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1巻
1-1
しおりを挟む第一章 王妃になりたくない
残業、早出、休日出勤。
どんどん自分の時間が消費されていく。
お金は生活に問題ないくらいはあるけれど、もう少しのんびりしたい。
暗いマンションの部屋に入り、明かりを点けようと壁のスイッチを手で探る。
そこで眩暈がして、私は冷たい床に倒れた。
倒れた拍子に、玄関横の靴棚の上に置かれていた本がぱたり、と音を立てて床へと落ちる。
妹から借りた小説だ。
明日、返さなくちゃ、と思ったけど身体は重くて言うことをきかない。
視界がそのまま暗くなっていき……
● ● ●
「マリアローゼ!」
「お嬢様!」
不意に名前を呼ばれて、幼い少女は転んだ体勢のまま身動ぎをした。
(マリアローゼって誰だっけ?)
そう思った途端、まるで濁流に流されるようにそれまでの記憶が押し寄せてきた。
公爵令嬢として生を受けてからの記憶だ。
(さっきまでの暗い部屋は、何?)
今マリアローゼの鼻先を撫でる風は暖かく、春の香りがする。
目を開けると、先程まで目にしていた暗くて無機質なフローリングの床ではなかった。
そこには舗装された灰茶色の煉瓦が目の前に広がっていて、少し離れたところに誰か立っているのが見える。
金の刺繍の入った靴を履いた、子供の小さな足だ。
マリアローゼが再び身動ぎすると、地面に伸ばされた幼くて細い手が揺れた。
(あら? 私、縮んでる?)
額にもピリッとした痛みが走る。
(ここはどこだろう?)
「マリアローゼ!」
焦ったように名を呼ぶ声が再び響き、ふわりと腰に回された大きな手が自分を持ち上げる。
そうして起き上がり、目の前の金髪の少年を視界に入れた瞬間、マリアローゼの脳はフル回転を始めた。
この美少年は王子だ。
しかもこのアウァリティア王国の第一王子で、アルベルトという。
品行方正で優秀だが、優秀すぎる故に退屈さと無関心さを持つという偉そうな設定が付いていたはずだ。
(マリアローゼという名前に覚えがある。妹から借りた小説の主人公……)
前世と思しき記憶の中で読んだのは、「悪役令嬢」に異世界転生した主人公が破滅ルートを回避する物語だった。
タイトルは『悪役令嬢なのに、皆に愛されて困ります』という、いかにもな恋愛ものだ。
『星降る夜に君と』という乙女ゲームの中で断罪される悪役令嬢がマリアローゼで、小説ではそのマリアローゼに転生した高校生だか中学生だかが、破天荒な性格のまま周囲を篭絡して断罪を回避していく話なのだ。
通称『ホシキミ』と言われるそのゲームの世界でも、それを軸にした小説の世界でも、剣と魔法による戦いが出てくる。
こういった転生ものではよく登場人物をパターン化された「キャラクター」として扱うが、抱きしめられた感触や温もりもある人物達を、どうしてそんな風に作られたキャラクター扱い出来るのか、マリアローゼは前世から常々不思議に思っていた。
もしかしたら何度か転生しているのかもしれないし、ここがゲームの世界なのか小説の世界なのかも分からないけれど、マリアローゼの頭にまず浮かんだのは一つだった。
(王妃になんかなりたくない。でも破天荒な主人公の真似は恥ずかしくて出来ない。ならば無難に振る舞うのがベスト!)
瞬時に方向性が決まり、その通りに行動することにした。
「おめよごし致しました」
掌の擦り傷を確認したいところだが、今はそれどころではない。指先だけでスカートを少し摘んで、マリアローゼは膝を折って小さくお辞儀をする。
するとアルベルトは空色の目を見開いて、咄嗟に助けようと伸ばした手を引っ込めた。
「大丈夫?」
「怪我をしましたので、下がらせていただきます。御前失礼致します」
ウルトラ完璧ハイパー王子様は、心配そうな素振りで見ていたが、多分引きとめはしないだろう。
マリアローゼは振り返ると、先程助け起こしてくれた手の持ち主を見上げる。
筆頭公爵家当主であり、宰相でもあるジェラルドは、『氷の公爵』という二つ名に恥じることのない美形だ。
しっとりとした青みがかった銀髪の父は、いつもは厳格そうに見える薄氷色の目を細め、整った眉を寄せて心配そうに見つめている。
マリアローゼは、末娘を溺愛する父へと小さな手を伸ばした。
「おとうしゃま……」
安心と痛みで目からはぽろぽろと涙が零れ落ち、語尾も震える。
(決してこれは演技ではなく、幼女だから仕方のないことなんです)
年相応の反応で恥ずかしいことではないのだが、蘇った前世(二十八歳)の記憶があると、顔から火を噴くほど恥ずかしい。
「殿下、娘の手当てをして参りますので、御前失礼致します」
娘を抱き上げたジェラルドは軽く辞去の礼をとると、くるりと踵を返して建物の方へと早足に移動する。
肩越しにマリアローゼと目が合った王子は、先程までと同じく心配そうな様子でこちらを見ていた。そして小さくお大事にと口にする。
マリアローゼは精一杯の祈りを込めて、その目を見つめ返した。
(私は何の変哲もない貴族の子女です。どうかお忘れになってくださいますよう)
マリアローゼは王宮の控室へと運ばれた。この世界には魔法があり、希少とはいえ癒し手もいるので、王宮はもちろん王族の側には常に配備されている。訪問した貴族が怪我をすれば、それも看てもらえるのだ。
マリアローゼも擦りむいた額と掌、膝を手当てしてもらう。
身体全体を治す魔法もあるが、範囲が狭ければ消費魔力も少なくて済むので、まさに「手当てをする」だ。
手を翳された箇所がほんのり温かくなり、傷が癒えていく。
「ありがとう存じます」
傷が塞がった手も綺麗に拭かれたので、心置きなくスカートを摘めるというものである。
淑女の礼をとると、驚いた治癒師は目を見開いた。
「そんな過分なお礼をなさる必要はございません!」
背後に立つ現筆頭公爵でありこの国の宰相閣下と幼い令嬢を見比べながら、わたわたと言う。
「あら、いけませんわ。わたくしを助けていただいたのです。感謝の気持ちを受け取ってくださいまし」
そう言ってニッコリと微笑むと、マリアローゼは後ろからギュッと抱きしめられた。
「なんて素晴らしい娘なんだ……! 天使? 天使か?」
ジェラルドの手放しの絶賛に、マリアローゼは居心地が悪くなる。
(若干めんどくさい)
手当てをしてくれた治癒師の女性は、目を潤ませてその言葉に同意するようにこくこくと頷いている。
「お嬢様は天使でいらっしゃいますね!」
記憶を辿ると、今までそうだったのか? といえばそうではない。
普通に我侭な娘だったはずである。
公爵家にとって念願も念願、祈りつくして生まれた娘なので甘やかされ放題だった。
そんな娘が天使に育つわけはなく、ただ賢しい知恵はあったので、家族の前では我侭だけど可愛い娘。侍女達からすれば困った横暴なお嬢様。
ちらりと自分付きの侍女を見れば、そんなやりとりにスンッと冷静な視線を向けている。
彼女はエイラといい、母の元侍女であり、侍女長の次に権限を持つ。ひっつめにした黒髪に、緑の冷たい目が特徴的な静かな女性だ。
マリアローゼの侍女ではあるものの、母に近しい人間なので我侭放題に接するわけにいかなかった一人である。
とはいえ、何度も我侭をぶつけていた記憶はあった。
(今後は態度を改めますので、今までのことはどうか忘れてください)
心の中で謝罪していると、ジェラルドから明るい声がかかる。
「さあ、そろそろ庭に戻ろうか?」
(えっ? せっかく逃げ出せたのに!?)
クールビューティーな顔に笑みを浮かべるジェラルドの言葉を聞いて、マリアローゼは慌ててふるふると首を横に動かした。
(ここはきっと運命の分岐点の一つなんだ。間違えてなるものか)
「いえ、もう、おとうしゃまとおうちに帰ります」
記憶の中にあるマリアローゼの幼い口調と上目遣いで言うと、嬉しそうに頬を赤らめつつもジェラルドは首を傾げた。
それもそのはず。王子と会いたい、婚約したいと熱望したのは、前世の記憶が蘇る前とはいえ、マリアローゼなのだ。
「でも、君は王子様の婚約者になりたかったのでは?」
「いいえ、わたくしはおとうしゃまと結婚するので、いいのです」
にこにこと邪気のない顔で微笑むと、ジェラルドは顔を伏せて悶絶した後に断固とした口調で言い放った。
「よし帰ろう! すぐ帰ろう! ランバート」
父が侍従の名を呼べば、スッと姿勢を正したランバートが「御意に」と一言だけ口にして頭を軽く下げる。
黒い前髪を後ろに撫でつけた彼は、目付きが鋭く切れ長な目をした、どこか東洋人を思わせるような色気のある風貌だ。
執事の中でも有望株で、若くして当主であるジェラルドの侍従に昇格したエリートである。
侍従や侍女は秘書のような役割で、身の回りのこと全てを差配し、主人に付き従い王城でも外国でも付いていく。
彼は側にいた二人の従僕に何事かを囁くと、彼らはその場から急いで離れていった。
従僕は執事見習いで、見目が良く体力もある若い男が選ばれ、執事の手足となって業務をこなす。
ふわりと重力に逆らうように抱き上げられたマリアローゼは、ジェラルドに抱きしめられたまま部屋を後にする。
何度か来たことがあるので、城外への通路はぼんやりと覚えていたが、改めてしっかりと覚えておく。どこの城でも王の居城は大体が複雑な造りをしているのだ。
馬車回しに着くと、公爵家の紋章入りの馬車が正面入り口に停まっていた。
ジェラルドはマリアローゼを抱いたまま乗り込むと、隣に乗せることはせずに膝の上に置いて抱きしめた。着座を見計らったように、馬車が滑るように走り出す。
侍女や侍従は次の馬車に乗るので、ここにはいない。
適度な揺れと人肌の温かさと安心感で、マリアローゼの瞼が重くなってきた。うとうとと首が揺れるのを見て、優しい声が降ってくる。
「疲れたのかい? 寝ても大丈夫だよ」
安心させるようにポンポンと優しく頭に手を置かれて、マリアローゼは呆気なく意識を手放した。
ふわふわと雲の上にいるかのような感触に包まれて目が覚めると、マリアローゼは柔らかいベッドの中にいた。
最初に視界に入ったのは天井ではなく、ベッドの天蓋だ。
夜空を模した暗空色に、銀の色の星が散りばめられていて、キラキラと光を反射している。
(いや、あれ本当に銀じゃ? いやいや……えっ? そんなことある?)
目を凝らしながらもっそりと身体を起こして見上げていると、隣から声がかかった。
「おはようございます、お嬢様」
「ひやぁ」
突然のことに情けない声が口から漏れる。至近距離からの予想外の声かけは心臓に悪い。
小さな悲鳴が聞こえなかったのか、小間使いは深く腰を曲げて礼をしていた身体を起こすと、てきぱきと部屋中のカーテンを開けていく。
暗かった室内が、あっという間に光に満たされていくのをマリアローゼはぼーっと見ていた。
(昨日、王城で王子に会って、そこから逃げて……)
そしてぶっ通しで朝まで爆睡したのだ。
(あの子の様子からして数日寝てた、なんてことはない、よね?)
後ろ髪をエイラのように纏めてある小間使いの前髪は、栗色でふわふわだ。同じく淡い栗色の目を伏せて、小間使いはマリアローゼの前で小さくお辞儀をした。
「ただいま、飲み物をお持ち致します」
「あの……ナーヴァ……」
記憶を探り探り、何とか彼女の名前を思い出して、マリアローゼは名を呼んだ。
顔を上げた小間使い――ナーヴァはぎょっとした顔をしている。
今までは「ねえ」「ちょっと」「そこの貴方」だったので、名前を知っているなどとは思っていなかったのだろう。
驚いたナーヴァの形相にひぇ! と言いかけて、慌ててマリアローゼは言葉を呑み込む。
そしてしおらしく上目遣いで口を開いた。
「お願いがあるのだけれど……」
マリアローゼの振る舞いにナーヴァは更に目を丸くして、信じられないものを見るような目を向けてきた。
驚きを言葉に出さない彼女は優秀なメイドなのかもしれない。
というよりも、何を言われるか戦々恐々としているだけかもしれないが、ナーヴァはごくりと喉を鳴らして「はい」と口にした。
「二つ鐘が鳴るまで、誰もお部屋に入れないで。何だか気分が悪いの」
手元にあるフカフカの毛布を握りながら、遠慮しつつそう言うと、ナーヴァは少し呆けたように口を開けた。とんでもないお願いをされるのかと思っていた分、拍子抜けしたのだろう。
時知らせの鐘は一時間ごとに鳴らされる。時刻と同じだけの数、近くの教会の鐘が鳴らされるのだ。鐘が二つということは、二時間を表している。
「わ、分かりました。治癒師様をお呼びするのはその後でよろしいですか?」
「いいえ、どこが悪いというのではないから、それはいいの。お願い、ナーヴァ」
上目遣いでおねだりすると、彼女は呆然とした顔つきから、使命感を持ったメイドの顔に変わる。
心なしか頬も紅潮しているようだった。
美幼女に可愛らしくお願いされて断る小間使いなんていないのである。
「お任せくださいませ!」
元気良く引き受けたナーヴァは、部屋から飛ぶように出ていった。
(これで、飲み物を持ってくるまで誰も来ないわね)
しばらくは一人で考え事に集中出来る。
マリアローゼはほっと息をついた。
マリアローゼは前世の記憶の中に、この世界についての詳細な情報がないか探し始めた。
「私」の記憶を持った幼いマリアローゼの知り得た、この国の現状は以下の通りだ。
ここはアウァリティア王国。
王政であり、王と王妃の他に側妃はおらず、三人の王子がいる。
一人目は第一王子のアルベルトで、乙女ゲームの中では攻略対象者だ。
第二王子はお邪魔モブと言われていて、ロランドという攻略対象ではない悪役王子である。
小説内でも、主人公である悪役令嬢マリアローゼともヒロインとも打ち解けることはなかった。
第三王子は小説の一巻では出てこなかったものの、ゲーム紹介では年下の小悪魔美少年だということだった。今はまだ赤ちゃんである。
正妃であるカメリア王妃は、武門の家柄フォルティス公爵家の出身で、マリアローゼの母ミルリーリウムの実姉だ。
姉は国王に嫁ぎ、妹は筆頭公爵家の宰相に嫁いだのだから名門中の名門である。
王国は平和であり、今は外敵というほどの外敵はいない。
魔王などという者は存在していないが、魔物はそれなりにいて、自分達の領土を守るのが常となっているからか、国同士の諍いはここ五百年は起こっていないのだ。
なので母や王妃を含めこの国の上級貴族は、他国との政略結婚にあまり活発ではなかった。属性魔法という、戦争で使われるような攻撃魔法は基本的に貴族の特権能力なので、優秀な人材が他国へ流れるのは喜ばれないのだ。
ちなみにこの属性魔法だが、家ごとに得意な属性があり、それによって攻撃に秀でていたり守りに秀でていたりと異なる。
貴族でない平民達も、親や教会などから生活魔法の術式を付与されるので、最低限の魔法は使用出来る。だが、持って生まれた魔力量と魔法自体の術式の違いもあって、戦うことは出来ない。
逆に貴族は生活魔法を使う習慣がなく、基本的に邸宅で魔道具を使用している。
魔道具は主に魔獣と呼ばれる魔物から採れる、魔力を帯びた石――魔石で作られる。あったらいいなという家電のような道具は、その魔石のおかげですでに流通していた。
庶民の生活ではどの程度普及しているのかは分からないが。
ただし、魔術の発展と引き換えに、科学や物理といったものは恐らく発展していない。
医療に至っては、治癒師が癒やすためにほとんど研究されていない可能性がある。
頭の中を整理していると、コンコンと遠慮がちなノックが聞こえた。
「飲み物をお持ちしました」
「どうぞ、お入りになって」
マリアローゼはすぐに返事をすると、頬が紅潮したままのナーヴァが、素早く室内に滑り込んでくる。
押してきたティートローリーの上には、飲み物のセットと薄く焼いたクッキー、小さなサンドイッチも載せられていた。
食べ物を見た途端、きゅう……と小さなお腹から切ない音が漏れる。
「もしお召し上がりになれましたら」と、サイドテーブルに食べ物が置かれる。
手元に置かれた温かいカップを、マリアローゼは両手で持った。
「気配りありがとう、ナーヴァ」
「では、扉の外におりますので、何かございましたらお声をかけてくださいませ」
お礼の言葉に更に嬉しそうに頬を赤らめて、彼女はそそくさと部屋を後にした。
目の前のカップからはふわりといい香りが漂う。
ミルクがたっぷりと入っているようなそれを一口含むと、ふわりと甘さが舌に広がった。
蜂蜜とミルクの紅茶だ。
「あったかい……」
(甘くて温かくて、美味しい)
何故だか視界がぼやけた。
誰かが運んできてくれた飲み物、食事――そんなものは前世の記憶の中では幼い頃にしかなかった。
涙がほろほろと頬を伝っていくのが分かる。
「あぁ、私……疲れてたんだなぁ……」
蘇った過労死の記憶は、冷たくて暗くて悲しかったし、いつの記憶かも分からない。
(もう全然別の世界の記憶だし、もしかしたらただの夢かもしれないけど)
今のこの温かさが幸せと呼ぶに相応しいことは分かる。
(いけない! このまま泣いていたら、幼い身体はまた睡眠モードになってしまう!)
マリアローゼは気持ちを切り替えて、さっと涙を拭ってクッキーを口に入れた。
記憶の中の味には及ばないけれど十分美味しい。これも蜂蜜を使っているようだ。
(砂糖はどの程度普及しているのかしら? 蜂蜜が主な糖分なのだとしたら、原料が希少なの?)
今度はサンドイッチに手を伸ばした。葉野菜と肉が挟まれていて、味はチキンとレタスに似ていた。
辛味はなく、ソースはクリームチーズのようだ。
「ふむ、美味しい」
うんうんと頷いて、幼い頃から今まで食べたものを頭に浮かべるが、前世の記憶の中の食べ物とそこまで違いはないように思う。
(この世界にないものを食べたくなったら、そのうち作ればいいわね!)
お腹を満たすと、マリアローゼは更にこの世界の標となるような記憶を掘り起こす。
(王子はひとまず置いといて、まずは覚えている事柄から整理しよう)
マリアローゼは家族を思い浮かべた。
筆頭公爵家、フィロソフィ家には現在息子が五人、娘が一人いる。
長兄は名前をシルヴァインといい、スパダリ属性の押しの強い性格に野生的な美貌を持つ、第一王子と並ぶ天才肌だ。
母親に似た金髪に、父親似のアイスブルーの瞳なのだが、二人に似ず線は細くない。
髪質は母の家系であるフォルティス公爵家に多い跳ね髪で、快活そうなマッチョボディもそちらの系統だ。
彼は、攻略対象者だということが後々分かるという隠しキャラらしい。
(今は、普通に優しいお兄様だわ)
次兄は名前をキースといい、父親似の正統派クールビューティーで、宰相閣下の複製とまで言われている。
直毛の青銀色の髪を耳の上で切り揃えた幼さの残る髪形をしていて、同じくアイスブルーの瞳の色は冷たい美貌によく合っていた。
智謀に長ける攻略対象者の一人である。
(言葉遣いも丁寧で、物腰も柔らかいのよね)
次は双子の兄弟、ミカエルとジブリールだ。天使の名前ではあるが、中身は悪魔寄りだ。
二人とも母の先祖にいる赤い髪に、真っ青な海のような瞳をしている。
常に二人で行動していて、悪戯っ子という感じなのだが、有体に言えば倫理観ブッ壊れ系である。
(ヤンチャ系というより、まだ子犬っぽい感じだけど)
五番目の兄は名前をノアークといい、上の二人が喧しいせいか、口数が少ない兄で、魔法が使えないことで闇を背負っている。
光に透かすと赤いのだが、黒髪にも見える不思議な髪色に、瞳も暗い藍色をしていた。
無能者である自分を卑下して殻に閉じこもっている、不運系の人物だ。
(寡黙だけど、何だか放っておけない雰囲気なのよね。……って、全員攻略対象者じゃないの!)
マリアローゼは頭に思い浮かべた兄達に全力で突っ込みを入れた。
そして、最後の最後に生まれた念願の女子がマリアローゼなのである。
改めて、自分の姿を鏡で確認した。
肩までストレートの長い髪が、途中から緩やかにうねっている。銀色だけど、毛先だけ蜂蜜色に変化していくような……不思議な髪色だった。
どちらもキラキラしているので、そこまで色の差を感じない。奇抜ではなくて良かったというのが、マリアローゼの感想だ。
瞳の色は青とも紫とも見える菫色。
母は完全な紫だから、本当に父と母の間を取ったというような容姿だ。これも両親の愛を加速させた理由なのかもしれない。
「はあ……」
溜息を一つ吐いてから、マリアローゼは改めて前世で目にした小説を思い出す。
『悪役令嬢なのに、皆に愛されて困ります』
(困りますって何やねん。お前困ってねーだろ。困ってる振りしてるだけだろ。本気で困ってるなら逃げるなり何なりしろや――っていうのがタイトルを見た時の感想だったな……)
内容はいわゆるテンプレで、乙女ゲームで邪魔者として扱われる令嬢が、ヒロインを虐めて断罪されるという世界に転生して、定番の「破滅ルートから逃げなくちゃ★」精神で奮闘していたら、断罪を回避するどころか周囲に愛されまくるというものだ。
(結局、この世界軸がゲームなのか小説なのかは分からないわね)
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