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16巻

16-3

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「話は変わりますが……街でメイド服が販売されているではないですか。アレはもしかして……?」

 自分の質問に、ご当主は頷く。

「うむ。実はな、他の種族を招いて話をしたときにだな、『あのメイド服という物を、譲っていただく訳にはいかないだろうか?』と聞いてくる者がかなり多くてな。その要求に応えようと試験的に売り始めたら、予想以上に需要があってな。今では名物の一つになってしまったぞ」

 はっはっはと笑うご当主。やっぱりここのご当主が関わっていたのか。
 ならばと、あのぶっ飛んだお値段のメイド服についても聞いてみると──

「ああ、あれか。一応念を押しておくが、決して暴利ではないぞ? 貴重な素材に全力をもって各種エンチャントを施した一品だからな。一着作るのにも時間も手間もかかるから仕方がないのだ。それでも、我がメイドが着ている物のダウングレード版なのだがね。あの性能が市場に流せる限界点だな。それ以上は機密となってしまう」

 なんと、まあ。ここのメイドの皆さんが着ている服は、あれ以上の化け物効果と防御力を兼ね備えた品なのか。そう教えられるとつい、隣に立っているメイドさんの服をまじまじと見てしまう。うーむ……見た目は普通のメイド服なのに、並の鎧以上の防御力があるとは。

「あの、もしよろしければ……触ってみますか?」

 メイドさんがそう聞いてくるが……本当に触ったら色々とアウトすぎる。というか、いくらなんでも見すぎたか。リアルだったらセクハラで訴えられてしまうな。

「いえいえ、それには及びません。むしろ、とんだ失礼を」

 つい、日本刀や鎧を眺める気分で見てしまったよ。トンデモ性能であっても、服であるということをつい失念してしまっていた。そもそも、普通は服だけを見ているなんて受け取らないよな、何をやってるんだ自分は。反省しないと。
 しかし、ご当主の考え方は違うようだ。

「遠慮しなくてもいい。別段やましいことを考えていた訳ではないということぐらいは分かるぞ? ましてや冒険者だ、優秀な防具に興味が湧かないほうがおかしいからな」

 そう言われましても、やっぱり女性をじろじろと見るのは失礼だ。恋人とか伴侶とかだったらじっくり見てもいいだろうけどさ。

「さすがにそういう訳には。やはりよく知らない異性にじろじろ見られるのは落ち着かないでしょう」

 自分の受け答えを聞いたご当主は「ふうむ、まあそれは確かにそうか」と言いながら顎をさすり、そのまま目を閉じて考え始め……数秒後に目を開く。

「ならば、再びアース殿の所に我がメイドを派遣すればいい話か。そうしてお互いのことを知れば、見るのも見られるのも抵抗はなくなるだろうからな」

 それは実に魅力的な話ではある。ではあるが……今はルイ師匠との修行中だ。ここで下手にメイドさんをお持ち帰りなんてしたら、何を言われるか分かったものじゃない。
 それだけではなく『やっぱりメイドが好きなのね。じゃあ私もメイド服を着て指導するから、あのメイド服を買ってね?』とか言われそうだ。今はまだ冗談半分で言っているだけだろうけど、ここで下手を打って本気に切り替えられたらマズい。

「ありがたいお話ではありますが、先程お話ししたように私は修行を行うためにこの地を訪れておりまして。ここでもしメイドさんを派遣していただき、連れ帰ってしまうと……色々と変に勘ぐられてしまいそうで怖いのです」

『君子危うきに近寄らず』だ。この場合は『虎穴に入らずんば虎児を得ず』という状況には一〇〇パーセントならない。そもそもメイド服を見ていたのは、布にそこまでの防御能力をつけるのがすごいなと純粋に感心したからであって、このメイド服の秘密を暴いてやろうだなんて気はない。だからここでメイドさんを連れ帰っても、自分にとっては損をする展開ばかりだ。
 それに連れ帰っても、やってもらいたいことは特にないし、修行で基本的にソロ行為を強要されているのでPTも組めない。料理だって自分でするし。

「ふうむ、それならば仕方がないか。いや、実は前にアース殿に派遣したあの三人……予想以上に腕を上げて帰ってきたのでな、また鍛えてやってはもらえないかという考えもあったのだよ」

 ほう、そうだったのか。こっちこそ、あの三人とPTを組んだときはかなり助けられた。戦闘はもちろん、食事の用意などもしてくれて本当に楽だった。まあ今は、それに甘えることが許されない状況に置かれているのだが。

「そうでしたか。特に用事がなければ請け負ってもよかったのですが……申し訳ありません」

 こちらが頭を下げると、ご当主も「いや、それはこちらの一方的な希望に過ぎん。気にしないでくれ」とのお返事で、気分を害させることにはならずに済んでほっとする。
 さて、色々と話していたら結構な時間が過ぎてしまった。そろそろおいとましようか。

「では、今日は失礼させていただこうと思います。本日は突然押しかけたにもかかわらず、これだけのおもてなしをありがとうございました」

 そう言って自分は椅子から立ち上がり、深々と頭を下げる。

「気にしないでほしい。私も楽しませてもらった。またいくつか冒険をした後にやってきて、話をしてくれると嬉しい。待っているぞ」

 ご当主からのお言葉をいただき、メイドさんに案内されてお屋敷の外へ。
 さて、今日はこのままログアウトして、明日からまた修行だな。そうして立ち去ろうとした自分の左手を、案内してくれたメイドさんがそっとつかんで耳元でひと言。

「またのお越しを、心よりお待ちしております」

 そして、耳たぶに何か柔らかい物が触れたような感覚が。
 危うく変な声が出そうになったが、何とかこらえた。不意打ちすぎるだろう。何とも気恥ずかしくなってしまったので、外套を再びまとい、頬当てやドラゴンスケイルヘルムを再装着してそそくさと立ち去った。
 今、自分の顔を見たら、変な表情を浮かべているんだろうな……見たくもない。さっさと宿屋に帰ってログアウトして、リアルでも寝てしまおう。うん、それがいい!


     ◆ ◆ ◆


 翌日ログインした直後、指輪からフェアリークィーンの分身体がちびキャラ状態で出てきた。
 それは別に構わない。ちびキャラ状態なら、一度呼び出すと二週間は出てこられない条件には引っ掛からないから。それに今は急いでいる訳でもないし。
 しかし、別の形で問題があった。分身体の着ている服が、メイド服なのである。とうとうこいつにまで……

「どうでしょう? 可愛いですか?」

 ポーズを決める分身体。狐耳の美人がメイド服を着ているのだから、こういったものが大好きな人には強烈なアピールとなるだろうが……自分の口から出てきたのは溜息ためいきだけだった。

「あーはいはい、かわいいかわいい」


 自分の棒読み台詞せりふに、ぷくーっと頬を膨らませる分身体。
 つか、いい加減こいつの名前を決めるか。色々とありすぎてずっと放置してきたけど、いちいち分身体だと考えるのもなんだかなーと思ってるし。
 さて、そうするとどんな名前にしようか。あんまりにも適当では可哀そうだし、ったのを考えるのもそれはそれで面倒くさい。名前を付けるってのは難しいな……うーんと、これにするか。
 ぷりぷりとお怒り状態の分身体に向かって、自分は口を開く。

「えーっと、今の今までかかったが、名前を決めるぞ。これからはお前を『ルエット』と呼ぶことにする。いいかな?」

 突然の名付けに、ふくれていた顔がぽかんとした表情に切り替わった分身体……いや、ルエット。
 ちなみにこれは、こいつが女王の影、即ち『シルエット』であることから取った名前である。安直だが、自分の頭から引っ張り出せる中では比較的響きが可愛い……と思われる部類ではないだろうか。
 どうやらようやく状況を理解したルエットも、途端に表情が緩んだ。

「遂に、遂に私にも名前が与えられたのですね! これでもう私は、あのクィーンとは別の存在となった! 嬉しいです! 今日は指輪から出てもいいですよね!?」

 いい訳ないでしょうが。これから二週間以内にとんでもない事件が起きないとは限らないのだから。冷たいかもしれないが、こっちの世界だって冷たいときには容赦なく冷たい。

「ダメだっての。いざってときに切り札が使えないのは困る」

 ルエットは再び頬を膨らませたが、そのうち『そ、そうですね。いい女というのはいざというときに頼りになる存在であらねばなりませんね』などと勝手に自己完結していた。
 まあ、それでいいならいいよ、実際、エルを失ったときのような追い込まれた状況を打破できる助っ人として頼りたいのは本音だからな。
 そうしてルエットと二、三雑談をしながら装備を整えていると、部屋にルイ師匠が入ってきた。

「あ、アース君起きたのね。じゃ、食事をとって軽く体を慣らしたら、いよいよ今回の修行の仕上げに入るからね。そのつもりで心の準備をよろしくね」

 そうか、さんざんボコボコにされながらも何とかついてきた修行の成果が出るときが、遂にやってきたのか――って、そうやって気合いを入れられれば良かったんだけどなぁ。
 何というか、今回はほんとにただただ目の前に出された課題とかルイ師匠との組み手を必死でこなしてきた記憶しかないので、いまいちこうしっくりこない。本当に自分の技量とかは上がってるのか?って疑いの感情ばかり浮かんでくる。
 そりゃスキルのレベルはいくつか上がったけど、それで戦いに勝てるっていう世界じゃないし。
 といっても、行動するしかない訳で。『考えるな、感じろ』の形で行くことにした。とりあえずやってみれば何か分かるだろうし、考えるのはそれからでいい。
 新しい技を教えるとも言われているのだから、それなりの進歩はあったはずだ。そうでなければ、仕上げに入るだなんてルイ師匠も言わないだろう。
 宿で食事をとり、そこから訓練場へ移動。アクアは今日も見学である。これが終わったら、思いっきり走らせてやらないとな。

「じゃ、始めに軽くやりましょうか。その前に、アース君は装備を全部解除してね。今日はこの訓練場を出るまで、装備を着けちゃダメ」

 ルイ師匠の指示に従い、全ての装備を外す。カースユニークの指輪は外しようがないので勘弁してもらったが、これで着ている物は街の人と変わらないシャツとズボンだけになる。
 ここまで無防備な姿をさらすのは、基本的にログアウトするためにベッドに入るときだけだ。こんな昼間にこの姿になったことは今までにない。

「これはあくまでウォーミングアップだから、気楽にね」

 すみません師匠、そんな言葉を信じることはできません。
 ほらやっぱり! 師匠から飛んでくる蹴りのスピードがまた上がった! ちょ、まっ、反撃する余裕がない! これのどこがウォーミングアップなんですかっ!?
 師匠の攻撃を避けきることは当然できず、攻撃がかすり始め……やがていいのを貰い始めてノックアウトされる。これで気楽に、と言う師匠は鬼や!

「うんうん、程よく温まったわね。じゃあそろそろ本番と参りましょうか」

 くっそう、負けてたまるか! と気合いを入れて立ち上がる。
 やり方はあれだが、確かに体がほぐれて、ほんの僅かにあった緊張感は見事に粉々になった。よし、何でもやったらぁ、かかってこいやぁ!という気分である。

「さて、まずは……アース君の放てる最高の蹴りの技を私に当ててもらおうかな。ちなみに、私は絶対に避けないで防御に徹します。なので、とにかく一発が重い、もしくは連続攻撃で一番攻撃力が高い技を私にぶつけて頂戴ね」

 どういうことだ? こちらの一撃をわざと受けるとは。とはいえ、やらなくちゃいけない雰囲気だよな。ならば、あれで行くか。本来は相手の体勢を大きく崩さなければ当たらない大技なんだが、絶対に避けないというのであれば、その前提条件は無視できる。

「では、行きます」

 そう告げてから、自分は「痛風の洞窟」にて伝授された《幻闘乱迅脚げんとうらんじんきゃく》を発動。脚力を生かして跳躍し、幻影を纏う。纏えた幻影の数は分からないが、さっきボコられたことや気合いの入り具合からして、かなり大勢になったと思う。この幻影達にも攻撃能力があるからな、多いほどいい。

「伝授技、《幻闘乱迅脚》!」

 気合い一杯の大声で宣言し、ルイ師匠目がけて急降下しながら蹴りを繰り出す。自分の蹴りはルイ師匠の腕に防がれたが、このアーツはここでは終わらない。そこからさらに、幻影が次々と追撃の飛び蹴りを繰り出し続ける。
 全ての追撃は師匠の腕に集中……崩せるか? 一撃を入れられるか!?

「はっ!!」
「うおあっ!?」

 が、ダメ。ある程度は効いていると思ったが、師匠が腕を振ると簡単に吹き飛ばされた。背中から地面に落ちたので結構痛い。ドラゴンスケイルアーマーも外套も着ていないから尚更だ。
 それにしても、《幻闘乱迅脚》を真正面から当てたってのに貫けないとは……現時点で自分が使える最強の蹴り技なんだがなぁ。

「──なるほど、しばらく姿を見せなかったなりに新たな技を磨いていた訳ね。気になる点も多いけど……いいわ、新しい技を教えるにふさわしい技量が身に付いたと判断しましょう」

 認められたのは嬉しいけど、悔しい気持ちのほうが強いな。自分の本領を封じた形での一撃とはいえ、満足できる結果ではない。せめて一歩ぐらい後退させられれば、ここまで悔しい思いをせずに済んだかもしれん。
 が、いつまでもそんなことを考えていてもしょうがない。もっと新しい技を覚えて、自分の力を伸ばさないと。弓は成長限界を迎えているが、蹴りはまだ上がる余地がある。落ち込むことはない。

「そうね、今の貴方に教えられる技は……一つは《風華蹴ふうかしゅう》。そして《風結蹴ふうけつしゅう》。この二つね。まず、《風華蹴》は竜巻のように回転しながら下段、中段、上段と蹴りを入れていって、最後に飛び蹴りで横に吹き飛ばす技よ。《風結蹴》は、蹴りを入れながら相手を風で作る結界の中に封じていき、最後のひと蹴りで結界の中に溜めた風の力を炸裂させるという、エルフ流の奥義の一つよ」

 お、遂にはっきりと奥義と言ったか。だが、「今の貴方に」と言っていたから、さらに上があるんだろう。自分がその習得条件に届くかは分からないけど、それは後回しだ。
 これから実演してくれるみたいだから、しっかりと師匠の動きを見て、どういうアーツなのかよく理解しないとな。



 4


「さて、早速伝授を開始するわよ。まずは技を見てもらうわ。そしてその後で実際に動いてもらう。それだけよ」

 ルイ師匠はそう言い放つが早いか、訓練場に設置してある、人をかたどった的に向かって猛然とダッシュ。近づいたところで竜巻のように回転したかと思うと、ローキック、ミドルキック、ハイキック、飛び蹴りの四連続攻撃を行う。
 ただの四回攻撃ではなく、回転を加えることで威力を増しているのか。おそらくこれが《風華蹴》なのだろう。蹴りが命中したときに、花のようなエフェクトも出ていたし。

「これが《風華蹴》よ。下から順に蹴ることで相手の体勢を崩しつつ逃さず、そしてトドメの飛び蹴りで吹き飛ばすという流れになるわ。ここの設備を破壊する訳にはいかないから、さっきのは手加減していたけどね。さ、見せたのだからモノにしなさい。今の貴方の力なら、十分に扱うことができる技よ」

 システム画面には『エルフ流蹴技・《風華蹴習得》のきっかけをつかみました』と出ているし、あとはとにかく師匠の動きをできるだけ真似して挑むだけか。
 竜巻のように回転しながらの蹴りだから、目が回らないかが心配なんだけど。そんなことを頭の隅っこで考えつつ、まずは動いてみる。接近してから回ってロー、ミドル、ハイキックと繋げてとびげっ……っと、ここで転んだ。飛び上がることができなかったのだ。

「もうちょっと回転の速度は落としてもいいわ。最初はゆっくりでいいからまず四連続の蹴りを完遂できるようにして、それから徐々に回転の速度を上げていくようにね。焦ることはないのよ、きちんと習得できるまで付き合うから心配しないで。今日中に習得しなければ許さない、なんて言うつもりもないし」

 ──そうか、ちょっと焦りすぎていたかもな。ならばまずは、ロー、ミドル、ハイ、飛び蹴りの流れを体に馴染ませるか。ある程度馴染ませたら、徐々に回転を加えて行こう。
 一、二、三、トドメ、一、二、三、トドメ。そんな感じで黙々と的に向かって四連続の蹴りを放ち続ける事しばし。そこから、ゆっくりとした回転を加えたローキックを放ち、安定してきたらミドルまで、さらに安定したところでハイまで繋ぐようにした。

(むう、回転を加えた状態でハイキックを放つと、どうしてもバランスが崩れるなぁ。《重心安定》のパッシブがあってもキツい。自分は何か間違っているのか?)

 色々考えながらひたすら蹴りを放っていると、急にルイ師匠がパンパンと手を叩く。

「変に手間取ってるから何かおかしいと思ったわ。アース君、この技は自分一人でやるものじゃないの。風の力を借りるのよ。そもそも、アース君の気配である程度風に関する魔法を使えると分かったから、この《風華蹴》を伝授すると決めたの。そして、この《風華蹴》を身に付けられないと、その先にある《風結蹴》を習得することはできないわ。奥義な分、より強く風との連携が必要になるからね。そうね……少しきっかけを与えましょうか」

 自分の肩に手を置いたルイ師匠が何かを呟くと、少し自分の体が浮き上がるような感覚を覚えた。これは……そう、〈風魔術〉で使える魔法の一つである《フライ》を掛けたときと似ている。つまり、自分の力のみでなく風の力を借り受けて、回転したり飛び上がったりするべきなのだろう。
 手始めに、ロー、ミドル、ハイキックの三回攻撃を回転しながら繰り出してみる。
 ――いい感じだ、先程までのきつさやバランスの悪さが全くない。これならいけそうだ。

(よし、《風華蹴》の一連の流れを通しでやってみよう)

 二、三ステップを踏んでから、最初に師匠が見せてくれたように的に向かってダッシュ。途中で自分と風の力を使って回転を始めながら、さらに近づいて間合いに入る。
 そこから、ロー、ミドル、ハイ、そして飛び蹴り! できた!
 そうか、こうやって風の力を纏う感じでやらないといけない技だったんだ。さっきまでは上手くいかなかった訳だ。
 ちらりとシステム画面を確認すると、『《風華蹴》の習得条件を満たしました』という文字がしっかり浮かび上がっていた。

「そうそう、それでいいわ! じゃあ今から二〇回ほど《風華蹴》を打ちなさい! 風の力を借りながらの攻撃にもっと慣れないと、《風結蹴》の習得は叶わないわよ!」

 との師匠のお言葉に従って、そのまま的に向かって《風華蹴》を当て続ける。
 そうして打てば打つほど、スムーズに四連撃が放てるようになっていく。何せこの技にはオートモードがなく、完全マニュアルモード限定なので、技をよく理解しないと身に付かないのだ。
 もしかすると、こういった伝授技には総じてオートモードが存在しないのかも。オートがあるのは、スキルレベルを上げることで習得するアーツ限定なのかもしれないな。

「うんうん、どうやら風の力を借りながら蹴りを繰り出すという感覚を、ある程度分かったようね。それを生かせば、ただの蹴りでもそれなりの攻撃力が出せるようになるわよ。ただし、その分精神力を多く使うことになるから、使うべき場所、タイミングをきちんと見極めてね」

 あ、やっぱりこの感覚は他の蹴りにも流用できるのか。もしかするとこれは、エルフ流の流派に属した特典なのかも。他の流派にも、おそらくこういった特典はあるのだろう。
 ただ、こういったことは基本的に秘密にしておくべき部類に入る……情報交換は難しいな。

「さて、それなりに《風華蹴》も使えるようになったようだから、先に進むわね。そして貴方に伝授するもう一つの技である《風結蹴》なのだけど……こちらは時間をかけて習得してもらうことになるわ。今日中に習得することはまずできないでしょう。その理由は、一度技を見てもらえば分かると思う」

 習得が難しい、か。伊達だてに奥義なんて呼んでいる訳ではないのだな。よし、まずはしっかりと見よう。
「じゃ、始めるわ。よく見ておいて」と言ってきた師匠に頷き返す。さて、どんな技なのやら。

「──いくわよ、風蹴奥義・その一、《風結蹴》!」

 その一ってのは、さらに先があるということですね。そんなツッコミを心の中で行いつつ、師匠の動きをまばたきもせずに見ていたところ……徐々に自分の口があんぐりと開いていくのを自覚した。
 何せルイ師匠は、空中と地面の間を何度も往復しながら的に蹴りを見舞いつつ、魔法陣を編み上げていったからだ。魔法陣を描く動作の途中で的を蹴る、と言い換えてもいいかもしれない。
 ただ、蹴るたびに的にも魔法陣が埋め込まれるかのように描かれていくので、ただダメージを与えて逃がさないために蹴っているという訳ではないな。

「砕けなさい!」

 そうしてトドメの一撃とばかりにルイ師匠が的の真上から踏みつぶすような蹴りを落として技を〆ると、描かれた魔法陣が発動。周囲の大気が集まって的目がけて圧縮され、炸裂。熱を帯びた暴風が周囲を襲い、それを受けた自分も地面を転がった。
 なんて爆風だ、火薬のにおいがしないこと以外は特大の爆弾と大差ないぞ、これは。

「これがエルフ流蹴り技の奥義の一つ、《風結蹴》よ。蹴りながら風の力を爆発的に高める魔法陣を構築し、完成したところで蹴りの衝撃によって発動させて捉えた相手を粉砕。周囲の敵も吹き飛ばして大きな被害を与えるの。今回は手加減したから、強風程度に収まったけどね」


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