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6巻

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 ミッション① 変えられる所は遠慮なく変えよう



 長年頭を悩ませていた隣国ドラスリールの政治体制が変わったことで、そことの争いがなくなった、内陸にあるカルヴィア国。
 いくつかの国と国境を接しており、そうした隣国とのいさかいが多いため、一つでも心配が減ったことは僥倖ぎょうこうと言える。
 外交担当の者達は、この奇跡に感謝と言って大喜びしたようだ。なんせ、言語は同じはずなのに、話が通じないとまで言われる相手だったのだ。何か揉めるとすぐに侵略しんりゃくしようとして来るのが常であった。
 嫌味ばかりで隙を窺って来る国の方がまだ良く、ドラスリールとの外交はとにかく根気と我慢が必要だったらしい。その相手がいなくなると聞けば、涙を流して喜ぶのも仕方がない。
 その上に、友好を示すという名目で、共同研究の話まで来ている。それは、作物の品種改良や土壌どじょうの改良、人材育成についてのものだ。
 そして先ごろ、研究の裏にカルヴィア国のとある商会の協力があるという事実を、中央の貴族達も知ることとなった。

「このようにっ、これらの研究で生み出す商品や施策はどれも、かつて賢者けんじゃが存在していたという古代の文明の最盛期を彷彿ほうふつとさせるものと言えます! その知識や商品は、国のために使われるべきものでしょうっ」
「いやいや。あれは革新的過ぎます。急激な発展は、周りの反発を生みます!」
「それです! 商品はどれも、民や冒険者向けに特化したものが多いと聞く。もしや、民達が決起し、ドラスリールの二の舞になるということもあり得ない話ではないでしょうっ」
「あの国には責められるべきところがあったのは明らかだ! 発言の撤回を!」

 王宮ではここのところ毎日のように、とある商会――セイスフィア商会の商品や提案を国で採用すべきと言う者と、危険だと言う者に意見が分かれ、討論されている。それを数段上の席で黙って聞いているファスター王と宰相さいしょうのリゼンフィアの目は冷え切っていた。
 ファスター王は、拡声の魔導具の起動を静かに切り、そろそろ収拾もつかなくなりそうな議場を見下ろす姿勢を崩さないまま、隣のリゼンフィアへ声を掛ける。

「なあ。こいつら、フィルの所に行ったことあると思うか?」

 これに対して、同じように顔を動かさずにリゼンフィアは答えた。

「ないと思います。行ったとしても、クマ達に追い返されるでしょう。フィルがいかにも嫌いそうな顔をしていますし」

 彼が不機嫌になっているのは、実の息子、フィルズの功績であるセイスフィア商会をどうこうしようと話されていることの不快さからだ。
 リゼンフィアが家庭をかえりみなかったことが発端で、フィルズは母クラルスと家を出て行き、その先で今や国の重鎮達も無視できないような商会を創った。
 その功績は素晴らしいが、当のフィルズは今でもリゼンフィアを『父』とは呼んでくれない。そんな現状では、彼も『息子の商会です。だから黙っとけ』とは言えなかった。その複雑な心情が表情に出ているというわけだ。
 ちなみに、セイスフィア商会は無礼な客に厳しい。クマの姿をした魔導人形が敷地内を巡回しており、この議場の貴族のような欲深い者達は叩き出されるのが常だ。

「嫌いそうな顔ってっ……っ、笑わすなっ」

 思わず噴き出しそうになったファスター王は、リゼンフィアを横目でじろりとにらんだ。しかし、すぐにため息をつき、椅子の肘掛けに頬杖を突く。

「はあ……もう、いっそフィルを連れて来て、こいつらをやり込めてもらおうか」
「面倒だからと、隠密ウサギで実力行使に出そうです……」

 隠密ウサギもクマと同様にフィルズが作った魔導人形で、秘密の諜報ちょうほう部隊を組織している。小さく素早いこと、更には少しの間姿を消すこともでき、国の抱える暗部の者達さえその存在を知らない。

「ぷはっ。あるっ。絶対やるっ。というか、これ、フィルに報告行ってるだろ……ここにも隠密ウサギ入ってるし……」
「許可されたのはどなたですか」
「私だな……」

 フィルズが放った隠密ウサギが自由に出入りしているため、ファスター王とリゼンフィアは王宮の内情を苦もなく得ることができていた。

「お陰様で、王宮内の怪しい動きは全て把握済みです。証拠も回収してくれるので、それを突きつければ、給金の減額や賠償ばいしょうなどの処分、何より横領おうりょうの発見も容易たやすくて助かっています」

 日々、査定されているとは、貴族達は思ってもみないだろう。分かりやすくサボっていた者達は軒並のきなみ証拠映像で自白させ、その後、監察期間を経た後に降格か現状維持かが決められる。
 どこから見られているか分からない恐怖で、たいていは真面目に働き出すが、そもそも実力不足として降格する者も多かった。ただ、その影響で下の者達は安心して仕事に向き合えるようになり、仕事の効率が分かりやすく上がっている。パワハラ被害がないだけでも違うのだ。
 ファスター王は胡乱うろんげな目をリゼンフィアへ向ける。

「……言いたいのは金の回収の話?」
「無駄金の回収の話ですね。来年の予算に余裕ができて助かりました」
「……い、いいことだな……」
「とてもいいことです」

 最近、リゼンフィアの仕事の効率が上がっているのは、これのお陰でもありそうだとファスター王は納得した。ただ、理由は他にもある。

《みぃ~》
「っ、ライ。もう少し待ってくれ」

 そうリゼンフィアが声を掛けたのは、足下に擦り付いて、見上げて来る淡い黄色の毛をした子虎型の魔導人形だ。名をライデンと言う。フィルズが護衛としてリゼンフィアに用意した魔導人形で、引き渡された時の姿は、立派な成体の大きさだった。
【装備変換】の魔導具の応用で、通常時は子虎の姿に変わっている。待ってくれとのリゼンフィアの返事に、ライデンは理解していないような顔で腹を出して寝転がり、体をぐにゃりと曲げるように首を傾げてみせる。

《みゅ~?》

 まるで、早く撫でろとでも言いたげな姿に、リゼンフィアは陥落かんらくした。


「っ~、分かった。そろそろ終わらせようっ」
《み~ぃ》

 ライデンは嬉しそうに鳴くと起き上がって、ファスター王の椅子の下で寝ていたもう一匹の黒い子虎型の魔導人形の方へ向かい、擦り寄った。
 黒い子虎の方はそれを、片目を開けて受け入れると、ゆっくりと椅子の下から出て来て、ファスター王の前で主人を見上げて、美しい座り方を見せる。

《……》

 しばらくファスター王を見つめる子虎。それに根負けして、ファスター王は頷いた。

「……シャルテ……いいぞ」
《みっ》

 優雅に立ち上がり、議場の方を向く。紛糾している貴族達を確認した子虎のシャルテは前方へとジャンプした。階段から飛び降りる途中で、黒いモヤが子虎の体を覆い、下に着地した時には、成体の大きな姿になっていた。そして、美しく大きな黒い虎となったシャルテが吠えると同時に、貴族達の周りだけやみの力で覆う。

《グラァゥッ!》
「「「「「ひっ」」」」」

 自分が目を開いているかどうかも分からないような真っ暗な闇に貴族達は包まれた。彼らから距離があるファスター王とリゼンフィアには、黒い球体の中に貴族達が呑まれたように見えている。その闇は二秒ほどで晴れた。驚き過ぎて貴族達の声はやんでいた。実は、これを披露するのは三度目なのだが、まだ効果は絶大だ。
 静かになったところで、すかさずファスター王が口を開いた。拡声の魔導具を使うまでもなく聞こえるだろう沈黙は有難い。

「もう良いだろう。何度も言うが、セイスフィア商会は我が国の神殿長しんでんちょうが懇意にしており、教会の後ろ盾を得ている。手を出すことは許さん」
「っ……」
「それと……まずはエントラール領を見て来ることだ。だが、行く時は……」

 ここでリゼンフィアに目を向けるファスター王。その意図をみ取り、リゼンフィアが後を続ける。

「大人しく今のように口をつぐみ、質問があれば誰に対しても丁寧に尋ねてください。間違っても、権威を振りかざす横暴で横柄おうへいな態度を取らないように」
「っ、それはっ……それはどうして……」

 貴族は途中で声の勢いを殺す。
 階段の下で美しい姿勢で座って貴族達に目を向けているシャルテ。それと、リゼンフィアの前で同じ姿勢を取った子虎の姿のままのライデンの視線に気圧けおされたのだ。
 それに気付き、さすがはフィルズの、自慢の息子の作ってくれた護衛だと満足げにしながらリゼンフィアは答えた。

「知りたいならエントラールでやってみると良いでしょう。まあ、少し調べれば理由は分かります。子どもでも知っていますから」
「……調べてもいいと?」

 領地持ちの貴族は、自身の領地のことを他の貴族に調べられるのを嫌う。当然だろう。それなりに後ろ暗いことをやっている場合もあるし、領地を富ませるために独自の施策をやっていることもある。
 こちらも調べないから、お互い調べないようにしましょうという暗黙の了解があるのだ。それなのに、リゼンフィアは自信を持って調べても構わないと言い切った。

「構いません。お好きにどうぞ。ただ……こちらも領地のために知られたくないことはあります。それに近付いた場合や、迷惑を掛けた場合は、相応の対応が待っていますとだけお伝えしておきます」
「っ……そうですか……」

 これで、半分くらいは怖気づいて様子見をするだろう。残りの半分は、隠密ウサギの餌食えじきになるかもしれないが、知ったことではないとファスター王もリゼンフィアも放置する構えだ。

「では、今日の議題はここまで。解散」

 リゼンフィアの言葉でファスター王が立ち上がれば、優雅な動きでシャルテも立ち上がり、ファスター王の隣に寄り添う。
 そして、リゼンフィアもその後に続くと、ライデンが跳び上がり、雷光を纏わせると成体の大きさになって着地する。チラリと貴族達に睨みをかせると、その堂々とした姿でリゼンフィアの隣についた。
 それを見送った貴族達は、呆然とする。

「っ……実際、あれはなんなのだろうか……」
「護衛だとは聞いたが……」
「他に誰も聞いていないのか?」
「聞ける機会がない……」
「セイスフィア商会より、まず先にアレを知るべきでは?」
「「「「「……」」」」」

 最初に、ファスター王とリゼンフィアが虎達を連れ歩くようになってから説明があったのは、護衛だということだけ。それからすぐにあの闇の魔法や違反者に対する電撃攻撃を見て、怖くて尋ねられなくなった。触れてはいけないような気がするのだ。

「……いずれということで……」
「「「「「そうしよう……」」」」」

 彼らは先送りにすることに決めた。誰も変につついて痛い目に遭いたくはなかった。貴族らしい保身の考えが、こうしてセイスフィア商会の技術を隠すことに一役買っていたのだ。


 そんな貴族達のことなど知るよしもなく、ファスター王とリゼンフィアは機嫌良く執務室に向かって廊下を歩いて行く。

「シャルテは、今日も美しいなっ」
《クルル》
「女王様のようだったぞ」
《クルゥゥ》

 よしよしとファスター王がシャルテの頭を撫でれば、嬉しそうにその手にすり寄る。それをうらやましく思ったのだろう。ライデンが歌うように喉を鳴らしてリゼンフィアを見上げた。

《クルル~ゥ》
「っ、ライ……お前は可愛いよ」
《クルルゥゥゥ》

 微笑ほほえむリゼンフィアに撫でてもらえたライデンは、嬉しそうに身を寄せた。高貴な猫というような態度のシャルテとは違い、ライデンは少し甘えただ。
 クマもそうだが、魔導人形には、それなりに個性がある。それに気付いた時はファスター王もリゼンフィアも驚いたものだ。ファスター王は、改めて感心した。

「シャルテやライデンを見ていると、環境とは本当に大事なのだとよく分かる」
「ええ。周りの環境と、付き合う相手との会話や行動……それでここまで個性が出るのですね」
「うむ……」

 そして、同時にファスター王が思い出すのは、幼い頃から王妃との関係で見て見ぬふりをして来た第三王子のリュブランのこと。それと、市井しせいで学んでくることを名目としてフィルズに預けた双子――第二王子のカリュエルと第一王女のリサーナのことだった。

「子ども達を見て、環境であれほど人も変わる……変われるとは思わなかった」
「生き生きとされていましたね」
「ああ……あんな風に笑うとはな。それに……一番驚いたのはリュブランだ。あれは……教えられたことはなんでも、失敗もそれほどせずにそつなくこなすらしい」
「フィルが天才だと言っていましたよ」
「っ、フィルが……そうか。フィルが認めるほどか」

 嬉しそうにファスター王は頬を緩めた。王子だというのに長く不遇な扱いを受けて来たリュブランを、死地にまで追いやったことがあるということで負い目があった。父親として、何一つしてやれなかったことを、今更ながらに後悔している。

「リュブランに……息子に父親だと胸を張って向き合えないのは、情けないものだ……」
「……同意します……」
「ふっ、はははっ。そうだったなっ」
「……」

 大笑いするファスター王に、リゼンフィアは恨めしげな目を向ける。
 同じようにリゼンフィアも、息子のフィルズには父親だと自信を持って向き合えない。向き合わせてもらえない。
 彼の第一夫人ミリアリアと、第二夫人クラルス。長年確執のあった二人の間を、息子に取り持たせてしまったのだ。夫としても父親としても合わせる顔がない。

「いいじゃないか。夫人同士が仲良くなったのだろう? 家庭に問題がなくなったのは喜ばしいことだ。夫婦問題の解決の糸口にもなっただろう」

 これを参考に関係の修復ができそうではないか、先が見えたなとファスター王は祝福する。しかし、リゼンフィアの表情は晴れない。その理由は悲しいものだった。

「……私が居ても、私抜きで家族が団欒だんらんするのですよ……喜ばしいですか?」
「んんっ……っ」

 ファスター王は否定する言葉さえ出すのを躊躇ためらった。想像しただけでも地獄じごくだ。

「帰りたいのに……帰りたくないっ……この気持ちが分かりますか?」
「っ……」

 声が段々と低くなっていくリゼンフィアに、ファスター王は、この雰囲気ふんいきをどうすべきかと視線を彷徨さまよわせる。そして、シャルテを見て、ライデンへと視線を投げた。
 これを受けて、ライデンがリゼンフィアをなぐさめるように動く。尻尾をリゼンフィアの腰に巻きつけ、身をすり寄せた。

《クルル~?》
「っ、ライデン……だ、大丈夫だ。ありがとう。慰めてくれるのか?」
《クルルゥゥ~》
「お前はっ……お前が居れば、耐えられるよ。努力しよう」
《クルルゥ》

 頑張ってと言うように目を細めて鳴かれ、リゼンフィアの気分は持ち直した。

「はあ……本当に、フィルには感謝だ……」
《グルル?》
「お前達にはいつも助けられるよ」
《クルル~》

 護衛としてだけでなく、支えてくれる相棒としてシャルテやライデンを与えてくれたフィルズに、ファスター王もリゼンフィアも何度も感謝する。

「ますます、頭が上がらなくなりそうだ」

 一国の王が、喜んで頭を下げるのはフィルズくらいだ。それも悪くないとファスター王は笑った。

 ◆ ◆ ◆

 エントラール公爵領都ではひと月ほど前から、決められたルートをほぼ指定時間ぴったりで走る『巡回定時便』という、乗車賃さえ払えば誰でも乗れる魔導車まどうしゃが走っている。
 見た目は赤い三角屋根の長細い家のよう。側面の上の方には、窓が沢山たくさん並んでいる。この窓は物理も魔法攻撃も全て弾く安心仕様だ。もちろん、側面も屋根も保護してある。
 そして、それを運転するのは、ペンギン型の魔導人形だ。見た目はコウテイペンギンの子ども。ふわふわ感が人気だ。体表が灰色と黒、白で綺麗に分かれているペンギンらしい見た目だった。小さな運転手用の帽子も被っていて、とても可愛らしい。
 久し振りにこの領都を訪れた行商人の父子が、見慣れぬその魔導車に目を丸くし、休憩所に駆け込む。そして、見知った住民達に尋ねた。

「すみませんっ。あの乗り物はなんでしょうかっ」
「おや。久し振りだねえ。あれは『巡回定時便』と言ってね。あ、丁度時間もいいんじゃないかい? そろそろ説明の映像が出るよ」
「えっ、なら、アレもセイスフィア商会の⁉」
「そうさ。ほら、始まるよ」

 休憩所では、セイスフィア商会の商品を紹介する映像が一時間ごとに流れるようになっている。中央にある石の台座に魔力を注ぎ込むことによって動作し、流れる内容はそのたびに変わる。そしてひと月ほど前からは、商品紹介の前に魔導車の説明が必ず入るようになっていた。


 ポロロン
 ポロロン
 ロンロンロ~ン


 竪琴たてごとの音が、映像が映るのと同時に響き、見たこともない服を着た可愛らしい女性が映し出される。
 セイスフィア商会の広告塔で、商会長フィルズの実母でもあるクラルスと、相棒のピンク色のクマ、ローズだ。服装は、以前辺境伯領へんきょうはくりょうでもお披露目ひろめしたバスガイドのようなもの。長いマーメイドラインのスカートがとても美しく、クラルスによく似合っていた。

『ごきげんよう♪ みなさんはもう乗ってみましたか? まずは『巡回定時便』について説明しま~す!』
「「……」」
「何回見ても、クーちゃんとローズちゃんは可愛いねえ」
「本当よね。クーちゃんを見るとなんだか元気になるわ」
「あの笑顔がいいのかしらねえ」

 父子が唖然としている中、おしゃべりに来ていた奥様達が娘に向けるような目で嬉しそうに見ていた。

『この魔導車は、エントラール領都内を朝の八時から夜の八時までの間、三十分ごとに三台が運行します。二台はこの領都の商業ギルドの前から左右に向かって各々おのおの発車し、残り一台がセイスフィア商会から南に向けて出発します』

 このエントラール領の大まかな地図が表示され、その端に赤い三角屋根の魔導車が映る。商業ギルドの隣には大きな空き地があり、そこから二台が左右に分かれて定時に発進していくようだ。
 一方は時計回りに、もう一方は反時計回りに走る。そうして出来た中央の空白地帯を、セイスフィア商会から出た魔導車が一台走る。丁度『中』という漢字が浮かび上がるコースだ。

『乗り降りのできる停留所は主要施設前が多く、徒歩で約二、三十分の距離ごとに設置されています。このマークがある場所で待っていてくださいね♪』

 クラルスが手の平を上にすると、そこに現れたのは地球ではお馴染なじみのバス停。だが、時刻の書かれた下の四角い板はペンギン型。停留所の名をしるす丸い板はクマの顔をかたどっていた。

『乗り方は簡単♪』

 クラルスが魔導車に乗り込んでいく。魔導車の真ん中にある入り口のステップを上がると、右側に『触れてください』と文字の書かれた手のひら形の板があり、そこに手を当てる。

『これに触れるだけで、個別の魔力で登録されます。どこから乗ったかが記録されるんです。こうするのは、距離によって乗車における金額が変わるからです』
『《きんがくのいちらんは、こちらです》』

 ローズが言うと、運賃表が映し出された。

『エントラール領都内は一駅ごとに、30セタとなります。お子さんは五歳頃までは無料、十歳頃までは一駅10セタです』
『《かんこうするには、いちりつ300セタの【一日乗車券】がおとくです》』
「あのカード、ひと月ごとに絵柄が変わるんですって」

 一日乗車券はカードの形をしている。その絵柄は写真のように綺麗な画像のもの。

「えっ⁉ そうなの⁉」
『《うりばは、セイルブロードの【チケット屋さん】と、しょうぎょうギルドの【販売窓口】。それと、まどうしゃのなかでもかえます!》』
「最初のは、ローズちゃんだったわよね⁉ え? じゃあ、もう変わっちゃった⁉」
「うん。ほら」
《こんげつの【絵柄】は……コレ!》

 奥様の一人が映像を指差すと、ローズがカードをアップで映していた。それは、エプロンをしたイワトビペンギン型の魔導人形であるペルタが、飲み物を差し出している絵柄だった。

「っ、うっそ! ペルタさんじゃない⁉」
「ペルタさんだ‼ いやぁぁぁっ! 買って来る‼」
「俺も行く‼」
「セイスフィア商会の方が近いわねっ」
「ペルタさぁぁぁんっ‼」
「「……え……」」

 休憩所にいた大多数の若い冒険者達や住民達が手を止めて立ち上がり、駆け出して行った。

「あらあら。落ち着きがないわね~」
「そういうあんたは、買わないのかい?」
「もう買った」
「……っ、抜け駆けね!」
「いやあねえ。丁度、定時便に乗って出かける日が二日前にあったのよ」
「もうっ。なんで言わないのよっ。ペルタさんのカードは欲しいわっ」

 ペルタは老若男女ろうにゃくなんにょ、誰にでも人気がある。本来は魔導車の管理担当なのだが、たまに商店の手伝いにも入っていたのだ。そこでしっかりとファンを作っていた上、なぜか『さん』付けで広まっている。中身は完全にイケオジ。気遣いもできる紳士しんしだ。ぶっきらぼうな言葉遣いをするが、それがまた良いと評判だ。
 映像の中のクラルスは、カードを片手に、ウインクする。


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