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――大好きな人が、どんな時も傍にいると約束してくれた時、侑依はこれ以上ないほどの幸せを感じた。
その日は、忙しい彼との久しぶりのデートだった。
他愛もない話をしながらレストランで食事をしていると、不意に真面目な顔になった彼が言った。
『楽しい時間を過ごす人は、これから先も出てくるだろう。でも、辛い時、苦しい時に傍にいて欲しい人は、君しかいない。ずっと傍にいて、毎日顔が見たい。だから、僕と結婚してくれないか』
じっとこちらを窺い返事を待っている彼に、侑依は思わず問い返してしまう。
『じゃあ、私が同じように辛くて、苦しい時も、必ず傍にいてくれる?』
『どんな時も、ずっと傍にいる。約束する』
そう言って侑依の手を強く握り、微笑む彼。その手の温もりを、もの凄く優しく感じた。
彼の言葉が本当に嬉しくて、胸がいっぱいになる。自然と涙が溢れてきた。
まさか平凡な自分が、彼みたいに素敵な人からこんなことを言ってもらえる日が来るなんて、思いもしなかった。
それなのに、すぐに返事をしないどころか、咄嗟に問い返してしまった自分のなんと可愛くないことか。でも彼は、そんな侑依にずっと傍にいると約束してくれた。
大好きな彼にそこまで言ってもらって、結婚を断るなどあり得なかった。
『私も約束する。私の方こそ、結婚してください』
抱きついて、ひとつに溶け合うみたいなキスをする。
彼の温かい身体に包まれて、侑依はこれ以上ないくらいの幸福を味わった。
* * *
とても懐かしい夢を見た。あれは一年ほど前、侑依が二十六歳、彼が三十一歳の時のことだ。
プロポーズをされた時に戻ったような幸せな気分で目を覚ます。ひとつ息を吐き出して目を開けた侑依は、見慣れない白い天井に首を傾げた。
天井はどこも大体白いよな、と寝起きの頭でぼんやり考える。
そこで、やけに身体が温かいことに気が付いた。不思議に思って隣を見ると、なぜ温かいのかよくわかった。
自分の腰に巻き付いている男の腕――
たちまち昨夜の失敗を思い出し、侑依は片手で顔を覆った。
いったい何をやっているんだ。
その時、ベッドサイドでアラームが鳴りだす。すぐに布団の中から長い腕が伸びてきて、目覚ましのアラームを止めた。
腕の持ち主は、はぁ、と大きく息を吐き、数回瞬きをして目を開ける。
何度見ても、彼の目は綺麗な形をしていると思う。
キリッとした二重目蓋の大きな目は、一度見たら忘れられないほど印象的だ。それに、すっと通った鼻筋と、薄すぎないちょうどよい厚さの唇。
彼のように、どこから見ても整った顔立ちをした男は、芸能人以外で見たことがない。
「おはよう侑依」
「…………」
返事をせずにいると、彼は侑依の頬を引っ張った。
「おはようって言ったんだけど、聞こえなかった?」
すぐに頬を引っ張るのをやめた彼を、じっと見つめる。というか、睨んだ。
「おはよう、冬季さん。……また、セックスに持ち込んだ……」
冬季は侑依の視線に怯むことなく、淡々と答える。
「人聞きの悪い。君だって気持ちよさそうにしていた」
そう言いながら、彼は侑依の腰に絡めていた腕を外して起き上がった。ベッドから下りた彼が身に着けているのは、下着一枚だけ。当然、引き締まった背中やヒップライン、そして長い足が露わになっている。
何度も見ているのに毎回ドキドキしてしまう。そんな自分に呆れつつ、侑依も起き上がった。
「シャワーを浴びた方がいい。昨日した後すぐに眠ったから。足の間とかは軽く拭いておいたけど」
「……起こしてよ。そうしたら昨日のうちに帰れたのに」
唇をキュッと引き締めて言う侑依に、彼は小さくため息をついた。
「疲れてるんだろ? 軽めのセックスで落ちるんだから。寝かせてやりたいという僕の気持ちを無下にするな」
「それでも、起こして欲しかった」
「ホットタオルで拭いても、目を覚まさなかったのに?」
その台詞に、グッと言葉に詰まってしまう。
彼の言う通り、敏感な部分を拭かれても起きなかったのは、それだけ侑依が深く眠っていたからだ。
確かに最近ちょっと忙しかったけど、まさかたった一回のセックスで寝落ちするとは思わない。
「いろいろ気遣ってくれたことには感謝するけど、私は帰って然るべきだったと思う」
それでも反論を試みる侑依に、彼は無表情で答えた。
「終電もない時間にどうやって? タクシー代だってバカにならないだろう? ここからだと深夜料金込みで、五千円以上かかるんじゃないか?」
再度グッと言葉に詰まってしまい、思わず下唇を噛んだ。
侑依も働いているから、それなりに収入はあるけれど、あくまでそれなりだ。正直、家賃だけでも結構大変だったりする。冬季は侑依の財布事情を知っているし、侑依も彼と自分の収入に雲泥の差があることをよく知っていた。
それでも、譲れない理由が侑依にはある。
「……だって私たち、もう離婚してるんだよ。こういうことが続くのは、やっぱり良くないと思う。近所の人の目もあるし……」
「僕は気にしない」
そう言って、彼は寝室のクローゼットを開きアンダーシャツを身に着ける。スラックス、シャツと身に着けていくのを眺めながら、侑依はため息をついた。
離婚後、もう何度こうして彼の家に泊まっているだろう。
忘れ物に気付いては彼と会い、そのまま熱い夜を過ごすこともある。
これではいけないと彼からの連絡を無視した挙句、職場の近くまで迎えに来られて、彼の家に連れて行かれたこともあった。
信用第一の仕事をしていながら、そんなことでいいのかと心配になってしまう。
元夫である彼――西塔冬季は、比嘉法律事務所という個人事務所に所属している弁護士だ。三十二歳という若さで、すでにデキる弁護士として名が通っているらしい。
四ヶ月ほど前に彼と離婚した侑依は、現在この家を出て一人暮らしをしている。
引っ越す時、家賃の高い駅近物件を避けるのと同時に、できるだけ彼の住んでいるマンションから離れた場所を選んだのだが、まさかそれがタクシー代という形で裏目に出るとは思わなかった。
ネクタイを首にかけた冬季が、クローゼットから布製のバッグを取り出し、ベッドの上の侑依に渡してきた。その布製バッグは、とある飲食店のオリジナルブランド。金色のロゴが気に入っていて、侑依がサブバッグとしてよく使っているものだ。実は色違いでもう一つ持っている。
「これ、この前君が置いていった下着と服。ここから出社するなら着替えた方がいいだろう」
侑依は少しだけ唇を尖らせた。
彼は侑依の言葉にきちんと返事をしてくれる。けれど、その言葉はつっけんどんだったり、ストレートすぎて傷付くことも多い。これは、結婚して気付いたことだ。
もっと違う言い方があるだろう、と思うこともしばしば。
けれど彼が、まっすぐな性格で、優しく面倒見のいい人情の厚い人だということも、侑依はよく知っていた。
「……ありがとう」
バッグを受け取り、ベッドサイドに立つ彼を見上げる。
「どういたしまして。そのバッグに、今日の服と昨日洗濯した下着を入れていけば、この家に君の忘れ物はもうない」
その言葉になぜかちくりと胸が痛む。侑依はそれに気付かないふりをして、彼に言った。
「じゃあ、私がここに来る理由はないね?」
「理由?」
「そうでしょ……だって私たち、離婚したんだから。いい加減、こういうのはやめようよ」
「こういうのって?」
彼は軽く首を傾げて侑依に問いかけてきた。
私に、それを言わせるの? と思わず眉を寄せる。
しかし、黙って答えを待っている冬季に観念して、侑依は目線だけ逸らして口を開いた。
「セックス……する理由がないよ」
「離婚したらセックスしないという誓約はしていないし、会わないという約束もしていない。それに僕は、君が離婚して欲しいと言った時、嫌だと断ったはずだ。けれど、君が何度も泣いて懇願するから、仕方なく応じたんだよ」
彼は侑依に言い聞かせるように、じっと見つめてくる。
「今更、離婚について異議申し立てをするつもりはない。でも君は、理由なんかなくても、離婚に応じてあげた僕に会うくらいしてもいいんじゃないか?」
「……さすが弁護士さん。よく口が回る」
じくじくと痛みだす胸に、侑依はキュッと唇を噛む。
離婚して欲しいと言ったのは侑依の方だ。しかも、何度もどうして、と聞いてくる彼に、決して離婚の理由を答えなかった。
ただ「好きだけど離婚して欲しい、ごめんなさい」と、何回も繰り返した。
彼は普段からあまり表情を変えない人だったけれど、あの頃は酷く憔悴していたと思う。
最後には、泣いている侑依を見ながらペンを取り、離婚届にサインをしてくれた。
それを思うと、確かに侑依は弱い立場だ。
離婚はしないと言い続けていた彼に、無理やりこちらのわがままを通したのだから。
改めて自分が彼にしてしまったことを痛感し、侑依はきつく目を閉じる。
すると、はぁーっと、大きなため息をついた冬季が、ベッドの上に乗り上げてきた。
咄嗟に反応の遅れた侑依は、彼に肩を掴まれもう一方の手で顎を捕らえられる。
「なに? ……っん!」
彼に唇を奪われ、強く抱きしめられた。最初は触れるだけだった口づけは、すぐに深さを増し、侑依の口腔内を冬季の舌が攻めてくる。
絡み合った舌に応えたいけれど、ぐっと我慢した。この人との相性はとてもイイ。だからいつも、翻弄されて、気持ちよくされるばかり。
彼の背に回しそうになった手を下ろし、きつくシーツを掴んだ。
昨夜の熱が残っているのか、キスだけで身体が蕩けてくるのがわかる。
キスの合間に唇の隙間から息を吸うけれど、すぐに塞がれてあっという間に呼吸が苦しくなった。
どくどくと心臓の音がうるさい。
苦しげに眉を寄せ、胸を喘がせる侑依に気付いたのか、冬季はゆっくりと唇を離し絡み合った舌を解いた。
「ん……っ」
侑依が小さく声を漏らすと、彼の手が頬を撫でる。
「好きなんだ侑依。君だって、まだ僕のことが好きだろう?」
そうして優しく髪の毛を梳き、間近から見つめてくる。
侑依は何も答えなかった。いや、答えることができなかった。どんなに彼の言う通りでも、それを言葉にすることはできない。
侑依は大きく胸を膨らませて乱れた息を整えた。
「私たちは、もう離婚してるんだよ。……だから、他に誰かいい人がいたら、その人と付き合って、結婚して欲しいの」
最後はちょっとだけ声が震えてしまった。
おずおずと彼を見上げると、フッと笑われて少しだけ頬を引っ張られる。
「泣きそうな顔と声で言われてもまるで説得力がないな。君は意地っ張りだから困る」
ベッドから下りた彼は、軽く服を整える。布団を引き寄せる侑依に向かって、彼は口を開いた。
「君を愛してるから結婚したし、離婚にも応じた。君がまだ僕と同じ気持ちだとわかっているから、セックスを仕掛けるし、誘う」
それに、と言いながら、冬季は首にかかったネクタイを結び始める。彼の動作は全てが洗練されており、その整った容姿もプラスされて、つい見入ってしまう。
初めて会った時も、彼にポーッと見惚れてしまったのを思い出す。なんて素敵でカッコイイ男子なんだ、と侑依は胸をときめかせていた。
「もう一度言うけど、君は気持ちよさそうだったし、セックスを嫌がらなかった。つまり同意の上のセックスだったということ。この前も、その前も、ずっと同じだった」
「でも……」
彼は侑依の言葉を遮るように、言葉を続けた。
「君こそ誰かいい人がいたら付き合えばいい。なのに、そうせずに僕との関係を続けている。それは、気心の知れたセフレと気持ちのいいセックスをするため? それとも、仕事のフラストレーションを発散するため? もしくは、単に性欲を満たすため?」
「そ、そんなこと! 違うよ」
あまりの言いように眉を寄せると、彼は涼やかな笑みを浮かべた。
「そうだね。君は決して口にしないだろうけど、僕が好きだから抱かれている。僕だってこんな関係をズルズルと続けるのは嫌いだ。でも、意地っ張りな君と過ごすには、こうするしかない。僕は君に執着しすぎているか? 迷惑?」
ネクタイを結び終えた彼は、軽く髪を手櫛で整える。それだけで整う髪質を、侑依はうらやましく思っていたし、それを彼に伝えていた。
『もう、朝の習慣だな』
朝起きたら一番に冬季の髪に触れる侑依に、いつもそう言って彼が笑っていたのを思い出す。
離婚後、侑依は冬季にそれをしなくなった。彼は侑依が髪に触れる前に、大抵ベッドを下りてしまっているから。
離婚したのだから当たり前だろう、と言われている気がした。
「パンとご飯、どっちがいい?」
「え?」
ぼんやりしていて、反応が遅れる。
「朝食、食べるだろう?」
彼はさっきの質問などなかったみたいに、朝食について聞いてきた。
侑依の答えを聞きたくないからなのか、彼らしい切り替えの早さなのかわからないけれど。
「……ご飯」
ボソッと答えると、いつの間にかきちんと身支度を整えた冬季が頷く。
「わかった。シャワーしている間に準備しておく」
背を向けて寝室を出て行く彼を見送って、侑依はベッドの上で深いため息をついた。
「冬季さん……まだ好きに決まってるよ……でも、そんなこと言えないでしょ」
自分のせいでダメにした関係。
大好きだからこそ、侑依には耐えられないことがあった。
でも今は、なんであんなに悩んで苦しんでいたんだろうと思うことばかり。
「後悔先に立たず……って私のためにあるような言葉だな……」
彼の言う通り、侑依は変に意地っ張りなところがあって、今もその意地を張っている最中だ。
自分の言葉に責任を持たなければならない。
やってしまったことにも責任を持たなければならない。
毎日そう、言い聞かせている。
侑依は、冬季の人生を掻き回してしまった。
「迷惑なんてこと、ないよ」
執着しすぎている……なんて、とんでもない。
侑依だって、心の中では大好きな彼に抱かれて喜んでいる。口では誰かいい人がいたら、なんて言いながら、そんな人、一生出てこないで欲しいと思っているのだ。
「何してんだろう、私。……本当にバカだ」
はぁ、と肩を落として頭を抱える。
けれど、ベッドサイドの時計を見ると、急がなければならない時間だった。
侑依は足元に置いてあるガウンを手に取りながら、これを用意してくれた冬季の優しさを思う。
なんで私は、大切な人の手を離してしまったんだろう――
離婚してから何度も繰り返してきた問いを胸に、侑依はベッドを下りた。
* * *
テレビを見ながら他愛のない会話をし、一緒に朝食を取った。
結婚当初、食事中ほとんど話さない冬季に戸惑ったものだけれど、慣れれば凄く楽だった。
彼の前では無理に話をする必要がなく、ただゆっくりとした空気が流れる。
そうした時間を、心地よく感じていた。
食事の後片付けをして一緒に家を出る。結局侑依は、冬季に会社の前まで送ってもらった。
シートベルトを外しながら、本当に何をやっているんだろうと思う。これでは夫婦だった時と何も変わらないじゃないか。
「ありがとう。冬季さんも忙しいのに、会社まで送ってくれて」
ドアに手をかけつつ、運転席の冬季に礼を言う。
「出勤の時は、意地を張らずに素直に送らせてくれるから助かる。次に君を送るのはいつかな?」
冬季は微笑んで侑依を見た。侑依が口を尖らせると、さらにその笑みが深まる。
「もう忘れ物ないし。次はないよ、きっと」
「きっと、か?」
「そう、きっと」
キリッとした顔で言うと、冬季は腕を伸ばして侑依の頭を撫でた。
「また連絡する」
そう言って、冬季は侑依の顔を引き寄せ素早くキスをする。
ここは侑依の会社の前だ。目を丸くする侑依に、彼は薄く笑みを浮かべて、視線を背後にずらした。
「坂峰が見てる。早く行った方がいいな」
ハッとして車の窓に目を向ける。そこに、侑依の働く町工場、坂峰製作所の社長の息子――坂峰優大がいた。侑依は慌てて助手席のドアを開けて車を降りる。
「じゃあ、冬季さん」
ドアを閉めた後、すぐに冬季は車を発進させた。
それを目で見送った侑依は、立ち止まっている優大に駆け寄る。腕組みをしていた彼は、大きなため息をついた。
「お前さ、元旦那とまたよろしくやってしまったわけ?」
片眉を上げて、あからさまに呆れた顔をされる。彼の言葉に、侑依は気まずくなって顔を逸らした。
ダメだとわかっているのに、冬季を前にすると断れない。今朝、後悔したばかりなのに、優大に言われてさらに後悔の念が募った。侑依は額に手を当て、目を瞑る。
出勤する社員が挨拶しながら、立ち話をする侑依と優大の横を通り過ぎていく。始業までにはまだ時間があるから大丈夫なのだが。
「責めてるわけじゃない。お互いフリーなら、アリだと思うぜ俺は。ただな……だったらお前、なんで西塔と離婚したわけ? それが俺にはさっぱりわからん」
優大が、肩を竦めて首を左右に振る。
「離婚しても、結局離婚前と変わらないなら、いっそ復縁してもいいんじゃないか?」
「……復縁、はない」
目を開けた侑依は、優大を見て言った。
「意地を張ってもいいことないぞ」
そんなことはわかっている。けれど、何も言わずに離婚してくれた優しい彼を、これ以上振り回したくない。
「これ以上は、冬季さんに迷惑だから」
「好きすぎて別れて? でも、元旦那はお前のことがまだ好きで? 今も関係続けてて? すでに迷惑かけっぱなしだと思うけどな」
確かにそうだ、と再びギュッと目を瞑る。自分の言葉が矛盾していることに、なんとも言えない気持ちになった。
「西塔は、お前が離婚を突き付けた理由、知らないんだろ?」
侑依は力なく頷いた。
「冬季さんの周りには、いつだって、凄くキレイで洗練された女性がたくさんいる。あの人は、常にそういう素敵女子たちからアプローチされてるのよ……。彼と結婚してるのに、そんなことにも耐えられなかったなんてバカみたいな理由…………言えるわけがないじゃない……」
我ながら、本当にバカな理由だと思う。それでも、あの頃の侑依にとっては、どうしようもないくらいに切実な問題だったのだ。
はぁ、とため息をつく優大は、また首を振って侑依に言った。
「本当バッカだよな、お前。そんなことを気に病んで、悩みすぎて別れるなんて……。あいつ、今でも本気でお前のこと好きなのにな」
冬季が今も侑依を思ってくれているのを知っている。侑依だって、気持ちは同じ。
でもあの時、つくづく思い知らされてしまったのだ。
『西塔さんはどうして、あなたみたいな人を奥さんにしたのかしら』
ある企業が主催するパーティーに彼と出席した時に言われた言葉――
冬季が法務を担当している大企業が主催で、招待客も富裕層が多かったのを覚えている。
それ以前にも、何度か女性にそう言われたことはあったけれど、その日はなぜか、酷く胸に刺さったのだ。
ちょうど、いろいろな不安が高まっていた時期だったのも関係しているかもしれない。
彼の仕事や、彼を取り巻く世界に触れるたびに、じわじわと不安が膨れ上がっていく。
ごく平凡な家庭に育った侑依には、場違いな気がしてしょうがない世界だった。けれど、冬季は堂々とその場に馴染んでいるし、洗練された可愛らしいお嬢様や、綺麗な女社長たちと絶えず話をしていた。
そして、そうした女性たちは、いつだって侑依と冬季を見比べ眉をひそめるのだ。
もちろん、それまでも冬季のモテ具合は見てきたけれど、なんだか急に自分の感情をコントロールできなくなってしまった。
侑依は本当に彼の隣にいていいのか、わからなくなってしまったのだ。
引き金になったのは女性からの言葉だったけれど、全ては侑依の弱さが招いた結果である。
「お前が復縁はないって、本気で思ってるなら、今こんなことになってないだろ。……あまり意地を張ると、不幸になるだけだぞ」
厳しいながらも、どこか侑依を気遣っている声音。
優大は最近結婚した。奥さんは、少しふくよかな可愛い子。笑った顔がとても素敵で、見ていると凄く癒やされる。時々差し入れを持ってきてくれるのだが、手作りのお菓子や料理が本当に美味しいのだ。
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