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1巻

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   第一章 とつぎ先は極寒の地


 俺はどうして……

「ばぶぅ……」

 こんなところにいるのだろうか。
 俺はただの平凡な会社員。結婚もせずパートナーも作らず、いや作れずに淡々と独身歴を重ねていた男だ。
 それなのに、どうしてこんなところに寝転んでいるのだろうか。目の前にある天井には、見たことのない模様が描かれている。壁紙だって、赤に金色となんとも高級感がある。そして、俺を囲う手すりのようなもの。

「あらあら、起きちゃったのですね、殿下」

 男性の声が聞こえてきた。聞き心地のいいハスキーな声だ。俺を上から覗いてくるが……なんか、顔が大きくないか? いや、俺が小さいのか?
 さっきから覚えるこの違和感はなんなのだろうか。

「ばあばですよ~」
「ばぶぅ」

 俺に向かって手を伸ばしてきて、俺の手を掴んだ男。おいおいちょっと待て、手のサイズが違うんだが。この人の人差し指しか掴めないんだが。しかも、さっきから聞こえる俺の声。まさかのまさかで……

「まだ四ヶ月だというのに、全然お泣きにならないのよねぇ。手がかからない、というのは殿下のことを言うのかしら」

 転生、した? 俺、もしかして今赤ん坊?
 でも、もう一つ気になることがある。いや、嫌な予感がする。

「こちらにいらしたのですか、メイド長」
「えぇ」

 どこをどう見ても男だろこの人。髪も長くて童顔みたいだけどさ、喉ぼとけあるし。でも、おねえ言葉で自分のこと〝ばあば〟って言ったし、さっき入ってきた男が〝メイド長〟って呼んだし。
 いや、まさか。噓だと言ってくれ。

「殿下も今日はご機嫌ですね、メイド長」
「本当に可愛らしいわね。将来は美人さんになるに決まってるわ」
「違いありませんね」

 ……マジかよ。


 会社からの帰宅中にトラックにはねられた俺は、気がついたらまさかの赤ん坊になっていた。
 俺が転生したのはとある世界の王子様。しかも、この世界の人間は全員男らしく周りは全員男しかいない。なんとまぁ変な世界に転生したものだ。
 男ばかりだったら人口減少真っただ中だと思われるだろうが、ここの男達は少し違う。二種類の人種がいるからだ。子供を産むことが出来る男と出来ない男の二種類。子供を産める男のことをここでは《アメロ》と呼ぶらしい。
 さっきのメイド長同様、アメロは童顔で背が低く男らしくない容姿をしている。だから見ただけでアメロかそうでないかは分かる。
 つまり、BのLで溢れかえってるってことだよな。うわっ、マジかよって最初は思った。けど、受け入れないとここで生きていけないだろうな。これはもう腹をくくるしかないようだ。

「メイド長、第七王子殿下のとつぎ先が決まったそうです」
「そう……陛下は、リューク殿下をどうするおつもりなのかしら。こんな離宮に押し込むだなんて」
「仕方ありません。殿下は王族を象徴する銀髪に青い瞳をされているのですから。アメロである以上政略結婚、となるでしょうが……とつぎ先を決めるのには時間がかかるかと思われます」
「そう、よね……」

 俺には兄弟が十四人いる。俺は生まれたばかりだから当然一番下の十五番目。それに王族の証である銀髪青目ときた。当然権力争いというものが生まれてくるし標的にされる。だからこうして離宮で過ごしているということなんだろうな。
 俺としてはこっちの方がいいけど。権力とか王太子とか国王の座とかいらないし。そんな面倒くさいものなんて渡されても熨斗のしをつけて返してやる。


   ◇


 それからというもの、順調にここ離宮で歳を重ねて今ではもう十九歳。この国の成人年齢は十八歳だからもちろん成人している。だけど、歳を重ねていくうちに、不思議とこの体と中身が同化していっているように感じる。本来なら、前世の年齢プラス十九歳のはずだが、なんとなく十九歳の若者のような感覚なんだ。なんとも不思議だな。
 俺には母がいない。俺を産んだ時に亡くなったそうだ。乳母の離宮メイド長が俺を息子のように可愛がってくれたんだけど、俺が六歳の頃に亡くなっているから彼ももういない。
 寂しいかどうかは……分からん。ここは離れなだけに周りの使用人達も少ないけれど、俺に同情してるのか優しいし仕事もちゃんとしてくれる。けど色々と自由な者達でもある。王宮みたいに緊張感とかないしな。こっちの方が居心地がいいんだろ。俺、厳しく注意とかしないし。だから別に寂しいってわけではない気もする。
 それに、教育とかそういうのも問題なかった。家庭教師はいなかったけど、乳母が勉強を教えてくれたし、他にも優秀なやつらが周りにいるのだから教えてもらえばいいだけで。
 だからここまでなんとかなった。というか、暇だったから暇つぶしに勉強していた、という面もある。
 そう、暇だ。毎日毎日何もなさすぎて暇なんだ。こうして離宮に押し込まれて、もう忘れ去られてるんじゃないかってくらい毎日が流れていく。
 離宮には誰も来ないし、お金も最低限ではあるけれどちゃんと支給されているらしいから、食事とかも普通にとれてる。
 ほら、俺こんな容姿だから他の兄弟に目をつけられる可能性はあるけれど、本当に何もないんだよ。俺、家系に入れられてないのかな? なんて疑ったりもした。
 まぁ、面倒なことになってないなら別にいいけどさ。とはいえこれから何があるか分からないし……でも平和ボケしちゃうくらい暇すぎる。

「この髪長すぎて面倒なんだよな。切っていいか?」
「ダメですよ。アメロは髪を伸ばすのがしきたりなんですから」
「ちぇ、面倒くさい」
「殿下、ご容赦ください」

 しょうがない。高くポニテにしてるからそこまで邪魔じゃないし、慣れたしな。でもさ、切っちゃいけないなんて言っても、前髪は切ってるんだから別によくない? とも思う。まぁ決まりだからしょうがないんだけどさ。
 俺が十九歳になる間に何人か弟が生まれ、今では俺らは十九人兄弟だ。と言っても俺は十五番目で末端の方だ。ただ王族の血が流れているというだけ。忘れ去られているのなら、俺はここで静かに過ごせばいいかな。
 そう思っていたのだ。
 だがしかし、そんな素敵な生活は続くはずもなく……



「第十五王子、リューク・メト・トワレスティアにはメーテォス辺境伯にとつぐことを命じる」

 初めて訪れた王城の本宮。いきなり「来い」と呼び出され、離宮と違ってなんともきらびやかな謁見室に連れてこられて告げられた言葉がこれだ。
 あ、厄介払いな。と、すぐに理解してしまった。俺、男と言っても子供を産むことが出来るアメロだし。だから政治戦略として俺をとつがせるってところか。俺が忘れ去られてなかったことには驚きだが。
 まぁ、俺は王族を象徴する容姿を持っている。色々と厄介だってことは自分でも分かってたしな。
 謁見室のど真ん中に立たされた俺が見上げているのは、さして面白そうじゃない顔をして玉座につく俺の父、国王陛下と、その横に立つ……兄弟? 俺と同じ容姿をしているやつが一人。確か第一王子の王太子だったか。そいつも「ふぅん」と言いたげな顔でこちらを見ている。別に期待することなんて一つもないがな。

つつしんでお受けいたします」

 そう一言、さらっと告げてその場を後にした。祝いの言葉すら貰わずに。まぁ貰ったところで嬉しくもなんともないが。
 ただ、心残りが一つ。

「殿下ぁ! お達者で!!」
「我々一同、殿下の幸せを心より願っております!!」

 離宮のみんなを連れていけないことだ。そう、一人で行ってこいと言われてしまったのだ。生まれてすぐここに追いやられ、今は亡き乳母を含めたみんなに育ててもらった。全員俺が生まれてからのことを知ってるやつらばかりだ。十九年間、長い付き合いだった。なんか、寂しいな。けど、これは仕方ないことではある。
 どうせ国から追い出されるわけでもないし、縁があればまた会うこともあるだろう。元気でな。
 とりあえず、寝床があって美味しいご飯を食べさせてもらえれば俺は幸せだ。辺境伯って見たこともないしどんな人なのか知らないけど、期待はしないでおこう。後でガッカリしないように。
 でもさ、俺とつぎ先の旦那の名前しか知らないんだけど。その他は全部知らない。荷物だってこの大きめのトランクのみ。まぁ文句は言えないのは分かってるし、黙ってよ。

「では出発いたしましょう、殿下」
「あぁ」

 俺の他には、二人の役人が一緒に向かう。とは言っても辺境伯に婚姻届にサインをさせたらそれを持って帰る手筈だ。
 それにしても、この役人二人やけに着込んでないか? 今は初夏でとても暖かい気温だから当然俺は半袖だ。それなのに一体こいつらは長袖を何枚着込んでるんだ。上着だって暖かそうなもん着てるし。え、もしかして風邪とか? いや、それは勘弁してほしいんだが。風邪菌なんて貰いたくない。
 なんて思いつつ外を見ていたら……なんだあれ。

「今回は移動魔法陣装置で辺境伯の領地へ向かうことになっています」
「へぇ、タウンハウスじゃなくて領地なんだ」
「メーテォス辺境伯は首都嫌いで有名ではありませんか。タウンハウスにはほとんどいませんよ」

 あぁ、なるほど。だからか。でも自分の嫁を迎えに来ないってどうなんだ?
 あ、魔法陣装置っていうのは、その名の通り魔法で移動出来る代物だ。大きな魔法陣の上に乗り、行き先を設定、発動するともうすでに装置が設置された別の場所に一分足らずで到着する。いやぁ、実に不思議なものだ。古代の偉人達が作り上げたらしいんだけど、現代では魔法を使える人はいない。途絶えた、が正解か。
 俺は使うの初めてでさ、ちょっとビビっている。けど馬車で長い道のりを行くよりはマシだしな。
 黙って外を見ていると、馬車が魔法陣装置に到着した。
 確かに大きな魔法陣のようなものが白い線で、レンガ造りの床に描かれてる。そのちょうど真ん中に、俺の乗る馬車が停止した。
 へぇ、だいぶ大きな魔法陣だな。これ、もっと大きな馬車も行けるんじゃないか?
 失礼します、と役人の一人が馬車から降りた。外にいる騎士や役人達と喋っているが……手続き的なものをしているのだろう。そうして、役人は戻ってきた。
 それから数秒後、移動魔法陣が発動し馬車が青白い光に包まれた。一体どんなものかとビビっていたんだけど……何事もなく、光が収まると外の景色がガラッと変わっていた。
 そして、気温も。
 ……さっむっ!?
 え、何これ、雪降ってんじゃん!! 今初夏だぞ初夏!! もうそろそろ夏だぞ!! ここどこだよ!!

「ここは北区、一年の四分の三が冬です。王都での真夏の時期にはこちらも雪が溶けますが、それ以外は雪が降り積もっていますね」
「マジかよ」
「さ、屋敷に向かいましょう」

 なるほど、お前らが着込んでいる理由はそれだったのか。離宮のやつらは首都のタウンハウスだと思っていたから半袖を用意してくれてたけど、一言言ってくれてもいいじゃん!! 何、いやがらせのつもりか? 凍え死ねと、そう言いたいのか? マジでクソ野郎達だな。
 本宮の連中はクソ野郎ってことは知ってたけどさ。王都から離れて正解だったかもしれない。
 とりあえず、両腕をさすって寒さに耐えつつ馬車の揺れに身を任せた。早く屋敷に着いてくれ。絶対屋敷の中は暖かいだろ。

「見えてきましたよ。メーテォス辺境伯の屋敷です」

 そう言われ馬車の外を見てみると、見えた。結構デカい屋敷が。シンプルで、かつ全体的に青い。今日からあそこで暮らすのか。暖かかったらいいな。だってここ一年の大半が冬なんだろ? とりあえずちゃんとした暖房さえあれば大丈夫だな。
 そして、玄関の門まで辿り着き、馬車が止まった。役人達が降りて、俺も降りる。あ、手、差し出された。誰だ、と思ったら軽く武装してた警護のやつだった。でも手は素手。わざわざガントレットを外してくれたのか。初めてされたな。こういうの。

「いらっしゃいませ、王子」
「あぁ」

 使用人達が道の両脇に列をなして立っている。寒いだろうに、俺達が来るまで待ってたのか。でも震えているようではない。着てる服が暖かそうだからだろうな。ハイネックのある制服なんて初めて見た。

「お待ちしていました」

 そして奥から出てきた男性。服装からして……貴族。じゃあ、ここのご当主様、俺の旦那になる人か。シンプルで黒一色な服を着てるな。黒が好きなのか?
 ……イケメンだな、うん。俺より体デカいし。あ、俺はアメロだから背が前世の成人男性の平均より低いけど。それにしても、辺境伯は俺のいた離宮のやつらより背が高い。少し伸びた黒い短髪に赤い瞳か。
 それにしても一向に俺を見ようとしない。それどころか、挑発するような目で役人達を見下ろしてる。え、仲悪いのか?
 確か、首都嫌いだって聞いたな。もしかして王族や貴族のやつらと仲が悪いのか?

「外は寒いですから、早く中へどうぞ」
「あ、うん」

 うん、寒い。凍え死にそう。なんか雲行き怪しくなってきてるし。大雪でも降る感じか? 勘弁してくれよ。
 屋敷の中は、外観と同じく青で統一されていた。と言っても少し濃いめの青か。とても綺麗だ。それよりも、屋敷の中暖かいな。玄関でもこの暖かさ。何か工夫されてるんだろうけど、どうやってるんだろ。
 今日からここで生活するのか。いいな、離宮と違って住みやすそうだ。辺境伯や使用人達がどんな人達なのかは知らないけど、優しい人達だといいな。……と、言いたいところではあるけれど、ここに来るまですれ違った何人かの使用人達の俺達を見る目はあんま友好的ではなかったな。俺のせいか、それとも役人のせいか。後者だったらいいなぁ、なんてな。
 なんて思いつつ、案内された客間に入ってソファーに座った。

「お久しぶりですね、メーテォス卿。去年の陛下のお誕生日パーティー以来でしょうか。と言っても、すぐお帰りになられてしまいご挨拶出来ずにいましたがね。相変わらずご多忙のようだ。それにここは大雪で外出出来ない日々が続いたりしますから。ですがこれから夏ですし、晴れが続いて落ち着くでしょうね。いかがですか、今度こちらの屋敷でパーティーなんて」
「メーテォスの天候を甘く見ていては最悪命を落とされますよ」
「はは、さすがメーテォス家ご当主だ。この領地をよく理解していらっしゃる」
「で?」
「は、はは……では本題に入りましょうか」

 うわぁ、何今の。「で?」にだいぶ力が入ってたぞ。役人二人がビビってたし。さっきの会話には色々と突っ込みたいところがありありだったけどさ、俺は黙ってた方がいいよな。辺境伯は全然俺のこと見ないし。俺は空気か?

「ではこちらにサインをお願いします、殿下」
「あ、うん」

 一枚の紙を目の前に出される。一緒に差し出された羽根付きのペンを持ち、紙に書かれている内容を読み進めた。

「こちらにご記入ください。まさか、ご自分のお名前は書けますよね?」
「……」

 なんだよ、家庭教師付けてもらえなかったからって字が書けないって思ってんのか。書けるに決まってんだろ。しかも「ここですよ」と書く欄まで指示してくるし。そんなもん分かるわ。何、こんだけかすってことはもし読めたところで内容なんて知ってても意味ないとでも思ったか。バカにするなこん畜生ちくしょう
 だがここで文句を言っては面倒なことになるから黙ってサインをした。それから目の前に座る辺境伯もその下にサインを。

「はい、確かに確認しました。婚姻成立です。きちんと陛下にお届けいたします。では私達はこれで」
「あぁ、よろしく頼むよ」

 ここに来て三十分もしないうちに、役人達は婚姻届をふところに入れてそそくさと帰っていった。うわぁ、どんだけここが嫌なんだよ。まぁ寒いから早く帰りたい気持ちも分からなくはないけどさ。吹雪とかになったら大変だし。
 それにしても、実に呆気あっけなかったな。これでもう俺は結婚しちゃったわけだし。実感ないな。

「では殿下、大切なお話をしましょう」
「え?」

 辺境伯がいきなり俺に向かって話し出したことに驚きつつ、パッと彼を見た。お年寄りの使用人が、辺境伯に何か書類を渡す。そして、ローテーブルに置き、俺の方に向けさせた。
 それは……《離婚届》。
 わぁお、さっき婚姻届にサインしたばっかりなのにもうこれか! この人は実にユーモアのある性格らしい。

「王宮で育った殿下にとって、ここは少し厳しい場所でしょう。悪いことは言いません、王都にある私のタウンハウスで何週間か過ごしてから王宮に戻ることを提案します」
「……」
「婚姻届を出してすぐ離婚届じゃ、国王陛下も受理してくださるか分かりませんからね」
「……」
「ここは一年のほとんどが冬ですから、色々と危険もつきものです。殿下にとっては過酷な場所だと思います。ですから戻られてはどうですか?」

 マジかよ。ようやく喋り出したと思ったらそれかよ。とついですぐこんなことを言われるとは思わなかった。
 でも、俺王宮に戻れないんだよな。厄介払いされたわけだし、もしかしたら暗殺とかされるかもしれない。兄弟達に。そんなのごめんだね。

「殿下のお書きになる欄はここです。どうぞご記入を」

 は? この人までバカにしてくるわけ? まぁさっき役人達の会話を聞いたからなんだろうけどさぁ……ちょっとカチンときたよね。
 俺は出された離婚届を持ち、立ち上がった。そして……
 ビリッ。ビリビリッ。なんとも気持ちのいい音が静かな部屋の中に響いた。そして、笑顔で手を離す。
 辺境伯の目の前で、離婚届だったはずの紙が無残にもバラバラにされ、ひらひらと舞いながらテーブルに落ちていく。カーペットとかに落ちたら片付けが面倒だしな。
 うん、爽快。イライラしてたから余計だよな。でも少し挑発的だったかもしれない。その時の辺境伯の顔は、びっくり、というか、面倒くさそうな顔だった。俺が大人しくサインするとでも思ってたのか。残念だったな。
 というか、この人笑わないのな。イケメンなのにもったいない。

「あは、冗談なんて酷いじゃないですか」
「この土地を甘く見ていたら死にますよ」
「好都合です」
「……好都合?」
「とにかく、よろしくお願いしますね、旦那様」

 俺の父や兄弟達は、ここは過酷な地だからと選んだのだろう。くたばっちまえと。だったら暗殺者とかは回さず放ったらかしにするはずだ。それなら好都合。幸い、前世で雪には慣れてる。まぁ大雪とかは無理だが。でも俺のいられる場所はもうここしかない。ここでも追い出されるなんて真っ平ごめんだ。
 何がなんでもここで生きてやる。



「奥様のお世話をさせていただきます、ピモと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「あ、うん、よろしく」

 あの直後、知りませんからね、と一言残して辺境伯は出ていき、代わりに違う男性が入ってきた。俺と同じアメロなのだろうか童顔で背が低く、青い髪も長い。離宮でも俺のお世話係はアメロだったから、アメロが世話係になるのは常識なのかな。
 それより奥様、か。ちゃんと奥様扱いされてるみたいだけど、なんか違和感がある。奥様だなんて前世だったら一生呼ばれないワードだろ。

「これから奥様に使っていただくお部屋はこちらです」

 そう言って案内された部屋は……これまた素敵な部屋だった。青と白を基調とした壁紙やカーペット。それに家具だって白が多い。ベッドもそうだ。今まで見たことがないくらいすごくいい部屋。マジ? ここ使っていいの?

「こんなに広い部屋使っていいの?」
「えっ?」
「ベッドふかふかじゃん!」

 布団の触り心地最高。離宮でもまぁまぁいいベッドを使わせてもらってはいたけれど、こんなに寝心地がいいのは初めてだ。え、枕も最高! 俺はどんな枕でも寝られるけどさ、これはいい夢が見られそうだ。夜寝る時が楽しみだな。
 というか、辺境伯とは別の寝室だったな。普通夫婦って同じ寝室を使うんだっけ。まぁ俺としては別なのはありがたいな。
 なんて思いつつ大きな窓を見てみると、雪は相変わらず降り続いていた。今はパラパラとだけど、これもしかして時間経ったら猛吹雪になったりするのかな。間違えれば命を落とすって言ってたし。うわー、ここに来るのが少し遅れてたらそんな中移動するはめになってたってことじゃん。あっぶねー。

「山めっちゃデカっ!」
「……メーティ山脈です」
「山脈!」

 白、というか銀色のでかい山が連なってる。すげー、こんな大自然の中で生活出来るのか! 首都と違っていい空気を吸いながら生活出来るってことだよな。

「……これから昼食となりますので、ご案内します。屋敷のご案内はその後にいたします」
「うん、お願い」
「……」

 ……ん? なんかこの人、驚いてないか? 俺、なんか間違ったこと言ったっけ。思い当たる節はないんだが……ま、いいや。

「ここってさ、とっても屋敷の中暖かいな。暖房とかどうしてるの?」
「床下からの蒸気を建物全体の壁の中で巡回させています」
「へぇ、そんなこと出来るんだ!」

 じゃあ床下に沸騰させたお湯があるってことか。こんなに快適なんだから色々手が加えられてるんだろうな。なるほど、蒸気か。王宮だと暖炉だったから結構新鮮だな。前世じゃエアコンだったし。
 ちょっと試しに壁を触ってみた。おぉ、あったかい。すげぇ。中見てみたいな。


 そして辿り着いた部屋。とても広くて、大きなテーブルがある。ここは食堂か。
 こちらへどうぞ、と椅子に座らせてもらう。けど、カトラリーとかの準備は俺のだけだ。しかも、その後俺の前に並べられた食事は、量がちょうどよかった。
 貴族って残すくらいの量を出すじゃん? そんなのが出てきたらどうしようって思ってたけど、これなら安心だな。

「これ何?」
「……シシ肉です。ここらではシシがよく出ますから、捕まえて食料にしているのです」
「へぇ、初めて食べた。臭みがなくていい」
「……」
「ここずっと冬だろ? 野菜とかってどうしてるの?」
「……寒さに強い野菜を栽培しております。あとは、この領地にはいくつか温室がございます。もちろんこの屋敷にも大きな温室がございます」
「へぇ~、後で行ってみたい」
「えっ」
「え? ダメだった?」
「あ、いえ……かしこまりました」

 なんか、反応おかしくないか? 周りの使用人達。王子っぽくないって言いたいのか? すみませんね、ちゃんとした王子じゃなくて。俺こういう性格だからそれでよろしく。

「……お食事はお気に召したでしょうか」
「うん、食べたことないものがあったから新鮮で美味しかったよ」
「そうですか……」

 だからその反応やめろ。


 結局、昼飯に辺境伯は来なかった。仕事が忙しいらしい。
 俺も手伝った方がいいのか? とも思ったものの、この世界で奥方は仕事をしないのが決まり、というか常識だ。そんなんじゃ暇で死んじゃうに決まってる。と言っても、離宮でも何もやることなかったから一緒だけどな。とりあえず、俺はここに慣れるのが先決だな。

「……風呂広いな」

 連れてきてもらった風呂は、まさしく大浴場。いや、ホテルの大浴場かよ。しかも大理石で白いから清潔感もある。すげぇ、ここに入っていいのか。じゃあ、これからも使っていいってことだよな。こんなに大きな風呂を俺一人だなんて贅沢ぜいたくすぎるとは思うけど、ありがたく使わせてもらいます。
 というか、泳いでいい?

「では奥様、洗わせていただきます」
「うん、お願い!」

 湯船の温度もちょうどいい。湯は透明で、床まで見える。うわぁ、ここまで大理石かよ。

「えっ……」
「ん?」
「あ、いえ、失礼いたしました……」

 あ、もしかして俺の手に驚いた? 実はタコがあるんだよね。離宮生活の際、暇で色々やってたから。

「これ、ナイフ使った時のタコ」
「えっ!? あ、あの、アメロなのに、ですか?」

 そう、アメロは危ないことは絶対してはいけない。剣やナイフを使うなんてもってのほかだ。

「俺は王子で兄弟もいっぱいいるからさ、王位継承権争いってやつに巻き込まれる可能性があるんだ。だから護身用に身につけたんだ。あ、でもそんなに強いわけじゃないし時間稼ぎとか? 他の人が来てくれるまでのな」
「……そう、ですか……」

 とはいえ、これまで王位継承権争いなんて俺には関係なかったけどな。誰も来なかったし、離宮に。


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