契約結婚のはずが、幼馴染の御曹司は溺愛婚をお望みです

紬 祥子(まつやちかこ)

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   第一章 再会と契約


 マットレスの感触を背中に、そして身体全体に感じた。
 ベッドに押し倒されたのだと気づいた途端、激しい動揺が湧き上がってくる。
 ついさっき私を引き寄せて抱きしめた手は、その力を緩めないまま、私の右手首と左肩をマットレスに押さえつけている。
 こちらを見下ろす目は普通でない熱を帯びていて――見間違えようもなく、明らかな情欲じょうよくが浮かんでいる。この数か月の間で一度も目にしたことのない、「男」の顔をしていた。
 鼓動こどうの音がうるさいほどに頭に響く。まるで耳元に心臓が移動したかのようだ。

「……ちょ、っと」

 手首を押さえる手にぐっと力がこもったのを感じ、私は慌てた。この状況が何を意味するのか、実際の経験はなくても、察することができないほどに初心ウブではない。
 ……大人の男女が一緒に暮らして何も起きないと、本気で思っていたわけではなかった。
 だからこういう展開も、それ自体をまったく考えなかったと、期待していなかったと言えば噓になる。けれど、いざその場に放り込まれると、怖気づく気持ちが湧いてくるのはやはり避けがたい。

「ね、ちょっとだけ、待って」
「ごめん待てない、ダメ?」

 そう早口で言った彼が、目の色を変えないままに顔を近づけてくる。
 私はそれを拒まなかった。
 重ねられた唇は柔らかくて、少しかさついていて……熱かった。
 濡れた舌先でなめられて、思わず唇を開くと、それが隙間からすかさず入り込んだ。厚みのある舌が、前歯を、歯茎はぐきをねっとりとなぞっていく。

「ん、……ふ、ぅ」

 慣れない感触に苦しくなって声が漏れる。
 その声にあおられたのだろうか、舌の動きが大胆になって口内を蹂躙じゅうりんする。私の舌に絡んでぴちゃぴちゃと立てる水音が、静かな室内でやけに大きく耳に届いた。
 のしかかる身体は思った以上に大きく重くて、仮に身をよじってもたぶん、まったく抜け出せないだろう。もっとも今の私は、自分でも不思議なほど彼に抵抗しようという感情を持っていなかったのだけれど。
 それでもこの先を――ほぼ間違いなく起こる展開を想像すると、身体の奥から震えが起こり、止められなかった。


 ◇


 今に至る事の起こりは、半年ほど前にさかのぼる。
 その頃、私は七年間勤めていた職場を退職し、実家のある地方都市に帰ってきたばかりだった。
 大学進学のために家を出た十八歳の時以来だから、十一年ぶりになる。
 もちろんその間に短い帰省きせいは何度もしていたけど、今回は違う。地元で再就職するために戻ってきたのだ。

「……はあ」

 とはいえ、望んで戻ってきたわけではないから、気分は憂鬱ゆううつだった。降り立った新幹線のホームで、ため息をついてしまう。
 東京の大学で建築を学んだ私は、中規模ながらも業界で有名な建築事務所に就職した。
 働きながら勉強を続け、二年後には二級建築士の資格も取得。
 それ以降の五年間は、事務所の代表である先生や先輩のアシスタント業務をしながら、新旧の建築事情をあれこれ調べて研究したり、一級建築士の資格を取るための勉強を続けたりしてきた。
 そしてようやく、小さいながらもメインで案件を任されそうだなと感じていた矢先。
 唐突に、事務所を辞めざるを得ない事態に陥ってしまったのだ。
 あまりにも理不尽で不本意で、抗議したい気持ちはあったけれど……最終的には泣き寝入りをするしかなかった。
 思い出すたびにふつふつと湧き上がる憤りと無力感に、あの日からずっと支配されている。
 そのため、今もしばらくこの場から動く気になれなかった。
 手近なベンチに座って、旅行カバンを抱える。
 戻ってはきたものの、行くところは実家しかない。連絡はしてあるけれど、両親に詳しい話はしていないから、これから問い詰められるのかと思うと憂鬱ゆううつがさらに深まる。
 東京に出ることを両親は快く思っていなかった。特に保守的な考えの母は。

『だから言ったでしょう、佐奈子さなこ。女一人で東京で暮らすなんて無謀だって』

 電話した時に繰り返し、母はそんなふうに言った。私が遭遇そうぐうした災難と言うべき事態を正直に話しても、同じように言われるのだろうか。
 ふいにこぼれそうになった涙を、何度もまばたきをして散らす。こんな所で泣いたらダメだ。どんなに泣こうと落ち込もうと、今さらどうにもならないのだから。
 目元を繰り返し押さえ、なんとか涙が流れ出るのを止めたその時、右側から声がかけられた。

「あれ、穐本あきもと?」

 振り向いた方向には、ひとりの男性。
 スーツ姿で、ビジネスバッグを手にこちらをじっと見ている。その視線のまっすぐさにたじろいだが、相手の整った顔を見ているうちに、徐々に頭の中によみがえってくる記憶があった。

「……あ、もしかして、樹山きやま?」

 名前を言うと、相手は安心したように笑って、近づいてきた。

「やっぱり穐本か。この新幹線乗ってた?」
「うん、そう……樹山も?」
「ん、昨日から名古屋に出張行ってて。泊まって、今帰ってきたとこ」

 樹山はそう言って、屈託くったくのない笑みを浮かべた。

「穐本はなんでここに? 大学は東京行ったって聞いたけど、就職はこっちでしてたっけ」
「え、と。ううん、就職も東京で、建築事務所勤めてたんだけど」

 思わず過去形で言ってしまい、しまったなと思う。この言い方だと、後に続く部分がないと不自然だ。実際、言葉を区切った私を樹山は首を傾げて見つめている。
 何秒か、もごもごと口の中で言葉を転がすようにしつつ迷ったものの、正直に事実を伝えることにした。

「……しばらくこっちで暮らすつもりで、戻ってきたの」
「え。仕事は?」
「先週辞めたところ」

 短く言うと、樹山の顔に驚きが広がった。

「なんで?」
「なんで、って」
「穐本、東京で建築士になって自分の事務所を持つんだ、って言ってたのに」

 それは中学と高校の頃、私が掲げていた夢だ。
 思いがけない人物から聞かされて、戸惑いを隠せなかった。

「……私、そんなこと樹山に言った?」
「あー、えっと」

 今度は樹山が戸惑った顔をする。

「直接にじゃないけど、他の女子としゃべってるの、聞いたことがある」
「そう、なんだ」

 樹山の説明に、私は当時の自分の姿を思い返した。
 あの頃、意気揚々いきようようとそんなことを語っていた自分が懐かしい。
 こんなふうに、夢を壊されて戻ってくることになるなんて、想像もしていなかった。
 今度こそ押し黙ってしまった私を樹山はどう思っているのだろう。変な奴だなと思われているかもしれない。沈黙が息苦しかった。
 適当に「急ぐから、じゃあ」とか言って立ち去ろう。そう考えた時。

「なあ、時間ある?」
「は?」
「俺、思ったより仕事早く終わったんだ。夕方までに報告に戻れば大丈夫だから、一緒に昼飯行かね?」

 時計を見ると、十二時十分前。
 朝が早かったから、確かにお腹は空いている。けれど。
 かつての同級生とはいえ、十年以上ぶりに会った相手だから、少しばかり躊躇ちゅうちょも感じる。学生時代はまあ、男女の性差を気にしないぐらいに、親しく話していたりもしたけれど。

「それとも、なんか急ぐ用事ある?」

 問われて、言葉に詰まる。
 一緒に行けば確実に、仕事を辞めた理由について追及されるだろう。
 ……だけどこのまま、まっすぐ実家に帰ったところで、相手が変わるだけで展開は同じだ。いや、身内が話し相手の方が、事情が事情だけにさらに憂鬱ゆううつは深い。
 どっちを選んでもたいして変わりないのなら、ここで会ったのも何かの縁だ。申し訳ないけど樹山に、身内に話す前の練習台になってもらおう。そんなことを考えた。

「――ううん、別に。急がない」
「なら来いよ。駅前の駐車場に車、停めてあるから」


 ◇


 停めてあると言った車は、車種にあまり詳しくない私でも知っている、外国産の高級車だった。
 しかも社用車ではなく自分の車らしい。
 ああそうか、忘れていた。

「そういえば樹山、お坊ちゃんだったね」
「……その言い方やめてくれよ」

 苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべ、樹山は応じる。

「だって本当のことじゃん」
「だから嫌なんだって」

 心底から嫌そうな声音で返された。ごめん、と謝りながら助手席のシートベルトを締める。
 樹山昂士こうじは、地元の町で、小学校から高校まで同じだった同級生。
 家はそれほど近所ではなかったけれど、同じクラスになる年が多く、他の男子に比べると大人びていたこともあり、わりと自然に話せる相手だった。
 そういう意味では「幼馴染」という表現ができるかもしれない。
 ずっと地元の公立校に通っていたけれど、樹山は周囲からいつも注目される存在だった。不動産業から身を起こし、今では大手の旅行代理店や保険代理店も傘下さんかにおさめる、樹山物産。その若社長の息子となれば、目立たないはずがなかったのだ。
 彼が名門私立などへ行かずにごく普通の公立に通っていたのは、一般人の感覚を知ることが大事という、家の方針のためだったらしい。
 目立っていたとはいえ、小学校時代はまだ、そうでもなかった。
 先生たちにとっては特別視せざるをえない存在だっただろうけど、私たち児童の間では「他よりちょっとお金持ちの家の子」ぐらいの認識だったのだ。
 中学、高校へと上がるにつれて、さすがに私たちも、樹山と自分たちの住む世界に違いがあることを、薄々ながら感じざるを得なくなっていったけれど。それでも他の男子とある程度友人関係は築いていたようだし、当時から見た目が良かったから女子の人気も高かった。

「なんか食いたいものある? それか行きたい店」
「特にない、かな。今だとどこも混んでるでしょ、適当でいいよ」
「んじゃ、任せてもらっていいか」

 一瞬迷ったけど「……ん、お任せする」と返す。
 なんとなく、普段行き慣れないような所へ連れて行かれる気がしたのだ。
 そしてその予想は当たった。
 車が入っていったのは、名前しか知らないような高級和食店に隣接する駐車場だった。
 いかにも老舗です、といった和風建築の看板を上目遣いで見ながら、おそるおそる尋ねる。

「ここって、いくらぐらいするの?」
「気にすんなよ。俺が誘ったんだから、おごるぐらいする」

 何でもないように樹山は答えた。おごる、と言ってもファミレスや街中の定食屋とはけたが確実に違うだろう。そんな鷹揚おうようさはさすが「お坊ちゃん」だと思ったけれど、だがしかし。

「そ、そんな。悪いわよ」
「いいって。会員だから安くしてもらえるし」
「安くったって……」
「今の気分だったら落ち着くとこの方がいいだろ。違う?」

 問われて、はっとする。
 確かに今はまだ、東京から引きずってきた憂鬱ゆううつが去り切っていない。静かで落ち着く場所に行きたい、という思いがなくはなかった。
 けれど、そんなに、外から気分がわかるほどに、あからさまだったのだろうか。

「……私、さっきどんな顔してた?」
「ホームで? うーん、なんか、この世の終わりって言ったら大袈裟おおげさだけどさ、希望が全部なくなっちゃったって感じに見えた」

 うわ、と思わずうめいてしまった。
 そんな顔を、あの時ホームにいた人みんなに見られていたのか。恥ずかしい。

「安心しろよ、今はだいぶマシだから。行こう」

 と、樹山は先に立って店の暖簾のれんをくぐっていく。観念して私も後に続いた。
 そこだけで私が暮らしていたワンルームが入ってしまいそうな、広い玄関。私たちが入るのと同時に出てきた、群青色ぐんじょういろの着物姿の仲居なかいさんが目を見開く。

「まあ、樹山様。ようこそいらっしゃいませ」
「こんにちは。急ですみませんが離れ、取れますか」
「ええ、空いておりますよ。女将おかみを呼んでまいりますのでお待ちください」

 仲居なかいさんが下がってほどなく、鈍い赤色の着物を着た年配の女性が、奥から姿を現す。

「樹山様、ようこそお越しくださいました。お久しいですね」
「お久しぶりです。いつものコース、二人分で」
「かしこまりました。さあ、どうぞお上がりくださいませ」

 樹山は慣れた様子で靴を脱ぎ、再度出てきた仲居なかいさんに預ける。少々おどおどしながら、私も同じようにした。
 磨きこまれた長い廊下を、建物の奥へ奥へと進んでいく。
 いくつもの障子しょうじの前を通り過ぎ、さらに小さな渡り廊下を過ぎると、そこが樹山の言っていた「離れ」だと想像できた。二十畳ぐらいの広大な和室からは、整えられた枯山水かれさんすいの庭が見渡せる。
 廊下の途中でさっき、ガラス窓越しに見た中庭とは違うから、この離れ専用の庭なのだろう。
 職業意識がうずいて、つい、室内や庭を眺め回してしまった。

「じきにお食事を運んでまいりますね。ではおくつろぎください」

 正座で品良く頭を下げ、女将おかみさんはふすまの向こうに姿を消す。
 はっと我に返ると、樹山が柔らかい笑みを浮かべてこちらを見ていた。顔立ちが整っているだけに、そんな表情で見つめられると反射的にドキリとする。
 自分のその反応と、さっきまでの自分の様子を思い返して、焦りが湧いてきた。

「ご、ごめん。つい」
「謝ることないって。そういう穐本、久しぶりに見た」
「そういう、って」
「気になるもんがあると、めっちゃ目輝かせて嬉しそうに見てる」
「……そんな、あからさま?」
「ん、中高の時から変わってない」

 樹山はごく普通の口調で言ったけど、私は恥ずかしさを抑えられなかった。
 まったく自覚がないわけではなかったけど、ずっと近しかったわけではない樹山にまでそんなふうに見えていたとは。

「その、なんていうか、職業病で」
「わかるよ。俺も仕事と近いことだったら、つい観察しちまうから」

 焦った口調の私の言い訳に、樹山はさらりとした口調で同意を示した。
 驚かれたり変に思われたりしていないのはいいけど、なぜだか微笑ましいものを見るような表情で見られるのも落ち着かない。

「お待たせいたしました」

 そのタイミングですっとふすまが開き、さっき玄関で見かけたのとは別の仲居なかいさんが現れる。
 すでに座って落ち着いている樹山と、顔を真っ赤にして立ち尽くしている私を見て、きっと不思議に思っただろう。だが疑問を顔に出すことなく、おぼんを手に、仲居なかいさんは部屋に入ってきた。
 料理を並べるのだろうと察して、慌てて座布団の上に座る。

先付さきづけでございます」

 見るからに上品で、なおかつ高そうな、二段式の陶器とうきがそれぞれの前に置かれる。
 蓋を開けると、タレのかかった胡麻豆腐ごまどうふらしきものや菜っ葉のお浸し、エビや穴子の八幡巻やわたまき、黒豆などが入っていた。

「俺が車だから酒は頼んでないけど、穐本は飲む?」
「え、う、ううん。昼間からはいらない」
「じゃあ食おうか。いただきます」
「いただきます」

 手を合わせ、おそるおそるおはしを手に取り、先付さきづけの器から豆腐を切り分ける。
 口に入れるとやっぱり胡麻の味がした。けれど今まで食べたどの胡麻豆腐ごまどうふよりも濃厚で、それなのに後味はすっきりしている。

「美味しい」

 思わず感想を声に出すと、向かいの樹山が目を上げて、よかったというふうに笑う。
 その顔を目だけ動かして見ながら、格好良さが際立っているなとあらためて思う。
 小学生の時から目立つ顔立ちだったし、中学から高校にかけては充分イケメンと呼べる成長ぶりだったけど、十年以上の隔たりのせいなのか何なのか、今は動作のひとつひとつが絵になるレベルでカッコいい。
 その見た目と、素性も相まって、学生時代から当然ながらすごくモテていた。
 けれど告白する女子は案外少なかったと聞く。彼の背負う「家」のレベルが大きすぎるので、恐れをなしていた子たちも多いのかもしれない。
 それでも、学生の間だけでも付き合ってみたいと、なけなしの勇気を出す女子もいくらかはいた。
 しかし、聞く限りでは樹山は、中高の間は誰とも付き合わなかったようだ。
 あまりにも平等に誰もが断られるので、一部の生徒の間では「家が家だからもう婚約者がいるんじゃないか」「いや、密かに想ってる相手がいるのかも」といった噂が広がっていたほどである。

「食べないの?」

 いつの間にかおはしが止まっていた私に、樹山がそう尋ねてくる。

「え、あっ。ごめん、考え事してた」
「ならいいけど。口に合わないのかと思った」
「そんなことない、大丈夫」

 今まで食べたことがないぐらいに上品で深い味付けと、離れの静謐せいひつな雰囲気に腰が据わらない心地はするけれど、ちゃんと料理の味は感じられる。
 それは一緒に食べる相手が樹山だからだろう。
 彼には不思議と、男女につきものの隔たりというか、性差を意識する感覚が鈍くなる。
 昔から「格好良い」とは思っていたけれどそれはどこか、アニメのキャラやドラマの登場人物に対して思う感じだった。なんとなく、現実でない所にいるような、そんな認識なのだ。
 だからなのだろう、樹山と一緒にいても、それ自体に緊張はしない。高校を卒業して以来、十一年ぶりの再会だから、その意味でのぎこちなさはあるかもしれないけれど。
 でも、新幹線のホームで会ったのが樹山でなかったら、実家に帰る前に話の練習台になってもらおうなんて考えなかっただろう。
 彼だったら、こんな話にも嫌な顔をせず付き合ってくれる。
 直感的にそんな気がしたのだ。


 ――けれど、料理が椀盛わんもりからおつくり、焼き魚から季節野菜の煮物へと進んでも、樹山は私に「なんで仕事辞めたの?」とあらためて聞いてはこない。ホームでの様子からすると、気になっているには違いないのに。


 考えているうちに、天ぷらに茶わん蒸し、季節のたけのこご飯とお味噌汁も食べ終えた。
 そしてデザートの甘味、黒蜜わらび餅と抹茶まっちゃティラミスが出てくる。
 最初から最後まで美味しい料理を味わえて、それはとても幸運で有り難いのだけど――何も尋ねないのなら、どうして樹山は私を食事に誘ったのだろうか。このまま聞かずに別れるつもりなのか。
 無言でほうじ茶をすする樹山に、思い切って私の方から尋ねた。

「ねえ、樹山」
「ん?」
「気になってないの?」
「何が」
「……私がなんで、東京での仕事を辞めたのか」
「気になってるけど」
「だったら――」
「なんで聞かないのか、って?」

 機先を制するように言いながら湯呑ゆのみを置いて、樹山がこちらをじっと見た。
 再会した時に私を見ていたのと同じ、まっすぐな眼差しで。

「穐本が話したいなら聞くよ。でもさっき、あんまり話したくなさそうに見えたから、俺からは聞かない方がいいのかもって思った」
「…………」

 そうはっきり言われると、言葉が続かない。


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