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1巻
1-2
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絵本によると、ここの国の言葉は四十六文字。文字はアルファベットに似た形だが、母音と子音に分かれているのではなく、ひらがなと同じく一文字ずつ発音するようだ。そう考えると理解しやすくなる。
とくに一字ずつイラスト入りで解説されているのは大変ありがたかった。
問題は各イラストに添えられている文字をどう読むかだが、ある程度はわかる。先日アルフォンス兄さんに、イラスト集を見ながら名前を当てるというゲームで遊んでもらったばかりだからだ。
それでもイラストに書かれている文字がわからない場合は、すでに読み方が判明している別のイラストと照らし合わせ、そこから類推することにした。
よし、四十六文字すべて読み方がわかったから、試しにこの本のタイトルを読んでみるか。
「かんたんにわかるよみかき」
ふぉー! 読める! 文章も日本語みたいに「誰が何をした」って順番になっているみたいだな。助かる。
漢字などもないから、ひらがなで文が構成されているようなものだと考えていいだろう。なら、四十六文字覚えれば「読み」はクリアだ。
「書き」もアルファベットに似た形のものと照らし合わせながら覚えていく。
練習は必要だが、文字は何とか目処がつきそうである。
あと他に気になるのは、ここがどこなのか……だよな。
俺は世界地図らしき巻物を手に取った。地図には、王国の場所も記されている。
「……やっぱり」
日本どころか、アメリカやらロシアやら中国やらイギリスやら……そういう馴染みのある国が一つもない。
紙には、見たこともない世界地図が描かれていた。
あー……んっんー。これってたぶん、あれだよね。
「異世界……来ちゃってるよね」
は……ははは。
世界地図をもう一回見る。しかし、結果は同じだった。
まあ、うすうす気づいてはいたけどさぁ。
理由1、さきほどの文字と言語。
俺の記憶だと、地球では文字と発音の関係がひらがなと同じようなものを用いる言語は稀だ。
理由2、この国の服装。
この世界……というかこの国では、メイドや庭師などは軽装だけど、高貴な身分の人ほど、中世を思わせるドレスを着ていた。
理由3、前世で見たような文明の利器が見当たらない。
電気系統のものを見たことなかった。灯だって、ランプやロウソクだし。
いくらなんでも、こんなに時代錯誤の国なんかあるか? 服も無駄に刺繍やひらひらが多くて機能的じゃないし、こんな王国があれば、日本でもきっとニュースになってるよ。
だから、なんとなくそうじゃないかなぁと思っていた。前の世界と違うなーと。信じたくなかったけどっ。
文明の利器に囲まれた素晴らしき国、日本。
電気、冷蔵庫、車にテレビにインターネット、現代っ子に欠かせない携帯電話!
あの世界を知らない、ここの人々は幸せだ。でも俺の場合、あの娯楽に溢れた世界を知っているだけに、どうしても便利さを求めてしまう。
俺……早くも挫けそう。
2
異世界に転生し、前世の記憶を取り戻して、はや一年。
小さな王国の王子となってのんびりスローライフ……と思いきや、この世界の常識を詰め込むのに受験生並みに学習している俺です。
前世で勉強漬けだった名残りかな。徐々に慣れていけばいいとは思いつつ、新しい世界を知りたいこともあって読書が日課のようになっていた。
勉強を始めてから読んだ本、数百冊。日本語でいう「漢字」の概念がない「ひらがな」だけの文章は、とんでもなく読みづらい。おかげでものすごく時間がかかった。薄い本厚い本いろいろ読んだが、とりあえずわかったことがある。
この世界はデュアラント、ルワインド、グラントという三つの大陸に分かれている。
その大陸の中で最も小さいデュアラント大陸にグレスハート王国はある。
南方には海、北には山。海側には果樹園を主とした畑が広がり、山側には川と深い森がある。
四季はなく、気候は年中温暖。果物や野菜、穀物などの農作物が多く作られている農耕の国だ。暖かさと海風のおかげか、作物もめちゃくちゃ美味しい。
北に連なる山はこの国と他の国とを隔て、硬い岩肌は自然の防御壁のようになっていた。
山の水が流れ込む川の下流では、川底を浚うと鉱石が採れるらしい。山には、鉱石が豊富に眠っているのかもしれない。
小さいながらも豊かなグレスハート王国。すごく嬉しい。
とくに美味しい食べ物が溢れていて最高です。海の幸山の幸、果物まであるんだから。
前世じゃかなりギリギリの食生活だったからな。ご飯と醤油だけ、なんて日もあった。
腹が減ると性格荒むよ。経験したからね。腹が減るのと、暗いのと、寒いのは本当に辛い。
貧乏は敵だ! 高らかにそう叫びたい。
「フィル様、お勉強がんばっておいでですか? お茶を持って参りました」
「ありがとう」
アリアがワゴンを押して部屋に入ってくる。ワゴンには果物とお茶が載せられている。
机に運ぼうとするアリアを、俺は椅子から飛び降りて慌てて止める。
「あとはやるからっ!」
「ですが……」
「お願いっ! あとはやるから!」
すがりついて、必死で頼む。
アリアはよくコケる。お茶を運ぶ時も何度かコケている。いつもハラハラしながら見守っていたのだが……ついに昨日、熱いお茶の入ったカップが俺に飛んできた。すんでのところで避けたけど。もうアリアのダイブは勘弁願いたい。
「じゃあ、ワゴンの脇に踏み台を置いておきますからね。お皿やお茶に気をつけてくださいね」
「……うん」
その言葉、そのまま返したい。
「フィル様、今はどの辺りのお勉強をしてらっしゃるのですか?」
優しく微笑んで、興味ありげに机を眺めるアリア。
「王国の気候と産業、他の国の位置関係はわかった。今は、森の生態系とかかな」
国のことはわかってきたが、王国に関する書物の内容はどれも農耕寄りなんだよね。知識に偏りを感じて不安になってくる。
アリアは驚いたように目を瞬かせた。
「ずいぶんお進みになられましたね。もしかしたらレイラ様やヒューバート様より学んでらっしゃるかもしれませんわ」
「え、そうなの?」
今度は俺が驚いた。この世界の学問は初級・中級・上級という段階があって、俺は今、中級に入ったくらいだ。内容から見て、中級って中学レベルくらいかと思っていたんだけど……。
「あれ、ヒューバート兄さまよりも?」
「ヒューバート様は、産業や商業などのお勉強があまりお得意ではないようですので」
アリアは困ったように微笑む。
……なるほど。勉強が嫌いと本人も語ってたしなぁ。あんまりにもキッパリ言うから、清々しいほどだった。
「でも、ヒューバート様はお強いですから! きっと素晴らしい将軍になられますわ!」
フォローするように、アリアは明るい声で言い、俺は顔を引きつらせながら微笑む。
「そ、そうだね」
確かにヒューバート兄さんの武術の腕は相当のものらしい。今も部屋の窓から庭を見ると、鍛錬を人一倍努力してやっている様子が見える。尊敬できる兄だ。
とはいえ、将軍になるなら多少知恵もないといけないと思うんだけど……。まあ、そのあたりは将来に懸けるしかない。
「では、がんばってくださいませね」
「うん。あ、アリア!」
出ていきかけたアリアを呼び止める。
「はい。何でございますか?」
「あのさ、僕の勉強、どこまで進んだかは内緒にしておいてほしいんだ」
俺が言いにくそうにしていると、アリアは首を傾げる。
「王様や王妃様にもですか?」
コクコクと頷く。
四歳児が十三歳の兄よりも勉強が進んでいるとわかったら、絶対神童扱いになっちゃうだろ。
中身が大学生だなんて夢にも思わないだろうからな。
天才だとかなんとか言われて、あんまり期待されたら、困るのだ。「のんびり」が俺の夢なんだから。
「わかりました! あとでビックリさせたいんですね?」
そんな俺を、アリアは盛大に勘違いしていた。
「う、うん」
「絶対にその時まで言いませんわ」
「よ、よろしく」
アリアがウィンクとともに出ていくと、俺は脱力した。
本当に……黙っていてくれるかな?
不安を覚えつつ、踏み台を活用してお茶のセッティングをする。
お茶を一口飲むと、口の中に上品な甘みが広がった。このお茶はグレスハート固有種の果実の葉を茶葉としている。砂糖を入れなくても充分甘くて、疲れた時に丁度いい。
それから、傍らの果物にフォークを突き刺す。味も食感も林檎に似ているカルシュという果物だ。果肉の色がほのかにピンク色をしている。
そういや、食材は豊かな国だが、加工食品が少ないのは難点だなぁ。魚や肉の塩漬けはあるけど、燻製や一夜干しはない。果物系のデザートもほとんどなく、そのまま食べるくらいだ。
王宮の料理長に教えたら作ってもらえるかな? 一夜干しの味わい深さや、懐かしの甘いデザートを思い出して、思わず唾液が出る。
あとは、文明レベルだよな。
カルシュをシャクシャクと食べながら唸る。
海外留学しているアルフォンス兄さんの話から察するに、この国だけじゃなく他の国もだいたい文明はヨーロッパでいう中世レベルかそれ以下のようだ。大きな大陸の大国になるともう少し発展しているみたいだが、技術はあっても革命的な発明などはまだまだな感じ。
だいたい電気自体がないみたいだから、それだと難しいことも多いしなぁ。さよなら電化製品。便利な君達のいない世界に来て初めてその偉大さを知りました。エジソンとかこの世界に転生してくれてりゃいいのに。
口をモゴモゴさせながら本をペラペラ捲る。すると、あるイラストのところで手が止まった。
耳の長いウサギを抱きしめてにっこり笑っている女の子の絵だ。その隣ではウサギが耳を使って小さな風を作っている。
『もりのどうぶつをつかえさせるほうほう』
へー。動物を従えるのか。野生の動物を手なづけるってことか? それともペットトレーナー的な?
「えーなになに……」
イラストの下には概ね次のようなことが書かれていた。
『森の動物と主従契約を結びましょう。森の動物は、属性に応じた様々な能力を持っています。動物によって火をつけてくれたり、風を送ってくれたりします。彼らと契約し従えることができれば、あなたを手助けしてくれるかもしれません』
属性かあ。前世のゲームなんかでよくあった、火・水・土・風……みたいなことかな。
次のページには何種類かの動物が紹介されている。
『ナガミミウサギ、風を起こせる。ハナドリ、火を吐く。チャガメ、道を教える。契約した動物は、好きな時に呼び出せるようになります。いろいろな動物と仲良くなりましょう』
「へぇ、契約、いいな!」
契約する動物によって能力が違うみたいだが、動物ゲットしてそれを活用すれば、生活はかなり便利になるだろう。
それに、挿絵には愛らしい動物達が描かれていて、なんか欲しくなってきた。ペット飼ってみたかったんだよなぁ。祖父は動物嫌いだったし、寮でも無理。一人暮らし時代は極貧でそんな余裕なかった。友達の猫や犬が可愛くて、彼らが羨ましかったのを覚えている。
これはモフモフするチャンス! よーし! 契約するぞ~!
やる気満々で、ページをペラペラ捲る。
『契約するには動物と気持ちを交わさなければなりません。気に入った動物がいたら話しかけてみてください。敵ではないと示すことが重要です。一緒に歌ったり踊ったりしてみてもいいです。動物によって好みがあるので、いろいろ試してみてください』
え、歌ったり踊ったり? マジか。なるべくその方法は取りたくないなぁ。
『動物は、従ってもいいと思ったら、あなたに頭を下げます。それが契約のサインです。契約時に名前を付けてあげてください。付けた瞬間に契約完了となります。ただ、中には危険な動物もいますし、失敗することもあります。まずは、小動物から始めましょう』
ふむふむ。小動物からね。よし、勉強はとりあえず中断して、ペットをゲットするぞー!!
◇ ◇ ◇
契約により呼び出される動物はすべて「召喚獣」と呼ばれるらしい。
兄弟での夜のティータイム中、この召喚獣について聞いてみた。
「アルフォンス兄さまたちも、召喚獣持ってるんですか?」
アルフォンス兄さんの膝の上、抱っこされながら兄を振り返る。
言わないで! わかってるから! 俺だって不本意です。この年になって膝抱っこ……。
周りから見たら微笑ましい兄弟なんだろうけど。今や俺も天使のごとく可愛い盛りだし。
それでも膝抱っこなんて冗談じゃないと思った。だってまだ気持ちは男子大学生だよ? 想像してみてよ。
――男子大学生が、金髪碧眼の美少年に膝抱っこ。
変態だよ。変態の匂いぷんぷんするよ。自分のことながら鳥肌もんだよ。
だが、ステラ姉さんやレイラ姉さんが「嫌ならこっちへ」と名乗りをあげたため、仕方なくアルフォンス兄さんの膝に収まることになった。
いくら何でも女の子の膝は……精神的に落ち着かない。申し訳ない気持ちにもなるし。騙してるわけではないんだけど。
そんな俺の気持ちなどわかるはずもなく、アルフォンス兄さんは俺の頭を撫で回す。
「私の召喚獣は、もうそこに控えているよ」
「え、どこですか?」
アルフォンス兄さんの視線の先には、ふわふわのクッションがあった。
「ラル」
アルフォンス兄さんが呼ぶと、クッションがもこもこと動く。
「わわわっ!」
ビックリした!! クッションだと思っていたのは、もこもこの毛をした猫だったのだ。といっても毛に埋もれて、顔や短い手足がよく見えないけど。
「毛玉猫と言ってね。熱を帯びる性質があって、冷える夜はそばに置いておくとあったかいんだよ。ベッドに入れるとふわふわで気持ちいいし」
ふわふわの湯たんぽっ!! 何それ、めっちゃ欲しい。
温暖な気候と言っても、夜は少し肌寒い。こんなペットがいたら、とてもありがたい。
「僕も毛玉猫欲しいです!」
「そうか。森に比較的多くいるから、契約してもいいかもしれないね」
「何体もいるものなんですか?」
「毛玉猫はそんなに珍しくもないからね。あと他にも、いろいろな召喚獣と契約しているよ」
「へぇ~」
毛玉猫をはぜひ契約したいなぁ。
「フィルは召喚獣の勉強に興味津々みたいだね。まさかもう召喚獣を捕まえるつもりかい?」
優しい声にギクリとした。
ヤバイと思って、俺は慌てて首を振る。だが、それはアルフォンス兄さんの冗談だったようだ。俺の焦る様子を見て笑う。
「そんなわけないか。しかしフィルは勉強熱心だね。あっという間にヒューバートを追い抜きそうだ」
「兄上、ひどいじゃないですか」
ヒューバート兄さんがむくれて抗議すると、隣でレイラ姉さんがクスクスと笑う。
もう追い抜きました、とは言えない……。
「ヒューバート兄さまは持ってるんですか?」
「俺か? もちろん持ってるぞ。レイラはまだみたいだけどな」
さきほど笑われたことの意趣返しか、ヒューバート兄さんはレイラ姉さんを見てニヤリと笑う。
「私も、もう少ししたら持つ予定です!」
レイラ姉さんは頬をぷっくり膨らませて睨む。その様子にヒューバート兄さんは満足そうな顔をした。
「フィル、俺の召喚獣見たいか?」
ヒューバート兄さんは背を屈めると、いたずらっ子のような顔で俺を見る。俺はワクワクしながら大きく頷いた。
アルフォンス兄さんの膝から下りて、ヒューバート兄さんがどうやるのかをジッと見つめる。
「カエン!」
動物の名前が召喚のきっかけなのだろう。ヒューバート兄さんは力強く叫んだ。
すると、空間が揺らいで小さな生き物が現れた。手乗りサイズの赤い動物だ。アルマジロのような背中をしている。
「これはガロンという種の、火属性の動物だ。カエン、弟のフィルだ。仲良くしてくれよ」
カエンはヒューバート兄さんに、クェと返事してこちらに向き直る。
【隊長の弟様ですな。よろしくお願いします】
喋ったーっ!!
ビックリして口をポカンと開く。
こっちの動物って喋るんだ? 召喚獣になったら喋るのか? わかんないけど、とにかくすごいな。
そういやあの本に、「心を通わせる」とか書いてあったもんな。会話して心通わせるのかな。
「初めまして。よろしくね、カエン」
「カエンは戦闘系なんだぞ。まあ、ここじゃ見せられないけど……」
「そうなんですか?」
この小さいのが戦闘系?
そんな感想が顔に出ていたのか、カエンはムッとしたように俺に向かってクェと鳴いた。
【信用しておりませんな? ならば見よ! こうして、このようにっ!】
カエンはコロリと丸まって野球ボールのようになる。
「え、あっ! ちょっと待てカエン!」
焦るヒューバート兄さんの制止も聞かず、カエンは全身に火を纏いながらゴロゴロゴロと勢いよく転がっていった。
高級そうな絨毯を焦がしながら……。
控えていたメイド長が悲鳴を上げている。
「ヒューバート、しつけがなっていませんね」
冷たさを含んだ声で、ステラ姉さんが微笑む。
いや、本当に辺りがひんやりしている。見るとステラ姉さんの肩に水色の小鳥がとまっていた。
「ステラ頼む」
アルフォンス兄さんがステラ姉さんに言うと、頷いて小鳥に向かって囁く。
「ピア、あれを止めて」
ピュィと返事をして、小鳥は飛び立った。滑空して向かった先は、未だ転がっているカエンだ。
ピアのクチバシから小さな吹雪が出る。それがカエンに直撃すると、次第に炎が消えていき、カエンはそのまま壁にぶち当たった。目を回したカエンは、クェェと鳴いて大の字になる。
「カエンッ!」
ヒューバート兄さんはすぐさまカエンの回収に向かった。
ステラ姉さんの肩に再び戻ったピアは、その様子を冷めた様子で見下ろす。
【ふんっ、あんな熱血漢、私にかかれば大したことないわ】
わー、ツンツンしてる!
小さいのにツンとした様子が可愛くて、思わず顔がほころぶ。それに気づいたピアが、俺の肩に飛んできた。
【姫様の弟さんね。私はピア、氷鳥と呼ばれる鳥よ。能力については今見せたとおり、氷を司っているわ。お楽しみいただけたかしら】
「とてもすごかったよ。よろしく、ピア」
にっこり笑うと、返事をするようにピュイッと鳴く。
すると、それを見ていたレイラ姉さんが「あー!」と声を上げて近づいてきた。
「フィルいいなぁっ!!」
「え?」
レイラ姉さんはピアに向かって「こっちおいで」と手を差し出す。だが、ピアはふいっとレイラ姉さんから顔を背けた。
「何でぇ? 私だって仲良くしたいのに」
悲しそうに眉を寄せるレイラ姉さん。
「ピアが私以外に懐くのは珍しいのよ」
ステラ姉さんは微笑みながら、俺の肩に乗るピアを撫でる。
「へぇ、そうなんですか」
【姫様の兄弟でも、騒がしいのは嫌いなの。あの熱血漢の主人も嫌い。あなたは好きよ。分別ありそうだもの】
正直な小鳥だ。
「あ、ありがとう」
「氷鳥は希少な上、気位の高い鳥でね。召喚獣にするのは難しいんだ。やっぱりフィルは可愛いさが滲み出てるから懐かれたのかなぁ」
アルフォンス兄さんはにこにこと、俺の頭を撫でる。
【ちなみにそこの王子も受け付けないわ。何か気持ち悪いもの】
本当に……正直な小鳥だ。
◇ ◇ ◇
「んーーーーっ!」
背伸びをして息を大きく吐いた。
ここは城の外にある丘。
久しぶりに城の外に出たなぁ。召喚獣の情報収集に夢中になっていて、気がついたら引きこもりみたいになっていたから。
久々の外は気持ちいい。気候も暑すぎず寒すぎず、日向ぼっこに最高だな。
今度来る時は、レジャーシート代わりのものを持参してゴロゴロしよう。
さて、今日は召喚獣にする動物を見つける予定だ。といってもまだ四歳児、移動距離なんかたかが知れている。だから城のすぐ近くの丘を探索しようと決めていた。
ここから少し離れたところにある森に比べて、レベルが低く役に立つ能力も少ない動物ばかりらしい。でも初めての召喚獣だから、ちょうどいいかもしれない。
歩き出そうとして、そっと城を振り返る。騒ぎにはなっていないみたいだ。
実は、裏の丘だしすぐ戻ってこられる距離だと思い、城の皆には内緒で一人で来ている。
申し訳ないとは思うが仕方ない。一応王子の俺が城の外に出るとなると、護衛十人、メイド数人付けるって母さんが言うんだもん。いくらなんでも多すぎだって。
四歳児の王子を城外に一人で出せない気持ちはわかる。俺だって立場が逆なら、心配で護衛どころか自分もついて行っちゃうかもしれない。だが、メイドだの護衛だのがゾロゾロついてきたら大変困るのだ。
もし召喚獣にしたい動物と出会えても、大勢いたら警戒されて契約できない可能性もあるし……。
いや、正直に言おう。問題はそこじゃない。周りに人がいると、契約時に心配なことがあるのだ。
会話で契約できりゃ万々歳。だけどあの本に書いてあったように、歌ったり踊ったりしなきゃならない場合もある。
歌には自信ないし、踊りだって、フォークダンスと盆踊りくらいしかできない。そのどちらも、曲とある程度の人数がいて初めて成り立つものだ。
そこまで考えて、中学の体育祭実行委員長だった時のことを思い出す。お手本のため全校生徒の前で一人でやらされた盆踊り。
思い出して思わずグワァァと頭を抱える。
あれは恥ずかしかった! 何で人一倍がんばっている委員長が公開処刑されなきゃならないんだ。皆、小学校でも教わっているんだから、中学になって改めて教える必要なんてないはずなのに。多感な思春期に何してくれてんだ、体育教師。
ひとしきり頭を抱えたままジタバタして、ピタリと止め、もう一度ため息をつく。
なぜ、転生してまで過去のトラウマに悩まされなきゃならないんだろう。……忘れたい。
「ばれる前に戻ればいいよな」
気合いを入れ直し、城壁に向かって歩き出す。
とくに一字ずつイラスト入りで解説されているのは大変ありがたかった。
問題は各イラストに添えられている文字をどう読むかだが、ある程度はわかる。先日アルフォンス兄さんに、イラスト集を見ながら名前を当てるというゲームで遊んでもらったばかりだからだ。
それでもイラストに書かれている文字がわからない場合は、すでに読み方が判明している別のイラストと照らし合わせ、そこから類推することにした。
よし、四十六文字すべて読み方がわかったから、試しにこの本のタイトルを読んでみるか。
「かんたんにわかるよみかき」
ふぉー! 読める! 文章も日本語みたいに「誰が何をした」って順番になっているみたいだな。助かる。
漢字などもないから、ひらがなで文が構成されているようなものだと考えていいだろう。なら、四十六文字覚えれば「読み」はクリアだ。
「書き」もアルファベットに似た形のものと照らし合わせながら覚えていく。
練習は必要だが、文字は何とか目処がつきそうである。
あと他に気になるのは、ここがどこなのか……だよな。
俺は世界地図らしき巻物を手に取った。地図には、王国の場所も記されている。
「……やっぱり」
日本どころか、アメリカやらロシアやら中国やらイギリスやら……そういう馴染みのある国が一つもない。
紙には、見たこともない世界地図が描かれていた。
あー……んっんー。これってたぶん、あれだよね。
「異世界……来ちゃってるよね」
は……ははは。
世界地図をもう一回見る。しかし、結果は同じだった。
まあ、うすうす気づいてはいたけどさぁ。
理由1、さきほどの文字と言語。
俺の記憶だと、地球では文字と発音の関係がひらがなと同じようなものを用いる言語は稀だ。
理由2、この国の服装。
この世界……というかこの国では、メイドや庭師などは軽装だけど、高貴な身分の人ほど、中世を思わせるドレスを着ていた。
理由3、前世で見たような文明の利器が見当たらない。
電気系統のものを見たことなかった。灯だって、ランプやロウソクだし。
いくらなんでも、こんなに時代錯誤の国なんかあるか? 服も無駄に刺繍やひらひらが多くて機能的じゃないし、こんな王国があれば、日本でもきっとニュースになってるよ。
だから、なんとなくそうじゃないかなぁと思っていた。前の世界と違うなーと。信じたくなかったけどっ。
文明の利器に囲まれた素晴らしき国、日本。
電気、冷蔵庫、車にテレビにインターネット、現代っ子に欠かせない携帯電話!
あの世界を知らない、ここの人々は幸せだ。でも俺の場合、あの娯楽に溢れた世界を知っているだけに、どうしても便利さを求めてしまう。
俺……早くも挫けそう。
2
異世界に転生し、前世の記憶を取り戻して、はや一年。
小さな王国の王子となってのんびりスローライフ……と思いきや、この世界の常識を詰め込むのに受験生並みに学習している俺です。
前世で勉強漬けだった名残りかな。徐々に慣れていけばいいとは思いつつ、新しい世界を知りたいこともあって読書が日課のようになっていた。
勉強を始めてから読んだ本、数百冊。日本語でいう「漢字」の概念がない「ひらがな」だけの文章は、とんでもなく読みづらい。おかげでものすごく時間がかかった。薄い本厚い本いろいろ読んだが、とりあえずわかったことがある。
この世界はデュアラント、ルワインド、グラントという三つの大陸に分かれている。
その大陸の中で最も小さいデュアラント大陸にグレスハート王国はある。
南方には海、北には山。海側には果樹園を主とした畑が広がり、山側には川と深い森がある。
四季はなく、気候は年中温暖。果物や野菜、穀物などの農作物が多く作られている農耕の国だ。暖かさと海風のおかげか、作物もめちゃくちゃ美味しい。
北に連なる山はこの国と他の国とを隔て、硬い岩肌は自然の防御壁のようになっていた。
山の水が流れ込む川の下流では、川底を浚うと鉱石が採れるらしい。山には、鉱石が豊富に眠っているのかもしれない。
小さいながらも豊かなグレスハート王国。すごく嬉しい。
とくに美味しい食べ物が溢れていて最高です。海の幸山の幸、果物まであるんだから。
前世じゃかなりギリギリの食生活だったからな。ご飯と醤油だけ、なんて日もあった。
腹が減ると性格荒むよ。経験したからね。腹が減るのと、暗いのと、寒いのは本当に辛い。
貧乏は敵だ! 高らかにそう叫びたい。
「フィル様、お勉強がんばっておいでですか? お茶を持って参りました」
「ありがとう」
アリアがワゴンを押して部屋に入ってくる。ワゴンには果物とお茶が載せられている。
机に運ぼうとするアリアを、俺は椅子から飛び降りて慌てて止める。
「あとはやるからっ!」
「ですが……」
「お願いっ! あとはやるから!」
すがりついて、必死で頼む。
アリアはよくコケる。お茶を運ぶ時も何度かコケている。いつもハラハラしながら見守っていたのだが……ついに昨日、熱いお茶の入ったカップが俺に飛んできた。すんでのところで避けたけど。もうアリアのダイブは勘弁願いたい。
「じゃあ、ワゴンの脇に踏み台を置いておきますからね。お皿やお茶に気をつけてくださいね」
「……うん」
その言葉、そのまま返したい。
「フィル様、今はどの辺りのお勉強をしてらっしゃるのですか?」
優しく微笑んで、興味ありげに机を眺めるアリア。
「王国の気候と産業、他の国の位置関係はわかった。今は、森の生態系とかかな」
国のことはわかってきたが、王国に関する書物の内容はどれも農耕寄りなんだよね。知識に偏りを感じて不安になってくる。
アリアは驚いたように目を瞬かせた。
「ずいぶんお進みになられましたね。もしかしたらレイラ様やヒューバート様より学んでらっしゃるかもしれませんわ」
「え、そうなの?」
今度は俺が驚いた。この世界の学問は初級・中級・上級という段階があって、俺は今、中級に入ったくらいだ。内容から見て、中級って中学レベルくらいかと思っていたんだけど……。
「あれ、ヒューバート兄さまよりも?」
「ヒューバート様は、産業や商業などのお勉強があまりお得意ではないようですので」
アリアは困ったように微笑む。
……なるほど。勉強が嫌いと本人も語ってたしなぁ。あんまりにもキッパリ言うから、清々しいほどだった。
「でも、ヒューバート様はお強いですから! きっと素晴らしい将軍になられますわ!」
フォローするように、アリアは明るい声で言い、俺は顔を引きつらせながら微笑む。
「そ、そうだね」
確かにヒューバート兄さんの武術の腕は相当のものらしい。今も部屋の窓から庭を見ると、鍛錬を人一倍努力してやっている様子が見える。尊敬できる兄だ。
とはいえ、将軍になるなら多少知恵もないといけないと思うんだけど……。まあ、そのあたりは将来に懸けるしかない。
「では、がんばってくださいませね」
「うん。あ、アリア!」
出ていきかけたアリアを呼び止める。
「はい。何でございますか?」
「あのさ、僕の勉強、どこまで進んだかは内緒にしておいてほしいんだ」
俺が言いにくそうにしていると、アリアは首を傾げる。
「王様や王妃様にもですか?」
コクコクと頷く。
四歳児が十三歳の兄よりも勉強が進んでいるとわかったら、絶対神童扱いになっちゃうだろ。
中身が大学生だなんて夢にも思わないだろうからな。
天才だとかなんとか言われて、あんまり期待されたら、困るのだ。「のんびり」が俺の夢なんだから。
「わかりました! あとでビックリさせたいんですね?」
そんな俺を、アリアは盛大に勘違いしていた。
「う、うん」
「絶対にその時まで言いませんわ」
「よ、よろしく」
アリアがウィンクとともに出ていくと、俺は脱力した。
本当に……黙っていてくれるかな?
不安を覚えつつ、踏み台を活用してお茶のセッティングをする。
お茶を一口飲むと、口の中に上品な甘みが広がった。このお茶はグレスハート固有種の果実の葉を茶葉としている。砂糖を入れなくても充分甘くて、疲れた時に丁度いい。
それから、傍らの果物にフォークを突き刺す。味も食感も林檎に似ているカルシュという果物だ。果肉の色がほのかにピンク色をしている。
そういや、食材は豊かな国だが、加工食品が少ないのは難点だなぁ。魚や肉の塩漬けはあるけど、燻製や一夜干しはない。果物系のデザートもほとんどなく、そのまま食べるくらいだ。
王宮の料理長に教えたら作ってもらえるかな? 一夜干しの味わい深さや、懐かしの甘いデザートを思い出して、思わず唾液が出る。
あとは、文明レベルだよな。
カルシュをシャクシャクと食べながら唸る。
海外留学しているアルフォンス兄さんの話から察するに、この国だけじゃなく他の国もだいたい文明はヨーロッパでいう中世レベルかそれ以下のようだ。大きな大陸の大国になるともう少し発展しているみたいだが、技術はあっても革命的な発明などはまだまだな感じ。
だいたい電気自体がないみたいだから、それだと難しいことも多いしなぁ。さよなら電化製品。便利な君達のいない世界に来て初めてその偉大さを知りました。エジソンとかこの世界に転生してくれてりゃいいのに。
口をモゴモゴさせながら本をペラペラ捲る。すると、あるイラストのところで手が止まった。
耳の長いウサギを抱きしめてにっこり笑っている女の子の絵だ。その隣ではウサギが耳を使って小さな風を作っている。
『もりのどうぶつをつかえさせるほうほう』
へー。動物を従えるのか。野生の動物を手なづけるってことか? それともペットトレーナー的な?
「えーなになに……」
イラストの下には概ね次のようなことが書かれていた。
『森の動物と主従契約を結びましょう。森の動物は、属性に応じた様々な能力を持っています。動物によって火をつけてくれたり、風を送ってくれたりします。彼らと契約し従えることができれば、あなたを手助けしてくれるかもしれません』
属性かあ。前世のゲームなんかでよくあった、火・水・土・風……みたいなことかな。
次のページには何種類かの動物が紹介されている。
『ナガミミウサギ、風を起こせる。ハナドリ、火を吐く。チャガメ、道を教える。契約した動物は、好きな時に呼び出せるようになります。いろいろな動物と仲良くなりましょう』
「へぇ、契約、いいな!」
契約する動物によって能力が違うみたいだが、動物ゲットしてそれを活用すれば、生活はかなり便利になるだろう。
それに、挿絵には愛らしい動物達が描かれていて、なんか欲しくなってきた。ペット飼ってみたかったんだよなぁ。祖父は動物嫌いだったし、寮でも無理。一人暮らし時代は極貧でそんな余裕なかった。友達の猫や犬が可愛くて、彼らが羨ましかったのを覚えている。
これはモフモフするチャンス! よーし! 契約するぞ~!
やる気満々で、ページをペラペラ捲る。
『契約するには動物と気持ちを交わさなければなりません。気に入った動物がいたら話しかけてみてください。敵ではないと示すことが重要です。一緒に歌ったり踊ったりしてみてもいいです。動物によって好みがあるので、いろいろ試してみてください』
え、歌ったり踊ったり? マジか。なるべくその方法は取りたくないなぁ。
『動物は、従ってもいいと思ったら、あなたに頭を下げます。それが契約のサインです。契約時に名前を付けてあげてください。付けた瞬間に契約完了となります。ただ、中には危険な動物もいますし、失敗することもあります。まずは、小動物から始めましょう』
ふむふむ。小動物からね。よし、勉強はとりあえず中断して、ペットをゲットするぞー!!
◇ ◇ ◇
契約により呼び出される動物はすべて「召喚獣」と呼ばれるらしい。
兄弟での夜のティータイム中、この召喚獣について聞いてみた。
「アルフォンス兄さまたちも、召喚獣持ってるんですか?」
アルフォンス兄さんの膝の上、抱っこされながら兄を振り返る。
言わないで! わかってるから! 俺だって不本意です。この年になって膝抱っこ……。
周りから見たら微笑ましい兄弟なんだろうけど。今や俺も天使のごとく可愛い盛りだし。
それでも膝抱っこなんて冗談じゃないと思った。だってまだ気持ちは男子大学生だよ? 想像してみてよ。
――男子大学生が、金髪碧眼の美少年に膝抱っこ。
変態だよ。変態の匂いぷんぷんするよ。自分のことながら鳥肌もんだよ。
だが、ステラ姉さんやレイラ姉さんが「嫌ならこっちへ」と名乗りをあげたため、仕方なくアルフォンス兄さんの膝に収まることになった。
いくら何でも女の子の膝は……精神的に落ち着かない。申し訳ない気持ちにもなるし。騙してるわけではないんだけど。
そんな俺の気持ちなどわかるはずもなく、アルフォンス兄さんは俺の頭を撫で回す。
「私の召喚獣は、もうそこに控えているよ」
「え、どこですか?」
アルフォンス兄さんの視線の先には、ふわふわのクッションがあった。
「ラル」
アルフォンス兄さんが呼ぶと、クッションがもこもこと動く。
「わわわっ!」
ビックリした!! クッションだと思っていたのは、もこもこの毛をした猫だったのだ。といっても毛に埋もれて、顔や短い手足がよく見えないけど。
「毛玉猫と言ってね。熱を帯びる性質があって、冷える夜はそばに置いておくとあったかいんだよ。ベッドに入れるとふわふわで気持ちいいし」
ふわふわの湯たんぽっ!! 何それ、めっちゃ欲しい。
温暖な気候と言っても、夜は少し肌寒い。こんなペットがいたら、とてもありがたい。
「僕も毛玉猫欲しいです!」
「そうか。森に比較的多くいるから、契約してもいいかもしれないね」
「何体もいるものなんですか?」
「毛玉猫はそんなに珍しくもないからね。あと他にも、いろいろな召喚獣と契約しているよ」
「へぇ~」
毛玉猫をはぜひ契約したいなぁ。
「フィルは召喚獣の勉強に興味津々みたいだね。まさかもう召喚獣を捕まえるつもりかい?」
優しい声にギクリとした。
ヤバイと思って、俺は慌てて首を振る。だが、それはアルフォンス兄さんの冗談だったようだ。俺の焦る様子を見て笑う。
「そんなわけないか。しかしフィルは勉強熱心だね。あっという間にヒューバートを追い抜きそうだ」
「兄上、ひどいじゃないですか」
ヒューバート兄さんがむくれて抗議すると、隣でレイラ姉さんがクスクスと笑う。
もう追い抜きました、とは言えない……。
「ヒューバート兄さまは持ってるんですか?」
「俺か? もちろん持ってるぞ。レイラはまだみたいだけどな」
さきほど笑われたことの意趣返しか、ヒューバート兄さんはレイラ姉さんを見てニヤリと笑う。
「私も、もう少ししたら持つ予定です!」
レイラ姉さんは頬をぷっくり膨らませて睨む。その様子にヒューバート兄さんは満足そうな顔をした。
「フィル、俺の召喚獣見たいか?」
ヒューバート兄さんは背を屈めると、いたずらっ子のような顔で俺を見る。俺はワクワクしながら大きく頷いた。
アルフォンス兄さんの膝から下りて、ヒューバート兄さんがどうやるのかをジッと見つめる。
「カエン!」
動物の名前が召喚のきっかけなのだろう。ヒューバート兄さんは力強く叫んだ。
すると、空間が揺らいで小さな生き物が現れた。手乗りサイズの赤い動物だ。アルマジロのような背中をしている。
「これはガロンという種の、火属性の動物だ。カエン、弟のフィルだ。仲良くしてくれよ」
カエンはヒューバート兄さんに、クェと返事してこちらに向き直る。
【隊長の弟様ですな。よろしくお願いします】
喋ったーっ!!
ビックリして口をポカンと開く。
こっちの動物って喋るんだ? 召喚獣になったら喋るのか? わかんないけど、とにかくすごいな。
そういやあの本に、「心を通わせる」とか書いてあったもんな。会話して心通わせるのかな。
「初めまして。よろしくね、カエン」
「カエンは戦闘系なんだぞ。まあ、ここじゃ見せられないけど……」
「そうなんですか?」
この小さいのが戦闘系?
そんな感想が顔に出ていたのか、カエンはムッとしたように俺に向かってクェと鳴いた。
【信用しておりませんな? ならば見よ! こうして、このようにっ!】
カエンはコロリと丸まって野球ボールのようになる。
「え、あっ! ちょっと待てカエン!」
焦るヒューバート兄さんの制止も聞かず、カエンは全身に火を纏いながらゴロゴロゴロと勢いよく転がっていった。
高級そうな絨毯を焦がしながら……。
控えていたメイド長が悲鳴を上げている。
「ヒューバート、しつけがなっていませんね」
冷たさを含んだ声で、ステラ姉さんが微笑む。
いや、本当に辺りがひんやりしている。見るとステラ姉さんの肩に水色の小鳥がとまっていた。
「ステラ頼む」
アルフォンス兄さんがステラ姉さんに言うと、頷いて小鳥に向かって囁く。
「ピア、あれを止めて」
ピュィと返事をして、小鳥は飛び立った。滑空して向かった先は、未だ転がっているカエンだ。
ピアのクチバシから小さな吹雪が出る。それがカエンに直撃すると、次第に炎が消えていき、カエンはそのまま壁にぶち当たった。目を回したカエンは、クェェと鳴いて大の字になる。
「カエンッ!」
ヒューバート兄さんはすぐさまカエンの回収に向かった。
ステラ姉さんの肩に再び戻ったピアは、その様子を冷めた様子で見下ろす。
【ふんっ、あんな熱血漢、私にかかれば大したことないわ】
わー、ツンツンしてる!
小さいのにツンとした様子が可愛くて、思わず顔がほころぶ。それに気づいたピアが、俺の肩に飛んできた。
【姫様の弟さんね。私はピア、氷鳥と呼ばれる鳥よ。能力については今見せたとおり、氷を司っているわ。お楽しみいただけたかしら】
「とてもすごかったよ。よろしく、ピア」
にっこり笑うと、返事をするようにピュイッと鳴く。
すると、それを見ていたレイラ姉さんが「あー!」と声を上げて近づいてきた。
「フィルいいなぁっ!!」
「え?」
レイラ姉さんはピアに向かって「こっちおいで」と手を差し出す。だが、ピアはふいっとレイラ姉さんから顔を背けた。
「何でぇ? 私だって仲良くしたいのに」
悲しそうに眉を寄せるレイラ姉さん。
「ピアが私以外に懐くのは珍しいのよ」
ステラ姉さんは微笑みながら、俺の肩に乗るピアを撫でる。
「へぇ、そうなんですか」
【姫様の兄弟でも、騒がしいのは嫌いなの。あの熱血漢の主人も嫌い。あなたは好きよ。分別ありそうだもの】
正直な小鳥だ。
「あ、ありがとう」
「氷鳥は希少な上、気位の高い鳥でね。召喚獣にするのは難しいんだ。やっぱりフィルは可愛いさが滲み出てるから懐かれたのかなぁ」
アルフォンス兄さんはにこにこと、俺の頭を撫でる。
【ちなみにそこの王子も受け付けないわ。何か気持ち悪いもの】
本当に……正直な小鳥だ。
◇ ◇ ◇
「んーーーーっ!」
背伸びをして息を大きく吐いた。
ここは城の外にある丘。
久しぶりに城の外に出たなぁ。召喚獣の情報収集に夢中になっていて、気がついたら引きこもりみたいになっていたから。
久々の外は気持ちいい。気候も暑すぎず寒すぎず、日向ぼっこに最高だな。
今度来る時は、レジャーシート代わりのものを持参してゴロゴロしよう。
さて、今日は召喚獣にする動物を見つける予定だ。といってもまだ四歳児、移動距離なんかたかが知れている。だから城のすぐ近くの丘を探索しようと決めていた。
ここから少し離れたところにある森に比べて、レベルが低く役に立つ能力も少ない動物ばかりらしい。でも初めての召喚獣だから、ちょうどいいかもしれない。
歩き出そうとして、そっと城を振り返る。騒ぎにはなっていないみたいだ。
実は、裏の丘だしすぐ戻ってこられる距離だと思い、城の皆には内緒で一人で来ている。
申し訳ないとは思うが仕方ない。一応王子の俺が城の外に出るとなると、護衛十人、メイド数人付けるって母さんが言うんだもん。いくらなんでも多すぎだって。
四歳児の王子を城外に一人で出せない気持ちはわかる。俺だって立場が逆なら、心配で護衛どころか自分もついて行っちゃうかもしれない。だが、メイドだの護衛だのがゾロゾロついてきたら大変困るのだ。
もし召喚獣にしたい動物と出会えても、大勢いたら警戒されて契約できない可能性もあるし……。
いや、正直に言おう。問題はそこじゃない。周りに人がいると、契約時に心配なことがあるのだ。
会話で契約できりゃ万々歳。だけどあの本に書いてあったように、歌ったり踊ったりしなきゃならない場合もある。
歌には自信ないし、踊りだって、フォークダンスと盆踊りくらいしかできない。そのどちらも、曲とある程度の人数がいて初めて成り立つものだ。
そこまで考えて、中学の体育祭実行委員長だった時のことを思い出す。お手本のため全校生徒の前で一人でやらされた盆踊り。
思い出して思わずグワァァと頭を抱える。
あれは恥ずかしかった! 何で人一倍がんばっている委員長が公開処刑されなきゃならないんだ。皆、小学校でも教わっているんだから、中学になって改めて教える必要なんてないはずなのに。多感な思春期に何してくれてんだ、体育教師。
ひとしきり頭を抱えたままジタバタして、ピタリと止め、もう一度ため息をつく。
なぜ、転生してまで過去のトラウマに悩まされなきゃならないんだろう。……忘れたい。
「ばれる前に戻ればいいよな」
気合いを入れ直し、城壁に向かって歩き出す。
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