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4巻
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しおりを挟むプロローグ 神議
「ただいまより神議を始める!」
世界と世界の間にある次元の狭間。そこに浮かぶ巨大で煌びやかな城の一室にて。
神々が険しい表情を浮かべ、円卓を囲んでいた。
ひと際豪奢な椅子に座っている女神――創造神セラフィが重々しい面持ちで口を開く。
「……先ほど人の子の世界で大規模な地震がありました。被害は甚大なようです。そして、その原因を精査した結果……」
誰かがごくりと唾を呑む。
「――外神が生きていることがわかりました」
外神。
それは数万年前、突如現れ世界に混沌をもたらし、一度は神々によって封印された存在。
しかし、外神は今の世に復活を果たすと、尋常ならざる力で精霊たちの力を奪っていった。
さらには精神を操作する魔剣をばらまくことで貴族に反乱を起こさせ、再び世界に混乱をもたらし……そして、潜伏先の古代迷宮において、転生者アルラインの手でようやく死んだと思われていたのだが。
その外神がまだ生きている。
その事実は衝撃と絶望を一度に運んできた。
頭を抱える神。恐怖に表情を歪ませる神。
「もう無理だよ!」
真っ先に発言したのは精霊神ムママトだった。
「ここまでやってダメならもうどうしようもないじゃないか! それに僕はもう、精霊を犠牲にしたくないんだ!」
その苦しげな叫びに神々の表情はさらに暗くなる。
遥か昔に神々が外神をどうにか封印した際、無数の下級精霊と、光の上級精霊が一人、犠牲になった。
ムママトにとって精霊は家族だ。庇護する対象であり、愛すべき存在。彼らを失ったことは、今でも深い悲しみとして胸に残っている。もう二度とあんな思いはしたくなかった。
泣いたり、笑ったり……神にだって感情はあるのだ。
「そもそも、なぜあやつはアルラインの攻撃を受けてもなお生きていたんじゃ? あの攻撃は加護を与えた我々ですら受けきれぬほどの威力じゃったが……」
真っ白なあごひげを生やした老人――魔法神グゥムは、迷宮で放たれたアルラインの攻撃を思い出して呟く。
アルラインに自覚はなかったようだが、あの最後の一撃は神の力にも等しかった。いや、もしかしたらそれ以上だったかもしれない。
加護が無数に与えられ、精霊の力をも扱えて、その上、努力を続けてきた転生者。
神々が予測した以上の力が彼には宿っていたようだった。
グゥムの言葉に確かにと皆が頷き、事情を最もよく知るセラフィに自ずと注目が集まる。
だが……
「外神がなぜ生きていたのか、私にもわかりません」
目を伏せ首を横に振るセラフィに、他の神々は落胆を隠せない。
一時の静寂が訪れる。
そんな沈黙を破ったのは、この会議中、唯一表情を一ミリも動かしていない儚げな美貌を持つ少女だった。
「外神はそもそも他の世界の神。我々と理が違うのだから何かしら手があったと考える他なかろうよ」
彼女の名は時空神ミューレ。時空を司り世界と世界との交わりについても詳しい神の言葉に、皆納得したように頷く。
外神の行動、力についてはわからないことが多い。
どことも知れない異世界からやってきた、破壊に喜びを見出す神。そんな理の外にある存在を理解しようとするほうが無理があるのだ。
だが、強大すぎる上に、理解もできない相手を倒すというのは容易ではない。それをわからない神はいなかった。
「……外神の復活を予期した時、わざわざ転生者を呼び寄せ、本来許されないほどの加護をかけたというのに、それでも届かぬとはのう……」
グゥムの言葉にセラフィは俯くしかない。
そう、アルラインは外神の復活を予期した神々によって、意図的にこの世界に連れてこられたのだった。
セラフィがかつてアルラインに説明した通り、彼の死は本来予定されていたものではなかったために、彼が通常の輪廻の輪から外れたことは確かだ。
ただ、だからと言ってアルラインをこの世界で引き受ける必要はなかった。それこそ地球の神が対応すればいいだけの話で、輪廻から外れたからと異世界の神に魂を渡すなど、本来ありえないことなのだ。
しかし、前世のアルラインが死ぬ少し前、セラフィたちは外神の復活を予期してしまった。
そして、わかったのだ。この世界の人間では到底太刀打ちできないことが。
しかも、前回外神を封印した時とは状況が変わり、神たちは自ら手を下すことができなくなっていた。
神が地上に降りれば、大きすぎる力の影響で世界が崩壊しかねないからである。
前回はまだ世界を創ったばかりで生命はほとんどおらず、多少の崩壊が起きてもまた創り直せばよかった。
しかし、今は違う。崩壊すれば数多いる生命がすべて滅びる。仮に外神を討伐できてもそれでは意味がない。
だから地球の神に頼み込んで、偶然輪廻の輪から外れた魂を譲ってもらったのだ。
異世界の魂はこの世界の魂よりも大きな力を受け入れることができるから。
セラフィたちは、初めからアルラインに外神を倒す役目を与えていたのである。
だが、思った以上に幼かったその魂に、そんな重大な役目を告げることはセラフィにはできなかった。酷だと、思ってしまったのだ。
「でも、こんなことになるなら、初めから伝えておけばよかったわ……」
外神の復活はもう少し遅いはずだった。それこそ、アルラインが大人になり、力を十全に扱えるようになってからだろうと予測していた。
だから、その時になってから伝えればいいと、それまでは楽しく人生を過ごしてくれればいいと、そう考えていた。
だが、外神は予想より何年も早く封印を破ってしまった。それも想像を遥かに超える強大さをもって。
完全に想定外のことに対応が遅れ、アルラインに伝えることができないまま時が過ぎた。そして今回のこと――外神の暗躍や大地震が起きてしまった。
セラフィは自分の無力さを感じずにはいられない。
「我々でもギリギリだったのだ。人間の子に託そうというほうが無理があったのさ」
「そもそも外神があそこまで強いなど予測しようがない」
「この世界は諦めるしか……」
(――もう、ここまでなのね)
どの神が言ったのかはわからない。だが、その呟きはセラフィの心にすとんと落ちて――
ドンッ!
「お前ら、それでも神か⁉」
激しい音と、声が響いた。
体全体が黄金色の毛で覆われ、顔周りの髪が鬣のようにも見えるいかつい男――獣神フェイルが円卓に拳を打ち付け吠えたのだ。
「てめえら腐っても神だろうが! 簡単に諦めてんじゃねーよ! この事態を知ればあの坊主は絶対に動く。俺たちの勝手で地球から連れてこられたあの坊主が、この世界のために命を懸けて戦うだろうよ! それを見捨てるって言うのかよ⁉」
フェイルは一度だけアルラインに会ったことがあった。その時にアルラインの正義感の強さに気付いていた。だから、これからアルラインが動かないわけがないと、確信していた。
フェイルの言葉にセラフィはハッとした表情を浮かべる。
(私は今、何を……我が子を諦めようとしたの?)
自分の思考に愕然とする。
(創造神が我が子……自ら創造した世界を諦めることなど、あっていいわけがない!)
そう思ったことで、セラフィは何とか心を持ち直した。
だがそこで、常に平静を保ち続けているミューレが無情にも告げる。
「理想を語るのはいい。だが、現実的な手立てがないのもまた事実。そこの脳筋には何か案があるのか?」
「ああん? 俺にあるわけねーだろ」
煽りにも近いミューレの問いに、フェイルはしかしあっさりと答えた。
神々の間に白けた雰囲気が漂う。
「……」
「なんだその目は」
「いや、脳筋はやはり使えないなと思っただけだ」
ミューレの呆れた眼差しにフェイルがふんっと鼻を鳴らす。
「俺にはねーよ、俺にはな。……だが」
セラフィに目を向ける。
「創造神には考えがあるんだろ。じゃなきゃわざわざ俺たちを集める意味がねえ」
曇りなき眼差しに、セラフィが思わず小さな笑みをこぼす。
「……やっぱり獣神にはお見通しなのですね。一番何も考えていなさそうなのに」
「うるせー。獣の勘ってやつだよ。あんたが、ただ現状報告のためだけに俺たちを呼ぶとは思えねえしな」
セラフィは確かに手立てを考えてきていた。だが、それでもまだ外神を倒せる確率は極めて低い。話しているうちにすっかり絶望感に囚われ、言い出すのを躊躇してしまっていたのだ。
言い出すきっかけをくれたフェイルに感謝である。
セラフィがその気持ちを笑みで伝えると、フェイルは照れ隠しに頭をガシガシと掻き、心なしかそっけなく言う。
「んで? その案を早く説明してくれよ」
「そうですね」
セラフィはくすりと再び笑うと、すぐに真剣な表情を作った。
そこに弱気になっていた彼女はもういない。世界を統べる神の姿に、他の神の背筋も自然と伸びる。
「実は、以前から準備を進めていた封印石の用意ができました」
その言葉に神々が驚き、ざわめく。
封印石――それは、かつて外神を閉じ込めていた、神にしか作れない特殊な石だ。
セラフィは続ける。
「もう少し時間がかかるかと思っていたのですが、ミューレが足りない材料を別次元から調達してくれたので完成を早めることができました」
フェイルがミューレを睨む。
「手立てがあるってわかってたんじゃねーか!」
「封印石があるからといって、すなわち外神を封印できるというわけではない。最後まで話を聞け」
「お前……!」
外神を倒す準備を進めていながら、先ほどその術をフェイルに問うたミューレ。
直情的なフェイルはぎりぎりと歯を食いしばった。
それを見てセラフィが苦笑しつつ頷く。
「ミューレの言う通りです。封印石があるといっても、今のままでは封印できる段階まで外神を弱らせることはできないでしょう。しかもただ封印石を使うだけでは以前と何も変わらない。なので……」
――神を創造するつもりです。
セラフィの提案にすべての神が絶句した。
第一話 地震がもたらしたもの
【スフェルダム帝国side】
「薬と包帯はまだか⁉」
「もう寝かせる場所がない!」
「水をください! わが子を、わが子を助けて……!」
スフェルダム帝国首都ベリルの救護所は阿鼻叫喚に包まれていた。
世界的に発生した大規模な巨大地震。それにより家屋の倒壊や火災など甚大な被害が発生。怪我人が溢れ返り、薬や包帯といった必需品が不足し、さらには深刻な食糧難に陥っていた。
そして――海が涸れた。
それは当然ながら、前代未聞の事態だった。
まさに天変地異と言うほかない、誰にも理解できない災厄。
最初にその報せがあった時、誰もが耳を疑ったものだったが、やがて事実だとわかると皆、絶望に打ちひしがれた。
誰もが先の見えない現状に希望を失い、暗い表情を浮かべている。
――そんな時だった。
「陛下が来たぞぉ!」
ひと際大きな叫び声に、誰もが耳を疑い、その場が静まり返る。
そして、すぐにその叫びが正しかったことを知り、今度は自分の目を疑った。
現れたのは、アルラインとともに先帝の圧政を止めた英雄であり、帝国の若き皇帝でもあるディアダール・ウォー・スフェルダムその人。凛々しく馬に跨る彼は、大きな木箱を抱えた騎士を無数に引き連れていた。
あまりにも壮観な光景に、小さな子供ですら目を見開いて固まっている。
一人、また一人と膝をつき頭を垂れようとして――
「良い。今は緊急事態。そのような礼はいらない」
彼らの動きを制止したのはディアダール本人だった。
信じられないという表情で、救護所にいた平民たちはディアダールの顔を見つめる。
平民が皇帝の顔を直視するなど、本来なら到底許されることではない。罰せられるのではないか、そんな恐怖を抱えつつも『礼はいらない』という皇帝の言葉を無視することもできず、平民たちはただじっと身じろぎもせず突っ立っていた。
そんな様子にディアダールは苦い笑みを一瞬だけ浮かべるも、すぐに真剣な面持ちで声を張り上げた。
「皆、今回のことで不安や苦しみを抱えていると思う! 足りない物資、人手。これからどうやって暮らしていけばいいのか……」
皇帝がどんなことを話すのか、誰もが一言も聞き逃すまいと耳をそばだてていた。そんな彼らを見回すと、ディアダールは高らかに告げる。
「約束しよう! 絶対にこの国を建て直すと! そなたらが不自由なく暮らせる国にすると!」
ディアダールの言葉に人々は絶句する。帝国民にとって、皇帝が平民を気にかけるというのは信じられないことなのだ。
そんな彼らの眼には、驚きとともに猜疑の色があった。
ディアダールは思う。
(それも仕方ないか……これまで皇家は圧政を敷き続け、平民など歯牙にもかけてこなかったのだから)
ディアダールが皇帝になってまだ日が浅い。いくら傾いた帝国を建て直そうと善政を心がけているとはいえ、民が疑心暗鬼になるのは仕方のないことだった。
彼が連れていた騎士に合図すると、騎士たちが持っていた木箱を一か所に下ろし始めた。
状況が見えず、人々はその様子をただ黙って見守るしかない。
騎士を横目にディアダールは再び口を開く。発せられたのは、人々の疑念を吹き飛ばす言葉だった。
「今回の被害の大きさを重く捉え、国庫を開放した! これらの箱にはわずかばかりだが、食料に薬、衣類が入っている! 少しでも足しになることを願う!」
「「「なっ……」」」
あまりのことに口をぽかんと開ける人々。置かれた箱は数も大きさもかなりのもので、到底『わずかな量』には見えない。
さらに、それで終わりではなかった。
「また、騎士たちが本日よりこの救護所の警護、および臨時職員として働く! 人手が足りないことだろう。帝国の騎士は民を守るために存在するのだ! 存分に頼ってくれ!」
ディアダールが言い終えると、その場に一瞬、静寂が広がる。
そして。
「「「うおおおおおおおおお!!!」」」
人々から沸き上がる歓声。中には泣いて喜ぶ人さえおり、先ほどまでの不安と絶望はすっかり消え去っていた。
食料に衣類、薬まで。足りなかったものが国から配給された。
しかも、皇帝自らが直接運んできた。
それは人々に驚愕を与えるとともに『ディアダールは前の皇帝と違う』ということを自然に理解させた。
「「「陛下万歳! 万歳!」」」
人々の歓声がさらに大きさを増し、耳をつんざかんばかりに響き渡る。
この日、首都ベリルのいたるところで救護所からの歓声が聞こえたという。地震が起きて以来、帝国でこれほどまでに笑顔が溢れたのは初めてのことだった。
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