102 / 191
7巻
7-1
しおりを挟むBLゲーム『癒しの神子と宵闇の剣士』の世界におまけで召喚された俺――湊潤也は癒しの神子として、ここカルタス王国全土を穢す瘴気を祓う巡行の旅をしている。
苦難の果てにトーラント領の領都、レナッソーでの事件を解決し、街を後にする日がやってきた。馬車の窓から頭を出し、レナッソーが遠ざかっていくのを眺めていると、急に寂しさが込み上げてきた。あの街でも色々あったなぁ。
領主代行をしているピエトロが俺を手に入れるために狂信者と手を組み、浄化を阻止しようとしてきた。神殿の秘薬……正確には媚薬を使って民を混乱させ、その隙に俺を拉致したのだ。
そして、媚薬で惑わされたピエトロの長子ロドリゴ様と、狂信者のリーダーになっていたらしいウルス司教に襲われかけた。狂信者達に潜入していたロドリゴ様の異母兄、レミージョが止めてくれなかったら犯されていただろう。
それだけじゃない。レナッソー神殿のグスタフ司教は、マテリオを無理やり神官達と交歓させようとした。夜間は神殿に泊まっていたあいつは、必死で拒んでくれた。
それを知らない俺は激しい嫉妬を覚え、ようやくあいつに惚れていることを自覚できた。で、あいつらから掻っ攫い恋人宣言をしたのに……
「ジュンヤ様、マテリオと離れてお寂しいですよね」
揺れる馬車の中、向かいに座っているエルビスが気遣ってくれる。俺の本心を探ろうとしているのか、顔を寄せて瞳を覗き込んでくる。心配させないよう、精一杯の笑顔を作った。
「でも、二日遅れくらいで合流できる予定だし、我慢できるよ」
強がってみせると、エルビスは励ますように俺の手を握ってくれた。
そう、次の目的地へ向けて出発したメンバーにマテリオはいない。グスタフ司教が神官をスカウトしに行った先で病気になったという知らせが届き、一時的に神官をまとめる役をしなければならなくなったせいだ。憶測ではあるが、マテリオを引き留めるための仮病だろう。すぐに目的がバレる姑息な作戦だ。
せっかく両思いになれたのに……
神官達に「マテリオは俺のものだから手を出すな」と、啖呵を切ってレナッソーに置いてきた。正直寂しいが、言っていい我儘とダメな我儘がある。もしも俺が子供なら、素直に嫌だと言えたのかな。まぁ、大人じゃなきゃいやらしいことはできないけど。
問題山積みの神殿を無視して、マテリオを連れてくることなんてできなかった。神官のことより、民が不利益を被ることが一番の心配だったから。祈祷や治癒だけではなく、結婚式を執り行うことや胎珠の授与、妊娠の確認など、医療や儀式全般も高位の神官の仕事だ。事件に無関係だった神官は経験が少ない人や、あまり魔力が多くない人が多く、指揮を執れる人間がマテリオ以外にいなかった。
「マナを治癒に派遣したので、同行している神官がソレスだけになってしまいました。そちらも心配です」
「うん。彼の負担にならないといいけど」
そう、魔石を預かることになったソレスは、初めて最大級の魔石を手にして真っ青になっていた。だから、プレッシャーに押しつぶされないように護衛をつけている。ソレスと軽口を叩ける仲の人物だから、きっと精神的な支えになってくれるだろう。
「ところで、ジュンヤ様。恋人として質問をしても良いですか?」
「うん、いいよ」
「交歓とはなんでしょう。その件でマテリオが迷惑を被っていたみたいですね」
それ、今頃聞く~!?
エルビスは純粋な疑問だったらしく、全く悪びれた様子はない。嫉妬して聞いた訳じゃなさそうだ。
「交歓ってのは……要するにエッチのことだ。俺達はその、エッチするとお互いの力が増幅するだろう? でも、普通はそうならないって聞いた」
例えば、風属性と火属性が致しても威力が強くなることはないそうだ。
「はい。そうですね」
「でも、神官みたいな治癒者は違うんだ。相性が良いと力が増幅するだけじゃなくて、その……続けてできちゃったりするんだ。だから、エッチも修行の一環なんだって」
特に、俺の庇護者になり治癒能力が高くなったマテリオは、グスタフ司教に交歓をするよう迫られていたと説明する。
「なるほど。……ということはあの男、ジュンヤ様を裏切って神官達と褥を共にしていたのですか!?」
腰を浮かせ、拳を握りながら唸るように言い放つ。この場にあいつがいたら殴りそうな勢いだ。
「いや、裏切ってない! 上司の命令は断れないだろ? 最後まではしてないって言ってたし!」
擁護したものの、エルビスはまだ拳を握ったままだ。怒りが収まらないのか、空気中の水分が氷結しキラキラと光っている。
ダイアモンドダスト綺麗だな……って、現実逃避している場合じゃない! エルビス、怒るのは分かるけど俺が寒いよぉ~!
「儀式があるのを承知の上で神官になるって言ってたよ。でも、強制されるのはおかしいって思い始めたみたいだ」
行為を強要されると聞いたエルビスは驚いている。同時に氷粒も消えていった。
「……拒絶できないのですね」
衝撃的な儀式の存在を知り、エルビスは拳を緩め不快そうに顔を歪めた。同時に、マテリオに同情しているようにも感じた。
「そう。魔力を高め合うためだけど、完璧に相性が合う相手に出会える確率は低い。だから、少しでも相性の良い相手を探して、色んな人とするんだってさ」
「それは……」
口を空けっぱなしで驚くエルビスなんてレアだ。気持ちは分かるよ。
暫くフリーズしていたが、どさっと座席に座った。だが、今度は前屈みになって俺に顔を寄せてきた。
「なるほど。マテリオと完璧な相性だったのがジュンヤ様だった、と」
「うっ! まぁ、そうなる、かなぁ?」
なんだか恥ずかしい話ばかり続いているぞ!
「……無理に行為を行わせるという点では、貴族の結婚と同じですね」
エルビスはため息をつき、疲れたように背もたれに体を預けた。表情は憂いを帯び、俺を見ているはずなのに、どこか遠くを見ているように感じた。エルビスも結婚しろと親から言われているのだろうか。
グスタフ司教がマテリオに行為を強制しようとしていたこと、あいつが罰を受けてもいい覚悟で拒んでいたことも打ち明けた。俺達の知らない場所であいつは戦っていたのだと知ってほしかった。
「上手くいかない時や、初対面同士でも行為ができるようなお香や媚薬が存在するんだって。それって辛いよな」
「それが襲撃に使われた媚薬なのですね」
領主の長子であるロドリゴ様にも知らされていなかった秘薬で、耐性をつけることもできなかった。空気が重くなってしまい気まずい雰囲気だ。
「あのさ、エルビス。ティアやダリウスにもお礼を言おうと思っているんだけど、あいつのことを認めてくれてありがとう」
空気を変えようと別の話題をふる。
「嫌なのに我慢させたんじゃないかって心配だったんだ。でも、謝るんじゃなく、お礼を言いたくて」
ここでごめんと言うのは違うと思った。それに、あいつを迎えに行くと話した時、拒絶することもできたはずだ。……多分。
「嫉妬をするのは、相手が誰であっても同じです」
エルビスは首を横に振って答え、穏やかに微笑む。その仕草に強がっている雰囲気はない。
「私は、彼の煮え切らない態度に腹が立っていただけです。殿下も時間の問題だと思っていたようですし、ダリウスに至っては、かなり前から何かを感じていたと思います」
意外な言葉に驚いていると、エルビスは当時を思い出そうとしているのか、顎に手を当て考えていた。
「カルマド領を出発する前、マテリオが巡行に付いてくることになったでしょう? あの時、ダリウスが嫌そうな顔をしていたんですよね。ライバルになると思っていたのかも」
「へぇ、初耳だ。ダリウスは警護が仕事だから、顔色を読むのが上手いのかもしれないな」
「あの男に心の機微を読む能力があったなんて信じられませんけどね」
そう言いながらエルビスは何度も首を傾げている。相変わらずダリウスへのあたりがキツくて笑ってしまった。疑問を感じる対象がマテリオじゃなく、ダリウスだってところが面白い。
もう一人恋人が増えて嫉妬するだろうし、我慢させることも増えるかもしれない。それでもいつも通りに振る舞おうとしている姿が健気で愛おしくて、たまらずエルビスに体を寄せて座った。
「ジュンヤ様?」
「侍従タイムじゃないから隣で良いだろ? 回復のエッチはしたけど、エルビスとイチャイチャしてないし。我慢してる分、何かしてほしいことあるか?」
「お願いしても良いんですか?」
「もちろん。いつものお返しに、甘えてみるか?」
エルビスをハグすると、それはもう嬉しそうな笑顔で抱きしめ返した。
「本当に? エッチな願いでも聞いてくれるんですか?」
「い、良いよ……?」
何なに? 何を言われるのか、ちょっとドキドキしてきた。
「では、確かめさせてもらいます」
「……何をかな」
「お体を隅々まで見せてください」
俺を抱きしめる腕の力が強くなる。痛むような強さじゃなく、逃げられない微妙な力加減だ。
「それって……」
「どんな風に愛されたのか、確認したいんです」
耳元で囁かれる。嘘だろ? エルビスがこんなことを言うなんて。
「本気?」
「もちろんですよ。毎日私がお手入れしているお体に何をされたのか見せてください」
頷くと、エルビスは片手でカーテンを閉めた。向き直った顔は、独占欲を抑えられないのか瞳が爛々と輝いている。穏やかな口調なのに、絶対に抗えない圧を感じる。
耳を甘噛みして座席を下りると、俺の足元に膝立ちになった。太腿に触れ、上に向かってゆっくり体をなぞられる。それだけの動きなのに、指に込められたわずかな動きが性的な行為を思い起こさせ、思わず生唾を飲み込む。
「ああ、そんなに怖がらないでください」
いや、なんか怖いよ、エルビス!
この目は、王都でダリウスにエッチなことをされた後に点検された日と同じ気がする。上着を脱がされ、シャツのボタンが外される。素肌がエルビスに晒され、指が首筋に触れた。
「な、に?」
「かすかに口づけの痕がありますね。治癒で消えると聞いていましたが、数が多いと全部は消えないのでしょうか。――所有印を残せないと思っていたのに、妬けますね」
「痕? あっ!」
治癒があるからエッチの痕跡以外は治ってしまうはずなのに。ただ、あちこち舐めまわされたし吸い付かれたので、全部消えなかった可能性はある。エルビスは痕があるという場所にキスし、また点検を始める。
「ここにも、おや、こちらにも……」
鎖骨や胸にあるらしいキスマークの場所を一つずつ教えられる。
「乳首も随分と愛されたのですね。ぷっくりして、まだ色づいていますよ……?」
「うう、エルビス~。ごめんって」
「怒っているのではありませんよ。私が毎日大事にお手入れしているお体に傷がないか、確認しているだけです」
そうは言いつつも、俺に触れる指先はいつもより力が入っているし、いつもの優雅な動きも鳴りを潜めぎこちない。珍しく意地悪なのは、マテリオへの対抗意識のせいかもしれない。でも、エルビスは無茶をしないという信頼があるので、されるがままに体を預ける。
「下はご自分で脱いでくれますか?」
「自分で!?」
「ええ。――お嫌ですか?」
エルビスはがっくりと肩を落とし俯いてしまった。いつもぴんと伸ばしている背中も丸まっている。
嫌なんじゃなくて、明るい場所で脱ぐのが恥ずかしいだけなんだ。
でも……エルビスが望むならやってやらぁ!
腰を浮かし、思い切ってブリーチズを脱ぐ。こんな時は一気にやるのが一番だ。それを見たエルビスは、背筋をシャキッと伸ばして微笑んだ。
えーと、もしや俺は乗せられたのでしょうか。
「嬉しいです。では、寝台を出しましょう」
エルビスは座席をサッとベッドに変形させると、どうぞと言うように手で誘導したので、大人しく横たわる。
「膝を抱えて、蕾を見せてください」
「ううっ……」
恥ずかしいが、エルビスがこんなお願いをすることなんて滅多にない。そろそろと脚を開くと、座席に乗り上げ足の間に膝を入れてきた。丸見えになってしまった股間を手で隠すと、優しく払いのけられる。
「少し赤いですね。痛くはないですか?」
指先で周囲をくるくると撫でられ、散々マテリオを受け入れていたそこが疼く。指に反応してひくひくしているのが、自分でも分かってしまう。
「大丈……っ! エルビス、あんまり触っちゃ、だめだ……」
「物欲しそうにパクパクしていますね。ここにたくさん子種をもらったんですか?」
「子種!?」
言い方ーー!
確かに溢れんばかりに中出しされました。この世界の人間はみんな絶倫なのか?
「どうなんですか?」
「ん。いっぱい、出された」
「むっつりスケベ神官め……」
「はい?」
滅多に見せないが、素のエルビスはたまに言葉が乱暴になる。そういうところも胸キュン……って、脚をおっぴろげたまま思う俺っておかしいかな?
しばらくエルビスとラブラブエッチしてないよなぁ。前回も倒れたのを助けてもらうだけで、補充関係なしのイチャイチャをしてないんだ。エルビスだけ損をしていると感じているのかもしれない。
それに、俺の体おかしい。触れられただけで感じて、もう兆している。
「俺、すごくエッチな体になったみたいなんだ。だから抱いてもいいよ」
「ああ、許してください。体目当てのように聞こえてしまったんですね」
はっとした様子で俺の頬に手を当てた。罪悪感を抱いているのか、眉が歪んでいる。
「違うよ。俺もシたいんだ」
俺を抱きしめたエルビスを抱き返すと、嗅ぎ慣れた体臭が香る。
ああ、これ、落ち着く。好き。
「もしも愛し合うのなら、きちんとジュンヤ様を愛したいのです。隅々まで確かめて奥深くまで繋がって、想いをお伝えしたい」
「俺、エルビスのことも愛してる。ただ、こんな自分が正直言って怖い。こういう相談はエルビスにしかできないから、たまには話を聞いてくれるか?」
「もちろんです! ふふふ。お悩みを聞けるのは私だけの特権ですね。さぁ、服を整えましょ……」
体を離してブリーチズを拾おうとしたエルビスだが、俺の股間の状態に気づいて動きが止まる。
はい。そうなんです。勃ってます!
「こちら、鎮めなくてははけませんね」
「えっ? あっ!」
俺の答えを待たずにエルビスは前に屈むと、肉茎を口に含む。温かい口腔に包まれ、それだけで抵抗する力はなくなってしまう。
「ん、んくっ……はぁ……ジュンヤ様、美味しい……」
そう言って頬擦りをし、また口に含む。キャンディでも舐めているかのようだ。右手は肉茎を擦り、左手は内股を愛撫してくる。うっとりした表情のフェラ顔が色っぽくて目が離せない。
茎を唇で挟んで扱かれると、動きに合わせて腰が揺れてしまう。あんなにシたはずなのに、俺の体はどうなっているんだ? ああ、でも、めちゃくちゃ気持ちいい……
「はっ、はぁ、エル、ビス、きもちいい……」
「可愛いですよ。素晴らしい舌触りと味です。蕾も、問題なさそうですね」
「あの、エルビス、イキたいんだけど……」
「これ、いただいて良いですか?」
握ったまま上目遣いで聞かれる。つまり、口の中に出せってことか……
「良い、よ。ん!」
言い終わる前にフェラを再開され、危うくそれだけでイきかけた。エルビスは喉奥まで飲み込んで俺自身を扱く。もう限界だった。
「くっ、うぅ……はっ、エルビス、もぅ、イく……!」
呆気なく降参し、エルビスの口の中に放った。
「あ、や、吸っちゃだめっ!」
残滓を奪うように陰茎を吸われ、思わずエルビスの髪を握りしめ身悶えた。ようやく解放され、大きく息を吐く。目を開けると、エルビスは目を閉じて蕩然としていて、口元に白い液体が一筋溢れている。喉仏が動き、まるで極上のワインでも味わっているかのように口元に手を当て微笑んだ。
「昨夜はいっぱいイかれたのですね。いつもより少し味が薄いですが美味です。ありがとうございます」
「ありがとうって、それ、シてもらった俺が言うことじゃないの?」
「いいえ。ありがとう、ですよ。だって、こんなにも愛しくて、力も溢れて、幸せなんですから」
いそいそと俺の服を整えるエルビスは、嘘偽りなく幸せそうだった。
「エルビス、まだ話は終わってないんだ」
体を起こし、ベッドに座って呼びかける。
「はい、お話をお聞きしますよ」
「うん。ありがとう」
エルビスはいつも穏やかで幸せな時間をくれる。全てを包み込むように愛してくれるこの人を、改めて大切だと思った。服を整え、顔が見えるように向かい合って座る。
マテリオを受け入れたことは後悔していないが、四人も恋人にするのはあまりにも強欲な気がしていると打ち明ける。
「つまり、複数人を同時に愛してしまうことに不安を感じているのですね?」
「うん。前にも話した通り、俺がいた国では重婚は禁止されていたから抵抗感が強いんだと思う。あ、みんなと恋人になったのを後悔している訳じゃないよ? それは先に言っておく」
それだけは誤解されたくない。
「ええ、分かっていますよ。いくらこの国では複数人との関係に問題がなくても、これまでに培った倫理観が過ってしまうのですね」
「そうなんだ。忘れようと思っても、たまに頭に浮かんできちゃって。グスタフ司教が言うには、庇護者が少ないほうらしいし……ちょっと怖くて。まぁ、あの人の言うこともいまいち信じられないんだけどさ」
幸い、好意を向けてくる相手はいるものの心は動かない。
「そんなことを言われたのですね。どこまでが本当か分かりませんが、殿下がアユム様に聞いた話をしますね」
ゲームを知っていた歩夢君の情報なら、きっと本当だろう。何を言われるのかドキドキする。
「浄化が進むとさらにジュンヤ様を求める者が増え、ジュンヤ様も快楽に弱くなるらしいと仰っていました」
「え……? まさか、まだ庇護者が現れるってこと?」
「いいえ。ジュンヤ様が愛する愛さないにかかわらず、魅了される者が後を絶たないのだと仰っていましたね」
そういえば、出会った頃に恋愛ゲームの世界だから、攻略対象が複数いると聞いたような。これまで会った誰かも攻略対象だったのだろうか。
――考えても仕方がないか。
神子特有の香りや力が誘引してしまうのかもしれない。変に気を持たせないよう、気をつけて振る舞う必要がある。
「でも、エッチな体になったのはなんか違うんじゃ……」
「いいえ! 関係あると思います。快楽を恐れる必要はないですし、その度に浄化のパワーも高まっている気がします。そもそも、私達以外には反応しないでしょう?」
「確かに……好きな相手じゃなきゃ、気持ち悪いくらいだった」
なんだか、憑き物が落ちたように腑に落ちた。マテリオのこと、きっとずっと前から意識していたんだな……
「ありがとう。ちょっと安心した」
「ふふ。良かったです。ギュッとしても良いですか?」
「うん」
隣に移動してきたエルビスに抱き寄せられ、肩に頭を預ける。
「そういえば、ティアとダリウスにも我儘を聞いてくれたお礼をしないと」
「ええ、殿下には特に優しくしてあげてください。ピエトロ様の相手は大変だったので、精神的にお疲れなんです」
ティアはピエトロが警戒しないように立ち回り、常に監視していたそうだ。重ね重ねお疲れ様だ。
「うん……エルビス……ごめん。眠くなって来た……」
そういえば昨夜は一晩中やりまくったんだっけ。瞼が重くて耐えられない。
「ええ。おやすみください」
エルビスはきゅっと優しく抱きしめてくれた。ティアとダリウスからお仕置きされるかもなぁ。
まぁ、なるようになるか。
エルビスにそっと揺さぶられて目を覚ました。抱きしめられたまま寝てしまった俺を、ベッドに寝かせてくれたようだ。起き上がって窓の外を見ると柵や小屋が点在していて、人の生活を感じる場所まで来ていた。もう少しで目的の街に着くらしい。
起こす前に準備していたのか、エルビスがカップにお茶を注いでいる。狭い車内でも簡易テーブルと座面を利用して華麗にサーブする姿に見惚れてしまう。
ミント風味のお茶を飲むと、頭がすっきり冴えた。
「次は工業の街だったよな」
「はい、ピパカノは毛織物が名産です。寒冷地にしかいない、長毛種のヤーリという動物の毛を刈って製品にしています。民達は牧畜と紡績で生計を立てています」
ふむふむ。聞いた感じでは、毛の長い羊みたいで、もふもふして可愛いイメージだ。触らせてくれると嬉しいな。
「ああ、もう街の入り口ですね」
窓から覗くと、レナッソーほどではないがなかなか立派な街だ。寝ていたので気がつかなかったが、一帯には広大な牧場が広がっていた。
「遠くに見える白い点々がヤーリかな?」
「恐らく。ここからでは遠くて良く見えませんね」
実はエルビスも実物を見るのは初めてらしい。二人で窓に齧りつき、目を細めて外を眺める。
「街の状態を確認した後で良いんだけど、見せてもらえるかな」
ピパカノの防御壁は、石を積み上げたものだ。最低限、周囲から街を守っているという感じで威圧感はない。その代わり、入り口には見張りがいる。
チラッとエルビスを見ると、窓の外の様子を注視し警戒しているようだ。ひとまず問題なく街に入ることができ、ほっと胸を撫で下ろした。
先触れを受けて待ち構えていたのか、街中は大勢の人達で溢れかえっていた。これまで散々嫌な目に遭ってきたので内心ドキドキだ。だが、民の表情は、俺達を好意的に受け入れているようだ。
「この街では受け入れられているみたいですね」
エルビスの肩から力が抜けた。俺も緊張していたので、ちょっと安心した。とはいえ、民の反応と為政者の思いが一致するとは限らないんだよな。
ピパカノを管理しているのは、フランコ・アルボニ侯爵という人物だ。広大な領地を預かり、街を統治しているという。領地内の法律を変えるなど特別な案件は領主の許可が必要だが、町長よりずっと強い権限があるそうだ。日本でいうと、知事に近い。
素朴だが歴史を感じる街並みを眺めていると、大きな庭のある邸宅に着いた。門が開き、領主代行に次ぐ権力者、アルボニ卿の屋敷に到着だ。緊張しながら下車しティアの隣に並ぶと、白髪で顎髭を蓄え、メガネをかけた痩身の男性が配下を従えて立っていた。
「エリアス第一王子殿下に神子ジュンヤ様、ご訪問をお待ち申しておりました。お二人をお迎えできる栄誉にあずかり、感激しております」
「アルボニ卿、出迎えご苦労。ピパカノは私自身、初の訪問となる。そなたに案内を頼みたい」
「はっ。何なりとお申し付けください。皆様お疲れでしょう。ささやかですがおもてなしさせていただきます」
彼は深々と頭を下げた。
「もう良い、頭を上げよ」
ティアは彼の挨拶を鷹揚に受けると、彼に頭を上げるよう指示した。中に通され移動する間、失礼にならないよう気をつけながら屋内を観察する。
アルボニ卿の邸宅は華美なデザインではなく、淡いクリーム色を基調にした壁や床に、ブルーを配色した落ち着いた雰囲気だ。だが、技術力を誇示するように、繊細なレリーフが施された柱や、緻密な柄のタペストリーが飾られている。
アルボニ卿に促されてエントランスを移動し、応接室に案内された。応接室にはティア、ダリウス、エルビスと俺、そして護衛が二人、ドアの近くに立っている。
ダリウスは邸宅内の間取りを確認しているのか、視線だけを動かして室内を観察している。彼が敵だった時に備えて、逃走経路を確認しているのだろう。着席を促され、俺とティアはアルボニ卿と向かい合って着席したが、他の三人は椅子の後ろで立っている。
めちゃくちゃ警戒してるな……
過去の経験を考えると当然だが、アルボニ卿は自分には護衛をつけていないし、見たところ敵意はなさそうだ。
「改めまして、ご訪問を歓迎いたします。皆様の各地でのご活躍はうかがっており、民もお迎えできる日を首を長くして待っていたのです」
社交辞令ではなく、本当に歓迎しているのだろう。瘴気の原因に近い土地ほど被害は大きいからな。
「全て、神子であるジュンヤの献身によるものだ。私はサポートをしているに過ぎない」
俺の功績を知らしめるためにそう言ってくれるが、みんなの協力があったからできたことだ。
「ティア、俺にも挨拶をさせて。アルボニ卿、初めまして、ジュンヤ・ミナトです。できる限りのことをさせていただきます」
「なんと寛大なお言葉……慈悲深いお方だという噂は真実なのですね」
彼は大袈裟なくらい感激している。噂には尾鰭がつくし、真実とは限らないので警戒していたのかもしれない。まぁ、建前の可能性もあるけど。
「早速だが、ピパカノの状況について報告してくれ」
ティアが雑談もほどほどに口火を切る。
「十年ほど前から、徐々に牧草や農作物の育成が遅れ始めました。少し時間を置いて、家畜の出産数が減ってきたのです。近年では、住民に原因不明の病が広がり、神官の治癒が効きません。領主様への納税は現金と農産物は半々ですが、どうにか全納しようと掻き集めている最中です」
苦境を伝えるアルボニ卿は、気持ちを抑えようとしているのか白い顎髭を撫でた。
「そこへ、王都から避難民の受け入れを打診されました。しかしながら、現状ではとても受け入れられません。近隣の村も同じ状態です。このような苦境だからこそ、殿下と神子様のご訪問を、住民達は心から歓迎しているのです」
街の人間の生活もままならないのに避難民を受け入れたら、元の住民との軋轢が心配になる。しかし、行き場がない人達も心配だ。
「――歓迎、か。トーラント領では、神子ジュンヤに対する反発があったと聞いたが?」
ティアは腕組みをしてアルボニ卿を睨みつける。きっとアルボニ卿を試しているのだと思い、黙って見守る。
「確かに、そういった噂が流れた時期もございました。どうか無礼をお許しください。……当初はアユム様だけが神子だと聞いており、悪評を信じてしまった非は私どもにあります。王都と離れているため、真偽を確かめるには時間がかかってしまうのです」
睨まれた彼は、ティアが怒っていると思ったのか机につきそうなくらい頭を下げた。
「領主様に歯向かうことはできず、ジュンヤ様を公然と讃えることも憚られました。しかし、吟遊詩人による神子様を讃える歌が広まりました。今では民もすっかり覚え、鼻歌で歌えるくらい流行していますよ」
当然だけど、吟遊詩人はスフォラさんだけではない。流行歌は投げ銭を多くもらえるので、個々でアレンジしながら歌い、さらに広まっていくそうだ。
スフォラさんの歌は俺を褒め過ぎだから、少しくすぐったいな。
61
お気に入りに追加
13,172
あなたにおすすめの小説
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
【完結】悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
透夜×ロロァのお話です。
本編完結しました!
『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー!
他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
ヴィル×ノィユのお話です。
本編完結しました!
『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編をはじめましたー!
他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている
飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話
アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。
無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。
ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。
朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。
連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。
※6/20追記。
少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。
今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。
1話目はちょっと暗めですが………。
宜しかったらお付き合い下さいませ。
多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。
ストックが切れるまで、毎日更新予定です。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~
さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。
そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。
姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。
だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。
その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。
女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。
もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。
周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか?
侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。