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16巻

16-2

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 確かに、その通りであるな。エルフの皆さんは元々人口がそう多くないのに、さらに数が減ってしまったらかなりマズい展開になる。最悪種族が消滅するとかね。
 時々チチチチチ……と鳥の鳴き声が聞こえる穏やかな空気の中、自分達はとらちゃんの案内で森を抜け、無事ダークエルフの街に到着した。ここは今日も活気にあふれている。

「メイドさ~ん、こっち向いてー!」「ああ、ここは楽園だ。楽園はここにあったんだ」「ああ、こっちに永久移住したい。そしてメイドさんと仲睦なかむつまじく暮らしたい」

 ──うん、活気にあふれている。
 さて、まずは宿屋を見つけて腰を落ち着けないとな。って、なんかルイ師匠がそわそわしているな? 何か問題が発生したのか?
 念のため、周囲の様子を《危険察知》にて念入りに調査したが、これといって危険な感じのするものは見つけられない。なんだ?

「ね、ねえアース君」

 緊張した面持おももちで、ルイ師匠が話しかけてきた。何だろう、修行の内容の発表なのか? それとも何かしらのトラブルの前兆を感じているのか? 何を言われてもいいように身構えた自分に、ルイ師匠は言葉を続けた。

「やっぱり男の子って、メイドさんが好きなの?」

 それを聞いた途端、脱力してorzの体勢になってしまった自分。
 緊張して損したと言うべきなのか、はたまたそんな話で済んで良かったと安心すべきなのか……頭の上にいるアクアも「ぴぃひゅ~~……」と、まあ何とも気の抜ける鳴き声を発する。そうか、アクアも緊張していたんだな。

「ど、どうしたのアース君!? ほら、しっかりして」

 こうなる原因を作ったのはルイ師匠、貴女あなたなんですけどねえ。そんな反論をしても暖簾のれんに腕押しか。
 それは置いておくとして、ルイ師匠がこんなことを口走ってしまうのも無理はない。何せそこらじゅうにクラシックロングスカートのメイド服を着たダークエルフの女性と、彼女達に声をかける男性の姿が多数見受けられるのだから。この男性というのはプレイヤーに限った話ではない。本当に、ダークエルフの街がメイドの街になりつつあるな。

(あのときの自分を殴りたい)

 こういう風潮が広がる原因を作ってしまった一人としては、頭が痛い。今日はもう宿屋に戻ってログアウトしようかな……メイドは嫌いじゃないけどさ。ここまで流行はやってしまうのもなんだかなーと思うわ……
 幸いダークエルフの皆さんも楽しんでやってるようで、嫌々な感じがしないのは救いかな?

「帰るとき、一着ぐらい買おうかしら? あそこで売ってるみたいだし」

 そんなルイ師匠の言葉に『ん?』となった自分は、ルイ師匠の見ているほうを向く。そこには『メイド服、仕立てます』『ダークエルフ名産、メイド服をお土産に如何でしょうか!?』などのうたい文句が書かれた店が……いかん、本当に頭痛がしてきた。
 掲示板でも、メイドカフェがいくつも出来ているとかいう書き込みを見た気がするが、勢いがますます強まっているぞ。なんでこうなったのよダークエルフの皆さん。


 そんな頭の痛くなる光景はさておき、宿探しである。幸いすんなり見つけることができたのだが、部屋の取り方でルイ師匠とめた。
 自分は個室二つを提案したところ、ルイ師匠は二人一部屋を主張。お互いの言い分としては、自分は『恋人でも親子でも夫婦でもない異性が二人一部屋はマズい』。ルイ師匠は『二人一部屋のほうが安いし、アース君のことはエルのこともあって信用している。それに、師匠と弟子なんだから同じ部屋にいても問題ない』という感じ。
 双方譲らず、宿屋の御主人を困らせてしまった。結局、これ以上言い合ってもきりがないと判断した自分が折れることに。ルイ師匠はちょっとだけ勝ち誇った顔で部屋の鍵を受け取っていた。
 三階の部屋に入ってひと息ついたところで、ルイ師匠から今後についての大まかな指示が下った。

「とりあえず、ここでも最初は蹴りのみを使って魔物達と戦ってもらうわね。貴方の妖精と私は、危険な状況になるまで手助けしない。それである程度の数をこなしたら、新しい技術を身に付けるための修行に入る……という感じになるわ。ちなみに、真剣にやらなかったら……」

 やらなかったら?

「私にメイド服を数着買ってもらいまーす! 結構お値段するみたいだから、そんなことにならないように真剣にやってね♪ ま、今までの様子からして大丈夫だとは思うけど」

 後でお店に行って確認したら、一着で八万グローほどしました。
 ええ、今まで以上に真剣に特訓すると心に決めました。メイド服破産なんて御免ごめんこうむるっての!


     ◆ ◆ ◆


 ダークエルフの街に来た翌日。ログインして早速、自分はルイ師匠の指示の下で蹴りの修行を始めた。相手はもちろんダークエルフの谷にいるモンスターだ。
 こいつらとやり合うのも久しぶりだなと思いつつ、蛙タイプのモンスターとやり合う。今回ルイ師匠から新しく与えられた課題の一つとして、武器の装備を禁止された。そのため、弓や魔剣の【まどい】、盾に仕込んであるスネークソードは使えない。盾は純粋な盾としての使用に限定。

「あらゆる得物が使えない状況を想定した訓練だからね。そういう状態に追い込まれてしまう可能性はゼロじゃないでしょう?」

 というルイ師匠の言葉には大いに同意できたので、素直に従った。
 さすがに蹴り系統のアーツまでは禁止されていないので、身体強化系のアーツと組み合わせた空中コンボなどで相手を蹴り倒していく。ただ、蛇タイプのモンスターは蹴るのが難しいので、蛙やリザード系に比べると苦戦してしまった。
 ここに来てからの訓練は、今までの中で一番真剣に行っている気がする。いや、気のせいじゃないな。何せ今日ログインしてからこの谷に降りてくる前に、ルイ師匠が怖ろしいことを言い出したからな……それを回避するために、つい必死になってしまっているのだろう。
 くっ、また思い出してしまった!


「ねえアース君。もし今日からの訓練であまりにも無様な姿を見せたり、真剣にやらなかったりした場合は……これ、買ってもらうからね~?」

 ルイ師匠が何気なく手渡してきた一枚の紙……そこに書かれていた内容に目を通した自分は、時間が止まったかのようにその場で固まってしまった。一着のメイド服のために、お値段四七〇万グロー……だ、と!?
 詳しく見ていくと、ダークエルフが手に入れられる最高級の素材と最高の技術を、一切の妥協なく盛り込んで仕立て上げた、これ以上ないというぐらい最高級の品らしい。
 見た目の良さだけではなく、防御力、魔法抵抗力を金属製の鎧と大差ないレベルに引き上げた上、多種多様な付与魔法まで施されている。それこそ、汚れ耐性とかの生活面のものから、治癒力向上、耐刃性能などの戦闘に関わるものまで。
 当然それだけの手間をぶち込めば、お値段も跳ね上がる。結果、あれほどぶっ飛んだお値段になった訳だ。だが、確かにあんなお値段がするだけの価値はある。安っぽい言い方だと、人の手で作り出せる至高のバトルメイドドレスといったところか。決してぼったくりではない。
 そしてさらに恐ろしいことに、需要はそれなりにあるようだ。渡されたのはチラシの一種なんだが、戦うメイドに大人気、とある。お金って、ある所にはあるんだねえ。
 だが、だが。それを自分のふところから出すとなれば話は別だ!! 色々と稼いではきたけど、四七〇万グローなんて大金を支払ったら、一発で借金生活に転がり落ちる!
 もちろんルイ師匠も、修行に手を抜くことがないように言っただけなんだろう。けど、だからって腑抜ふぬけていれば、本気でそういう方向に動くかもしれない。『事前に言っておいたよね?』と素晴らしい笑顔付きで。


 そんな未来を回避するためにも、修行は真剣そのものだった。いや、そんな脅しがなくったって真剣にやるつもりでしたよ? 戦いにおける引き出しは、いくらあっても困ることはないのだから。
 現実でだって、話術という戦いにおいて引き出しの多さは大切だ。結局、どれだけ時代が流れてどれだけ技術が進んでも、人間の根本が変わらなければ大差ないということか。
 こんな考えがふよふよと頭に浮かんでは消えるが、そっちに気を取られていてはバカ高いメイド服を買わされる羽目になってしまう。
 ほおをぱんぱんと軽く叩いて気合いを入れ直し、新しく現れたリザードタイプのモンスターと対峙する。するするっと近寄ってきての噛みつきや、尻尾を振り回す攻撃の一発性はあなどれない。
 まずは、フェイントを入れて噛みつきを回避する。わざと、前に出るぞ、という感じで前傾姿勢を取っておいて、実際には前に出ない。これで向こうの目測が狂って踏み込みが浅くなったため、回避行動は少し後ろに下がるだけで済んだ。
 噛みつきを外して閉じた口付近に、靴のつま先に仕込んだ牙を食いこませる。ドラゴンの骨で作ってある牙はあっさりとうろこを貫いて突き刺さり、リザードを後退させた。
 だがリザードもお返しとばかりに体を回転させ、尻尾の一撃を見舞ってきた。自分は大きく飛びのいてこれを回避。さすがにギリギリまで引き寄せておいて反撃するほどの余裕はない。盾で受けても、重量差で吹き飛ばされる可能性があったから、ここは大人しく回避に全力を注いだ。
 焦る必要はない、近くに他の敵の反応がないことは確認済みだ。今はこいつとの戦いに専念できる。
 そこからは一進一退が続いた。やはり飛び道具である弓や、近接武器の中でも射程のあるスネークソードが扱えない分、戦いの選択肢が減る。というか、元々の戦闘スタイルはそういった各種武器と道具を使う形だったから、こういう一つの手段に限定した戦いの経験がほとんどない。
 自分は色々やれる分、経験が分散してしまっているのだ。ゲーム的な意味としてではなく、プレイヤーとして。
 その後、倒すまでには二〇分ほどかかった。蛙や蛇タイプに比べて頑丈なのが売りなリザード系だからなぁ。前に来た時に苦戦しなかったのは、PTパーティを組んでいたからという理由が一番大きい。やっぱり数は力だな。量より質で事態をはねのけるというのはなかなか難しい……このレベルになってくると尚更そう感じる。

「お疲れ。今日はそろそろ引きあげましょう。帰りは私も戦うし、その妖精さんも参戦解禁ね」

 ルイ師匠からこんなお言葉が。かなり疲れてきているし、これ以上は精神的な疲労でミスが増えて修行にならないか……そう見極めがついたので、今日は終わりということだろう。
 小休憩してから街に帰るために歩き出したのだが、帰りはルイ師匠が蛙だろうが蛇だろうがリザードだろうが蹴り飛ばし、アクアもくちばしで貫いたり魔法でブッ飛ばしたり、自分の出番は全くなかった。が、ただ何もしないのではもったいないので、ルイ師匠の動きをよく見ておいた。見るも修行というからね。取り入れられるところは取り入れていきたい。
 行きはよいよい、帰りは恐い。そんな童歌があるが、今回はその正反対で、行きが辛くて帰りは楽だった。
 街に帰って腰を下ろすと、ルイ師匠から今日の戦いを総括され、蹴り方や立ち回りについていくつか指摘を受けた。やはり各種武器を用いる立ち回りが染み付いてしまっているようで、もう少し積極性を持たないと戦いが長引き、疲れたところをぱくっとやられちゃうよ、とのこと。
 それは分かっているんだが、どうにも自分は見切りが甘い。近接メインのプレイヤーならとっくに超えている壁でつまずいているんだろうな。
 まあ、それを乗り越えるのが修行だ。ゲームでもリアルでもそこは変わらんなぁ。ただし、ゲームは乗り越えられなきゃ乗り越えられないで遊び方はいくらでもあるが、リアルだと乗り越えられなきゃ置いていかれて落ちこぼれる、という点は違うな。
 そんなことを思いながら街を歩いていると、背後から「あら? もしかして貴方様は?」という声が聞こえてきた。なんだか聞き覚えがあるような……そう思って振り返ると、そこには三人のメイドさんがいた。

「「「やはりアース様でしたね。お久しぶりです。覚えておいででしょうか?」」」

 彼女らは、以前一時的に自分が主人となり、PTも組んだ三人のメイド。名前は……そうそう、サーナ、シーニャ、スーだったな。思い出すのに少し時間がかかるぐらいに久しぶりだ。それとも、これは歳のせいか……? いや、仕事の上司は自分より二〇以上年上だが、名前を思い出すのに時間がかかるってことはなかったよな。単純に自分の問題か。

「「「どうなさいました? お疲れなのではありませんか」」」

 ああ、思い出してきた、以前もよくハモる三姉妹だったよな。心配させたくはないので、首を横に振って否定しておく。

「久しいな。仕事のほうは順調かい?」
「「「はい、あのときアース様に同行させていただいたことで多くの経験を得られ、今では一人前のメイドとしてご主人様に仕えさせていただけております」」」

 そうかそうか、それなら安心だ。せっかくだし、あれからどうなったのか聞いてみるのも悪くないかな?
 という訳で、ルイ師匠を交えて近況報告会。まず自分の近況と、ここを訪れた理由を伝えておく。まあ理由と言ったって、修行のひと言で終わっちゃうんですけどね。
 三姉妹のほうは、あの館の主人に仕える一方で、メイド喫茶に出向いてサポートすることもあるらしい。店の手伝いはもちろん、メイドとしての立ち振る舞いやもてなし方、そして厄介な客のあしらい方など、やることは多岐にわたるようだ。

「そうか、ご当主も健康そうでなりより。体が一番大事だからなぁ」

 自分が立ち去った後にダークエルフの街で起こったことは、メイド文化の大躍進以外は特にないか。いや、あったら困るんだけどね。ましてや自分はダークエルフのあがめている神(?)に会ったりしてるので、何気ない行動で何かおかしいことが起きる可能性もある。幸いにしてそんなことはないようでホッとした。

「あれから我らが主人は積極的に他種族の者と交流し、語らいの場を持つことを楽しみとしております。アース様にも修行の合間に館に遊びに来ていただければ、主人もさぞ喜びましょう。お気軽にいらっしゃってください」

 シーニャからの言葉に、ふむ、と自分は少し頷きながらあごを撫でる。元々あの館のご当主は社交的だとは思ったが、よりその間口を広げたのか。万が一客の中に暗殺者や泥棒が交じっていても、あのメイド部隊の目はそうそうごまかせないだろうし、な。
 そして何より、あのご当主の目がくもっているとも思えん。自分が心配することでもないな。

「分かった。ある程度修行のほうが仕上がったときにでもお邪魔させてもらうことにします、と伝えてもらえるかな? 今はこちらのルイ師匠の下で修行の真っ最中で、そっちに専念したいから」

 メイド三人姉妹は「「「承りました、いらっしゃるときを楽しみにしております」」」とハモってから、立ち去っていった。

「彼女達もなかなかの使い手のようね、やはり街にいるメイドの恰好をしただけの人とは違うってことかしら」

 ルイ師匠はそんな感想を持ったようだ。実際、彼女達は奇麗なだけのお飾りではない。戦闘力が高いだけではなく、料理などの生産、支援能力も持っているため、一回PTを組んでみれば、一PTに一メイド、なんて言っても笑う人はまずいないだろう。

「一緒に組んだこともありますが、頼りになりましたからね。そのときはまだ見習いレベルだと言っていましたけど、今はもっと実力を上げているでしょう。自分の物差しではちょっと測り切れないところもあります」

 ルイ師匠が彼女達と話す間にある程度力を見切ったのに対し、自分はあまり感じ取ることができなかった。実力を知るには戦っているところを見るしかないが、今は組む理由が全くない。まあ、どうしても知りたいことでもないし、もう一度あのお屋敷を訪れるという約束以外は忘れてしまって問題ないな。

「さて、今の時間で休憩できたでしょうから、日が落ちるまで私と組み手をやってもらいますよ~。確かこっちに修練場があったはずだから、そこを借りましょう」

 え!? 今日はあれだけモンスターと戦ったんだからもう終わりじゃなかったんですか!? すっかりへとへとなんですけど……自分の本音はこうだったのだが、がっしりと腕を掴まれてしまって逃げ出すことができない。そしてルイ師匠はボソリとひと言呟く。

「四七〇万グローのメイド服」

 それをここで言いますか! 逃げる訳にいかなくなっちゃうじゃないですか! 覚悟を決めるしかないな。まあ、覚悟を決めようが決めまいが、待っている結末は同じなんだろうけどな~。
 そしてそれから三〇分ほど組み手を行って、ぼこぼこにされました。師匠のギアが一段上がるだけでついていけなくなるんですよ……一回ツヴァイとかレイジを引っ張ってきて戦ってもらおうかな? 彼らだったらいい勝負をしてくれそうな気がする。



 3


 それから一週間は、谷に降りてモンスターを狩り、ある程度狩ったら引きあげて師匠にボコられる、という毎日を送った。エルフの村にいたときよりも師匠のギアが上がってるんで、気が付いたら地面に転がっていたということもしばしば。かといって、長時間そうしている訳にはいかない。

「あと十数えるうちに立ち上がってこなかったら、メイド服確定ね~♪」

 なんて容赦ない言葉が飛んでくるからだ。ほんとにもう、誰だよあんなふざけたメイド服作り上げたのは! おかげでメイド服が恐怖の対象になってしまいそうだわ。
 なんだか気分は、テンカウント以内に起き上がって戦闘の意志を見せるもまた倒され、もういいよねと思ってもセコンドがそれを許さない状況に陥っているボクサーだよ。再起不能になる前にタオルを投げてくださいとぼやいても、そんな優しさは影も形もないと来たもんだ。へるぷみー。

「ほら立つの! 修行はこんなものじゃ終わらないのよ!」

 ぎゅっぎゅー。変な言葉が口から漏れていくような気がする。それにしてもこう毎日ぼこられていると、『本当に自分は強くなっているんだろうか?』って疑問に思うようになってしまうな。
 いや、確かに初日と今では、モンスターを倒すスピードとか回避率とかは上がっているような気もする。スキルも上がっているしね。特に〈武術身体能力強化〉のレベルは99に到達し、次の進化先を考えている最中。
 でも、それだけスキルレベルが上がっても師匠には全く太刀打ちできんのよ。格闘ゲームで言うならパーフェクト負けを連発している状況だ。
 それでもなんとか食らい付いていったおかげで、幸いにして例のバカ高いメイド服を買わされるような事態にはなっていない。それにきつい修行ではあるけどなんだかんだ言って、暇だ暇だとぼやきながら、何の目的も見いだせずにただログインしているだけよりはいいかなとも思う。大抵MMOをやめるときってそんな感じになるからね。楽しみが見いだせなくなって、知り合いもいなくなっちゃうとやる意味がなくなるというか。
 その点、「ワンモア」は一度深くはまるとこっちの世界に知り合いができるところが面白い点なのかも。

「ん、今日はここまで。いったん休息をとりましょう。エルフの村でもこっちに来てからもずっと修行漬けだったからね。休息を終えたら、いよいよさらなるエルフ流の蹴り技の伝授に移るからね。足のほうも前より一段、いや二段階ぐらい強靭になったようだし。頃合いでしょう」

 おっと、そうなのか。師匠がそう言うならそうなんだろう。色々な場所を歩き回ってきたから、蹴り技は使ってなくても肉体そのものは鍛えられていたんだ。そこにスパルタな修行をつけたことで形になったのかもしれないな。まあ、それならそれでいいや。
 それにしても、休息か。じゃああのお屋敷のご当主の所に顔を出しに行こうかな? アクアに無理を言えば他の国にも行けるけど、差し迫った用事はないからなぁ。大人しくこの街でできることをしておこう。


 そしてやってきた、例のメイドを従えているご当主のお館。アポとか取ってないから会えない可能性は高いけど、その場合は都合のいいときを教えてもらって出直そう――そう考えていたのだが、あっさりと通されてご当主と再会した。
 自分の素性などはばれているので、外套を脱ぎ、ドラゴンスケイルヘルムも、顔を隠すフェンリルの頬当ても解除。頬当てを外すと、少しだけ顔がひんやりする。

「ようこそ、我が館へ。こうして会うのは久しいが、そちらの調子はいかがかな?」

 ご当主様はそんな言葉で歓迎してくれた。なので、ここを離れてから戻ってくるまでにあったことを伝えていく。話せないことも多く少々虫食い気味になってしまうので、おかしくないように話を継ぎ足したりもした。こういう罪にならない嘘のつき方は、大人になれば覚えてしまうものなんだよな、悲しいねえ。
 もちろんご当主もその辺は分かっている可能性が高いが、あえてなのか突っ込んでこない。そこもまた上手くやっていくために必要なことだ。

「……とまあ、こんな感じでしたね。退屈はしませんでしたが、こんなに走り回る必要があるのかと思ったりもしました」

 自分は最後にそう言ってしめとした。七割は事実を言ったから、十分だろう。

「なるほど、冒険者と呼ぶにふさわしい旅だったようだ。それにしても、多数のバッファロー達の強襲か……獣人達はかなり苦労したな。苦労せずに生きている者などどこにもいないだろうが……」

 まあそうだな、誰だって差こそあれど苦労はしていると思う。ゴージャスな生活をしている人でも、そんな生活の維持とか、財産目当てに寄ってくる親戚を名乗る赤の他人や泥棒への対処とか。運よく宝くじの一等を当てた人だってそうだ。大金に群がってくる金の亡者は多いからな。
 そういや、冗談半分で買った宝くじで予想外にひと山当ててしまったあいつ、あれからどうなったかな。協力できることはしたが……上手く逃げたかな?


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