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第一部

一話 赤橙リメンバー(12years old)

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 俺がその記憶を思い出したのは、12歳の選定式だった。

 この国デルトフィア帝国では、子供は12歳になると教会で選定を受ける。これは魔力を保持しているか、または精霊師になるための素質があるかを確認するためで、潜在能力がある子供を早期に魔法士の教育プログラムに繋げるために行われる。
 一般的に、魔力があれば魔法使いに、精霊力があれば精霊師になれる。
 二つの大きな違いは、魔法使いが自分の身体の中に魔力の素となる魔素を持ち、それを消費して魔法を使う一方で、精霊師は自然界の中にある精霊の力を借りて身体の中に精霊力を貯め、精霊術を使う。しかし結果として両者とも魔法を使っているので、世間一般的には一括りに魔法士と呼ばれている。

 今では、魔法士になる人間は殆ど貴族や教会関係者で占められているため、選定を行っても平民から能力者が見つかることは滅多にない。
 魔力の方を持って生まれる人間はかなり稀で、精霊師と比べるとその数は十分の一にも満たない。
 どちらも遺伝は関係するものの、貴族に現れる特別な能力という訳でもない。どちらも稀な存在のため、平民出身者で魔法士が現れた場合は貴族の養子になる場合が多いからだ。魔法士というのは一種の貴族のステータスなので、魔力持ちの子孫を増やしたい貴族が多いのだ。魔法士が少ない家門は平民出身者と聞いても喜んで養子にするのである。だから結果として魔法使いや精霊師になるのは貴族や教会関係者に限られてくる。

 12歳を迎える子供は全員が選定式に参加しなければならない。選定式には参加した子供を教育機関に振り分ける役割もあり、精霊力か魔力があれば魔術学院に、無ければ一般の初等学校に通う。
 ちなみに、魔術学院に行った子供のうち、更に優秀な成績を納めた者は王都にある叡智の塔に二年間通うことになっている。そこを卒業すると王都の研究所や宮廷魔法士、陛下直属の近衛騎士団などの華々しい仕事にありつけるため、叡智の塔に子供を入学させようとする貴族間の競争は結構激しい。

 12歳の選定式を、俺は実家の公爵領にある教会で受けた。休日だったが両親とも多忙な人達のため、教会に到着した時にはもう夕方だった。
 優秀な兄がいるものの、両親はちゃんと俺の選定式にも顔を出してくれた。それが嬉しくて順番が来るまで両親と一緒に教会の椅子に座って足をブラブラさせて待っていた。
 仮にもこの地の公爵である父に対して教会からは「馬車でお待ちいただくように」とお気遣いがあったのだが、「選定式の場では皆と同じで構わない」という父の希望もあって他の人と同じく中の椅子に腰掛けて待つことになった。
 同じ時間帯に高位貴族はいなかったようで、平民の子達が次々に壇上に上っていく。皆精霊力も魔力もないようで、選定を受けた後は少しだけがっかりした顔で親元に帰って行った。迎える親達も少し残念そうな、でも何処となくほっとしたような顔をしている。
 教会の中には、朝から選定を行なっている神官達の疲れた気配が薄らと漂っているような気がした。気怠げな空気の中で、外から差し込む夕日の橙色がステンドグラスを透かして子供達に降り注いでいる。
 ぼんやりとそんな様子を眺めながら、あと数人で順番が来るな、と思っていたときだった。
 教会の外から、通りを歩いている小さな子供の幼い歌声が聞こえてきた。


ーー夕焼け小焼けで日が暮れて山のお城の鐘が鳴る


「……お城?」


 そこは、じゃないのか?


 と、思ったときだった。

「っ」

 プスリ、と何かが頭蓋骨の中に突き刺されたような感覚がした。
 瞬間、頭の中にコマ切れにした記憶がバラバラと本を捲るように流れ出した。
 ここではない別の世界で生まれて、30歳になる前にダンプカーに轢かれて呆気なく死んだ男の記憶。



 そう、俺である。



 正確には俺であった、とそう感じた。



 では今ここで座っている俺は?

 それだって俺だ。

 生まれた時からずっと自分だと思って生きてきた。



 それでは、この頭の中に蘇った記憶は?



 暫く考えて解釈した結果、所謂前世だ。という結論に達した。
 自分の前世の記憶が蘇ったのだと。

「レイナルド、どうかしたの?」

 隣に座っていた母さんが、冷や汗をかいている俺を見て心配そうな声を出した。

「ううん、大丈夫。母様、外から聞こえるあの歌知ってますか?」
「歌?」

 俺の問いに外の方へ耳を澄ませた母さんは、不思議そうに首を傾けた。

「聞いたことの無い歌ねぇ。変わったメロディで面白いわ。なんだか懐かしい気持ちになるような」

 小さな子供の声はだんだん遠ざかり、もう歌は聞こえなくなった。

 今ならわかる。
 それは、前世で聞いて歌ったことのある有名な童謡だ。
 何故それを歌っているのか、外に飛び出して子供に聞いてみたい。

 そう思って椅子から降りようとしたとき、後ろの席に座っていたお婆さんが声をかけてきた。

「後ろからご無礼を失礼しますよ。レイナルド様、奥方様。あの歌は昔平民の間で流行った童謡です。私が小さな頃、他国から来た聖女様が歌われて広めたんだとか」

 嗄れた声のお婆さんの説明を聞いて、軽く振り向いた母さんは感心したように頷いた。

「まぁ。ご親切にありがとうございます。どおりで異国情緒のあるメロディだと思いましたわ。私も初めて聞きました。乳母も歌わなかったものですから」
「ええ。最近の若い子はもう歌わないでしょうねぇ。さっきの子供も、きっと私のような年齢の祖母がいるのでしょう」

 お婆さんと母さんのほのぼのとしたやり取りを聞きながら、俺は何か引っかかるものを感じて内心で頭を捻っていた。
 前世の世界はこことは全く別の世界だと思う。世界の理が、全く違う。
 なのに何故、他国からとはいえ別の世界の童謡が存在するのか?
 ある種の違和感のようなものを感じた。

 確かに、よくよく考えてみるとこの世界には前世と共通するような概念が多く存在しているような……。

「レイナルド、もう次だぞ」

 父さんから促されて、はっと顔を上げた。
 壇上で名前を読み上げる神官がこちらを見ている。慌てて立ち上がり、前の方へ進み出た。
 今は選定式に集中しなければと思うのに、何故か今まで何度も呼ばれた自分の名前に引っかかりを覚える。

 何故だろう。
 生まれた時から慣れ親しんだ自分の名前のはずなのに。

「レイナルド様。それではこちらに」

 若い神官に促され、壇上に上がり選定を行う高齢の神官が立つ中央へ歩いて行った。


 レイナルド・リモナ。

 父親はエリス公爵という公爵位をもつ貴族だが、俺は息子で次男なので、大抵はレイナルドという名前で呼ばれることが多い。リモナはうちの家名だ。
 改めて呼ばれた自分の名前を心の中で反芻する。

 そうだ、この違和感。

 俺はこの名前を、先程思い出した前世の中で目にしたことがあった気がする。

「レイナルド様。こちらに立って水盤の上に手を翳してください」

 優しげな顔をした老齢の神官が恭しく側に置かれた祭壇を指し示す。
 石造りの祭壇には、銀で装飾された薄い水盤が乗っていた。何をするかは事前に教えられていたから分かっている。
 この薄く張られた水は、王宮にある精霊の加護を受けた池から汲まれている。この上に手を翳すと、精霊力を持っている場合は水の表面が波打つのだ。
 逆に魔力がある場合は、魔力の影響を受けて水の色が変わると言われている。
 水盤を覗きこむと、明るいブロンドの髪に少し灰色がかったグリーンの瞳の線の細い少年が映る。自分で言うのも何だが、結構美少年だ。
 俺はいまだに頭の中では考え事をしながらも、右掌を水盤の上に翳した。

「おお……!」

 水盤の様子を見守っていた老神官が感嘆の声を上げた。

「おめでとうございます。十分な精霊力をお持ちのようです。流石エリス公爵様のご令息ですな」

 自分でも見た水盤は、渦を巻くように波立って動いていた。微かにボコボコと湯立つような様子も見える。
 確か、描く模様で属性が表れるのだったか。渦は風、ボコボコするのは土だったと思う。

「ありがとうございます」

 お礼を神官に告げて、変色する様子のない水盤を眺めた。


 やっぱり、魔力はないのか。


 ん……?

 やっぱり……とは?


「レイナルド卿? どうされましたかな」
「いえ、何でもありません。ありがとうございました」

 微かに首を傾げた仕草を見た神官が気遣うような声をかけてきたので、慌てて礼を言ってそこから立ち去った。
 壇から降りて椅子の方を見ると、神官の声が聞こえていたのであろう両親が嬉しそうに顔を綻ばせてこちらを見ていた。

「レイナルド、おめでとう」
「よくやった」
「ありがとう父様、母様」

 褒めてくれる声に自分も顔を綻ばせて頷く。促されるままに教会を後にして、外に待たせていた馬車に乗り込んだ。

「それで、精霊力があったんだな?」

 改めて確認してくる父さんに頷いて、水盤に浮かんだ模様の様子を話した。

「多分、風と土の加護があると思うんだ」
「そうか。風の加護はエルと同じだな」

 エルというのは俺の三歳上の兄で、エルロンドというよく出来た兄だ。風と水の加護がある精霊師で、今は魔術学院に通っている。来年からは王都の叡智の塔に行く事が決まっているエリートだ。

「色は変わらなかったから、魔力はなかったみたい」
「ああ。うちは魔力持ちは生まれたことがない家系だからな。気にしなくていい」
「そうよレイナルド。二つも加護がついていたんだから、十分素晴らしいわ」

 俺が落ち込んだのかと励ましの言葉をかけてくれる両親に微笑んで頷いた。

 ただ、俺はがっかりしていたのではない。
 やっぱりな、と思っていたのだ。

 やっぱりダメだったか、と。


「……ダメ?」

 聞こえないくらい小さくその言葉を呟いた。


 ダメ。


 その言葉を口にした途端、脳裏にハッと明るい画面が浮かび上がった。


 ダメナルド様


 明るいブロンドの髪に白皙の肌。青みの濃いグリーンの瞳。不遜な顔で斜に構えた立ち絵と、無様に倒れ伏しているスチル絵。


 おいおい。



 おいおいおい。


 レイナルド・リモナって、あの悪役令息じゃないか?!
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