」
呼び出された理由がわからずドギマギしている僕をよそに、アレンとエレナは、さっきまで作っていたクリームパンの行方を心配している。
「あらあら、大丈夫よ。ちゃーんと、焼き上がったらここに持ってくるように言いつけてありますから、もう少し待っていてね」
「「うん、わかったー」」
クリームパンは既に王妃様が手配済みのようだ。
「……えっと、僕達はどうしてこちらに呼ばれたのでしょうか?」
「ふふふ~。それはね。もちろん、私が会いたかったからよ。そんな理由ではいけなかったかしら?」
「い、いいえ! とんでもないことです!」
「そう? それは良かったわ~。じゃあ、これから一緒にお茶をしましょうね。ああ、私のことはグレイスと呼んでちょうだい。ね、タクミさん」
僕達は、王妃様――グレイス様が会いたかったために呼ばれたらしい。そして、その流れのままお茶をすることになった。
「そうそう。あと二人ほどお茶に呼んでいるのよね。そろそろ来る頃だと思うんだけど……――ああ、来たわね」
扉をノックする音がし、僕と同年代くらいの美形の青年が、これまた美形の女性を伴って部屋に入ってきた。
グレイス様がお茶に呼んだという人達だろう。
「母上、入りますよ?」
ええ!? 青年がグレイス様のことを〝母〟と呼んだ。
これはまずいと、僕は慌てて椅子から立ち上がろうとしたが、向かいにいたグレイス様に止められた。
「お呼びと伺いましたが、どうなさいましたか?」
「あら、オースティン。やっと来たのね、遅かったじゃない」
「急に呼び出しておいてそれはないでしょう。政務の合間に時間を作って足を運んだんですよ。それにアウローラまで呼んでいるだなんて、何かあったのですか?」
王妃様のことを母と呼ぶのだから、青年――オースティン様は王子で間違いないだろう。顔立ちこそトリスタン様にもグレイス様にもあまり似ていないが、明るい金髪はトリスタン様に、スミレ色の瞳はグレイス様と同じ色だ。
「お義母様、お待たせして申し訳ありませんでした」
「アウローラもいらっしゃい」
女性――アウローラ様もグレイス様のことを母と呼んだ。確か、トリスタン様とグレイス様の子は、王子が三人と聞いた覚えがある。トリスタン様には側室もいないらしいので、アウローラ様はオースティン様の奥さんかな?
「それで、どうなさったのですか?」
「一緒にお茶でも、と思ってね」
「え? お茶……ですか? ただの?」
オースティン様は釈然としない表情だ。
政務の最中に呼び出されたのに、「お茶をしよう」だなんて言われればそうなるだろうな~。
「それに、そちらの方達はどなたです?」
「こちらはタクミさん、アレンくんにエレナちゃんよ。聞き覚えはあるでしょう?」
「っ!」
グレイス様の言葉に、オースティン様が僕達を凝視するように見てくる。
「タクミさん、紹介するわね。私の息子のオースティン。そして、オースティンの妃であるアウローラよ。ああ、オースティンは一応、王太子ね」
オースティン様は王子は王子でも、王太子様でしたか! そして、アウローラ様は王太子妃様!
「お初にお目に掛かります。タクミと申します」
「君が先日、父と謁見をした冒険者だね! そうか……」
オースティン様は僕達のことを知っているようだ。だが、僕達をまじまじと観察するように見て、そのまま黙り込んでしまった。
えっと……これは一体何だろうな~……。
「あらあら、オースティンの悪い癖が出たわね。――ごめんなさいね、タクミさん。オースティンったら、興味のあるものをじっくりと観察する癖があるのよね~」
「……」
ええー!? じゃあ、本当に観察されているの!?
「あら、焼きたてのパンが届いたみたいね。ほら、オースティン、失礼なことをしていないでお座りなさい。アウローラもね」
「す、すみません。そうですね」
「失礼します」
グレイス様に促され、謝罪しながらオースティン様が椅子に座ると、アウローラ様も続いて腰を下ろした。
「アレンくんとエレナちゃんは、クリームパンがいいのかしら?」
「「うん! くりーむ!」」
グレイス様は子供達の食べたいものを聞いた後、侍女に配膳を指示した。
クリームパンを手に取り、アレンとエレナは早速かぶりつく。
「「おいひぃ~」」
「ふふふっ、それは良かったわ。――ああ、そうそう。それでね。タクミさんは今まで食べたことのない甘味を作れるって聞いたのだけど……もちろん、私にも食べさせてもらえるわよね?」
「……もちろんですよ」
情報源はどこだか知らないが、グレイス様は甘味をご所望らしい。
というか、今日、呼び出しされた理由の本題がこれのような気がする……。お茶を一緒にしようというのも、甘味を出しやすい状況にするためだったとか? ……まあ、別にいいけどね。
えっと……グレイス様の耳に入っていそうな甘味といえば、リスナー家に教えたゼリー、どら焼き。あとはルーウェン家と他三家に教えたアイスクリームあたりだろうか?
う~ん。《無限収納》にはどれも作り置きがあることだし、とりあえず全種類出しておくか~。
「こちらになります」
「まあ! どれも美味しそう」
グレイス様は目に見えて喜んでいた。もしかしたら、甘いものが好きなのかもしれないな。
「こちらのアイスクリームだけは溶けやすいので、お迷いならそちらから食べるのがよろしいかと」
グレイス様はどれから食べるのか悩んでいたようなので、あまり長持ちしないアイスクリームをすすめてみた。
「あら、そうなの? では、そのアイスクリームというものからいただきましょうか」
グレイス様はすぐにアイスクリームを手に取って食べ始めた。
「あらまあ! 冷たくて美味しいわ~。オースティンもアウローラもいただきなさい」
「そうですね」
「はい」
グレイス様に言われ、オースティン様とアウローラ様もアイスクリームを食べ始める。
以前にトリスタン様に菓子パンを提供したときにも思ったが……王族なのに、会ったばかりの人間が差し出した食べ物を軽々しく口にしていいのだろうか?
ほら、普通なら毒や薬を仕込まれていないか警戒するもんじゃないのかな?
なんて思っていたら――
「あら、その心配はいらないわよ」
「え!?」
「タクミさんくらいの実力があるなら、わざわざ毒を使う必要はないでしょう? 自分が渡した食べ物に仕込むなんて、そんな疑ってくださいと言わんばかりのことをするより、さっくりと暗殺でもするほうが安全だし、簡単ですもの」
グレイス様からそう言われた。何か……さくっと凄いことを言ったな~。
というか、僕って……考えていることがそんなに顔に出ているのだろうか?
「そこまで出ていないから大丈夫よ」
「……」
いやいやいや! やっぱり僕の考えていることがわかっているよねっ!?
そこまで出ていないってことは、グレイス様は些細な表情の変化を読んでいるってことか!?
「母上は特にそういうことに敏感な質だから、本当に気にする必要はないよ。なにせ、無表情で感情がほとんど読み取れないと言われる人の考えもわかるほどだからね」
なるほど。これはグレイス様の特技のようなものか?
「あら、私達は、笑顔の人が腹の中で何を考えているのか読み取らなくてはならないんですもの。敏感になるのも仕様がないってものよ。アウローラも頑張りなさい」
「はい、お義母様」
え、何それ!? 上流階級って、やっぱり怖い!!
突発的に行われたグレイス様主催のお茶会は始終、甘味について質問されながら進んだ。尋ねてくるのは主にグレイス様。そして、時々アウローラ様という感じだった。
二人とも僕の出した甘味をとても気に入ってくれたらしい。二人の興味対象は作り方云々よりも、他にどんな甘味があるのか……ということだった。まあ、王妃様と王太子妃様が〝自ら作る〟ということはないだろうから、当然といえば当然である。
「ほっとけーき!」
「ふれんちとーすと!」
「あら、ホットケーキにフレンチトースト? それはどんなものかしら?」
「「おいしーの!」」
「あらあら、素敵な笑顔。それほどまでに美味しいのね」
「「うん!」」
質問については……なぜか人見知りを全く発揮しなかったアレンとエレナが答えていた。グレイス様と凄く仲良しな雰囲気を醸し出している。
二人があまり人見知りをしなくなったことに対しては、〝成長したんだな~〟と感慨深くなる。
ああ、でも、実は人見知りというより、対人経験がなくて戸惑っていただけだったのかもな。それで、いろんな人と接して慣れてきたってところか。
それにアレンとエレナは身分について理解しているわけではないので、相手の人柄さえ問題なければ親しんでもいいと判断するのだろう。
というか、身分なら人間の王族よりも、水神様の子であるアレンとエレナのほうが上か……。いや、僕も風神様――シルの眷属だから、この世界の身分では王族より上になるんだな。
だけど、それはほら……もともと僕は庶民だからさ。相手が王妃様だの、王子様だのと言われたら畏縮するのは仕方がないよね?
「タクミさん、子供達の様子からとても美味しいということはわかったのだけど……結局はどういうものなのかしら?」
「ホットケーキもフレンチトーストも、どちらかといえば、甘味というよりはパンに近いですね。えっと……次の機会があればご用意します」
「そうね~。今日はこれ以上食べられないものね。では、またお茶に招待しますから、その時にお願いね」
「……ええ」
あ、失敗したな~。今、自分からグレイス様と再度お茶会をする流れに誘導しちゃったか?
グレイス様に会うのが嫌というわけではないが……何となく精神が疲れるから、できれば避けたいんだけどな~。
まあ、約束してしまったものは仕方がない。お呼ばれしたら、ホットケーキとフレンチトーストを用意するのだけは忘れないようにしないとな!
「タクミ殿はこの後、時間はありますか?」
「はい? えっと、特に予定は入っておりませんが……」
自分の中で心の整理をしていると、突然、オースティン様が予定を聞いてきたので、僕は一瞬、何事だろうと首を捻ってしまった。
「そうですか。でしたらこの後、私に少し付き合っていただけませんか?」
「ええ、それは構いませんが……」
「あら、オースティン、どうしたの?」
グレイス様が不思議そうに尋ねる。
「タクミ殿には一度、騎士団を見てもらい、フィリクスにも引き合わせておいたほうが良いかと思いまして」
「ああ、そうね」
騎士団? フィリクス? え、誰だろう?
「……えっと?」
「フィリクスも私の息子よ。騎士団長を務めているの」
「我が国の騎士団長には代々王族が就くことになっていて、今は私のすぐ下の弟が団長を務めているんだ」
すぐ下ってことは、第二王子様ってことだよな?
「その弟がですね、ガヤの森の一件で君に騎士達を救ってもらって感謝している反面、一部の者が叛意を見せたことを気にしていまして。こちらの自己満足になってしまうのですが、謝罪させてやってくれませんか?」
ええ!! 謝罪だって!? 王子様に?
あれだよな。ガヤの森の一件って、騎士団と一緒に森に遠征に行ったときのこと。ヴァルト様のことを大好き過ぎるサジェス青年がなぜか僕に嫉妬して、僕やアレン、エレナを危険な目に遭わせた。それがバレて、サジェスは謹慎処分の上に、王都に戻されたはずだ。
「いえいえ! あれは完全に個人が起こしたものですし、フィリクス様にそんなことしていただかなくても大丈夫ですよ!」
あの一件では、既にサジェスが処分を受けている。なのに、王族の人に謝罪されるなんて……何の罰ゲームさ! そんなことされたら、こっちのほうが居たたまれないよね!!
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