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1巻
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しおりを挟む第一章
「――おぉっ!」
「現れた……! 現れなさったぞ……」
「なんという美しさ……聖女様とは女神のことか……!」
あー、うぜぇ。せっかく昼寝をしていたのにざわざわと煩くて寝られやしない。
俺は騒ぎが起きている神殿の中を覗き見た。
聖女召喚とはいかがなものなのか。魔法陣の上に現れたのは二人のようだ。
確かに片割れは小柄で愛らしいと言われるであろう姿かたちをしている。
……と、思う。世間一般的に。
ふるふるとその小さな身体を揺らし、涙でいっぱいの大きな瞳を上目遣いにして辺りを見渡すその姿に、三人の男が我先にと駆け寄った。
「突然で申し訳ないことをした非礼を詫びる。私たちは聖女を召喚していた。そこに現れたのが貴女だ。……聖女様、どうか私たちを助けてはいただけないだろうか? そしてどうか美しい貴女の名を教えてはいただけないか?」
「……マイカです」
「名まで美しいとは……」
ほぅ、とうっとりと息を吐くこの国の馬鹿王子。しかも第一。王にもマトモな第二王子にも止められていたのに、勝手に聖女召喚なんてしやがった馬鹿な奴。
……不敬罪? んなもん知らん。胸の中では何を言っても自由だし、俺なら声に出したとしても裁けないだろう。万が一罪に問われたところで、全員ぶっ殺せば良いだけだ。
加えて代替わりしたばかりの近衛騎士団長と神官長、王子の学友であった二人が、でれでれとその女に礼を取る。
それをよそに、俺は自分の欲しいものを得ることにした。さっきまで神殿の裏で昼寝していたなんて誰からも思われないような優雅な足取りでそっと中へ入る。
「これはこれは。貴方がたが神殿に集まるとは何事です?」
「エルフ様……! 聖女召喚に成功しました! これで貴方様がおらずとも、この国は安泰です」
「はい。そのようですね。この度はおめでとうございます。して、私には召喚者が二人に見えますが、どちらも聖女なのでしょうか?」
もう一人。甘ったるい声と吐き気がするほどの作りものの香りがしないほう。
瞳を隠すくらい長い漆黒の前髪。ガタガタと震える身体を自分で抱き締めるその腕は細くて頼りない。彼に庇護欲をそそられるのは俺だけか?
「あっ、あの……!」
「はい、なんでしょう?」
「この子はうちの召使いで……私の下に魔法陣が出て……それで、わたし……すごく怖くて……」
男たちに囲まれた小柄な女がしゃしゃり出てきた。チッと舌打ちしそうになるのを張り付けた笑みで隠す。
人の問いかけに勝手に答えて怖かったとか、糞ほどどうでも良い。発言するなら質問に答えろ。
無言で微笑み続けていると、彼女は頬を赤く染めて上目遣いをする。……気持ちわりぃ。
「あの、だから、この子は関係なくて私が聖女で間違いないと思います……! 私、この国の人たちのために頑張ります!」
女の言葉に嬉しそうに応える馬鹿三人。もう一人の召喚者に名乗ることも詫びることもない。揃いも揃って阿呆すぎる。
「マイカ、じゃあこの汚いのはいらないよね? どうする? 市民権くらいは与えてやろうか?」
「そんな……私に巻き込まれて来てしまったのだし、優しくしてあげてください」
「あぁ、マイカは本当に優しい子なんだね? やはり聖女とは女神のことだったのか。……おい、そこの汚いの、暫く王宮にいさせてやるから早々に自立する術を身につけろ。役立たずを養う暇も金もない」
びくりと肩を震わせるその子を早く温めてあげたくて、俺の気は急く。逸る心を抑えて、ゆったりと優美に声を上げた。
「それでは、その者は私が世話をしましょう」
「え!? エルフさんは忙しいでしょう? この子を任せるのは申し訳ないです……それに、私もいきなりこんなことがあって不安で……エルフさんには一緒にいてほしいです」
自分の不安を解消するためならばこの子は独りぼっちで良いと。いきなり召喚されて不安なのはこの子も一緒だし、そもそもこの女は不安がってなどいない。
「何を仰いますか。聖女様にはこれ以上ないほどの騎士が三人もついていらっしゃいます。ね? 王子方?」
面倒すぎて馬鹿王子に振ると、彼は嬉しそうに笑う。
「あぁ! 私たちがいるからマイカは何も心配しなくて良い。エルフ様は助手を欲しがっていたからな! そいつで人体実験でもすれば良い」
男三人では不満なのか、チラチラとこちらへ視線を投げつけてくる女に背を向け、俺は異空間から契約書を取り出した。
「では王子、こちらの書類にサインを。この者の全ての権限は私にあり、たとえ王族や聖女でもそれは破れません」
「えっ、待ってっ!」と小さな声で止める聖女に、王子は躊躇う様子を見せる。俺は心の中で舌打ちした。
「王子がサインしてくだされば、私も聖女には近づかず、彼女に関することは全て王子に許可を取ると誓いをたてます」
これには王子も頷き、すぐにペンを取る。ライバルは少しでも少ないほうが良いのだろう。
だが、そもそもこんな女はいらねぇ。頼まれても近づきたくはないが、良い取引ができた。
俺はほくそ笑みながら、うるうると見詰めてくる聖女の横で震える可愛い子を抱き上げる。
「すみませんっ! この子、掃除用のバケツの水を誤って被っていて、とても汚いの。エルフさんも汚れてしまいます。自分で歩こうともしないなんて……本当にこんな子でごめんなさいっ」
「マイカが謝ることなど何もない。おいお前、召使いの分際でエルフ様の御手を煩わせるなど何を考えている。自分の足で立て」
腕の中に収まっている子の腕を取ろうと手を伸ばす王子に、思わず攻撃魔法を発動しそうになる。
……あぁ、下りようと藻掻くな。ずっと腕の中にいてほしい。
「どうやったら誤って掃除用の汚水を頭から被るのでしょうか? かけられた、ならわかりますが」
「え?」
「お気遣いありがとうございます。私は大丈夫ですよ」
女はお優しいですねと言われるとでも思っていたのか。バケツを倒したなら足元が濡れるだけだ。頭から水を被るなんて、かけられた以外にあるものか。
抱き上げた時にクリーンの魔法をかけてある。俺は自分が汚れても触れていたいが、この子は気にしてしまうだろう。
可愛いこの子を聖女と認めてなんかやるものか。魔力量だけでみれば、俺と同等。
くつくつと洩れ出る笑みを隠しもせず、震えながら固まるこの子を、自分でも驚くほど優しく、真綿に触れるように抱き締めた。
今日、神殿にいて良かった。
ここの裏庭の林檎の木の木陰は気持ちが良くて昼寝に最適なのだ。
気配を消していたとはいえ、俺に気付かず聖女を召喚とは……第一王子の浅はかさに王たちが気の毒すぎるが、どうでも良い。
神殿の重い石の扉が閉まると同時に、俺は自分の屋敷へ転移する。
腕の中にはカチカチに固まって、冷たい身体。
とりあえず風呂か。
温かい湯を張った浴槽に服を着せたまま、一瞬でも離したくなくて、彼を抱いた状態で腰を下ろした。
俯いて自分を掻き抱く姿は、変わらず痛々しい。問いかけに返答もない。
絶望と恐怖。
この子から感じるのはそれだけ。
湯気で湿った長い前髪を後ろへ撫で付けようと後頭部にキスして、その小さな額に掌をつけた。その瞬間、反応がある。
「……あ、ごめ……なさい」
パシャリと湯を切って、手を払い除けられたのだ。
まぁ、当たり前だろう。それなのに、謝るのはこの子の性格か。
「いや、急に驚かせたな。悪い。俺はステラリオ・パンドルフィーニ。見ての通りエルフだ。お前、エルフはわかるか?」
「……はい。あの――」
「うん? どうした?」
頭を撫でるくらいなら怖がらせないだろうか。
怖がらせたくはないから、髪に触れるだけに留める。
「さっきと、話し方とか……」
「ん? あぁ、こっちが素。あっちはいかにもエルフ様っぽくしてんの。敵もできにくいし、めんどくせぇし。……怖いか?」
素はこっちだが、怖がらせるくらいなら優しくて穏やかなエルフ様にだってなろう。
身動ぎ、後ろを振り向くその髪に隠れた瞳は漆黒。あの女の上目遣いには虫酸が走ったが、この子の上目遣いは、滾る。
「えと、今の話し方のほうが良い……です」
「お前も素で良い。敬語はいらねぇ」
「はい……あ、うん」
素直に言い直すのが可愛くて堪らない。
「名前を聞いても良いか?」
「……静。あなたのことは、なんて呼んだらいいですか?」
「リオって呼んでほしい」
「名前で呼んでもいいの?」
「こっちが望んでいるんだ、当たり前だろう?」
「そか。……りお」
「ん?」
「あの、ごめんなさい……呼んでみただけ」
「シズカが可愛すぎる」
本当に。ここが風呂で密着していることを理解しているのか。
「可愛いわけないじゃない。ぼくは、醜い」
「どのあたりが醜いと思うんだ?」
「全部。痩せた身体も、ガサガサの皮膚も、汚いし醜い」
「本当に、そう思ってるのか?」
「……え?」
「どうすることもできなかったんだろう? 痩せているのはきちんと食べていないせいじゃないか?」
「……でも、生まれた時から、醜い……」
「そう言われてた? あの糞女に」
「……なんで」
「いや、わかるだろう。言っておくが、あそこにいたのは揃いも揃ってあの女にお似合いの馬鹿ばかりだ」
そう言ってニヤリと笑うと、少しだけシズカの身体から力が抜ける。
「どうする?」
「? 何が?」
きょとんとした顔も可愛くて困る。
「復讐するか? 痛めつけるか? ぶっ殺しとくか?」
ぶんぶんと勢い良く横に振られるシズカの首。
「じゃあ、シズカは何を望む?」
「……何も。何も望まないよ」
シズカが何も望まないのなら、俺もシズカの前では何もせずにいよう。
フツフツと湧く糞共への怒りは、一旦忘れることにした。シズカが腕の中にいるのにあの女のことを考えるなど、時間が勿体ない。
あぁ、時間が勿体ないだなんて思ったのはいつぶりだろうか。逸る気持ちを抑えて、そっと細い首に口づける。逃げずにぴくりと小さく跳ねる身体が愛おしくて、桃色の頬にも唇を寄せた。
わざとリップ音を響かせて離れると、シズカは桃色から林檎色に染まった頬に手を当てて、こちらを見詰める目を見開く。
「可愛い。……怒ったか?」
「僕、おとこだよ……」
「そんなん知ってる。そんなの関係なく好きだ」
好きだ――初めて感じたこの感情を抑えるのは難しい。
ぷるぷると震えて下を向くのは照れているのか、それとも嫌がっている?
「シズカ、よく顔を見せて」
「……いや」
「なんで?」
「……醜い」
「どんなシズカも好きだ」
うー、と顔を隠してしまうシズカの耳は苺色。
「ほっぺにちゅーは嫌?」
「ほっぺって……格好良いリオには、なんだか似合わないよ」
くすりと控えめに笑うシズカを胸に収めて天を仰ぐ。尊いとはこのことか。
今度は払い除けられることなく、俺の腕にそっと手を添えるシズカに堪らなくなった。
「んっ……」
嫌がられないのを良いことに唇を掠めとるような口づけをする。驚いて唇を両手で隠すシズカが愛おしい。
「悪い。シズカが可愛くて、つい。止まれないわ。ごめんな?」
「あ……えぇ……あの……」
どもるのも可愛い。戸惑っているのが可愛い。
「もう一回、しても良い?」
「えあ、そんな……僕なんかにするのは、勿体ないです」
いやいや、そんなこと言われたら良いと言われたってことにして、しまくるけど。
「嫌なら言って?」
「……普通なら、初対面でこんなこと……嫌なはずなのに。……なんで?」
その理由に、俺はすでに気が付いているけど、俺たちエルフにしかわからないと思っていた。シズカも俺に何かを感じてくれているのだろうか。
「もう一回、しても良い?」
「……ん」
風呂から上がると、ふにゃりとシズカの身体から力が抜けた。……可愛い。その後パタリと気を失うように眠りにつく。
シズカは完全にキャパオーバーだろう。
魔法で彼の身体を乾かして、役得と思いながら着替えさせる。痩せた身体に痣や切り傷。まさかと思い、恐る恐る後肛も確認したが、使用の痕は見つけられずホッと息を吐いた。
心が、魂が、シズカを求めている。
長寿の種族故に数が少ない俺たちエルフは、死ぬまでに半身を探す。大体が同種であるので、里にいればすぐに見つかるのだが……俺には現れなかったのだ。
半身が異種族である可能性が高い場合は探し歩くものだが、俺は探そうともしなかった。元々、一人が好きなのもあるが、自分の命よりも必要な存在など信じられなかったのだ。
そんな俺を見かねて長老があれやこれやと言うものだから、この国の王が最近増えた魔獣たちの駆除を頼みに来た際に莫大な金と引き換えにここへ来た。……魔獣に対して駆除なんて軽々しく言えるのは俺たちエルフか魔族くらいのものだろうが。
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「おやすみ、可愛い半身」
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「おはよ」
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抱き寄せて、そろりと背中に腕を回す。シズカは俺の胸あたりの服を両手で控えめにきゅっと握った。その手の上に頬を乗せる。
あー、本当に可愛い。この子は俺を試しているのか……?
「……あったかい夢」
寝ぼけているのか、シズカはぽわぽわと話した。
「きっと、ね? あなたに抱き締めてもらっていたから」
やはり試しているのだろうか……
○ ○ ○
「……っエルフさん! 最近見かけなかったけど、どうかしたのですか!? もしかして……あの子のことで何か問題でも……?」
普段は避けている通路を選んだのが悪かった。
近頃、やっと俺に慣れてきて、「リオ」と可愛く名を呼んでくれるようになったのに浮かれ、ついシズカの喜ぶ顔が見たくて、行商人が来ているという通りにノコノコと来てしまったのだ。シズカへの贈り物を買えたのは良かったが――
舌打ちをなんとか堪えて、微笑みだけを返す。
こいつ馬鹿なんか。勝手に話さないって契約までしたのを見てないのか。
チラリと奥に視線をやると、焦った様子の馬鹿王子。だよなぁ。麗しのエルフ様なんかと話されたくないよなぁ。
会釈してそのまますれ違おうとしたのにキュッと袖を引かれて、ぞわりと鳥肌が立つ。本気で燃やそうかと思った。
「エルフさん? なんで行っちゃうんですか?」
うるうると長身の俺に上目遣い。糞女が。後で浄化しよう。シズカを抱き締めたい。
「ロイド! ロイドがあんな契約をしてしまったから、エルフさんが私と話せません! 可哀想です!」
「……エルフ様、話す許可を出します」
いや、いらねぇ。
ってか、たかだか王子が何、偉そうにしてんだか。お前の許可なんていらん。そして可哀想とはなんだ、話しかけられることのが可哀想だろうが……! はぁ、面倒になるのはごめんだ。
「聖女様、こんにちは。私は急ぎますので、これで」
「え? あの、一緒にお茶でもどうですか? あの子のことでお話ししたいことがありますし」
シズカのことはこの糞女よりも俺のほうが、可愛いところも謙虚なところも知っていると自負している。が、シズカがどんな扱いを受けていたかは気になる。
シズカはいくら俺がこいつを糞女だと罵ってもごめんねと微笑むだけだから。シズカのそんな笑顔は見たくなくて、初日以外は糞女の話をすることはなかった。
続いて第一王子からも嫌そうに誘われる。……こんなのが後継だとか、この国も終わったな。そう心の中で毒づきながらしずしずと二人の後を追った。
辿り着いたのは庭園の東屋。
「あの……えっと……麗しのエルフさんがとても可愛い方への贈り物を買っていたとの噂で持ちきりですが……」
「えぇ。確かに購入させていただきました」
何故かもじもじと指を絡める女が気持ち悪い。
行商人からラッピングはどうするかと問われた時に、とても大切で愛おしくて可愛らしい方への贈り物なのでそのように包んでほしいと伝えたのだが……人間は噂好きで困る。他人のことなど気にしなければ良いものを。
「……それで、えっと……その相手が……私じゃないかって皆から言われて……えへへ。照れますね? でも、今までなんの噂もなかったエルフさんだから私しかいないって……ロイドたちもエルフさんと私の仲を疑うし……でも、これを機に仲良くしてくれたらなって」
「いえ、ご心配なく」
にっこりと笑顔を向ける。
「……え?」
「貴女への贈り物ではないですよ。だから心配しなくても大丈夫です」
「……え?」
「王子たちに変に誤解されてしまうのを心配してくださっているのですよね? ありがとうございます。こちらのことはお気になさらず、貴女は王子方と心穏やかにお過ごしください。少しずつ、魔法も習得していると聞きました」
「え、あ、はい! 民のためにも頑張っています。聖女の証である治癒魔法も沢山練習して使えるようになりました!」
「そうですか。それは素晴らしい」
治癒の練習方法って下級騎士で行うんだったか? 練習相手が沢山いて良かったな――陰で絶対治すから腕を切れってこの馬鹿王子に命令されている奴、顔、死んでたけど。
「はい! それで、エルフさんにも私の魔法をお見せしたくて」
「あぁ、それは申し訳ありません。今、急いでいるもので」
シズカの話と言いながら自分の話ばかり。茶も菓子も聖女も、甘ったるい匂いがキツくて吐きそうだ。音を立てず椅子を引き、立ち上がる。
「待ってください……! 私には、もちろんロイドたちも必要だけど、エルフさんの力も必要なんです……! 国民を守りたいのです」
しくしくと涙を流す糞女の肩を抱き締め、焦ったようにオロオロとする馬鹿王子。本当に、茶番は他でやってくれ。
「……それは、魔力を交換しろというお話ですか?」
「聖女の魔法を使う方法はご存知ですよね。恥ずかしいけど……私、エルフさんとなら良いです」
「マイカ……それは……! 私は他の二人のことも我慢しているんだ……!」
「でも、まだ聖女の力は足りません。私だって恥ずかしいけど……民のためならば、私の身体なんてどうだって良いのです!」
「……マイカ!」
あーあー、ぶち殺してぇ。糞女が魔法を使うために三人と魔力の交換……まぁ、セックスして中出しするだけなんだが、それを楽しんでしているだけでは飽き足らず、専属医だとか貴族の金持ちだとかに魔力がどうたらこうたら言ってヤりまくっているのは知っている。この俺に糞女の穴兄弟になれと? ビッチが。そんでなんで王子は感動してんの? 本当に馬鹿。冠つけたただの馬鹿。
「……申し訳ありませんが、了承しかねます」
「ひどい! エルフさんは民たちがどうなっても良いのですか?」
いや、俺の民じゃねーし。お前の民でもねーし。そもそも糞女に勃起しねぇ。
「これは誰も知らないエルフの特性なのですが……エルフは生涯一人としか交わらないのです」
嘘だけど。
「そんな……あ、でもエルフさんが私一人に決めるなら、私も……」
「そんな、マイカ!」
「申し訳ありません。もう、心に決めた半身がおりますので。その方と魔力の交換もしております。お力になれず心苦しいですが」
残念ながらまだ挿入はしていないが、絶対に挿入しなければならない決まりもない。キスや一緒にいるだけで魔力は交わる。この糞聖女が淫乱なだけだ。
「それは誰ですか? まさか……あの子ではないですよね? あの子はただのおまけの召使いですよ!?」
「エルフは半身を囲い込み、情報を洩らさないものです。なので、お答えできません」
嘘だけど。俺は里では、のびのびそこら辺で昼寝しているくらいだけど。
「……あの子は元気ですか? 普段は何をしていますか?」
「元気ですよ。しかし、あの子は何も言いませんが、聖女様もお可哀想に。召喚前はどのような暮らしを? 召使いだというあの子はガリガリで……充分な賃金の支払いや食事ができない状態だったのでは? 王子、聖女に無理をさせすぎず、睡眠や食事を充分にとらせてあげてくださいね」
「違います、失礼な! あの子は、えっと、あ! 盗みや私への暴言が酷くて……罰を受けているところだったのです! だから、エルフさんに申し訳なくて……やっぱり私が面倒をみます!」
「マイカ、そんな無礼者の面倒など……! すぐに打ち首にしよう」
その言葉に怒りを通り越して冷静になった自分がいる。
「王子、契約をお忘れで?」
微笑みを消して、真顔で見詰めた。
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