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1巻
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しおりを挟む第一章 スキルルーム
今日は久しぶりに家族全員が揃った。私、水澤優衣は看護師、弟の晃太は私鉄の運転手、父、龍太は業務用台所の設計、母、景子は専業主婦、カニヘンダックスフントの愛犬・花。それぞれ忙しい毎日なので、家族が揃うのは本当に久しぶりだ。さて、お昼はラーメンでも食べに行こうか、なんて話していると、チャイムが鳴った。
近くにいた私がモニターを見ると、派手な格好をした女性がいた。後ろには有名なドイツの外車。きっと向こうも家族が勢揃いしてる。
「うわあ、華憐や」
「あの人、よお家に来れるなあ」
私の声に、寝そべっていた花にすりすりしていた晃太が、呆れたように声を上げる。
華憐には、私達家族全員、迷惑を被っている。
車があるからいるって分かっているだろうし、返事をするまでチャイムを押し続けそうだ。仕方ない、出るか。
「なに?」
『あ。優衣ちゃん、今日さあ、実はあ』
「いい加減にしなさいよ、どうせ、マリンちゃんを預かってとかやろ。飼い主なんだから自分で世話せんね」
マリンちゃんとは、華憐が衝動的に買ったチワワだ。よくうちに預けて遊びに行く。あまりにも頻繁で、断ると門扉にリードを引っ掛けていくこともある。あの時はか細い声に気づいて、慌てて家に入れたけど、よほど寂しかったのか、マリンちゃんは母の膝から降りようとしなかった。
『違うの、マリンはシャンプーに預けているから、十六時過ぎに迎えに行っ――』
「だから、いい加減にせんねッ」
堪らず怒鳴った瞬間、カッと白い光に包まれた。足下にあるはずのフローリングの感触がなくなり、いきなり襲う浮遊感。
「え?」
体が浮いている。花が悲鳴のような鳴き声を上げ、私の意識がそちらに向く。花は母に抱かれている。その母も身を守るように体を丸くしている。母に向かって手を伸ばすのは晃太。
「優衣っ」
私に手を伸ばしているのは、必死の形相の父だ。咄嗟に父の手を掴む。そして、父と晃太が伸ばした手が繋がった瞬間、ブラックアウト。一瞬意識も飛んだみたい。
次の瞬間、お尻に衝撃が走り、私達は絡まるようにして倒れこんだ。
視界に入ったのは、石の床、そしてローブや騎士っぽい鎧を着た、まあ、ファンタジーな格好をした人達。歓声がすごくて、花が怖がって吠える吠える。
なにここ? と、思わず見回すと、華憐達一家が目に入る。なにやら喚いているが、私達は、私達を守るのに精一杯。花を抱える母を中心に固まるしかない。
「なぜ、こんなに召喚されたのだ?」
「呼んだのは聖女だけだが、その周囲にいたものが稀に巻き込まれると」
つぶやく声を拾う。なぜか日本語だ。明らかに外国人の容姿をしているのに。
これで大体察した。これはいわゆる『聖女召喚』だ。ただ、そういった設定のライトノベルはおそらく私しか読んでいないはず。両親は呆然としている、晃太はなんとなく察したようだ。
そして、二人の男性が来て鑑定をするという。まず嬉々として鑑定を受けたのは、華憐達家族だ。結果、華憐はバツ二の出戻り『聖女』、若作り命の華憐の母はバツ三『大魔導師』、水色に髪を染めた自堕落なニートの華憐の弟は『聖騎士』、赤く髪を染めている、男を常に何人もキープするために大学やホストクラブに通う学生の華憐の妹は『大賢者』。
「おお、やはり聖女様でしたか、これだけ美しいとなると疑いようがないですな。それに大魔導師、聖騎士、大賢者、素晴らしいっ。やはり召喚して大正解であったなっ」
ベテランっぽい鑑定士が、華憐達をよいしょ。華憐達はどやあ、という顔をしていた。
その間、私達は一ヶ所に固まっていた。数人のローブを着た人や、騎士っぽい感じの人が、害意はありませんと言っていたが、いまいち信じられない。
「もしや、こちらの女性もそうやもしれん。過去には聖女と同時に神子も召喚されたことがあるという」
「可能性はあるな、さ、こちらにっ」
今度はこちらを爛々とした目で見てきた。
絶対に嫌な予感がする。もう一人の中堅っぽい鑑定士が、私の腕を掴んだ。
え? こっちの了承もなしに? そして知らない人に腕を掴まれる恐怖。
「娘に触らんでくださいっ」
父が声を張り上げ、鑑定士の手を払いのけ、私を後ろに隠そうとしてくれた。
「でも。鑑定しないと」
「なんでそっちの都合で個人情報さらさんといけんのですか?」
晃太が剣呑に言葉を放つ。数人が、あ、そうだよね、みたいな顔になる。
「えっと、では職業だけでも鑑定させていただけないでしょうか? その、今後の流れにも関わるので」
中堅っぽい鑑定士が、やっと説明する姿勢を見せた。
「嫌ですよ。さっさと元の世界に戻してくれたら、鑑定なんでせんでいいでしょう? さ、家に帰してもらえますか?」
晃太が剣呑な空気のまま言い放つと、中堅っぽい鑑定士がわずかにうろたえた。なんや、嫌なうろたえ方やな。
「もういい、鑑定は済んだ。これらは『聖女召喚』の巻き込まれ者であろう」
ベテラン鑑定士がこともなく言った。
「こっちの許可もなく鑑定したんですかっ」
信じられない、個人情報を勝手に覗き見るなんて。憤慨している私達をしり目に、ベテラン鑑定士はペラペラと個人情報をしゃべる。父が『ベテラン技術者』、母は『ベテラン主婦』、弟は『真面目な社畜』、そして私は『行きおくれ』。そして愛犬、花。
私の『行きおくれ』が出た瞬間に嘲笑されて腹が立ち、目の前のベテラン鑑定士の鼻に私の拳がうなりを上げた。慌てて晃太が止めに入らなければ、小バカにしたあいつの鼻が左に向いたのに、惜しい。その間に鑑定結果がさらされてしまう。
水澤優衣 レベル8 三十歳 人族 行きおくれ
【スキル】自己鑑定(A) アイテムボックス(C 時間停止)
【固有スキル】ルーム(1/100)
水澤晃太 人族 レベル7 二十八歳 人族 真面目な社畜
【スキル】自己鑑定(A) アイテムボックス(SSS 時間停止)
水澤龍太 人族 レベル18 六十八歳 人族 ベテラン技術者
【スキル】鑑定(SSS) アイテムボックス(A 時間停止)
水澤景子 レベル14 六十二歳 人族 ベテラン主婦
【スキル】自己鑑定(A) アイテムボックス(S 時間停止) 生活魔法(浄化 着火 消火 灯火 消灯 消音 剥離 研磨 分離 撹拌 粉砕 抽出)
「おおっ、巻き込まれでも素晴らしいっ。鑑定SSSにアイテムボックスがSSSとはっ」
数人が目の色を変える、私達は危機感を覚えて更に身を寄せ合う。
その後わらわらと人が集まってきた、値踏みするような目を向けられて、いい気分はしない。さっさと出ようこんな国、と思った。でも、右も左も分からない異世界。さあ、どうしたものか。いや、そうじゃない。
「明日から連勤なんだけど」
「そうや、明日は早いんよ」
「沖縄のホテルの仕事を仕上げんといかん」
「明日、分別ごみの当番」
「早く、家に帰してもらえませんか?」
私、晃太、父、花を抱えた母が、召喚担当者と思しき人に詰め寄る。
「いや、ちょっとそれは……」
私が睨むと、召喚担当者は、ひっと声を上げる。
そこに現れたのは、金髪碧眼の王子様みたいな若い男性。あ、なんかやな感じ。
「『聖女』は誰だ?」
「あ、私でぇす」
華憐が嬉々として手を上げる。
「なんと美しい方だ。さあ、早速こちらへ。ん、他はなんだ?」
召喚担当者が、そそくさと寄っていき、説明。
王子様らしき人は私達にゴミを見るような目を向け、後ろにいた壮年の男性に「なんとかしておけ」みたいなことを言って、華憐家族を引き連れて去っていった。イラッ。
で、私達は別室に案内される。私達はひしと寄り添い合い、移動する。抵抗したところで向こうに勝てないからだ。数人の鎧を着た騎士達に囲まれてる。腰に下がった剣は飾りではないだろうし。
「どうぞお座りください」
丁寧に着席を促してくれたのは、王子様らしき人に指示された壮年男性。薄い色合いの長い金髪を一つに纏め、すらっとしたスタイルで外国の大手企業のイケメンおじ様重役みたいな感じだ。
「私はこの国で内閣副大臣を務めています、ヒュルト・リン・ディレナスと申します。この度は大変なご迷惑をおかけしました」
先ほどのベテラン鑑定士にはない礼儀を感じる。
「現状の説明をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
内閣副大臣ヒュルトさん曰く『聖女召喚』に私達は巻き込まれたのだろうとのこと。どうやらこの『聖女召喚』は、あの金髪碧眼王子様が独断で行ったようで、周囲はかなり反対していたそうだ。ここはディレナスという国で、香辛料や薬草栽培などで豊か。周辺諸国とも同盟を結んでおり、わざわざ『聖女召喚』をして国力を強化する必要なんてないらしい。
「あの、この国の説明は、いらないので、戻してもらえません?」
「そのことですが……」
結局、無理らしい。
「それって無責任じゃないですか?」
私がギリギリと睨む。
「もちろん、生活の保障はします」
「それは税金ですか?」
父が尋ねる。ヒュルトさんは驚いたような顔をする。
「まあ、そうなりますが」
それはさすがに受け取れない。
そこに役人っぽい人がやってきて、ヒュルトさんに耳打ちをした。ため息をつくヒュルトさん。
「申し訳ありません。明日、改めて話の場を設けさせてください。本日は客間を用意しますので、そちらでお休みください。皆さんの身の安全は、私、内閣副大臣ヒュルト・リン・ディレナスが保証します。そして先ほど勝手に鑑定した内容は外部に漏れないように手配いたしますので」
どうやって秘匿するんだろうと思ったけど、魔法でどうにかできるらしい。私達のスキル情報だけに限定し、制約魔法をあの場にいた全員にかけるそうだ。なんだか、大事のような気が。
忙しいのか、ヒュルトさんはそれだけ言ってあわただしく退室していった。
そして、案内されたのは、ヨーロッパの宮殿みたいな客間。私と母、晃太と父で分かれて使えるよう二部屋用意されたが、離れるのが怖かった私達は一部屋で過ごすことに。
「これからどうなるんやろうね」
母が不安そうに膝の上の花を撫でる。花は先ほどまで興奮し、部屋中のにおいを嗅ぎ回っていたが、やっと落ち着いた。メイドさんがお茶、たぶん紅茶を出してくれたが、飲む気がしない。
「あのヒュルトさんがまともであることを願うしかないけど」
私はため息をつく。
「わい、嫌な予感がするんよね。あの鑑定とかアイテムボックスとかが出てきた時の反応を見た? なんや、それだけのためにわいや親父を引き入れようとせんね?」
晃太が花のぽちゃぽちゃのお尻を撫でながら言う。
「確かに、そうかもしれんね。よくわからんけどSSSなんてついてるから、最上位の能力かもしれんし」
「その鑑定とかアイテムボックスとか、こっちではどんな作用があるん?」
私はライトノベルの知識をフル活用して、両親に説明。鑑定は文字どおり鑑定能力だろうし、アイテムボックスは某有名アニメの猫型ロボットのおなかについているポケットと説明する。
「お父さん、この紅茶、試しに鑑定してみて」
「どうすればよかと?」
「べたに、頭の中で鑑定って言ってみたら? もちろん、この紅茶の内容を知りたいって思いながらね」
「わかった」
父が老眼の目を細めて、紅茶を凝視する。
「ディレナス王国北の薬草園産高級茶葉と疲労回復効果のあるローズヒップとのブレンドティやな。飲んでも害にはならんよ」
そう父が言うので、安心して紅茶を口に含んだ。フルーティな香りがする。そこでやっと喉が渇いていたことに気づいた。
その後、すったもんだしながら、ゲームの定番ステータス画面が出ないかと模索していたら、普通に出た。ただし、当人にしか見えないけどね。こういったものに縁がない母は、へー、と繰り返している。
「ねえ、お父さん、私にある、この固有スキル『ルーム』っての見てくれん? ちょっとわからんし」
「わかった。ええっとな」
部屋に備え付けられていた紙に、万年筆ですらすらと説明を書いてくれる。
『固有スキル ルーム』
時空神からの気まぐれギフト。魔力の消費はない。亜空間に繋がっている。使用の際は「ルーム」と唱えること。スキル保持者の望む入口が現れる。ルームの中は外界から一切の影響を受けない。時間停止ではない。スキル保持者にしか開閉できない。生物の収納可能。スキル保持者がルームに生物を入れて移動することが可能。移動時の振動はルーム内には伝わらない。ただし、スキル保持者がルームにいると移動は不可。
ルームを使用すればスキルレベルが上がり可能性が広がるが、どのようになるかはスキル保持者次第。スキル保持者自身のレベルアップにも、影響を受ける。成長が未知なスキル。
ルームは、更に別の亜空間にも繋がっている。これは選択式でスキル保持者の魔力を消費するので、使用の際に注意が必要。こちらもルームのレベルやスキル保持者のレベルに影響を受ける。
「なんこれ?」
晃太が首を傾げているが、私は気になる点があった。文言の中にある、ルーム内に生物を入れての移動は可能というものだ。これはきっと役立つ。あの華憐がいるのだ、絶対になにかやらかして、こちらが迷惑を被る気がする。
「ねえ、この『ルーム』なんやけど」
「優衣、ちょっと待った」
制したのは父だ。
「部屋の前に待機している人達が、聞き耳立てとる」
と小声で言い、紙に筆談、と書く。
やっぱり監視されていたか。いややな。でも、仕方ないことかもしれない。
私達は、筆談で今後のことを話し合う。とにかく思いつく限りのことを。
その後、メイドさんが食事を運んできてくれた。筆談に使った紙は、さっそく晃太のアイテムボックスに入れてみる。まるで神隠しにあったようになくなった。
「どうやったん?」
母が興味深そうに聞く。
「入れるって思ったら、入ったよ。そう、難しくないみたいや。あと、出す時は、普通に出す」
晃太が紙を摘まみ上げるような仕草をすると、さっきの紙が出てくる。
「へー」
「おふくろもあるんや、せっかくやし練習せんね」
「そうやね。便利やし」
紙は再び晃太のアイテムボックスに入れられた。
その後、メイドさんが運んでくれた食事を父に鑑定してもらい、安全を確認してから食べた。問題は花の食事だ。母が食事に添えられたこふき芋をフォークで潰し、ほんの少し野菜スープをかけ、鶏肉の脂身の少ないところをほぐして振りかけた。ばくばくと食べる花の姿を見て、ほっとする。
いつの間にか夜になっていたので、客間の二つのベッドに横になる。大きなサイズでよかった。私は母と花、晃太は父と眠った。
不安がぬぐえない異世界初日はこうして過ぎていった。
次の日。
ヒュルトさんと前日話した部屋に案内される。ヒュルトさんが来るまでの間に、別の人にいろいろ聞かれた。主に華憐達との関係だ。
私達の主張は一つ。華憐達には迷惑しかかけられていない、まったくの赤の他人だ、と。
聞いてきた人は首を傾げていたが、私が今までかけられた迷惑の一例を話すと、顔が青ざめた。
「聖女様は結婚されていたのですか?」
「そちらの鑑定士に見てもらったらどうです?」
いくらなんでもベラベラ話せないので、昨日のあの鑑定士に丸投げし、すでに離婚していることなんかは伏せた。話を聞いてきた人は、ぶつぶつ口の中で呟くと、会釈して退室した。入れ替わるように来たのはヒュルトさんだ。
「お待たせしました。昨日は眠れましたか?」
あんまり眠れていない。
「早速ですが、今後の皆さんの生活についてです。この城の客間を使用し続けてもらって構いません。生活のすべて、こちらが責任を持ちます」
「でもそれはこの国の人達が納めた税金ですよね?」
昨日の紅茶、夕食、今日の朝食、配膳したメイドさんの人件費もろもろ。
「そんなお金で生活の保障なんて受けられません。なので、私達でもできる仕事を斡旋してください」
父が昨日家族で話し合ったことを切り出す。
「あと、私達の稼ぎで借りられそうな家を紹介してください。この子も、花も一緒に住める家を」
母が花を抱き締めながら言う。花がいるのだ、できれば走り回れる庭付きの家がいい。
「しばらく生活できるお金を貸してください。返済無期限、利子なしで」
晃太も言う。
「あとは、こちらの世界の常識を教えてください。基本的にしてはいけないことを教えていただけたらいいです。こちらが希望していない情報はいりませんので、こちらの問いに答えてくれる人を手配してください」
私は昨日、思い付いたことを伝える。変な知識はいらない。最低限の知識が欲しい。
ヒュルトさんは驚いた顔をしたが、すぐに返事をする。
「手配しましょう。ただ、しばらくの間、生活費は受け取ってください。これは慰謝料だと思ってください。王子の衣装代から引きますからお気になさらず。家は心当たりがあります、治安のいい地域ですので、そちらをお使いください、もし、気に入らないようでしたら、別の家を探します」
慰謝料なら、受け取るか。私達は頷き合った。
その後、ローブを着た人が来て、スキルの説明をしてくれた。
まあ、ファンタジーによくある鑑定やアイテムボックスは分かるが、私の『ルーム』だけはその人も分からないらしい。
「よく分からないなら、安易に使いません」
「その方がよろしいかと。お父上の鑑定ランクが『SSS』ですので、それを活用して調べてみてもいいかもしれません。あと、できればどんなスキルか教えていただけると……」
「分かれば」
そう答えたが、私は変な直感が働いていた。やっぱりこのスキル『ルーム』が家族を救うのではないか、と。あの金髪碧眼王子様は信用ゼロだし、なんかこの国、嫌な予感がしてならない。ヒュルトさんはまともに感じるが、なんとかして自活する目処を立てなくては。異世界で生き残るために、家族と愛犬を守るために、誰も見たことがない『ルーム』というスキルを使いこなしながら。
ヒュルトさんの用意してくれた、私達にとってはお屋敷のように大きな家に移って一ヶ月。異世界生活にも少しずつ慣れ、やっと一息つけるようになった。
周囲に人がいないか父の鑑定で調べてもらって、『ルーム』を初めて使用してからも一ヶ月経った。
『ルーム』を使って、まず現れたのはドア。なぜか、実家の玄関ドア。
このドアは私でないと、開け閉めできない。慎重に開けると、狭いフローリングの部屋に、白い壁、白い天井、小さな窓があった。はじめは感動した、本当にルームだ。ただし狭い。
試しに、ルーム内にカップを置いてドアを閉めて移動したが、カップは無事。ドアを閉めると玄関ドア自体も消えてしまい、再び「ルーム」と唱えないと出てこない。開けっ放しにしてみたが、三分しか持たず、勝手に閉まって勝手に消えた。
そしてドアを閉めたルーム内でどんなに大声を出しても外には聞こえない。
その後、父の鑑定で何度も安全確認をし、晃太に入ってもらって移動した。中の晃太には振動は伝わらないし、移動先でドアを開けたが、晃太に異常はなかった。
それから離れた場所でも使えるかだが、これには縛りがあった。離れた場所の場合、必ず私の目視範囲内でないとドアが現れない、目視できる場所なら、ドアを出現させる地点をしっかり決めて、「ルーム」と唱えながら開ける動作をすれば、ドアが出現し開く。試しに隣の部屋で壁越しにやってみたが、何度やってもダメだった。ただし、ドアを閉めるのだけは頭の中で念じたらできた。まあ、三分しか持たないから、放っとけば勝手に閉まるけどね。
何度もこれを繰り返し、ドアを開けたり閉めたり、入ったり出たりを繰り返していると、数日でレベルが上がった。レベルが上がっても特に目に見える変化はないけれど、もっとレベルを上げれば使い勝手がよくなるかもしれない。最初の数日は『ルーム』検証に費やした。
【スキル ルーム レベル5にアップしました】
てってれってーと安っぽい音楽が流れる。
【HP1000追加 レベルアップに伴い ボーナスポイント5000追加されます】
あ、頭の中で流れるナレーションがいつもと違う内容だ。ま、いっか。ポイントが増えるならいいことだよね。
【ルームレベル5になったため、四畳半から六畳に拡大します。HP(部屋ポイント)でオプションを追加できます】
「あ、なんかいろいろできそうやん」
このスキルアップの説明、日本語表記だったり、アルファベット表記だったりごちゃごちゃなんだよね。HP(部屋ポイント)か。なんのポイントか分からなかったけど、活用できそう。
「姉ちゃん、どうやった?」
晃太が花を抱っこしながら聞いてくる。
花が蜆みたいなつぶらな目で見てくるので、チュッとキスすると、ペロッとお返ししてくれる。
「なんか、HP……部屋ポイントでオプションが追加できるって。あと、六畳に広がったみたい」
「へえ。でも変なポイントやね。普通HPなんてゲームなら生命力なのに、部屋ポイントやし」
「まあ、よかたい。広がったみたいやし、ちょっと確認しとこうかね」
「そやな」
私はスキルを発動した。手をかざすと、実家の玄関のドアが出てくる。これで色が茶色でなければ、某有名なアニメのあれなんだろうね。
ドアを開けて中を覗く。
「おお、広うなっとるね」
ルームの中は、四畳半から六畳に広がっていた。天井も少し高くなっている。
白い壁、茶色のフローリング。窓もある。A3サイズだけどね。
花のおもちゃやトイレシート、花用のクッションを置いていたが、四畳半の時の位置のままだ。
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