魔王さんのガチペット

回路メグル

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1巻

1-1

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   第一章 ペットの個性の話


 お城の最上階。クラシックホテルのスイートルームのような俺の部屋のドアが開き、やたらごてごてした金の装飾がついた黒いつめえり風の服の上に、赤黒いマントをった大男が入ってくる。

「おかえり。今日もお仕事お疲れ様」
「……ん」

 美形ではあるけど眼力がするどくて威圧感のある大男は、部屋に入って早々、ソファに座った俺に近づいてきた。
 身長は一七九センチの俺より三〇センチくらい高いし、つややかな黒髪には少しねじれて節のあるヤギのような硬くとがった角が上向きについているし、表情はけわしいし、ガタイはいいし、正直「怖っ」と思うけど……

「ライト……」
「ん~?」

 大男は俺の名前を呼びながら目の前で立ち止まる。
 俺はソファに座ったまま、視線は手元の新聞から上げない。

「疲れた。吸わせてくれ」
「いいよ。どうぞ」

 ここでやっと顔を上げてほほむと、大男は俺に抱きついて首筋辺りに顔を埋める。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 見た目とのギャップがある気の抜けた声が部屋に響いた。しばらくそこに顔を埋めたまま、俺の体を抱きしめたり、わしゃわしゃと髪をでたり、俺の体をたんのうしている。

いやされる……かわいい……ライト……かわいい……」
「うん。ありがと」

 自分では「かわいい」ではなく「かっこいい」だと思っているし、ここに来るまではずっとそう言われてきたんだけど……この大男がずっと「かわいい」ばかり言うので、すっかり俺も「かわいい」と言われることに慣れてしまった。

「あぁ、かわいい……今日もかわいくてえらいなぁ」

 あー新聞がぐしゃぐしゃ。まぁいいか。ほとんど読んだし。

「ライト……こんなにかわいいなんて天才だ……俺のライト……」

 その後も大男は俺の体を好き勝手でて、抱きしめて、「かわいいなぁ」「かわいいの集合体」「奇跡の存在」なんて楽しそうに言い続ける。険しかった表情も、もうデレデレの笑顔だ。
 この大男と俺は、まるでできあいしてくる彼氏とその恋人のような関係に見えるだろうけど、違う。
 彼は魔族の王様……つまり魔王で、俺は人間。
 この世界で人間は魔族のペットになる。
 つまり俺は、魔王のペットだ。使用人でも恋人でもれいでもなく、ただのペット。犬や猫と思ってもらっていい。

「ライト……」

 大人しくでられていると、魔王はまた見かけに似合わない情けない声を上げた。
 今日は重症だな。

「今日、そんなに疲れた? おっぱいも吸う?」
「……! 吸う!」

 まぁ、ちょっとエッチなこともするペットだけど。


   ◆


 お城に住んで「魔族」とか「魔王」とか言ってんでいるけど、俺は元々この世界で生まれたわけではない。魔族なんかはファンタジーな存在と思っている世界の、日本という国の首都に住む二六歳の一般的な男だった。
 特別なところがあるとすれば……

「ライトって結構キラキラネームなのに、名前負けしてないよね」

 男にも、女にも、小学生の頃から何度言われたかわからない。
 物心ついた頃から俺は「美少年」で、「天使」とか「少女漫画のキャラ」なんて言われていた。
 もう少し大きくなると、「アイドル」とか「イケメン」「かっこいい」と言われ出して、二〇歳を超えた頃からは「美形」や「美人」「美しい」と言われることが多くなった。
 韓流ドラマの主人公に似ているとか、アジア系パリコレモデルに似ているとか。実際、アジアンビューティー系の、ととのってクールにも見えるのに、目力が強くて華やかなすごのある美形だ。
 派手なベージュ系ブロンドヘアに染めても、肩につくかつかないかの長さまで伸ばしてハーフアップにしても、顔がいいから似合ってしまうし、一七九センチの長身で指や脚が長いモデル体型なのも顔に合っていると思う。
 ……なんていうと、「うぬれ」「ナルシスト」と言われそうだけど、事実なので仕方がない。
 とにかく俺は見た目がいい。
 逆に言えば、見た目がいい以外になんのとりえもない。
 だったら「美形」を売りにして働くのが一番だと思ったんだ。


   ◆


 俺が高校卒業後、最初に選んだ職業は「ホスト」だった。
 モデルやアイドル、俳優なんかは、ウォーキングや歌、演技を人並み以上にできる気がしなくて目指さなかったし、普通の接客業だともうけられる額が知れているし、会社勤めは面倒が多い。
 そこで、ホストだ。
 ホストだって成功するためには、色々な努力が必要だとは思うけど……

「ライトって源氏名じゃないの?」

 だいたいどの女の子も、俺の顔を一目見て嬉しそうな顔をしてくれるし、俺が横に座るだけで喜んでくれる。

「本名だよ。ライトって顔しているでしょ?」
「してる~! 名前も顔もキラキラしてる!」
「だからさ、飲み物もキラキラしたのが好きなんだよね」
「もう……仕方ないな。シャンパン入れたげる!」

 容姿に自信があるお陰で、人とコミュニケーションをとるのは得意。
 生まれてからずっと人に好かれてちやほやされてきたから、好かれ方も甘え方もよくわかっている。
 なによりも、両親がいない施設育ちの俺は、高校卒業と同時に就職することは決まっていたし、正直「人に愛されること」に飢えていた。それに、金銭的に余裕のある生活じゃなかったから、「お金」はいくらでも欲しかった。
 そういう意味で「ホスト」は天職。その証拠に、はじめて半年も経たないうちに……

「今月の同伴数、指名数、売り上げ……ライトの三冠だ!」

 大箱のホストクラブでナンバーワンまで駆け上がり、二年間トップの成績をして、弟二人の大学の学費を余裕で稼ぐことができた。マンションも一部屋買った。
 モテる方法、愛される方法はいくらでもわかる。お金を使ってもらう分、満足してもらえる自信はある。でも……

「ごめん、向こうでシャンパン入ったから一瞬だけ抜けるね?」

 人気がありすぎて、一人一人の席につける時間は短くなっていった。

「アフターはもう約束が……うん、同伴ももう埋まって……」

 せっかくのお誘いを何度も何度も断るしかなかった。

「俺の腕は左右しかないのに腕時計がこんなにあっても……」

 みんながくれたものを公平に身につけるのも難しかった。
 せっかく愛情を向けてくれているのに、全員にしっかり愛を返せない。
 愛を返せないと、愛情をもらえないんじゃないか……?
 あまりにもどかしくて、怖くなって、ホストは三年ちょっとでやめた。この時の俺はまだ二一歳。そうして転職したのが……「ヒモ」だった。


   ◆


 ヒモはホスト以上の天職だった。
 ホスト時代の太客を中心に、パトロンを五人に絞って面倒を見てもらっていたけど……人によって「愛人」「セフレ」「契約彼氏」「ペット」など呼び方は様々だった。
 ただ、どのパトロンも俺を存分に可愛がってくれて、愛情もお金もしみなく与えてくれた。

「え? ライト! 今日も来てくれたの?」
「なんか昨日物足りなさそうだったからハグだけしに来た」
「え、えぇ!? なんでわかるの? 嬉しい!」

 人数を絞ったお陰で、俺からも一人一人に向き合えて、五人ともどんどん俺を好きになってくれた。
 ちなみに、四人は女性で一人は男性。
 俺は「俺のことが好き」なら老若男女を問わず誰でも好きなので、俺への愛情の大きさと、これは一応仕事なのでお金をたくさんくれる人……と思って選んだ五人だった。

「ライトくん。いいの? 抱かれるほうで」
「いいよ。俺、可愛がってもらうの好き」

 女性に求められて抱くのも好きだったけど、男性に求められて抱かれるのも好きだった。
 気持ちよさとしてはどっちも好きだけど、愛されている実感というか、より「求められている」感じがするのは男性相手のネコの時だった。
 あとは……まぁ、楽だよね。
 タチの人がリードしてくれるし、寝転んでかわいくあんあん言っているだけでいいし。
 俺、ネコのほうが性に合っているな。


 そうやって順調なヒモ生活五年の間に、向こうの事情で入れ替えもあって、パトロンは女性二人、男性三人になっていた。将来的には全員男性でもいいかな……こんな生活を一生続けられるとは思わないけど、パトロンはみんな気持ちよくお金を出してくれるし、俺は毎日楽しいし、しばらくはこれで楽しく稼がせてもらおうと思っていた。

「俺ってヒモとか愛人とかペットが世界一いのかも」

 正直、調子に乗っていたある日。
 パトロンのおじ様に宛がってもらっているマンションで寝て起きたら異世界にいた。
 突然すぎるけど、本当に突然。
 よくある「交通事故に遭って」とか、「魔導書を開いて」とか、「呪いのアイテムを身につけて」とかなにもなく。
 なんの前触れもなく。
 ただただ急に、異世界に飛ばされていた。


   ◆


 目が覚めて、辺りを見渡すと知らない場所だった。
 中世ヨーロッパの田舎町みたいな、木やレンガのこぢんまりとした建物に囲まれた街の広場みたいなところに立っていて、服装は寝る時に着ていたシルクの白いパジャマで、足はなぜかれている……あぁ、噴水の池の中に立っているのか、俺。

「おぉ! 金髪、透き通った肌、ととのった顔……」
「若さ、身長……完璧だ!」

 俺の周りには五〇人……もっとかな? 囲まれていてわかりにくいけどたくさんの人がいて、老若男女、あらゆる人がいるけど……どうやら全員が俺の外見をめているらしい。

「美しい……」
「申し分ない美形だわ」
「ママ! あのお兄ちゃん、きれいねぇ」

 めてくれるのは嬉しいし、められることには慣れている。でも、俺の感覚で言えば、めてくれる男性もおばあちゃんも幼い女の子もみんな、一人残さずみんな、美形に見えた。
 服装が昔のヨーロッパっぽいからか、海外映画の俳優とか女優とか、そんな感じのゴージャスな外見。服自体はどちらかと言うとしっだけど。

「あの、俺……なんでここに?」

 めてもらえるのはありがたいけど、さすがにこの状況は謎すぎる。
 日本じゃなさそうな場所で、日本人じゃなさそうな人の集団に囲まれて、寝ていたはずなのに噴水の中にいるとか……ドッキリにしては大仕掛けすぎる。
 なにかがおかしい。
 俺が首をかしげると、正面に立っていた神父さん? 牧師さん? そんな感じの格好の白髪のおじいさんが深々と頭を下げた。

「私はこの村の村長をしております。私が、貴方様を元の世界からこちらに呼び出しました! 申し訳ございません!」
「え?」

 急な謝罪に、俺はますます混乱する。
 元の世界? 呼び出す? は?
 俺がさらに首をかしげると、集まっていた他の人たちも一斉に頭を下げた。

「申し訳ございません!」
「ごめんなさい!」
「ありがとうございます!」
「どうぞお願いします!」
「私たちを救ってください!」
「助けてください!」

 これは、まさか……異世界転生とか異世界転移とか異世界召喚とかそういうやつ?
 漫画やアニメには詳しくないけど、SNSでよく出てくる漫画の広告とか、漫画好きのパトロンのお姉さんに聞いた話とか、多少は知識がある。
 こういうのってだいたい世界を救うために魔王と戦ってほしい、みたいな? 勇者とか聖女とか?
 俺が?
 そんなの絶対無理。
 俺、「美形」以外に特技なんてない。戦えないし、なにか特殊能力をもらえたとしても怖いし面倒だし無理。世界とか人間とかを救う責任なんていたくない!
 やばいな……どうやって断るか……
 取りつくろうこともせず困った顔をしていると、おじいさんが深々と頭を下げたまま話しはじめる。

「どうか我々人間の村を救うために、魔王様の……」

 あぁ、ほら。魔王を倒せってやつだ。無理無理。絶対無理。


「魔王様のペットになってください!」


「え?」

 あれ? 思ったのとちょっと違うな……?

「ペット? 愛玩動物って意味であっている?」
「はい! 貴方様の世界ではおそらく、人間がペットを飼う立場なのだと思いますが……この世界の人間は、『魔法が使えないか弱い下等種族』にあたりますので……」
「……なるほど」

 人間より上位の種族がいるってことか。魔王様ってことは、魔族?

「本来ならば、我々のような弱い種族はすぐに滅ぼされてしまうところですが、弱くて、見た目が愛らしいということで、魔族の間でペットとして可愛がられています」
「あぁ……」

 守ってあげたい的な?
 犬猫が弱いとか下等とは思わないけど……そういう扱いってことか?

「この村も、魔族が人間を見たり触れ合ったりするための村です」

 よく見ると、そばの建物の看板には「ふれあい」とか「鑑賞」「レンタル」なんて文字が書いてある。
 なんで日本語……まぁいいか。つまりここは猫カフェか動物園みたいなものか。

「魔族の家で飼われることもありますが、私たちにも人権はあるので、れいのように囲われるのではなく、お互いの同意のもとペットになります。その辺りは細かい法律があるのでおいおい……」

 れいとペットは違うのか……うーん。本当に愛玩動物なんだな。

「ペットというとひどい扱いに思われるかもしれませんが、昔は迫害がひどく、人権もなかったので、その頃に比べれば人間らしくみんな幸せに暮らしています」
「へぇ。よかったね」

 素直にうなずくと、おそるおそる顔を上げた白髪のおじいさんが少しほっとしたように表情をゆるめた。

「この暮らしは、三〇〇年ほど前に王になられた人間好きの魔王様のお陰なんです」

 人間好き……猫好きとか犬好きみたいなことか。

「なので、私たちの安全な暮らしのお礼として、魔王様の城には、常に人間のペットをけんじょうしています。しかし……」

 あぁ、ここでさっきの話か。

「新しいペットをけんじょうする時期なのですが、魔王様が好む容姿や年頃の人間がちょうどいなくて」

 周りの人間、みんな美形だと思うけど……言われてみれば、俺みたいな顔の系統の男はいないか。

「以前にもこういうことがあった時、魔族のさいしょうから異世界の同族を呼ぶように儀式とこの噴水を与えられたのです。そして、この度……貴方様をその儀式で呼び寄せさせていただきました」

 え、怖っ。
 自分たちの村と魔族の都合だけで、無関係の俺を巻き込むの? 人権は守られているとか言いながら、異世界って倫理観ぶっ壊れてるな。
 でも……

「俺が選ばれたってこと?」
「はい。魔王様のペットにふさわしい条件でふるいをかけて、魔王様が一番喜ぶ美しい容姿の人間を呼び寄せさせていただきました」
「そうか……」

 そう言われたら、仕方ないな。
 俺、美形だから。
 昔から美形で得することが多かったけど、美形であることのリスクも少なくはなかった。
 メリットが大きい分、デメリットがあるのは仕方がないと物心ついた頃から受け入れていた。

「うーん……」

 それにしても、ペットねぇ……戦うとかいけにえとは違うみたいだけど。
 一生魔王に飼われるってどうなんだろう?

「もちろんタダでとは言いません! 三年の任期が終われば、村のたくわえから一生の生活費を……」

 ん? ちょっと待って。

「え? 三年? たった三年?」
「はい。三年です。魔王様はペットの人権にびんかんな方なので、一人につき、自由をうばうのは三年までと決めていらっしゃいます。もちろん、三年間ペットとして過ごした分のほうしゅうも支払われます」
ほうしゅう?」
「歴代のペットは、城を出た後に住む新しい家や店などを建ててもらうことが多かったですね」

 三年間のほうしゅうとして家は……アリなんじゃ……?

「それに加えて、異世界からわざわざ来ていただいた貴方様には、その後の暮らしに困らないだけの援助をさせていただきます!」
「俺、元の世界には帰れない感じ?」
「すみません、それは……呼び寄せるだけの一方通行の魔法です」
「うーん」

 ここで俺がゴネても元の世界に帰れないなら、この世界で楽しく生きる方法をさくするのがベストだな。
 そうなると、三年ペットやったらその後一生遊んで暮らせるっていうのは魅力的じゃない?
 俺、この世界でも「美形」みたいだから、ペットの後も色々やりようがありそうだし。

「ペットって痛いことされたり、まともにご飯食べられなかったりはしない?」
「大丈夫です! ペットの人権は守られています。ペットは魔王様に可愛がられるだけです」

 なら、元の世界でやっていた「ヒモ」と変わらないな。
 相手が一人の分、楽かも?

「あ、しかし……その……」
「ん?」

 白髪のおじいさんは辺りを気にしてから、俺に近づいてそっと耳打ちした。

「魔王様に、性的に可愛がられることも……」
「あぁ」

 そういうのも含むのか。犬猫とはちょっと違うな。
 でも、まぁ……

「魔王様ってエッチ上手?」
「え? そ、それは、私はなんとも……!」

 そこまではわからないか。できれば上手なほうがいいけど……

「まぁいいや。下手だったら俺が教えればいいし……いいよ。ペットしてくる」
「お……おぉ! よろしいのですか!?」

 驚かれたし、後ろのほうで「異世界の方は嫌がると聞いていたのに……美しい上になんてお優しい!」とか「天使のようだ」なんて聞こえる。

ほうしゅうはずんでね? あと、魔王様のところに行く前に、歴代のペットやっていた人に会える? 事前に話を聞いておきたい」
「それは、もちろん! 歴代のペットもすぐに手配します!」
「うん。よろしくね。……とりあえず俺、ここから出たいんだけど、くものと靴、くれない?」

 噴水のふちに足をかけると、少し離れたところで「足先までお美しい」なんて言う声が聞こえた。
 うぬれが強い俺だけど……さすがに足先は別に普通だと思うよ。


   ◆


 異世界にやってきて三日目。
 魔王の城へ行くことになった俺は、絵本に出てくるようなかわいい馬車にられていた。
 今日までに、この世界のことを簡単に聞いたり、歴代の「ペット」から魔王のことを聞いたりしたけど……ペットの先輩たちはみんな「大人しくしていればなにもされない」「あなたの容姿なら確実に気に入ってもらえる」と真剣な顔で言ってくれた。
 それに、全員俺と同じ系統の金髪で黒い瞳、スッキリととのっているのにすごのある美形で、でも……俺がその中で一番美形だった。
 だから、なんとなく大丈夫そうだなと思って深く考えるのはやめた。

「ライト様、もうすぐお城です。タイを結んでください」

 窓がないから俺にはよくわからないけど、一緒に馬車にられている村長さんに言われて、首元のリボンタイを結ぶ。
 この世界の正装なのか、スタンドカラーのシャツにえりのないスーツみたいな服で、シャツもスーツも革靴も全部白色。ペットというより結婚式の新郎っぽい。
 まぁ、ホストの時にも白スーツはイベントで何度か着ていたから似合うんだけど。
 ――ガタン
 馬車が大きくれて、停まる。
 自分でドアを開けようとしたけど、それよりも早く外側からドアが開いた。

「どうぞ」

 ドアを開けたのは、ヨーロッパの観光地にいるような、兵隊らしい服装だけど装飾が派手な男の人だった。

「ありがとう」

 俺が笑顔でお礼を言いながら降りると、兵隊さんは少し驚いた顔をして一歩下がった。
 馬車を降りてから気づいたけど、この兵隊さん、でかい。
 一七九センチの俺よりも二〇~三〇センチ以上は背が高いな。

「あ……こちらへ」

 兵隊さんの後ろには同じ格好で同じくらい背の高い男の人が五人。
 見た目は人間と変わらないけど、帽子の両横から人によって違う形の角が出ていて、髪色が青とか緑とか人間っぽくない色。これが「魔族」らしい。
 そして……

「でかいな……」

 身長がでかいと建物もでかいのか。
 ヨーロッパ……ドイツとかにありそうないわゆる「お城」らしい「お城」。全体的に色が茶色っぽくて、飾りが少ないとは思うけど、大きくて立派なお城だ。

「この先です」

 ここだけでとうかいでも開けそうな玄関ホールを抜けて、階段を上がって、赤いじゅうたんかれた廊下を通って、中庭を横目に見て……自分がどう進んでいるかあくするのをあきらめた頃、一際立派な装飾がついた扉の前で兵隊さんが足を止めた。

「こちらが魔王様のえっけんの間です……準備はよろしいですか?」
「準備?」
「その……心の準備など」
「うーん……ねぇ兵隊さん。俺、美形?」
「え? あ、あ……はい、とてもお美しいです」

 他の兵隊さんに視線を向けると、全員帽子がズレそうなほど激しくうなずいてくれた。

「じゃあ大丈夫」

 みんなの反応のお陰で、多少はしていた緊張も消えて、俺らしい自信のある笑顔になれたと思う。
 これでダメなら仕方がないし。

「では……魔王様、新しいペット様をお連れしました」

 兵隊さんの声掛けの後、重そうな扉が勝手に開いた。
 ……おぉ。さすがにこの中は豪華だ。
 どこかの大聖堂で、こんなのなかったかな? 天井が高くてステンドグラスがハマっていて、ったちょうこくの柱が両脇に並び、柱の間にはドレスとかローブとか軍服とかを着た魔族がたくさん立っている。
 いかにもファンタジーだな……そしてなにより、俺が今進んでいる中央の赤いじゅうたんの先、階段が五段ほどあって、その上には立派な椅子に座った大柄な男の人がいた。
 彼が魔王様か。
 三〇〇年前に魔王になったって聞いたから、おじいちゃんかと思っていたけど、見た目は……俺の感覚ではせいぜい三〇代なかば? 真ん中で分けた黒髪の両横から立派なヤギのような太い黒い角が上向きにねじれながらえていて、瞳も黒。金色の装飾がたくさんついた黒っぽいつめえりのような服にブーツも黒。マントは赤黒い。
 肩幅広いし、がっしり系? 座っているからわかりにくいけど身長も高そうだな。
 顔は……うん。かっこいい。男らしくてりが深くて、ちょっとにらむような表情だから怖く感じるけど、ととのった顔だと思う。
 それで……すっごく俺のこと見ているな。
 うーん。ここで……いや、もう少し近づいてからにするか。

「止まれ!」

 階段のすぐ下まで進んだところで、魔王様の横に立っている魔族が声を上げた。黒いかぶとを脇に抱えたかっちゅう姿で、水色の髪を後ろに流した気の強そうな顔の男の人だ。この人もガタイいいなぁ……なんて眺めているうちに、俺の両横の兵隊さん、村長さんが止まるだけでなくひざまずいた。俺もひざまずいておくか。

「……魔王様、新しいペットをお連れしました。この度は異世界の人間になります。この国の常識は簡単にしか伝えておりませんので、どうぞ、ご理解を」
「……あぁ、わかった」

 村長さんの言葉に対して、魔王様が低い声で返事をする。
 声はあんまり嬉しそうじゃないように感じるけど……俺が顔を上げて少しほほんだ瞬間、魔王様の表情がピクッとこわったのを見逃さなかった。
 これは……いけそうだな。よし。
 村長さんも兵隊さんもひざまずく中、俺だけ立ち上がった。

「あなたが魔王様?」
「え……?」
「おい、ペット! 失礼だぞ!」

 かっちゅうの魔族が声を荒らげるけど、それを制したのは魔王様だった。

「構わない。……あぁ、そうだ。俺が魔王だ」
「でっかくてカッコイイね。よかった、三年間楽しく過ごせそう」
「あ……あぁ」

 にっこり笑った俺を、魔王様は驚いた顔で見下ろし、かっちゅうの魔族は顔を引きつらせる。

「っ……お、お前が楽しんでどうするんだ!? 魔王様を楽しませて差し上げろ!」
「魔王様がちゃんと楽しいなら、俺も楽しんでも別に迷惑じゃないよね?」
「なっ……」

 かっちゅうの魔族が言葉に詰まっている横で、ずっと驚いた顔をしていた魔王様がふっと楽しそうに表情をゆるめた。

「あぁ、もちろんだ」

 その楽しそうな声で確信した。……俺、好かれている。

「俺はおおライト。ライトって呼んで」
「名前は……いや、そうだな。わかった。ライトと呼ぼう」
「魔王様! よろしいのですか!?」
「気になれば、すぐにいつものようにする。最初はこれでいい」

 俺はすっとぼけて笑顔でいるけど、実は聞いてきたんだ。魔王様のペットはみんな「ニマ」と呼ばれると。
 たぶんこの世界のペットらしい名前……「タマ」とか「ポチ」みたいな感じ? 歴代のペットは城に入るとそう呼ばれていたらしい。
 でも、面白くないよね?
 せっかくペットになるなら、俺は他のペットよりも可愛がられたい。

「魔王様は名前ないの?」
「魔王に名前はない」
「そっか。みんな魔王様って呼んでいるみたいだけど、せっかくペットになるなら俺は違う呼び方にしたい」
「違う呼び方?」
「ご主人様、旦那様、魔王ちゃん、魔王くん、魔王っち、まおまお……」
「……!」

 また魔王様が驚いた顔をして、かっちゅうの魔族が顔を引きつらせる。

「おい、ご主人様や旦那様はともかく……魔王様に対してそんな、不敬だぞ!」
「そうなんだ? だめ? 魔王さん」
「さ、さん……!」

 かっちゅうの魔族はもうあきれて言葉が出ないようだけど、魔王様は驚いた顔をだんだんほころばせて、とうとう口角が上がった。

「……ははっ! 面白いじゃないか。好きにしろ。俺が認めたんだ、ライトが俺をどう呼んでも口出しはするなよ」

 魔王さんの言葉に、かっちゅうの魔族や、部屋の両脇に並んでいた魔族たちが「はっ!」と声を上げる。
 うん。なかなかいいすべり出しだ。


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